第49話 リョウの戦略論

 パチパチパチッ………。

 深夜の平原、焚き火に使っている薪の爆ぜる音だけが聞こえる中、ガサッと草を踏みしめる音に気付いたリョウは振り返る。

「何だ、アリスだったの。子供が起きている時間じゃないわよ。」

「リョウ様………、ごめんなさい。」

「なぁに?お昼の事?アレは俺も言い過ぎたから気にすること無いわよ。」

「ううん、それもあるけど、ちゃんとお礼も謝罪もしていなかったと思って……。」

「謝罪?」

 はて、昼のこと以外で謝られるような事あったっけ?とリョウは思考を巡らせるが特に思いつかない。

「お礼はともかくとして、何か謝られるような事あった?」

 だから、直接聞いてみることにする。

「ハイ………そのお身体の事です。私の所為で………。」

 アリスは、リョウが性別がコロコロ変わる体質になってしまったことを、気に病んでいるらしい。

 リョウとしては、最初こそ戸惑ったものの、慣れてしまえばどうって事はなかった。

 伊達に、何年もネカマプレイをしていた訳ではない。ネトゲでネカマプレイしてるのと大差ないと割り切っていたため、特に気にしてなかったのだが、アリスにしてみれば、自分が巻き込んだ所為で、取り返しのつかない事になってしまったと、落ち込んでいたらしい。

「あぁ、このことね。でもアリスの所為じゃ無いでしょ。悪いのは、あのクソエルフなんだし。大体森を焼いたぐらいで嫌がらせって、心が狭すぎるでしょ。アリスもそう思わない?」

「えっと、……普通は怒ると思うよ?」

 アリスが困ったような顔で答える。

「そう?」

「うん、たぶん……。」

「…………。」

「…………。」

 それで会話は途切れてしまい、暫く沈黙がその場を支配する。

「あのっ……。」

 先に沈黙を破ったのはアリスの方だった。

「えっと、その………。リョウ様が領地間の争いに関わり合いたくないという気持ちはわかりました。その上で再度お願いします。クライン領を救うために出来ることを一緒に考えてもらえませんか?お願いします。報酬が必要というのであれば、私が一生かかっても支払います。この貧相な身体でよろしければ差し出しますし、夜のご奉仕も一生懸命頑張ります。だからお願いです。せめてお知恵だけでも貸して下さい。私、一生懸命考えました。でもいい方法が浮かばないんです。もう、リョウ様に頼る以外の考えが思い浮かばないんです……どうかお願いします。」

 アリスは、想いを総てぶつけるかのように、言葉を紡ぎ、頭を下げる。

 クレアに言われ、冷静になって考えると、自分が如何に甘えていたかということを思い知る。

 だから、自分に出来ることを必死になって考えた。

 ……だけど、何も思い浮かばなかった。そもそも、知識も経験もない子供が、そう簡単に妙案など浮かぶはずもない。

 そして最後にたどり着いた答えは、教えを請うこと、だった。

 自分に知識も経験もない事は、今更どうしようも出来ない。

 だったら、自分より知識も経験も豊富な者の力を借りるしかない。

 ただ頼るでもなく、甘えるでもなくて、自分が何が出来てい何が出来ないかを見極め、指針を示して貰う。

 そのために、誠心誠意、心を込めてお願いする……今アリスに出来る精一杯の事だった。


「リョウ、アリスちゃんがここまで言ってるんだから、考えてあげようよ?」

「ニャオ………。」

 いつのまに起きてきたのか、ニャオが背後に立っていた。

「はいはい、アリスちゃんも頭を上げて、ね。」

 ニャオはアリスを抱き起こし、リョウの膝の上に座らせる。

 そして自らは、横に座って腕を絡めてくる。

「えっと、何してるの?」

「スキンシップ。起きたらリョウが居ないんだモン。眠れないから探しちゃった。」

「俺はぬいぐるみか………。」

「ううん、大事な抱き枕。」

「あのぉ……。」

 甘えるニャオを遮るように、怖々声をかけてくるアリス。

「あー、うん、忘れてないよ?」

 嘘付け、とリョウは思うが口にしない。不毛な戦いはしない主義なのだ。

「それで、リョウは何かいい案無いの?」

「素人に何を期待してるのよ?」

「違うよ?素人じゃなくて、リョウに期待してるの。リョウなら……リオンなら、思いも寄らないバカなこと考えつくかなぁって。」

「バカな事って………。」

「素人なんだし、まともなこと考えても意味ないでしょ?」

「それもそうなんだけど、そうはっきり言われると、なんかモヤモヤする……まぁ、少し考えて見るけど。」

 リョウがそう言うと、アリスが期待に満ちた目で見上げてくる。

 その目を見てリョウは考える。

 ここまで来たら、何らかの答えを出さないとアリスはおろかニャオ達も納得しないだろう。

 だったら、効果的且つ自分たちが巻き込まれない方法を考えるべきだ、と。

「そうねぇ……先ずは勝利条件を設定しないと。」

「勝利条件?」

「そう、ザコバの罪を問うまでやるのか、マクスウェルの利権を少し奪う程度で治めるのか、マクスウェルの兵士を引き上げさせればいいのか……どうするかによって、とるべき手段も変わってくるよ。」

「うーん、最低限として兵士を引き上げさせてくれること。そして出来れば二度と同じ事が無いように出来れば……。」

 少し自信無さそうに言うアリス。

 その答えを聞いてリョウは訊ねる。

「えっと、それだけでいいの?賠償金ふんだくったりとか、ザコバを引きずり降ろしたりとかしなくていいの?」

「出来ればそうしたいけど、それで国力が疲弊したら元も子もないでしょ?リョウ様達がその……ここに来たのって魔王の所為だよね?魔王軍の驚異が迫る中、人間同士が争うなんて愚かなことしてちゃいけないと思う。」

「アリス、いい子ね。」

 思わずアリスを抱き締める。

 なんていい子なんでしょう。みんなアリスを見習うべきだとリョウは思う。

「うーん、でもそうすると……。」

 リョウは暫く思案に耽る。

 ニャオとアリスは、その邪魔をしないように、黙って見つめている。

「……うん、そうだなぁ。」

「何か思いついた?」

「ニャオが期待に満ちた目で聞いてくる。」

「うーん、実現可能かどうかまではわからないけど、概要だけならね。」

「是非聞かせて下さいっ!」

 アリスが期待に満ちた目で見上げてくる。

 そんな目で見られても、期待に添えられないかもしれないのに。

 リョウはアイテムボックスから地図を取り出して広げる。

「まずここがクライン領の領都『ラークス』、そしてここがマクスウェル領の領都『ジェムズ』、そしてこの辺り一帯が、メルクルス領……ここまであってる?」

 リョウは、それぞれの場所に、色違いの駒を置いてアリスに確認する。

「えぇ、あってます。」

「ありがと。じゃあ次ね。アリスの話だと、この領界線沿いの……アルバ?の砦が、マクスウェル領の兵士によって占領されたって話だったけど……。」

 リョウは、アルバの砦のある辺りに新しい駒をおく。

「そうなんです。それであいつ等は、この辺り一帯の村や町を『警備』という名目で荒らし回っているんです。」

「なるほどね……。ザコバの狙いは……そう言う事ね。」

「何かわかったんですか?」

「うん、たぶん……。ねぇ、アリス。ザコバが言いがかりに近い理由で攻めてきたのって何でだと思う?」

「それは……自分の領地を差し置いて、発展しているクライン領に対する嫌がらせじゃないでしょうか?」

 アリスが考えながら答える。

「うーん、動機はあってると思うけど、単なる嫌がらせだけで兵士を動かすかな?兵を動かすにはお金がかかるんだよ?」

「それは……略奪とかで……。あっ、賠償金ですか?」

「そうだね、お金とは限らないけど、言いがかりでも何でも、『お前のところの所為で兵士を動かすことになったんだ。責任を取れって迫ってくるだろうね。そしてザコバが狙ってるのはここ………。」

 リョウはアルバの砦の近くの小高い山林に駒をおく。

「警備が甘いから被害が出た。今後は自分たちが代わりに警備をするからよこせ、とか言って砦周り一帯を切り取るつもりなんだと思うよ。この辺りには村も少なく農地になる場所もほとんどない。これ以上争いが長引いて領都まで戦禍が及ぶぐらいなら……って思うんじゃないのかな?」

「確かに……そうかもしれません。」

「そこがザコバの狙い目だよ。この辺り一帯は一見重要度が低く見えるけど、この山林の中腹には水源があるんだよ。地形的に見ると、クライン領の水資源の半分は、この水源に頼っているから、ここを抑えられるのは、首に縄を掛けられるのに等しいと思うよ。領主がこのことに気付いていればいいけど、気付いてなかったら、早期解決を選ぶ可能性もあるよね。」

「……リョウ様凄いです。」

 アリスの目がキラキラしているが、今がけっこうヤバい状況だって事を理解しているのだろうか?と心配になってくる。

「それでリョウ、解決策はあるの?」

 ニャオが先を促してくる。

「実現可能かどうかを無視すれば、という前提条件でならなくはないわ。」

「教えてくださいっ。どうすればいいんですか?」

「要は、ザコバが兵を引けばいいんだよね?」

「そうですね。でも、そのためにどうすればいいかが……。」

「方法は3つある。先ずは時間ね。」

「時間………ですか?」

 アリスが何のことか解らないと首を傾げる。

「そう、時間よ。ザコバも、しょせんはただの領主に過ぎないわ。王様が出張ってきたら色々不都合があるでしょう?だからその前に決着をつけたいと思ってるはずよ。そして国としても、いくら小競り合いとはいえいつまでも放置できないでしょう?近い内に動くはずよ。」

「そうなんですね、よかった……。」

 安心した、というように息を吐くアリスにニャオが待ったをかける。

「いいのかな?余り良くないような気がするけど?」

「えっ?」

「……まぁ、いいか悪いかは、何ともいえないかな?」

「えっと、その……どう言うことでしょう?」

「王様が出てくるってことは、問題を解決できなかったってことになるでしょ?領地を任されているのに、問題を解決できず、王様の手を煩わせたって思われたら、何らかの処分があるんじゃない?だから時間がなくて焦るのはクライン領でも一緒だと思うけど、結果だけ見れば解決よね?」

 リョウはそう言ってアリスをみると、アリスは瞑目して何かを考えている。

 ちょっと意地悪だったかな?と思っていると、アリスが口を開く。

「リョウ様、他の方法を聞いてもよろしいですか?」

「まぁ、二つ目も三つめも、戦うって事で同じ様なものなのよ。ただ目標が違うだけで。」

「目標………ですか?」

「そう、二つ目はアルバの砦を破壊しちゃう事。拠点が無くなれば帰るしかないでしょ?で三つ目はマクスウェルの領都『ジェムズ』を攻める事流石に自分の家が燃えていたら帰るでしょ……普通は。」

「流石にそれは難しくない?簡単に出来るようなら…すでにやってるでしょ?」

 ニャオが言うとアリスも頷く。

「だから最初に『実現可能かどうかを無視』って言ったでしょ。ただね、アルバを攻めて、そこに意識を向けさせている間に、メルクルス領の兵士が、この辺りから攻め入ることが出来れば……。」

「不可能じゃないよね。アルバの砦を攻めて、優勢若しくは均衡を保っていれば、ジェムズが攻められているって連絡が入ったところで敵は崩れるってことね。」

 リョウの言葉をニャオが引き継ぐ。

 この戦略は、SLOの対ギルド戦でよく使っていたので、ニャオとしても馴染み深いものだった。

「まぁ、メルクルス領主が動いてくれるかどうかがわからないとか、攻め入るタイミングがシビアだとか問題が山積みで現実的じゃないけどね。」

 リョウがそう言って話を締めくくる。

 一応道は示したし、どの方法を選ぶにしても、リョウ達が関わる隙間もない……完璧だ!とほくそ笑むリョウ。

「リョウ様、ありがとうございます。お陰で道が見えました。」

 そう言って深々と頭を下げるアリス。

 別に何の解決にもなってないんだけど、と思いつつ、アリスがいいならいいかと、あっさりと思考を投げ出すリョウ。

「最後に一つお願いがあるんですが……いいでしょうか?」

「聞くだけ聞いてあげる。叶えれるかどうかは別問題ね。」

「ありがとうございます。さっきのお話をお父様の前でしていたけませんか?」

「お父様って……領主?何で?」

「色々考えましたが、リョウ様の戦略が一番いいと思ったからです。ただ、私の言葉ではお父様に届かないと思うので……経験豊富な冒険者からの助言と言うことであれば、お父様も聞いてくれると思うんです。」

「ちょっと待って。ちゃんと話し聞いてた?実現するには問題が多いって言ったよね?」

「大丈夫です。ちゃんと聞いていましたから。リョウ様の指摘された問題点さえクリアできれば実現可能なんですよね?」

「だから、その問題が大変なんだけど……。はぁ、解ったわ。」

 絶対に後に引きません!という決意を込めた瞳でじぃーっと見つめられ続ければ、降参するより他無かった。

「ありがとうございますっ!じゃぁ早速出発ですよ!」

「出発ってこれから?」

「はい、グズグズしてる暇はありません。今から夜通し駆ければ、朝にはラークスに着きます。馬車の中で寝ればいいのですから問題ないですよね?私御者を叩き起こしてきますので、すぐ出発できるようにお願いしますっ!」

 アリスはそれだけ言い残して駆けだしていく。

「えっと……。」

「……俺、悪くないよね。」

「うん、たぶん……。」

「そっか……。」


 どこで何を間違えたのだろう?何がアリスをあそこまで駆り立てたのだろう?

 答えの出ない謎に頭を悩ませるリョウだった。





 


 

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