第48話 アリスルート!?

 ガタンゴトン、ガタンゴトン……。

 馬車の揺れが気持ち悪い。

 向こうにいるときには乗り物酔いには無縁だったのにな、などと思いつつ周りを見ると、リョウの膝の上に頭をのせてぐったりとしているゆいゆいと、そこまで酷くはないが、リョウにもたれかかって顔を青ざめさせているニャオの姿がある。

 向かい側には、にこにこと笑顔のアリスと、一見平気そうな顔をしているクレアが座っている。

「クレアは、大丈夫なのか?」

 この世界の馬車に慣れているアリスは別として、クレアが平気そうなのが意外だった。

「大丈夫、とは言い難いけど、動けなくなるほどじゃないわ。」

「そうか。しかしクレアが乗り物に強いとは意外だったよ。」

「そうね、自分でもそう思うわ。結構バス酔いはする方だったから。あ、でも船酔いはしたことがないから、案外ある程度の揺れを超えると平気なのかも?」

「そういうものかもしれないな。」

 リョウはクレアの言葉に頷く。

 バスによく酔う癖に船や飛行機は大丈夫という話はリョウも聞いたことがあるので、そう言う体質の者もいるのだろうくらいにおもう。

「そういうリョウこそ大丈夫なの?顔色が悪いわよ?」

「正直よくはないな。我慢出来なくはないけど気分は良くない。」

「そうなのね。だったら少し眠るといいわよ。しばらくは安全だって言うし、この子達もいるからね。」

 クレアはそういってラビちゃんの背中を撫でる。

「そうだな……まぁ、考えておくよ。」

 そういってリョウは黙り込む。

 確かに寝れば少しは楽になるかもしれない。しかし……。

 そう考えつつも、最近の疲れが溜まっていたのか、ウトウトとしてしまう。


 ◇


 あらら、寝ちゃったのね。

 クレアは、目の前でコックリコックリとしだしたリョウをみて微笑む。

「この数日、色々あったから仕方がないわね。」

 クレアたちが、このアナザーワールドに改めて足を踏み入れてから10日程経つ……、いや、10日しかたっていないと言った方がいいかもしれないわね、とクレアは思う。

 自分たちの意志で初めてやってきたアナザーワールド。

 当初の予定では10日から2週間で戻るつもりだったのだが……。

「最短3ケ月いないといけないのよね。」

 クレアはリョウの膝の上に頭を乗せて眠っているゆいゆいを見る。

「3ヶ月ですか?」

 不意に横から声がかかる。

 あぁ、そう言えば、アリスさんが起きてたのを忘れていたわ。

「え、えぇ、……そういえばアリスさんには知られてしまったのでしたね、私たちの事。」

「あ、はい、ゆいゆいさんが言われた、ですよね?私は契約に縛られていますので口に出すことは出来ませんけど。」

「そうね……まぁ、アリスさんならいいですか。私たちはずっとこの世界にいられるわけじゃなく、定期的に元の世界に戻らないといけないの。」

「そうなんですか?」

「詳しくは言えないんだけど、そうなのよ。それでね、本当なら、そろそろ戻る予定だったんだけど、色々あって、3か月は戻れなくなっちゃったのよ。」

「そうだったんですね。でも、クレアお姉さまには悪いですが、私は嬉しいです。少なくとも3か月は一緒にいられるんですから。」

 にこにこと笑いながらそう言うアリスを見て、クレアは見えない様にそっとため息を吐く。

 リョウは領都までアリスを送り届けたら、そのまま離れるつもりだということを伝えていたはず。

 ……この子も一筋縄でいかない性格をしてるのよね。

 クレアが見てきた限り、リョウはなんだかんだと言っても優しく、頼られれば断らない性格をしている。

 ニャオは、そんなリョウの事が好きだから、リョウが決めたことには最終的に従うだろう。

 ゆいゆいは……立場的に何も言えないわよね。

 そうなると、リョウが篭絡されれば、私たちの力を貸さざるを得なくなるので、リョウの事を見張っていなければいけないと思うクレアだった。

「アリスさんは、領都に戻ってどうするつもり?」

「そうですね。私が魔女様に授かった力は、真贋を見抜く力と断罪するための力ですが……この力をどう使えば戦を止めることが出来るのか……わからないです。」

 しょんぼりと落ち込むアリス。

「断罪する力って具体的にはどういうものなの?」

 落ち込むアリスを元気つけるために、何か力になれないかと思ってそう問いかけるクレア。

 警戒していると言いながらも、アリスの事を放っておけないクレアだった。

「どのような人でも、罪に対しての罪悪感というものは存在します。ただそれが大きいか小さいか、自覚しているかしていないか、自覚していても誤魔化すことのできる人もいますが、とにかく、一欠けらでも罪悪感があれば、強制的にそれを引き出し、反省を促すことが出来る力です。」

「うーん、よくわからないわね。結局どういうこと?」

「そうですね……うまく説明できないのですが、要は自分が悪いことをしている、ごめんなさいしなければ!という気持ちを強くするってことです。」

「それって意外と強力な力なんじゃ?」

「そうなんですけど、それだけに発動条件も厳しくて……相手の心次第ですが、少なくとも10分以上は対象になる人と対峙する必要があるんですよ。」

「なるほどね、戦闘中に使える力じゃないってことね。」

「そうです。どちらかというと、裁判など、罪を裁く場で発揮できる力ですね。」

 クレアはその言葉を聞いて一つの結論を導き出す。

「じゃぁ、まずはそのザコバって人を話し合いの場に連れ出さないといけないわね。領主が罪を認めれば一応解決する……のかしら?」

「そうですね……そうですよ、それしかないです。そのためには……。」

 アリスが何やら思いついたようにぶつぶつと呟くのを見て、クレアは視線を外に向ける。

「あら?あれは……。」

 遠くの方で土煙が見えた気がしたクレアは目を凝らす。

 アルとラビちゃんが気配を察知したようで、戦闘態勢に入る。

「リョウ、起きて!リョウ!」

 嫌な予感を感じて、クレアはリョウを揺すり起こすのだった。


 ◇


「……って……リョウ、起きてっ!」

「……ん……クレア?」

「リョウ、目が覚めた?こっちに何かが向かってきてるわ。警戒して。」

「……うん……あっ、また変わってる。」

 リョウは自分の姿を見てため息を吐いた後、『装着チェンジ』と唱える。

 すると、リョウの身体が一瞬光に包まれ、光が消えた後の現れたリョウの姿は、ミニスカワンピースの姿に変わっていた……以前ニャオが用意したの装備だ。

 普段のリョウの装備では少し重く動きにくい。しかも、女の子になった時に多少体格が変わるため、その装備をそのまま着ることが出来ない。

 しかし、女性ものの装備はこのリオンの装備しか持っていなく、またこの装備が中途半端に性能がいいため、街売りの装備では代替品にもならなかったので、仕方がなくこれを使っているのだ。

 リョウが装備を変更したのを見て、クレアも自分のネックレスに手を当て『装着チェンジ』と唱える。

 クレアも光に包まれた後、戦闘用の装備へと変わる。

 アインベルからもたらされた早替えのエンチャントは、使い勝手がいいため、クレアたちの装備にも付与してある。

 お陰で旅の間でも、身軽な普段着でいられるので、クレアたちとしては大歓迎だった。

「ニャオ、ゆいゆい、起きて、敵みたい。」

 リョウが二人を起こす。

「ん~、リョウ、リオンになっちゃった?」

「みたいだよ。」

 寝ぼけ眼で聞いてくるニャオに応えるリョウ。

 ここ数日で分かってきたのだが、リョウが寝て、起きた時に性別が変わることが多い。ただ、寝て起きたら必ず変わっているというわけではない為、いつ変わるかは誰にもわからないというのが困りものだった。

 しかし、ここ数日でみんな慣れてきたのか、当初ほど大騒ぎすることはなかった。

「そっかぁ……『装着チェンジ』」

 まだ半分寝ぼけているみたいだが、戦闘準備だけはしっかりとするニャオ。

 その間にゆいゆいも起き出して、しっかりと装備を整えている。

「ん?ゆいゆいどうしたの?」

 じーっとこっちを見ている、ゆいゆいの視線を感じてリョウが訊ねる。

「いえ、リオンだなぁって……別に恨みがない訳じゃなくって恨みだらけなんですけどぉ……複雑な乙女心なので気にしないでください。」

「そっか。じゃぁ気にしないね。」

「うぅ~、リョウセンパイ、喋り方も女の子っぽくなって……ズルいです。私より女の子してますぅ。」

「そんなこと言われても……あまり嬉しくないなぁ。」

「ハイハイ、そこまでよ。それよりリョウ、アレどうするの?」

 土煙はかなり近くなっていて、目を凝らせばその詳細が分かる。

「騎馬に乗った盗賊……いや、あの装備は兵士ね。問題はどっちの兵士かってことなんだけど。」

「……あれはマクスウェルの兵士たちですね。」

 顔が分かるくらいに近づいてきた兵士たちを見て、アリスが言う。

「へいへい、旅人かい?黙って馬車を止めな。」

「俺たちの言う事を聞かないと、どうなっても知らないぜぇ。」

 きひひ、と下卑た笑いを漏らす兵士。

「安心しなって、俺たちは温情深きクライン領の兵士だからよぉ。いう事を聞けば命まではとらないって。」

その兵士の言葉を聞いたアリスが憤る。

「何てことっ!我がクライン領には、あのような品のない兵士はいません!」

 御者が迷った表情で振り返るが、リョウはそのまま行けと合図する。

 そして窓を開けてリョウが顔を出す。

「一応要求を聞いてあげる。何の用?」

「ひょ~、ベッピンさんだぜぇ。」

「俺たちはついてるなぁ。」

 そんな兵士たちが騒ぐこっを抑えて、リーダーらしい男が口を開く。

「なぁに、最近ここらを怪しい一団が通るって言うので調べてるんだよ。アンタらも怪しいよなぁ、じっくりと調べないといけないよなぁ。」

「へへへっ。そうだぜ、身体の隅々まで調べないとなぁ。」

 気持ち悪っ!

 下卑た笑いをする男の声を聴いて、リョウは背筋がぞっとする。

 こういうのとは関わり合いにならないのが一番だよね。

 リョウはそっと風の加護を馬車全体に張り巡らせると、馬車のスピードが少し上がる。

「あ、クソッ!手前ら追えっ。」

 兵士たちを乗せた騎馬が馬車の後を追ってくる。

「そうそう、そう言う風に一団になってくれれば楽なんだよね。」

 リョウはそういいながら窓から身を乗り出し、馬車の幌の上に飛び乗る。

「きゅいっ!」

「お、ラビちゃんもやる?」

「きゅいきゅいっ!」

 リョウを追って飛び出してきたラビちゃんが「任せておけ」というように親指を立てる。

 召喚獣たちは、リョウがリオンの姿になっている時は、やけに愛想がよくなる。

「ラビちゃんが手伝ってくれるなら、あの手で行くかな……土よ来たれ!マッドプール!」

 追ってくる騎馬たちの足元がぬかるみ、バランスを崩して次々と倒れていく。

「ラビちゃん、お願いっ!」

「きゅいっ!」

 ラビちゃんの電撃が一団を襲う。

「トドメだよっ、グランド・フォール!」

 騎馬たちの足元が崩れ落ち、埋もれていく。

「これで終わりっ!」 

 ラビちゃんとハイタッチをかわすリョウ。

「リョウ、ラビちゃん、早く戻っておいでよ。」

 馬車の窓からニャオが顔を出して声をかけてくる。

「ハーイ。」

 ラビちゃんと共に馬車の中へと戻るリョウ。

 中ではアリスがプンプンと怒っていた。

「アリス、どうしたの?」

「悔しいんですっ!あんなのがクライン兵を名乗って好き勝手やって……。でも、それを止められない自分が情けなくて、悔しくて……。」

「はいはい、泣かなくていいから。」

 リョウはアリスの頭を撫でてあやす。

「ぐすん……リョウ様、 ザコバやっつけるの手伝って下さい。」

「んー、無理。」

 アリスのお願いを一言で切って捨てるリョウ。

「何でですかっ!ここは泣いているアリスちゃんを慰めながら『俺に任せておけ!』って言うところですよっ!そうしたら私の好感度アップも間違い無しですっ!アリスちゃんルートですよ。以外とチョロいんですよ!さぁさぁ、アリスちゃんのお願いきいてくださいよ。」

「そんなこと言われてもねぇ、大体アリスルートに入ったら、貴族関わってくるでしょ?」

「いいじゃないですか、それくらい。」

「ヤだよ、めんどくさい。」

「あーっ!面倒って言ったっ!私のこと面倒な女だって言ったっ!

 ポカポカポカと、駄々っ子パンチを繰り出すアリス。

 それを受け止めながら面倒そうに言うリョウ。

「大体、ザコバをやっつけるって言うけどどうするの?ここまで来たら軍勢のぶつかり合いは避けられないでしょ?いくら何でも軍隊相手になんて出来ないわよ?」

「うぅ、それでも、リョウ様なら何とかしてくれるって信じてますっ!」

「聞き分けのないこと言わないのっ。俺達はアリスをラークスの街まで送り届けて報酬をもらう。それでおしまい。わかった?」

「わからないですぅ!リョウ様こそ何でわかってくれないんですかっ!力を貸してくれてもいいじゃないですかっ!」

「だから言ってるでしょ?軍隊相手に戦う力なんて無いのっ。それとも何?戦場に出て死んで来いって命令するの?あなたたち、お貴族様の捨て駒になれって?」

「そ、そんなこと……。」

 アリスは悔しそうに俯いて唇を噛み締める。

「リョウ、言い過ぎよ。」

「……そうね。ゴメン言い過ぎたわ。」

 リョウはそう言うと、窓から身を乗り出して幌の上へ逃げ出す。

「あ、リョウ。」

 ニャオがその後を追っていき、どうすればいいかわからず、その場でオロオロするゆいゆい。

「アリスさん、リョウも悪気があって言ってるわけじゃないのよ。ただね、リョウの言うとおり、私達は何の訓練もしていないただの冒険者なの。アリスさんが何を期待しているかわからないけど、私達が力になれることなんて思い浮かばないわ。」

「わかってる………けど、リョウ様なら、それでも何とかしてくれるって………期待するのも……ダメなんですか……。」

 アリスが力無く呟く。

「期待するのは勝手だけどね、重い期待を背負わされる人の辛さは、アリスさんがよくわかっているんじゃないの?」

 クレアの言葉にアリスが黙り込む。

 重い空気を乗せたまま、馬車は街を目指して駆けていくのだった。








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