第50話 流れに身を任せ………。

「話があるというのは、そなたか?」

 執務机と言うのだろうか?

 天板は広く、側面や脚等に施された、精密で細かい見事な装飾。

 いかにもお金がかかっていますと言わんばかりの、机の向こう側に座っている男が、そう声をかけてくる。

 クライン領の領主、クロフォード=クラインその人だ。

 その横には、クロフォードとよく似た金髪の若い男と黒髪の鋭い目つきの男が控えている。

 クロフォードの息子のアベルと、その従者だと紹介されたのだが、先程から不信感を前面に押し出していて居心地が悪い。

「……なぁ、帰っていいかなぁ?忙しそうだし、歓迎されてないみたいだし。」

 リョウは隣にいるアリスに声をかける。

「ダメですぅ、帰らないで下さいよぉ。」

 アリスは逃がすまいと、しっかりとリョウの腕に自分の腕を絡ませしがみついてくる。

 それを見た領主のクロフォードとアベルの表情が苦々しげなものに歪む。

 ちなみに、今のリョウは男の姿だ。

 だから、娘を、妹を騙して弄ぶ胡乱な奴と見られてるのかもしれない、とリョウはその表情を見て思う。

 そんなリョウや領主たちの心中を知ってか知らずか、アリスは領主達に非難の目を向けて言う。

「大体、お父様もお兄様もその態度は何ですかっ!リョウ様は私の命の恩人なんですよ。その上、今の状況を打破するための戦略まで考えていただいたと言うのに!このクライン領の未来はリョウ様にかかっていると言っても過言ではないのですよ。」

 イヤ、過言過ぎるだろ!というリョウの呟きは無視され、家族間での言い合いが始まる。

「しかし、素性の解らぬ………。」

「どこの馬の骨………。」

「リョウ様は稀代の賢者と申しても………。」


「……帰りたい。」

 リョウは心の底からそう思ったが、未だにアリスに腕を捕まれているため、それも叶わない。

 ニャオ達を連れてこれば良かったと、後悔が胸中をよぎる。

 アリスの父親とは言え、見知らぬ貴族に会うのに危険を感じた為、ニャオ達3人には別の用事を頼んで置いてきたのだ。

「どうぞ。」

 途方に暮れているリョウに、横からすっとカップが差し出され、反射的に空いている方の手で受け取る。

 カップを差し出してきたのは黒髪の従者だった。

「何か?」

リョウがマジマジと見ているのを不快に思ったのか、怪訝そうな表情で聞いてくる。

「イヤ、アレ止めなくてもいいのかな、と。」

 リョウは手渡されたカップに口を付け、その芳醇な香りと味わいを楽しむ。

「美味しいですね。」

「……えぇ、高級な茶葉を使い、特別な隠し味を使用しておりますので。」

 何かマズかったかな、と思ったのは、彼が一瞬、表情が硬直した様に見えたからだ。

「アレに関しては、いつもの事ですので放って置いて大丈夫です。ああ見えて、主もお館様もお嬢様とのコミュニケーションを楽しんでおいでですので。」

 何事もなかったように、話を続ける彼を見て、気のせいだったのかな?と思うリョウ。

 しかし、コミュニケーションをとるのはいいが人をダシにしないで欲しいと切に願う。

「アンタらにしてみれば、いつものことかもしれないけど、出来れば巻き込まれた方の身にもなって欲しいよ。………ってことで、アリス。話が進まないならマジに帰るぞ?」

「あ、あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい……。」

 リョウの声がまじめなトーンだったのに気付き、慌てて謝るアリス。

「ふむ、客人の前だというのに、恥ずかしいところを見せてしまったようだ。では改めて聞かせてもらおう。何でもこの現状を打破する秘策があるとか?」

 クロフォードが態度を改めて問うてくる。

 しかし、いくら取り繕っても、先程アリスに「パパなんて嫌い」と言われたときの、情けない表情は忘れることは出来ないな、とリョウは思う。

「打破できるって言ってるのはお宅のお嬢さんだけなんですけどね……。」

 リョウはそう前置きして、アリスに語ったことを新たに得た情報の分修正して話す。

「……と言うわけで、これを実現させるにはマクスウェルの領都に攻め込む戦力が必要と言うわけです。これで解ったでしょう?」

 相手はさすがに専門家らしく、リョウの話した計画の穴をついてくる。

 その都度リョウは、現状で対応できることとその解決策を告げるのだが、話せば話すほど無理だというのが解ってくる。

 計画のキモとなる、2面作戦をするための兵力と時間が圧倒的に足りないのだ。

 クライン領の兵士は先の戦いで数を減らし、アルバの砦を攻めるだけでも心許ないのだ。

 そうなれば隣国に応援を頼むしかないが、その説得と移動だけでもどれくらいかかるか解らない。

 唯一可能性があるとすれば、マクスウェル領内に一定数いるであろう、反ザコバ勢力をまとめ上げる事だが、これも難しい。

 扇動するための人材を派遣するにも、時間がかかるし、何より領民の感情がクライン領憎し、となっていれば、扇動することすら難しい。

 つまり、リョウの言っていることは、現実を見据えていない机上の空論で、実現不可能という事が解ったはずだ。

 リョウ自身実現できるなどと思っていない。

 ただアリスがどうしてもと言うので、とりあえず捻り出しただけに過ぎない。

 考えて案を出した、と言うことでアリスは満足し、実現不可と言うことで、リョウもお役御免となり、晴れて自由の身となる。

 クライン領の現状が変わらないと言うことを除けば、誰も傷つかない完璧な計画である。

 だからリョウは「話にならん。」とクロフォードが言い出すのを今か、今かと待っているのだが、クロフォードは腕組みをし、難しい顔で何かを考えている。


「リョウと言ったな。そなたは知っておるのか?」

 クロフォードが、キツい眼差しでリョウを見据えながら問いただしてくる。

「何のことでしょう?」

 ただ知っているか?と聞かれても何のことかさっぱり解らないリョウとしては、そう答えるしかなかったのだが、何故か「フム、成る程」などと納得されている。

「ではもう一つ訊ねる。そなたはこの計画が成功すると思っておるのか?」

 成る程、とリョウは納得する。

 要は、リョウの口から「不可能」という言葉を引き出したいのだ。

 貴族の見栄か何か知らないが、自ら不可能とするのは格好悪いとかそんな感じなのだろう。

 貴族めんどくせぇ、と思ったが、一言「無理」と言えばこの茶番から解放されるのであれば、いくらでも言ってやろうと、リョウは口を開く。

「普通に考えればまず無理でしょうね。」

「そうだな、普通に考えればな。」

 クロフォードは大いに納得したように何度も頷く。

 リョウも、これでやっと解放されると、ホッと胸をなで下ろすが、安心できたのも次のクロフォードの言葉を聞くまでだった。

「だからこそ、そこに勝機があると、リョウ殿は仰りたいのだな。」

「そうです!さすがお父様です!」

 ……オイ、チョットマテ。

「成る程、成る程。一見不可能に見える計画だが、王国内に於いて、我が血族だからこそ成し得ると言うわけだ………アリス、そなたがリョウ殿に教えたのか?」

「いいえ、お父様。例えお慕いしている殿方であっても、我が一族の秘術については一切漏らすことは出来ません。リョウ様は、秘術のことを知らなくても、我々なら何とかする術を持っていると信じていたのだと思います。」

 ………ナニヲ、イッテヤガリマスカ、コイツラハ……。

「成る程、希代の賢者の名は伊達ではないと言うわけか。しかし、それならばどうするか……。」

「親方様、失礼ながら差し出口を申し上げてよろしいでしょうか?」

 黒髪の従者が口を挟む。

「構わぬ申してみよ。」

「はっ、ここはリョウ殿にすべてを話して計画を詰めるのがよろしいかと愚考いたします。例え稀代の賢者といえども、情報が間違っていれば間違った結果を導き出すものでありますれば。」

「キスリング、お主がそこまで言うのも珍しいな。して、その根拠は?」

「はっ、先ほど私は、失礼ながらもリョウ殿を試させていただきました。」

 ナンダッテ……イツノマニ……。

「リョウ殿は私の差し出したカップを受け取ると躊躇いもなく口を付けられたのです。しかも美味しいと仰って頂きました。普通であれば、いくら信用しているとはいえ、毒味もせずに口を付ける事はありえませんが、そこはアリス様への愛情故と考えれば、まだ納得できます。」

 アイジョウッテ、ナンノコトデスカ………。

「しかしながら、茶に含まれていたミルカの味に気付いて尚「美味しい」と仰られる度量の大きさに感服いたしました。リョウ殿は、アリス様の血縁である我々が、毒を盛る事などしないと、全幅の信頼を寄せていただいたのです。この信頼に応えずにどういたしますか。」

「ちょ、ちょっとキスリング。ミルカって猛毒じゃないのっ!」

 ナンデスッテ………。

「アリス様、御心配なさらずに。特殊な技法を用いて毒素はすべて取り除いておりますれば。」

「だからと言って………リョウ様、大丈夫ですか?」

 ハッ!……思考が麻痺していたみたいだ。

「あぁ、大丈夫だよ。」

「リョウ様、信頼して下さるのは嬉しいのですが、もう少しご自愛下さいね。」

「あぁ、今度から気をつけるよ。」

 アブねぇ………。まさか毒を盛られるとは。

 もちろんリョウはキスリングの言ったようなことを考えていたわけではない。

 毒味をするのが普通だとか、そんな貴族の常識なんか知らないし、ミルカなんてものは見た事も聞いたこともない。だから味なんて解るはずもない。「美味しい」と言ったのは単なる社交辞令であって嫌みでも信頼でも何でもない。ましてやアリスヘの愛情云々なんてことは以ての外であり、ニャオに知られたら、と思うと血の気が引く思いだった。

 アリスには笑顔で答えるが、貴族怖ぇー、と思い知るリョウだった。


「フム……ではリョウ殿に秘術のことをお話しよう。この事は国王とその信頼できる一部の側近のみしか知らぬ事。故に他言無用でお願いしますぞ。」

 いやいや、そんな重大なこと話さなくていいから……という、リョウの心の叫びは、当然無視されるわけで……。

「リョウ殿は『血統魔術』と言うものをご存じだろうか?」

 クロフォードの問いかけに、リョウは軽く頷く。

 USOにはない系統のこの魔術のことを、リョウが知ったのは最近のことだった。

 街で購入した本に簡単な概要が書いてあっただけだったが、要は貴族間で、その一族のみが使える魔法が存在するとのことだった。

 リョウが知っているのはその程度で、どの貴族がどんな血統魔法を持っているか?とか、どんな内容の魔法があるか?までは知らなかったりする。

「我がクライン家も血統魔法を維持する一族でな。脈々と受け継がれる魔法は『転移』なのだ。」

 ………はっ?

 イマナンテイイマシタカ……。

 突然の事に、またもやリョウの思考が停止する。

「とは言っても、現在まともに使用出来るのは、俺とアベルだけなんだがな。アリスはまだ使いこなせない。そのような状態であることを踏まえて、先の計略をどう調整するか、リョウ殿にお聞きしたい。」

 転移魔法があれば、話は変わってくる。

 適当に言ったリョウの計画が、現実味を帯びてくるのだ。

 ダメ計画を押しつけて、役に立たないことをアピールして、平和的にトンズラするはずだったのに……気付けば計画の中心にいる……何でこうなった?

「いや、父上しばしお待ちを。」

 リョウが口を開こうとするのを遮るように、アベルが間に入ってくる。

「詳細については先程、散々ヒントを頂きました。これは「自領のことは自身で考えるべし」と言う教えだと私は思います。リョウ殿の頭の中には詳細図が描かれているのでありましょうが、これくらい対処できなくては、未来の義兄あにとしては情けないというもの。ここは是非私にお任せ下され。」

「フム、それもそうだな。しかしどうするつもりだ?」

「はい、私が直接マクスウェルの領都『ジェムズ』に乗り込みます。」

「な、なんとっ!」

「実は、今回の計画の概要を聞き、リョウ殿は全てを見通しておられるのだと感服しておりました。父上にはまだお話ししておりませんでしたが、実はマクスウェルの姫、ジョゼフィーネと私は恋仲なのです。此度の争いを利用してジョゼの立場を確立しようと裏で色々工作していたのですが……リョウ殿にはそれすらもお見通しだったのですね。」

 ……ハテ、ナンノコトヤラ。

 リョウの思考は停止したままもではあったが、そんなことはお構いなしに、アベルは話を続ける。

 アベルとジョゼフィーネが出会ったのは、王立学園での事だった。

 当時、ジョゼフィーネはマクスウェル領の下級貴族の娘でしかなかった。

 学園内で色々あり二人は恋に落ちたが、身分差もあり、クロフォードに知らせることはしなかったという。

 このまま付き合い続け、アベルが正妻を娶った後に、側室として迎え入れようと考えていた折りに、ジョゼフィーネ側の状況が変わる。

 父親の急死後、母親が領主のザコバに見初められて側室入り。

 ジョゼフィーネも、ゆくゆくはザコバの子息への嫁入りが噂されていた。

 領内でも、器量の良さでは追随を許さない、と噂されていたジョゼフィーネ母娘を襲った突然の不幸に街の人々もきな臭いを感じてはいたが、表だって批判できるはずもなく噂だけが蔓延し、同情するものも数多くいた。

 アベルは、血統魔法の転移を駆使して、マクスウェル領と自領の間を何度も行き来しながら、ザコバに不満を持ち、その嫡男に不安を感じ、ジョゼフィーネに同情するもの達を集め、まとめ上げ、ザコバを追い落とす機会を伺っていたらしい。

 そんな時に今回の事件が起き、この事件をきっかけにザコバを失脚させたかったのだが、蜂起する決定的なものがなく、くすぶっているのが現状だという。

「アルバ砦を攻めている間に、私が赴いて、ザコバの悪事を説いて回り、ジェムズを切り崩します。ザコバが逃げ帰ってきても寄る辺はありません。その上で王の招聘に応じ、その場でアリスの断罪を用いればよいでしょう。その後のことはジョゼと話し合って決めていけば良いのでは?」

「フム、下地は出来ておったか……さすがはリョウ殿。そこまでお見通しとは……。これではアリスとのことを認めぬ訳にもいかぬか………。」

 オイ、コラッ!

 何勝手なこと言っちゃってるわけ?

 そんなアベルと姫の事なんて知らんがな。

 アリスとのことってなんの事だよ。

 リョウの知らないところで、話がどんどん膨らみ大きくなっていく。

 もう、リョウが何を言っても、この流れを変えることは出来なさそうだった。

 こうなってしまえばリョウに出来ることはただ一つ……流れに身を任せることだけだ。

「では、リョウ殿もアルバ砦の戦闘に参加してもらおう。やはり目に見える実績というのも大事なのでな。」

 だから、クロフォードがそう言ったときも、無意識に頷いたのだった。



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