第45話 クレアの目標と未来予想図

「ということで、明日から三日間、アリスに付き合うことになったんだが……大丈夫か?」

 リョウは話を止めて、ゆいゆいとアリスを見る。

 アリスは飛び出していった後、ラビちゃんたちに引きずられるようにして戻ってきた。

 森の中は危ないので、早めに確保できてよかったのだが、戻ってきてからリョウと俯いたまま視線を合わせようとしない。

 そしてゆいゆいは、お仕置きが終わったのか、ニャオたちと一緒にテントから出てきたが、ぐんにゃりとしていて、さっきからニャオの膝の上に倒れ込んだままだった。

「なぁ、いったいテントの中で何があったんだ?」

 リョウが聞くと、アリスはびくっと体を震わせ、隣にいたクレアの陰に隠れる。

「あはは……ついついノリ過ぎちゃって、やりすぎちゃったかも?」

 ニャオは、ぐんにゃりしたゆいゆいの頭を撫でながら、困ったように笑うが、何があったかという具体的なことは答えてくれない。

「何なら、今夜一緒にやってみる?」

 ニャオが笑いながら言うと、膝の上にいたゆいゆいの身体がビクッと強張るのが見て取れた。

「……いや、なんか後に引けなくなりそうだからやめておくよ。」

 リョウは背筋に冷たいものを感じながらそう辞退する。

 その後、遅めの食事を取りつつ、他愛のない会話をして、アリスもゆいゆいも普段の調子を取り戻した頃にはかなり夜が更けていた。


「さて、これから森の奥へと進んでいくわけだが……ほんとについてくるのか?」

 リョウは、すでに装備を整えたニャオたちに、確認を取る。

 契約を交わしたのは自分だけなので、三人には先に街に戻ってのんびりしていていてもらって構わなかった。

 これから向かう森の奥に、魔女がいる保証はないし、というかリョウは見つからないと思っているので、アリスには言えないが、そんな無駄なことに付き合わせるのが申し訳ないと思っていた。

「当たり前だよ、森の奥はまだ行ったことないでしょ?どんな危険があるかわからないじゃない。」

 そういうニャオに、リョウは小声で囁く。

(ほんとにいいのか?ただ三日間森の中をさまようだけだぞ?)

(いいよ、ついでに採集とか、くーちゃんの召喚獣探しとかできるし。)

「それともぉ、リョウはアリスちゃんと二人っきりになりたいのかなぁ?二人っきりで何するのかなぁ?」

 ニャオはみんなに聞こえるような声でそんなことを言う。

 それを聞いたアリスが、顔を真っ赤にさせて、クレアの陰に隠れる。

「………ぜひ一緒について来て下さい。オネガイシマス……。」

 リョウは即座に白旗を上げる。

 この手の言い合いになったら、リョウの勝率は高くなく、最近では無駄な努力をしないようにしていた。

 そして、総勢6人と3匹となったリョウたちのパーティは森の奥へと分け入っていくのだった。


 ◇


「クレア、そのロッドの使い心地はどう?」

 リョウは、ブラッドウルフを倒したばかりのクレアに声をかける。

「いい感じよ。特にクリスタルを持ち替えなくてもいいのが助かるわ。」

「それは良かったよ。」

 リョウは、クレアの持つロッドに目を向ける。

 ロッドというよりワンドと称した方がいいような長さの杖。

 そのトップには魔法陣を刻み込んだ大きめの魔石と、5つのクリスタルが埋め込まれている。

 このクリスタルは、USOでのクレアが持っていた「召喚石」で、一つのクリスタルの中に1種類のモンスターの技を覚えさせ使用することが出来る。

 一度覚えさせれば、上書きしない限り、永久に使用できること、プレイヤーでは覚えられえない特技が使えることが最大の特徴で、USOでは一つのクリスタルだったのが、アナザーワールドに来たら5つに分かれていた。

 そのため、使用する際にはクリスタルを持ち替える必要性があったので、かなりの不便を強いられていたから、何とかしようとリョウが作成したのが、今クレアの持つマジカルロッドだった。

「何か新しい特技、習得できたか?」

「んー、一つだけ……『疾風爪エアクロウ』!」

 リョウの背後に迫っていたブラッドウルフに対して、クレアが杖を振るう。

 杖の先から飛び出した、目に見えない爪が、ブラッドウルフを切り刻み、その息の根を止める。

「おー、なかなか使い勝手よさそうじゃん?」

「そうなんだけどね、本当は『雷迅爪サンダークロウ』の方を覚えたかったんだけど、無理だったのよ。」

「あー、やっぱりレベルとか関係あるのかなぁ。」

 疾風爪も雷迅爪もさっき襲ってきたサンダーベアの特技だ。

 先に雷迅爪を受けていたから、順番で覚えれなかったということはあり得ない。そう考えると、覚えれる特技が決まっているのか、レベル制限があるかのどちらかだろう。

「レベルねぇ……。リョウ、私のLv23ってどれくらいの強さなの?」

「どれくらいって言われても……まぁ、こいつらを瞬殺できるくらいには強いけどな……。」

 襲い掛かってくるブラッドウルフを、2体切り捨てた後、風魔法のエアロカノンで、数体をまとめて吹き飛ばす。

 ブラッドウルフは、USOでは平均Lv15のモンスターなので苦戦することはないが、こっちの世界では、腕利きのハンターが数人がかりで仕留めるほどの魔獣だ。

 冒険者でも、Dランクのパーティで互角に戦える程度なので、Eランク冒険者であるリョウ達がランク以上の実力があることは間違いないのだが……。

「昔のRPGで最高Lvが30っていうのがあったから、その世界ならラスボスと戦えるぐらいなんだろうけど、USOだと、上限がどこにあるかわからないからなぁ。」

 現在、USOの公式が発表している限界Lvが65なので、リョウ達は中間ぐらいの強さといえる……が、つい先日LV80の開放クエストが発表された。そして同時に、グランドクエスト第一章のラスボスのLvが150と発表されたばかりだ。

 そのことから考えれば、プレイヤーの限界LV開放クエストが順次発表されていくのは間違いなく、上限がどこにあるのかがわからない。

「……で、強いの?弱いの?」

 リョウの説明を聞いたクレアがズバリと聞いてくる。

「一般人よりは強い。スローライフを送るには十分。冒険者としてはまだまだ。上には上がいる。そして……。」

「そして?」

「魔王軍と戦うには、アリが象に挑むのに等しいぐらいの差がある。」

「……つまり?」

「……弱い。」

「そうなのね。」

 クレアが沈んだ声を出す。

「この間の地竜な、アレ『竜』って付いているけど、亜竜っていう分類になっていて、厳密にはドラゴンじゃないんだよ。」

「どういうこと?」

「カブトムシの種類かと思っていたら実はゴミムシだったってこと。」

「わけわからないわ。」

「ん~、宝石だと思ったら実はガラス玉だった、とか?」

「なんとなくわかるようなわからないような……。」

 例えに頭を悩ますクレア。

「とにかく、地竜ごときにあれだけ苦労する俺達では、属性龍を配下にしている魔族には到底敵わないってことだよ。」

「そうなのね。」

「そうなんだよ。だから俺たちは、当初の予定通り、辺境にこもってスローライフをおくるのがお似合いってこと。」

「そうよね……でも、ある程度強くないと召喚獣が仲間になってくれないのよね?」

「まぁ、強さがすべてじゃないけど、奴らはLvが高くなるほど、自分が認めるほどの

強さがなければ臣従してくれないからな。」

 そう考えれば、餌につられたラビちゃん、ラビちゃんを認めたアル、助けてもらった恩返しのひよちゃんという、今の3匹は稀な例であると言える。

「何か召喚獣にしたい魔獣がいるのか?」

「えぇ、ラビちゃんたちもいいけど、もっと大きな子が欲しいの。こう、ギュって出来るような、モフモフした毛並みの子がね。」

 そういってクレアは、こちらを伺うブラッドウルフを見る。

「あいつらじゃぁ、モフモフ感が足りないか。……オオカミといえば幻獣フェンリル……、モフモフしていてギュって出来るほどの大きさといえば、モフモフベアー……あとは、少し小さいけどファニーキャットあたりか。全部高レベルでしかもレア種だな。」

「そうなのね……でも、夢と目標は大きく持たないといけないよね?」

 クレアが目を輝かせて言う。

「……そうだな、いつかフェンリルをギュってするために、レベル上げ、頑張ろうな。」

「えぇ、頑張るわ。」

 そういって、クレアは最後のブラッドウルフに対して疾風爪を放つ。

「頑張ってくれよ。」 

 すべての敵を撃退したことを確認したリョウは、ラビちゃんたちにクレアの警護を任せてその場を後にするのだった。


 ◇


「何か見つかったか?」

 戻ってきたニャオに声をかけるリョウ。

 森の探索を開始して2日目、今日は昨日設置した拠点を中心にして、二手に分かれて魔女の住処の痕跡を探っている。

 クレアたちは拠点近辺を中心に探ってもらい、リョウとニャオは、森の中心部付近を探っている。

 もう少し探索して安全が確認されたら、拠点をこの付近に移し、最終日の明日、森の中心部の奥に向かう予定だ。

「まぁ、魔女の住処なんてあったとしてもそう簡単には見つからないだろ。のんびり行こうぜ。」

「そうだよねぇ。それよりアリスちゃんのことどうするの?」

「どうするって?」

「ほら、この依頼が終わったとの事よ。一緒に連れて行くの?」

 ニャオがリョウの膝の間に座り込み、見上げながら聞いてくる。

「なんでそうなるんだよ?依頼が終わったら、街まで送って行って報酬もらって、ハイ、サヨウナラ、だ。そのあとはスローライフを送るために必要なものを買い込んで、辺境に引っ込むんだよ。」

 図らずも、ニャオを背後から抱きしめる形になったリョウは、少し照れながらもそう告げる。

「でもねぇ、助けた領主の娘がその後行動に共にするっていうのはラノベの定番でしょ?それにザコバだっけ?そいつに侵略されてクライン領おしまいでしょ?そうしたらアリスちゃんの扱いもどうなるか……。」

「何気に酷いことを言ってる気もするが、ニャオは一つ忘れてるぞ。訳アリの領主の娘ってのはトラブルホイホイだっていうのもラノベの定番だ。そんなの抱えていたらスローライフどころじゃなくなるぞ?まぁ、アリスについては、今のうちに王都にでも送っていけば、反乱後の処遇については何とかなるんじゃないか。」

「ふーん、じゃぁ王都に行くの?」

「状況によってはな。」

「そっかぁ。じゃぁ、王都に行ったら辺境に引っ込む前に、依頼を少し受けようよ。スローライフの中にも刺激は必要でしょ?たまには冒険もしないとね。」

「それもそうだな。レベルは上げておいた方が何かと便利だし、分相応な依頼なら問題ないだろ。」

 ニャオと話す未来予想図は、リョウにとって心躍るものだった。

 可愛い女の子と未知なる冒険、そしてまったりとしたスローライフ……リョウの理想がここにはある。

 リョウは初めてミシェイラに感謝してもいいと思えた。


「それはそれとして、もし魔女に会えたらどうするの?『力』がもらえるんだよね?」

「『試練』とかいうのを切り抜けたら、だけどな。そう簡単にパワーアップさせてくれないっていうのはお約束だろ?」

「でも、主人公はそれを切り抜けちゃうって言うのも定番だよね。力ってどんなものなんだろうね?アリスちゃんの話ぶりだと、望む力がもらえそうな感じだけど。」

「望む力っていうより、スキルと言った方が俺達にはわかりやすそうだけどな。そう考えると多少夢が広がるか?」

「悩みも増えそうだよねぇ。特技を伸ばすか、弱点をカバーするか。」

「だな。まさか異世界に来て、ゲームと同じ悩みを抱えるとは思わなかったよ。」

 リョウとニャオは、ああでもない、こうでもないと、もらえる力について話を膨らます。

 まだもらえると決まったわけでも、ましてやその魔女が存在するかどうかもわからないのに、実に平和な光景であった。






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