第51話 ゆいゆいと真実

「……それでアルバ砦の攻略に参加することになったんだ。」

「ウン、ごめんね。私も何が何だかわからないうちにそうなってたの。」

 ニャオの胸に顔をうずめ、頭を撫でられながらリョウはそう呟く。

 クロフォード邸から帰る途中、何故か女性体に変化したため、リオンとして戻ってきたところで、ニャオに捕まった。

 クロフォード邸でのやりとりに、精神が削られすぎたため、こうしてニャオに甘えながら、報告をしている。

 本来のリョウならば、間違っても、こんな事できないのだが、何故かリオンになっているときは、素直に甘えることが出来るから不思議だ。

「う~、弱ってるリオンがきゃわわ~。くー姉も撫でる?」

「う、うん。ギュってしていいかな?」

 そう声が聞こえたと思うと、ニャオから引きはがされ、別のたわわな胸の中に顔を埋めることになる。

「ふかふか……。クレアふかふか……。」

 ぐてーっと、流されるままに身を任せるリョウ。

「これは……なんかクるものがあるわね。」

「でしょ?普段計算尽くのリオンちゃんが、気を抜いて………きゃわわ~なのよ。」

「わかる気もするけど……、でもリョウ……リオン?本当に大丈夫なの?ちょっと普段と態度が違いすぎるわよ?」

「この姿の時はリオンでお願い……なんかその方がしっくりくる。」

 リョウはそう言いながら、埋めていたクレアの胸から顔を引き離して、身を起こす……が横からニャオに引っ張られ、ストンとニャオの腕の中に収まる。

「無理しなくていいからねぇ。」

 ニャオは幸せそうに背後からハグをしてくる。

 リョウはニャオの好きにさせながらクレアの問いに答える。

「大丈夫だよぉ……多分。なんかね、アバターに精神が引っ張られてるみたい。普段なら、今みたいにニャオに抱きつかれると、ドキドキするんだけどねぇ?」

「え~、今はドキドキしてくれないの?」

「今はふにゃぁって感じ。領主邸でガリガリ心削られたから癒されたいのぉ。」

 ぽふっ、っとニャオにもたれ掛かると、ヨシヨシと頭を撫でながら優しく受け止めるニャオ。

 背景に百合の花がよく似合う光景が繰り広げられている。

 普段のリョウであれば、冗談でも出来ない光景であり、そのことから見ても、リョウの言う「アバターに精神が引きずられている」と言う説が濃厚の様な気がするクレアだった。


「成る程、今ならリオンは弱っているというわけですね。」

 ゆいゆいが、ロープを手に近付いてくる。

「一応聞くけど、その手に持ってるものをどうする気?」

 リョウが、ぐでーっ、としたままゆいゆいに問いかける。

「決まってるじゃないですか。縛り上げるんですよ。今なら弱っているリオンを縛りあげるのも容易なはず。自由を奪った後は、「ゆいゆい様の下僕になります。」と言うまで苛めるのよっ!今こそ長年の恨み、晴らすときですっ!………って、えっ?あれっ?」

 ゆいゆいが高らかに宣言している間に、リョウはバインドの魔法をかける。

「何で?うごけないよ。」

 ジタバタともがくゆいゆいの手からロープを取り上げ、逆に縛り上げてベッドに転がす。

「そう言うことは黙ってやるものよ。相手にバレたらこうやって返り討ちに遭うわよ。」

「な、何する気?」

「んー、何しようかな?確か女の子同士ならちょっとくらい、えっちぃ事してもいいんだよね?」

 その言葉を聞いて、ゆいゆいの瞳に怯えの色が浮かぶ。

「ちょ、ちょっと、リョウ先輩。誤解ですよ?いくら女の子同士でもえっちぃのはダメですよ?………って聞いてないっ!?」

「うーん……あ、そうだ!ゆいゆいも突然異世界に飛ばされて大変だったでしょ?」

 リョウはベッドの上に上り、縛られて動けずにいるゆいゆいを優しく抱き起こす。

「えっ、あ、うん………。」

「ゴメンねぇ。気付いてあげられなくて。今日は折角だから私が癒してあげるね。」

 リョウはそう言ってニッコリと微笑む。

「ちょ、ちょ、ちょっとリョウ先輩!その手に持ってるの何ですかっ!」

「えー、針だよ?これでツボを突くと、疲れが取れるの、知らない?東洋の神秘だよ?」

「ソレ違うっ。その太いの、畳針じゃないですかぁ。そんなおっきぃので刺されたら、死んじゃうぅ。」

ジタバタと暴れもがくゆいゆい。

「そう?じゃぁ、これならどう?お灸って知ってる?」

「ソレお灸違うしっ!ただのファイアーボールだしっ!」

 ゆいゆいが、リョウの掌の上にある火球を見て叫ぶ。

「もぅ、注文が多いなぁ。後これくらいしかないよ。」

「せ、せんぱいっ、ソレなんなんですかぁ!」

 リョウがアイテムボックスから取り出したものを見てゆいゆいが半狂乱になる。

「何って………おもちゃ?」

「何でそんなモノ持ってるんですかっ!バカッ!ヘンタイッ!」

 リョウの手に持っている、モザイクがかかっていて、ウネウネ動くおもちゃを見たゆいゆいが顔を赤くして叫ぶ。

「そんなこと言われても、何故かアイテムボックスの中にあったのよ。……それでゆいゆいはどれがいいの?」

 アイテムボックスの中には、何故か入れたはずのないモノまで入っていることがおおい。

 今回取り出したモノもそんな謎アイテムの一つだ。

 選択を迫るリョウから、逃れるようにもがくゆいゆいだが、逃げられないと悟るとニャオに助けを求める。

「ニャオちゃん、助けてよぉ。」

「んー、折角リオンが元気になったんだから、もう少し遊んであげてよ。あとゆいちゃんはどれを選ぶの?太いの?熱いの?それとも……。」

 完全に面白がっているニャオを見て、味方がいないことを悟るゆいゆい。

 クレアはすでに部屋を出ていって、ここにはいない。

「リオンのばかぁ~~!」

 宿の一室に、ゆいゆいの悲痛な叫びが響きわたるのだった。


 ◇


「クスン………。」

「それで、明日からの予定なんだけど……。」

「スン………グスン………。」

「馬車は用意してくれるって話だから、それに乗って、本陣のあるメゾの村に向かうことになってるの。」

「ぐすん………グスン……。」

「あー、もぅ!いつまでも泣いてないの。大体あなたから襲ってきたんでしょ?」

 リョウはベッドの上に横たわるゆいゆいに声をかける。

 暴れ回った所為で、乱れた着衣を直してあげながら言い聞かせるように囁く。

「これに懲りたらもう襲ってこないでね。そうじゃないと、今度は本気でやるからね。」

 リョウの言葉に、震えながらコクコクと頷くゆいゆい。

「ん、ゴメンね。話を続けるね。メゾの村に着いたら現地にいる指揮官の補佐をするのが、私達のお仕事なんだけど、マクスウェル領の方のタイミングをあわせると、明後日から2日間は、最低限戦線を維持しないといけないから、みんなは余り前にでないようにね。」

 リョウがそこまでを告げるとクレアが手を挙げて発言を求めてくる。

「クレアなぁに?」

「ん、アリスさんは一緒じゃないのよね?」

「うん、アリスはすでに王都に行ってる。何でも真贋の魔眼が使える事を神殿に報告して、登録しないといけないんだって。」

「ふぅーん、面倒そうね。」

「ま、そう言うわけだから、行くのは私達だけ。あと、アイテムボックスのことは他の兵士達にバレないようにね。………特にゆいゆい。」

「何で私っ!」

「一番迂闊で口が軽そうだからよ。この世界にはアイテムボックスというのは存在しないの。似たような効果を持つアイテムはあるらしいんだけど、それも珍しいものらしいからね。そんなの持ってるって知られたら、襲われて売られちゃうよ?」

「うぅ、わかりましたぁ………気をつけます。」

 その後も、アリスの家であったことなどを交えつつ、たわいのない話をしているうちに1日が過ぎて行くのだった。


 ◇


 チュンチュン………。

「ん………朝か……男に戻ってるな。」

 朝起きたら、まず自分の性別を確認する。

 昨日のように突然変わることもあるが、大概は寝て起きたら変わっていることが多いため、朝確認するのが癖になりつつある。

 はっきり言って異常なことではあるが、それが普通だと思うようになってきているのが怖い。

「さて、それはそれとして、この状況をどうするか……。」

 すぐ横で寝ているニャオを見て小さくため息をつく。

 最近のニャオは、リョウがリオンの時は必ずと言っていいほど布団の中に潜り込んでくる。

 リョウも、リオンの時はそれほど気にせず、二人で仲良く寝ているのだが、こうしてリョウとして目覚めたときは、かなり困ったことになる。

「うぅ、勘弁してくれよ。大体こうなる確率が高いってわかっているくせに、何でリオンの時はあぁも無防備に受け入れるんだよ。」

 リョウのそんな呟きが聞こえたのかニャオが目を開ける。

「あ、リョウだぁ~。おはよーのちゅうする?」

「しないよ。出来るわけないだろ。」

 ニャオが起きたのをいいことにベッドから降りようとするが、ニャオの両腕が首に回され動けなくなる。

「昨日はあんなに、ギュッてしてくれたのにぃ。」

「アレはリオンがやったことだ。俺であって俺じゃない。」

 最近自覚しだしたことだが、リョウの精神は、外見のアバターにかなりの影響を受けているらしい。

 実際、リオンになっているときは、自分が男だという感覚がかなり薄れていて、どちらかというと「記憶を共有している別人格」と言う方がしっくりとくる。

 だから、ニャオと一緒にお風呂に入ろうが、一緒に寝ようが、女の子同士でイチャつこうが平気なのだが、リョウに戻ったとたん、羞恥に悶えることになるのだ。

「ちぇー……。リョウでもリオンでも、センパイはセンパイなのにぃ。」

「おはよーのちゅうは、リオンの時にしてくれ。」

 リョウはそう言ってベッドからでて朝の身支度を整える。

 その間に、ニャオも起き出して、身支度を整えるため、奥の部屋へと移動していった。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン………。

「やっぱり馬に乗る訓練した方がいいかな?」

 この異常に揺れる馬車の中よりも馬の背の方が快適なんじゃないかと、窓の外から見える馬を見て思う。

「向こうに戻ったら、『騎乗』のスキル取ろうよ。」

 ニャオの言葉に頷く。

 騎乗のスキルは、馬だけではなく、ユニコーンやペガサス、果てはワイバーンやドラゴンまで、騎乗生物をのりこなすためのスキルで、それなりに人気が高いのだが、馬以外の動物を乗りこなすためには、いくつかのスキルを育てる必要があるためため、育て上げているプレイヤーはごくわずかだったりする。

「それもいいかもな。……ところで、お前はさっきから何やってるんだ?」

 さっきから、スリスリと身を寄せてくるゆいゆいをひきはがしながら訊ねる。

 狭い馬車内で、訳のわからない行動を取られると、鬱陶しい事この上ない。

「何って、責任とって可愛がって貰おうと思って。リオンにあれだけのことをされたんだから、リョウ先輩は責任を取るべきですっ!」

 そう言って、膝の上に頭を載せるゆいゆいを、諦めたように見る。

「アレはお前から先に襲ってきたんだろうが?そもそも、何でそんなにリオンを目の敵にするんだ?」

「全部、リオンの所為ですよっ!」

 リョウが聞くと、ゆいゆいはガバッと跳ね起き、掴みかかってくる。

「SLO時代、リオンの所為でギルドが壊滅したんです。忘れたとは言わせませんよ。」

「そうは言われてもなぁ………心当たりが多すぎてわからん。」

「どんだけ、悪行を重ねてるのよ。

 そばで聞いていたクレアがため息をつきながら、呟く。

「私はただ、噂のリオンにあって話がしたかっただけなのに、待ち合わせはすっぽかされ、ギルメンはアルビオンの連中にボコにされ、それ以降もアルビオンに見つかったら追い回され、アルビオンに目を付けられたギルドと言うことで、誰にも取り合ってもらえず………。」

「そう言われてもなぁ………。」

「センパイ、ひょっとしてアレじゃない?集団PK発生事件。」

「あぁ、あのふざけた名前のギルドか?でもアレは完全に向こうが悪いだろ?」

「どう言うこと?」

 興味を持ったのか、ゆいゆいをあやしていたクレアが問いかけてくる。

「事の起こりは『♨う』とか言うふざけた名前のプレイヤーから呼び出しがあった事だったかな?」

「ふざけてません!ただの変換ミスです。「ゆう」っていれようとしたのに……。」

 ゆいゆいが、つっこんでくる。

「アレはゆいゆいだったのか。………まぁいいや。」

「良くないですよっ!それにいつまでまってもきてくれなかったし。」

「いや、だからアレは、お前等が悪いんだって。俺はその日、怪しいとは思ったけど、一応指定の場所に行ったんだよ。だけどそこに待ちかまえていたのは、プレイヤーの集団でさ、30人くらいいたかな?」

「そんなっ……。あれっ、でも、前日に待ち合わせ場所の変更をしてきたのリオンですよね?」

「何のことだ?そんなことした覚えないぞ?」

「えっ、でも……副長が確かに、リオンからの伝言って………。」

「はぁ………そう言うことか。利用されたんだよ。大体、変更の連絡なら直接本人宛に送るのが普通だろ?」

 リョウは呆れたように言う。

「ま、兎に角だ。指定の場所にいったら、30人ぐらいのプレイヤーに囲まれたんで、必死になって応戦したんだよ。とは言っても流石に30人相手じゃ逃げきれなくて、10人ぐらいは返り討ちにしたけど、結局、殺られちゃって死に戻り。そこまでなら、よくあることだから良かったんだけど。」

「よくあるんだ!」

「クー姉、リオンのことは気にしたら負けだよ。」

 ニャオが失礼なことをクレアに吹き込んでいる気がしたが、気にせず話を続けるリョウ。

「間の悪いことに、保険をかける前の装備を取られちゃったんだよね。」

「あぁ、アレね。」

「どんなのだったの?」

「リオンが持ってる、キラピカロッドの原型になったものだよ。」

「アレは、リカルドから貰ったばかりだったんだ。」

「そうそう、あの頃のリカルドは魔女っ娘にハマっていたよね。他のメンバーも『姫プレイ』にハマっていたから、盛り上がって、あのロッドには当時最高のエンチャントが無駄にかけられたんだっけ。」

 私もかなり投資したよ、と笑いながら言うニャオ。

「そうだな。それを奪われたものだから、あのギルド『マイ・♥♨』が敵対認定されて、兎に角、そのギルドタグをつけたプレイヤーは泣いてギルド脱退するまで追い詰めたんだよな………リカルド達が。」

「うん、イベントとかなかったし暇を持て余していたから、タイミングが悪かったよね。」

「そんな………。」

「で、結局どうなったの?」

「ギルドマスターが全責任を被せられて、アルビオンに謝罪と、キラピカロッドの買い戻し、加えてギルド解散で手打ちになったよ。」

「その噂が流れて、キラピカロッドの値段凄いことになったよね。」

「あぁ、しかも、所持していることが発覚すると、闇討ちされるって事で、呪いのアイテム扱いにもなったよな。」

「そんな………。じゃぁ私がしていた事って………。」

「単なる逆恨み?」

 真実を知って、愕然となるゆいゆいにトドメをさすニャオ。

 その姿を何ともいえない様子で眺めるクレア。

 

 馬車の中の空気とは裏腹に、外では爽やかな風が吹き抜けていた。




 





 

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