第53話 誤解とすれ違い

「アルバ砦を目指す。」

 リョウがそう告げたのに、反応は芳しくない。

 誰も何も言わないのだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ。何で無言なの?普通『逃げるって言ってるのに、何で敵地に向かうのよ。』とか『なに考えてんのっ!』とかって反応するでしょ?せめて『えーっ!』とか『なんだってっ!』とか驚くぐらいはしてよ。」

「えー。」

「なんだってぇー。」

「なにかんがえてるんですかぁー。」

 リョウがそう言うと、三人は棒読み口調で、リオンの言葉を繰り返す。

「ウー、もぅいいよぉ。みんなキライだよぉ。」

 その反応にリョウが拗ねてイジケると、ニャオが、まぁまぁと宥めてくる。

「みんな、リオンのこと信用してるのよ。」

「ほんとに?」

「ホント、ホント。きっと深い考えがあるんでしょ?」

「そうね、信用してるけど、リオンの不安もわからなくも無いわね。ここは一応聞いておきましょうか?」

「そうですねぇ。それでリオンさん、何故砦に向かうんですか?」

 三人がリョウを気遣い、三者三様に砦に向かう理由を聞いてくる。

「……。」

「どうしたの?」

「砦に向かうのは……。」

「向かうのは?」

「…………特に意味はない。」

「「「なんだってぇ~!」」」

 ……なんだかんだと言いながらノリのいい一行だった。


 ◇


「ゲイル隊長。奴らが動きました。」

 リョウ達を見張らせていた部下が飛び込んでくる。

「そうか。それで?」

「ハイ、奴らは先行して威力偵察を行うようです。」

「威力偵察か……、なにを考えているんだか。」

「恐れながら、なにも考えていないのでは?と愚考いたします。威力偵察と言いながら、単に逃げ出したのかも知れませんよ。」

 恐る恐ると言った感じで、ゲイルに告げてくる部下を一別する。

 上司に自分の意見をはっきりと告げる度胸はみとめる。

 しかし、戦局を見極める目はまだまだだ。

 そう思いながらも、将来に期待して、その部下に教育をかねて話す。

「何故そう思う?」

「はっ、彼等の事については自分も聞き及んでおります。しかしながら、こちらの陣営に来てからというもの、何もしておらず、起こした行動といえば、司令官への挨拶のみ。その際に何か進言するかと考えておりましたが、司令官殿の言われるがままに引っ込む始末。Dランクの冒険者であるという事実、御館様のご息女であるアリス様とご懇意であるという噂などから流れてくる、「姫様に取り入って成り上がろうとしている卑屈な冒険者。今回の事も単に箔をつけるための形ばかりのもの」という噂の信憑性が増します。そのような張りぼての権威だけでは現在の状況が打破できるはずがありません。よって、思っていたようにならない現実を目の当たりにして逃げだしたのだと、私は推測いたしたところです。」

「なるほどな。」

 ゲイルは、この若い部下への評価を改める。

 噂そのものを信じるのではなく、多方面からの情報と織り交ぜたものに、実際に自分の目で見たものを合わせて判断している。この若さでそこまで出来るものは少ない。

 特に傭兵団なんてものは、力自慢で考えなしの者共が数多く集まる場所だけに、彼のような、思考ができる人材は貴重だった。

 それだけに、物事の本質を見極める力に欠けていることを残念に思うが、逆に考えれば、これから経験を積ませればいい副官に育つに違いないと思うのだった。

「中々いい見立てだとは思う、が、惜しいな。」

「どういう事でございましょうか?」

「お前は物事の本質を見誤っているという事だよ。さっき「現状を打破できない」と言ったな。どうしてそう思う?」

「現在、我々はアルバ砦の攻略のために待機しております。明日の夕刻までに戦端を開き、その砦を攻略、無理でも明後日の夕刻までは敵を引き付けておくように言われています。しかしながら、現在砦に在住する敵兵士は推定2万5千、たいして我々の戦力は、領主軍5千に我ら暁の翼を含めた傭兵5百……優に5倍近い敵と敵対しております。まともに戦えば明後日の夕刻を待たずして全滅の憂き目にあいます。そのような状況で、司令官に言われるがままに引っ込む輩に何が出来るというのでしょうか?」

 部下は、少し憤慨した様子で一気に捲し立てる。

「まぁ、普通に考えればそうだな。しかし、奴がその「戦況を打破する策」を持っていたらどうだ?」

「まさか、そんな……そのような策があるのならば、先程の司令官との面会で披露してるはずです。」

「だから、まだまだだって言うんだよ、お前は。いいか、あの指令ははっきり言ってクソだ。奴の頭の中にあるのは、自身の保身の事だけだ。今も、どうやれば明後日迄戦いを引き延ばせるか必死で考えてるだろうよ。だから奴は俺たち傭兵に期待しているはずだ、全滅するまでどれぐらいの時間を稼いでくれるかってな。」

 ゲイルには指令の考えていることが手に取るようにわかる。

 夕刻ギリギリに戦端を開き、傭兵団をぶつけ、適当なところでいったん退却。夜は夜襲の警戒だけをして朝にまた傭兵団を前面に押し出して開戦。傭兵団が全滅しかける頃に、手持ちの兵を小出しにしながら戦局を引き延ばし、夜までもたせる……。奴が考えているのは大方こんな所だろう。

 あの無能な指令にとっては、兵がどれだけ死のうが、明日の夕刻まで自分が生き延びていればいいのだ。

 しかしゲイルたちにしてみれば、その指令に従うことは、即ち、捨て駒にされて命を失うってことになり、そんな愚策に付き合う謂れはない。

 団長を含めた数人の仲間が領都に残っているため、寝返る気はないが、それでもタイミングを見て逃げ出すつもりでいたのも事実だ。

 だから、アベルの旦那から連絡が来た時には少し期待したのだが、リョウのとる行動はゲイルにとっては期待外れもいいところで、文句の一つでも言ってやろうと、奴の天幕に行ったのだ。

 その時までは、ゲイルの考えも目の前の部下と同じだったのだが、リョウの行動を見て、俺もまだ見る目がなかったと反省したところだったのだ。

 だから、部下の事を笑う気も、バカにする気もないが、ただ、表面だけを見て判断するのは危険が伴うってことを教えてやらなければと思うのだ。

「あの賢者殿も、そのことは分かったのだろうよ。こいつに話しても時間の無駄だってな。だから何も言わずに引き下がった。」

「まさか、それは考え過ぎなのでは?」

「いや、お前は奴の事をDランクの冒険者だと侮っているだろう?」

「……えぇ、実際、Dランクの冒険者には間違いないですから。」

「しかし、奴は、不意打ちとはいえ、この俺に正面から剣を突き付けることが出来た……これがどういうことかわかるか?」

 ゲイルの言葉に、部下は青ざめる。

 いくら不意を突いたと言っても、正面からゲイルに剣を突き付けることのできる程の腕前を持ったものはCランクの冒険者でもいない。

「最もまともにやり合えば負けるとは思わないがな、まともにやり合えるだけの相手だってことだよ。」

 ゲイルの言葉に部下はますます混乱する。

 ゲイルの腕はAランクの冒険者とも互角に渡り合えるほどなのだ。たかがDランクの冒険者などは、片手間であしらえる……それほどの差があるはずなのに、当のゲイルにそこまで言わしめる……そんな奴がDランクであるはずがない。

「つまりは、見かけの情報に騙されるなってことだ。戦闘能力だけ取っても、事前情報があてにならねえんだ。だったら他に色々隠しているって考えるのが当然だろ。」

「それはそうなんですが……。」

 しかし部下の方は、それでも納得がいかないようだった。

「それに加えて、してきたんだろ?威力偵察に出るってな。逃げ出すのなら、そんなことしなくていいはずだ。黙って姿を消せばいいだけだからな。それなのに連絡をしてきた、その意味を考えれば……わかるだろ?」

 ゲイルは、リョウ達が何かを仕掛けに行くから遅れずに対処しろ、というメッセージだと受け取っている。

 そうでなければわざわざ、ゲイルの部下に伝言を頼むわけがない。

 わざわざ、このような回りくどい手段を取ったのも、司令官に知られれば、邪魔されると思ったからに違いない。

 だとすれば、ゲイルが出来ることは、取り急ぎ準備を整え、アルバ砦を目指すことだ。

 リョウが何かを仕掛けた時に、すぐに対応できるように近くに布陣しておく必要がある。

 一回の傭兵団の副団長であれば、そのことを知ったとしても何もできなかったであろう。

 しかしゲイルはアベルから「必要が生じたときには一時的に越権行為をしたとしても処遇は問わない」というお墨付きをもらっているのだ。

 リョウはそのことを知っていたに違いないと、ゲイルは思う。

 だから、ゲイルは、部下たちに檄を飛ばす。

「野郎ども、戦だ!一刻以内に準備しろ!」

 そして、ゲイルは他の傭兵団たちに声をかけるために移動する。

 すでにリョウたちが陣を出た今となっては、一刻を争うのだった。


 実のところ、リョウにそんな深い考えはなく、強硬偵察に行くと連絡したのも、ただ単に、移動を見咎められた時の言い訳のための為だけ、その報告先がゲイルの部下だったのも、ゆいゆいが、近くにいた兵士に声をかけただけ、という偶然に過ぎない。

 しかし、そんな事実がゲイルに分かるはずもなく、誤解が誤解を生んだまま、アルバ砦をめぐる戦いは次なるステージへと進んでいくのだった。

 

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