第46話 授力の魔女

 依頼を受けて3日目。最終日の今日、リョウはアリスに告げる。

「泣いても笑っても今日が最後だ。引き返す時間も考えて昼過ぎには一度ここまで戻ってくる、という事でいいか?」

「……そうですね。仕方がないですよね。」

 アリスが力なく頷く。

 この2日間、森の中を隈なく探したのに、魔女の気配の欠片すら見つからないのだから無理もないだろう。

「なぁ、アリス。こういう言い方はしたくないんだが、もし魔女が見つからなかったら、どうするんだ?」

 見つからなかったらというより、まず見つからないだろう。

 だからこそ、今のうちのアリスの考えを聞いておきたかった。

 隣の領地に行くのか、王都に向かうのか、それとも自分の領地に戻るのか……少しぐらいなら寄り道して、いきたい場所まで送り届けてやってもいい、そう思えるぐらいには、アリスに対して情がわいていた。

「そうですね……もし見つからなければメルクリス領に身を寄せようと思っています。もともとお父様にはそう言われておりましたし。」

 メルクリス領は、クライン領の隣に位置し、ここからは馬車で1日の距離にある。

 領主同士が縁戚関係にあって、昔から仲が良いため、娘を匿ってもらえるように頼んだのだろう。

 実際に、アリスの乗せた馬車は、リョウたちのいる街を経由してメルクリス領に向かう予定だったらしい。

 しかし、その途中で盗賊に襲われ、護衛達の機転により、ただ一人森の中へとにげだした。

 追手から逃れ、森の中で彷徨っている時に、旅の途中で聞いた『授力の魔女』の噂を思い出し、探してみようと奥地へ足を踏み入れ……リョウに助けられたというわけだった。

「そうか……、まぁ、今日はここから、森の深淵部に向かう。それで見つからなければ、諦めてメルクリス領に行くんだな。そこまでは送って行ってやるよ。」

「ありがとうございます……。でも、私はギリギリまであきらめません。」

 そういって、アリスは森の奥へと、先頭に立って歩きだす。

「まぁ、夢を見ることと希望を持つことは、誰にもとめることは出来ないからな。」

 リョウはそう呟くとアリスの後を追いかける。

 見つからなかった時、どうアリスを慰めるかということを考えながら……。

 力を与える魔女が、そんな簡単に見つかるわけがない、その時のリョウはそう考えていた。


 考えていたのだが……。

「なんでこんなアッサリ姿を現すんだよっ!」

 リョウは目の前に立つハイエルフに対し叫んでいた。

「あら?せっかく呼びかけに答えて出てきてあげたのにご挨拶ね?」

「いや、出てくるならもっと早く出て来いよ。大体呼びかけって言うなら昨日もその前もアリスが呼んでいたぞ。こんな幼気な子を焦らして楽しいのか?」

 リョウがそういうと、ハイエルフは、うっと言葉を詰まらす。

「べ、別に焦らしたわけじゃないわよ。昨日はちょっと……。」

 寝ていて気付かなかったとは言えず、誤魔化すハイエルフの魔女だった。

「と、とにかく出てきてあげたんだから感謝しなさいよ。それで何の用なの?」

「授力の魔女様にお願いがあります。私に力を……欺きを見極める力を、真実の道を見通す力を授けてください。」

 アリスは一歩前に出て、自分の願いを口にする。

「授力の魔女って……また古い呼び名が出てきたわね。力を求めるのならば相応の対価が必要になるのは分かってる?求めるものの大きさによっては、今のあなたでは分不相応かもしれない。古来より、分不相応な願いを口にした者に待つ未来は……破滅よ。その上であなたに問うわ。あなたはなぜ、何のために力を求めるの?」

 ハイエルフは、先程迄の軽い感じではなく、真剣なまなざしでアリスに問いかける。

 その様子をリョウたちは黙って見守る。

 今、ここではリョウたちの出番はない。それが分かっているから傍観者として成り行きを見守る。

「今、お父様と、領地の人々が、ある謀略によって危険に晒されています……。」

 アリスは、現在クライン領が置かれている状況と、その元になった出来事、このままいけば起きる凄惨な未来の予想を、ハイエルフに対して真摯に語りかける。

 拙い言葉ではあったが、そこに込められた思いは、紛れもなくアリス自身のすべてであった。

「ふぅーん、覚悟はあるみたいね。いいわ試練を授けてあげましょう。その試練を乗り越えることが出来たのなら、今あなたの置かれている困難に対処できる力を授けてあげるわ。」

 ハイエルフはそういうと、その場から姿を消す。

 そして、目の前の風景がぐにゃりと歪む。

『試練は簡単よ。私と再び会う事。ただそれだけよ。』

 どこからともなく声が聞こえる。

「オイオイ、それだけじゃぁ、説明不十分だろ。いくつか質問していいか?」

 突然のことで驚いているアリスの代わりにリョウが、ハイエルフに対して呼び掛ける。

『それも含めての試練なんだけど……まぁいいわ。なに?』

「そういう事だろうと思ったから口出ししたんだよ。この試練、俺たちが参加してもいいか?」

『うーん、どうしようかな……。』

 ハイエルフの声が途絶えるが、リョウは再び声が聞こえるまで辛抱強く待つ。

『ま、いっか。あなたのその過保護に免じて一人だけなら同行を許してあげる。』

 ハイエルフの言葉に、アリスがハッとしたようにリョウを見上げる。

「か、過保護じゃないしっ!ただ俺も力が欲しかっただけだしぃ!」

『ハイハイ、それで質問はもう終わり?』

 動揺するリョウの言葉に、含み笑いをするかのようなハイエルフの声。

 明らかに面白がっているのが分かる。

「いや、ここからは参加者としての質問だ……確認といった方がいいかな?」

『……いいわ、何を確認したいの?』

「まず、お前がいる場所と試練の制限時間だ。まさか、この国のどこかなんて広大な範囲なわけないだろうな?」

『……ふぅーん。思ったより知恵が回るのね。』

 余裕の口調でそう答えた魔女だが、実際にはそこに気づくとは……と驚いていた。

 今まで試練を受けに来た人間はたくさんいたが、その誰もが、まだ森の中にいると信じ込んでアテもなく探し回るのが常だった。

 誰も森の中限定とは言っていないのにね。とほくそ笑むのが彼女の娯楽の一つだったのだ。

 現に、今も森の外の街道から話をしているのだから、気づかないでウロウロするのを期待してたのに、と思わず舌打ちをしてしまう。

 制限時間にしてもそうだ。

 無期限の試練なんて存在するわけないのに、なぜかまだ時間があると錯覚する人間が多い。

 そんな人間たちが、森の中を彷徨い、身も心も疲れ果てたところで時間切れを宣言してあげた時の表情と言ったら……。

 長い時を生きてきたハイエルフにとって、たまに来る人間たちを揶揄うのはこの上ない娯楽なのだ。

 特にあのお嬢ちゃんのように気持ちが真っすぐであればるほど、力を得られなかった時の絶望の表情、そして、その絶望に沈んでいるところを甘い囁きで惑わし、堕とすのが……この上もない嗜虐の感情がハイエルフの心を震わす。

 なのに、あの人間の男は、引っかからずに試練の場所と時間の確認をしてきた。

 色々曲解をして楽しんでいるハイエルフだが、ルールを捻じ曲げることは出来ない。確認されたのならばしっかりと答える義務がある。

 それが、彼女らに与えられた使命なのだから。

 

「ふぅ……、気づいた人にだけ教えるルールがあるからそれを説明してあげるわ。まず、ぶっちゃけて言えば、私は今あなたたちがいる場所から100mと離れていない場所にいるわ。』

「そんな近くに……。でもそれを教えてくれていいの?」

 そう叫ぶアリスに笑いながら答えるハイエルフ。

『大丈夫よ。あなたたちと私の間には見えないけど迷路になっているのよ。正しい道を選べば制限時間内に辿り着けるけど、少しでも道を間違えると辿り着けない……そういう風になってるのよ。』

 ハイエルフはこんな風に丁寧に説明したのは何十年ぶりだろうと思いながら、定められた手順に従い、正確なルール説明を行う。

『そうそう、下手に間違うと永遠に森の中を彷徨うことになるから気を付けてね。後、制限時間は、そうね……1時間にしておこうかしら?それ以上かかるようなら待っても無駄だろうしね。準備がいいなら始めるわよ。』

「ちょっと待った。あと一つだけ確認だ。」

 そそくさと試練を始めようとするハイエルフにストップをかけるリョウ。

『何よ?あんまりしつこいのはモテないわよ?』

「……大きなお世話だ。それより確認だ。勝利条件は『1時間以内にお前に会う事』でいいんだな?後でこれは違うとか言い出さないよな?」

『言わないわよそんな事。1時間以内に私に会うことが出来たら試練達成よ。間違いないわ。』

 しつこい、と思いつつ応えるハイエルフ。

「OK。それだけ確認できればいい。」

『……何を考えているか知らないけど、出来るものならやってごらんなさい。じゃぁ、試練を始めるわよ。』

 今いる場所は、直線距離であれば確かに100Ⅿと離れていないが、樹海の迷路を辿ってくると、その総距離は10Kmにも及ぶ。

 1時間というのは、一度も間違えずに走り続ければ間に合うが、たらたらと歩いていたり、一度でも道を間違えたりしたら絶対に辿り着けない時間なのだ。

 出来るものならやってみるがいいと思い、ハイエルフは試練の開始をする。


「リョウ様、行きましょう!」

「ちょっと待った。」

 決意と覚悟を決めた表情でそう言って、歩き出そうとするアリスの腕を取り、引き止める。

「なぜ止めるんですか?早くしないと時間が……。」

「いいからいいから。そんな悲壮な顔じゃぁ、そんなに歩かないうちに倒れるぞ。」

 リョウはそういって、その場に腰を下ろし、アリスも座らせる。

 その場で待つつもりで火を熾していたニャオが、二人分の飲み物をもってそばに寄ってくる。

「リョウ、一応信じてはいるけど……大丈夫なの?1時間しかないんでしょ?」

 心配そうに声をかけてくるニャオにリョウは笑いかける。

「大丈夫だよ。一時間しか無いんじゃなくて、1時間もあるんだよ」

 アリスはその言葉を聞いて、手渡されたコップの中身をぐっと飲み比し、リョウに向かって告げる。

「私はリョウ様を信じて、総てを委ねますね。」

 だからお願いします、と頭を下げるアリス。

「あぁ、信じろ。俺が必ずこの試練を達成させてやるから。」

 だから少し休めと、目の前にあるアリスの頭を優しくなでる。

 しばらく身を委ねていたアリスだったが、安心したのか、緊張が解けたのか、程なくすると眠ってしまう。

「寝ちゃったね。」

「あぁ、この三日間禄に寝ていなかったみたいだからな。30分ほど寝かせてやろう。」

「ウン、分かった。」

 ニャオはそう言ってアリスに毛布を掛ける。

「じゃぁ、ちょっと散歩してくるな。」

「ウン、気を付けてね。」

ニャオはその場から離れていくリョウの後ろ姿を見送る。


 その一連の様子を監視していたハイエルフだったが、30分寝ると聞いた所で興味をなくす。

 残り時間30分では、どうあがいても樹海の迷路を抜け出すことは出来ない。

(とんだ期待外れだったわね。まぁ後はあのお嬢ちゃんの絶望に歪む顔を楽しみにしておくぐらいかしらね。)

 せっかくの暇潰しだったのに、とつまらない表情を見せたハイエルフはその場に寝転がるのだった。


「さて、じゃぁそろそろやるか。」

 試練の残り時間が30分を切ったところで、リョウはアリスを起こす。

「はぇ……リョウ様?……はっ、いまはっ!私どれだけ……。」

「落ち着け!安心しろ時間はまだある。」

 パニクるアリスを宥めるリョウ。

「でもでも……。」

 それでも安心できないのか、オロオロするアリスに優しく声をかける。

「俺に総て任せてくれるんだろ?」

「ハイ。そうでした………あなたを信じます。」

 ようやく落ち着きを取り戻したアリスの頭をなでると、リョウは掌に火球を生みだし、それを見せつけるように突き出しながら、ハイエルフに声をかける。

「オイ、ハイエルフの魔女、コレが見えるか?」

『もぅ、人が折角気持ちよく寝てるのに、何なのよ?諦めたんじゃ無かったの?』

 少しの時間差をおいてハイエルフの声が聞こえてくる。

『ハンっ、くだらない。何かと思えば……。言っておくけど、そんな魔法では樹海の迷路は燃えないわよ。迷路を焼いて直線で私の元に来ようと思っていたならお生憎様ね。』

 バカにしたような声で言ってくるハイエルフ。

「この樹海が燃えないのは確認済みだよ。だけどなぁ……。」

 リョウは火の玉をそのまま放り投げる。

 地面に落ちた火球は、周りの草木を巻き込んで燃え上がる。

「周りの森は当然燃える。さぁ、この森を燃やし尽くされたくなかったらさっさと出てこい。」

「うっわぁ、ないわー………。」

「……リョウ先輩、なんだか活き活きとしてますね。」

「………引くわね。」

「えっと………。」

 リョウの言葉と行動に、女性陣は皆ドン引きしていた。

『そんな事………どうせハッタリでしょ。出来る訳ないわ。』

「出来ないかどうか試してみるか?30分もあれば、この規模の森なら、燃やし尽くせるぞ?……炎よ来たれ、イグニスファイア!」

 リョウが更に炎の魔法を放つと、周りの木々が更に燃え上がる。

 辺り一面が炎に包まれるが、リョウ達の周りには予め結界を張ってあるので、熱が伝わることはない。

「ほらほらほら、どうした?早く出てこないと消火も間に合わないぞ?」

 リョウがニンマリと笑う。

「はぁ、何かよからぬ事を考えているとは思っていたけど……たかが召喚獣との模擬戦で人質をとる人らしいわねぇ。」

 クレアが呆れたように呟くと、ラビちゃん達三匹の召喚獣達が同調するように頷く。

『マジ?アンタ何考えてるのよっ!森を燃やしたら皆困るでしょうがっ!』

「そんなこと言われても、俺は別に困らないし、そもそも、アンタが今すぐでてこればいいだけの話だろ?」

 ハイエルフは種族特性として、森の草木達と交感する事が出来る特性を備えている。

 この特性によって、森の樹木達と意志疎通が出来協力して貰うことが可能なのだ。

 そして、その特性により、今現在苦しみ、泣き叫ぶ樹木達の感情が流れ込んでくる。

『アンタ、マジサイテー。』

 ハイエルフは、先程までの自分の考えを棚に上げて、リョウに悪態をつく。

「最低で結構。それよりどうするんだ?森を見捨てて自分だけ隠れているか?……ファイアボール!」

 リョウは更に火球を放つと、森の燃え上がる勢いが増す。

『最低!今すぐやめなさい!』

「やめて欲しかったら出てこいよ。……もっと大きい魔法使うか…。」

「まって!降参よ。だからすぐにやめてっ!」

 リョウが呪文を唱え出すと、ハイエルフが姿を現す。

「残り時間20分弱………試練達成だな。」

 リョウはそう言うと雨を降らせる魔法の呪文を唱える。

 アルも駆けずり回って水魔法を放ち、消火活動を開始する。

「さぁ、無事試練を達成したことだし力を授けてくれよ。」

「アンタ、ロクな死に方をしないわよ。」

「あのぉ、なんて言うか、ゴメンナサイ……。」

 しれっと要求を突きつけるリョウを、睨むハイエルフにアリスが頭を下げる。

「まぁ、あなたの所為じゃないしね……目をつぶって……力を抜いて……。」

 ハイエルフはアリスを見てため息をついた後、力を授ける儀式に入る。

 突き出したハイエルフの手先から光が溢れ出しアリスを包み込む。

『………我、アインベルの名に於いて、彼の者に力を分け与えんと欲す者なり……。』

 ハイエルフの口から長い呪文が紡がれる。

 周り一面に魔力が集約し、それが総てアリスへと向かう。

『……世の理を解き放ち、今ここに目覚めよ!我が名はアインベル!理を紡ぎ導く者なり!』

 光が一段と強くなり、ハイエルフとアリスを包み込む。

 やがて、その神々しいまでの光が消え去ると、後にはその場に倒れているアリスと、座り込んでいるハイエルフの姿だけが残された。

「アリスちゃん!」

 慌ててゆいゆいとニャオがアリスに近寄る。

「寝てるだけよ。力を馴染ませるために、朝まで起きないわ。」

「そうなんだ。」

 ニャオとゆいゆいは、アリスを休ませるためにテントへと運び込む。

「さて、後はアンタの処遇ね。」

 ハイエルフがリョウを睨む。

「あー、悪かった。でもお前だって、あの試練まともにクリアさせる気、なかっただろ?」

 リョウとハイエルフは睨み合うが、ハイエルフが先に目を逸らす。

「フンッ、まぁいいわ。それよりアンタも試練クリアしたわけだから力を上げるわよ。」

「イヤ、俺は……。」

「いいから、遠慮せずに受け取りなさいよ。ほらっ。」

 ハイエルフの手先から光の玉が生み出され、リョウに向かって投げつけられる。

 光といっても、アリスの時とは違い、どす黒い輝きを放っている。

 コレ、絶対まともじゃねぇ、と思う間もなく、リョウは光に包まれ、意識を刈り取られる。

 完全に意識を失う前に、ハイエルフの「せいぜい頑張りなさいな。」という声を聞いた気がした。








 

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