第44話 スローライフとお仕置きと……
「お願いです。私を……この領地を助けて下さい!」
リョウが助けた少女……アリスが深々と頭下げている傍ら、リョウとニャオ、クレアはお互いに視線を交わし頷き合う。
三人の間で交わされたアイコンタクト、共通する認識は「関わらない」だった。
アリスの言葉に紛れていた「領地」と言う言葉に、領主の娘という立場のアリス。どう考えても厄介事に巻き込まれる未来しか思い浮かばない。
「あー、アリス?俺達じゃよく判らないからな、とりあえず街まで送っていくよ。詳しいことはそこで街の代表か、ギルドに相談するといい。」
だから、穏便に話を逸らし、厄介事から免れようとしていたリョウの言葉にニャオとクレアも頷く。
「でも……それじゃぁ間に合わないかも……。」
しかし、アリスの声は固く、その提案に乗り気でないことが見て取れる。
だからと言って、リョウ達も簡単に受け入れるわけには行かない。
ミシェイラの提案にのり、召喚者としての覚悟を決めたリョウ達だったが、それと厄介事に巻き込まれることは別問題である。
いつかは魔王軍と関わることは覚悟して、そのために自らのレベルアップに努めてはいるが、自ら動く気はない。
そもそも、提案に乗ったのだって、ほっといても巻き込まれる可能性があるのなら、色々な特典を受けておいた方がマシだと考えたからであり、間違っても、「困っている人を救うんだ!」などという偽善的な考えは持っていない。
出来る限り魔王軍には関わらないようにして、辺境でまったりのんびりと異世界スローライフを送ろう、と言うのがリョウ達三人の共通認識だった。
いつかは魔王軍と戦う日も来るかもしれないが、それは遠い未来のいつかの話であり、それまでは「冒険しない冒険者」で居るつもりだったのだが、そんなこととは関係なく冒険者に憧れる冒険者見習いがここにいた。
「アリスちゃん、間に合わないって何が?私たちでよかったら相談に乗るよ?」
(あのバカっ!)
(ゆいちゃん、後でお仕置きだよ)
「本当ですかっ!実はですね……。」
リョウ達は迂闊なことを口走ったゆいゆいを睨みつけるが、話し出したアリスを見て、今はそれどころじゃないと矛先を納める。
(ヤッパリ厄介事っぽいよ。)
(大丈夫だ、まだ話を聞いてるだけだ。ここからかわす手も無いわけじゃない。)
(そうね、とりあえず今はアリスちゃんの話を聞きましょ。)
リョウ達は互いに視線を交わした後、アリスの話を聞くことにする。
大陸の中央に位置するミズガルズ王国。
それほど大きくはない国だが、交易の要ともなる立地条件から、東西南北の諸国との交流が盛んであり、また各国の緩衝地域としての役割を持つ国である。
そのため、ここ数十年は他国から攻め入られることもなく、平和な治世を築いていた。
そのミズガルズ王国の中心となる王都『ミズル』のすぐとなりにあるのが、風光明媚な領地として有名なクライン領だ。
他の領地に比べるとはいささか狭いが、領内には、広い穀倉地帯があり、各所に様々な恵みをもたらしてくれる森が点在している。
穏やかで広い河川もあり、水資源も問題なく、何より王都に近いために、人通りも多くこれ以上ないくらいに発展している。
領主のクロフォード=クラインは、温和で清廉潔白な人柄だと言うことだが、リョウとニャオは信じていない。
何故ならば、横暴で我が儘、金と権力でやりたい放題と言うのがファンタジー貴族の定番だからだ。
どのラノベを見てもそう書いてあるのだから間違い無いと言うのが、リョウとニャオの共通見解だった。
それをクレアに言ったところ「もっと人を信じようよ。」と呆れた声で諭されたのは、つい最近の話だ。
話が逸れたが、そのクライン領の南端、隣のマクスウェル領との境にあるアルバの砦が何者かの襲撃を受けた。
いや、何者かではなく、マクスウェル領の兵士の仕業であることは明白だった。
近年、クライン領の発展に反比例するかのように、マクスウェル領が落ち目になっていることに業を煮やした領主ザコバが指示したと言うことだ。
勿論、このような明確な侵略行為を国が許すはずがないのだが、マクスウェル領主ザコバは「クライン領の兵士を名乗る一団に、村を略奪されたので、そのことに関する抗議行動だ」と言い張っている。
実際に国の官吏が調べたところ、領界沿いにある村の幾つかが荒らされ絶滅していたのが確認された。
当然の事ながら、クライン領主は否定し、やった、やってないの水掛け論となり、事態は泥沼化していく。
そんな折りに、ザコバ率いる軍勢が「治安維持のためと称してアルバの砦を襲ったという事だった。
「アルバの砦は領都の眼と鼻の先です。今ザコバは領都に攻め入る準備をしているんです。だからお願いです、助けて下さい。」
話を聞き終わった後、リョウはアリスに向かって首を振る。
「軍隊相手にどうしろと?悪いが、どう考えても一介の冒険者が出る幕じゃないように思うぞ。やっぱり街へ行って、近隣の領主に助けを求めるか、貴族の私兵団の力を借りるべきだろ?」
「そちらは、お父様の手の者が動いていますので大丈夫です。」
「だったら、尚更俺たちの出番はないな。まぁ、街に着くまではしっかりと守ってやるから、安心しな。」
どうやら出番は無さそうだと言うことがわかり、ホッとするリョウだが、安心するのはまだ早かった。
「いえ、街ではなく、この森の奥へ連れて行って下さい。」
アリスが言うには、この森の奥には『授力の魔女』と呼ばれる、ハイエルフの生き残りが住んでいると言う噂があるそうだ。
なんでも、試練に打ち勝ち、その魔女と相見えることが出来たなら、一つだけ力を授かる事。が出来るらしい。
「その魔女さんに会って、真贋の魔眼か、それに類する力を授けて貰うんです。ザコバの偽りを暴くことが出来れば、後は国王様に掛け合うなりなんなリで、何とかなると思うのです。」
アリスは懸命に言い募るが、リョウは、そう上手く行くわけがないと考える。
そもそも、その魔女が存在するかどうかさえ判らないのに、アテもなく森の奥へ入り込むなんて狂気の沙汰としか思えない。
そんなのは真っ平ゴメンだと、断るために口を開くが、リョウが何かを言う前に、ゆいゆいがしゃべりだす。
「アリスちゃん、私達に任せてっ!大丈夫、私達は 召喚された勇者、正義の味方なんだからねっ。」
「アナタはアホの子ですかっ!」
クレアのハリセンが唸りをあげ、ゆいゆいの後頭部に見事にヒットする。
さすがのクレアも、ゆいゆいの言動にはたまりかねたようだった。
リョウ達が勇者召喚者だと言うことはトップシークレットであり、また自分達の生命線でもある。
魔族に知られれば、当然刺客が差し向けられるし、そうでなくても、勇者の名を利用しようと考える権力者は少なくない。
つまり、周りに知られたが最後、リョウ達の考えているスローライフは送れなくなると言うことなのだから。
「ニャオ………。」
「ウン判ってる。ゆいちゃんはお仕置きね。縛り上げて剥いておくわ。」
「えっ、私なにされるの?」
ニャオの言葉に恐れおののくゆいゆいだがもう襲い。
逃げ出そうとするゆいゆいの足下がぬかるみ、バランスを崩したところに、ラビちゃんの軽い電撃を浴びせられる。
身体が痺れて動けなくなったところで、ニャオに引きずられて、いつの間にか用意されていたテントの中に引きずり込まれる。
「いやぁぁぁ~~~。」
ゆいゆいの悲痛な叫び声が木霊するが……自業自得だ。
「えっとな、アリス。」
「あっ、はいっ!何でしょうか勇者様。」
何が起きているのか訳が分からず、呆然としているアリスに声をかけると、そんな反応が返ってくる。
「今のは全くのデタラメで、あいつは頭がおかしいんだよ……って言ったら信じる?」
「信じません。」
アリスがにっこりと極上の笑みを浮かべてそう言う。
「デスヨネェ…。」
一瞬、口封じ、と言う単語が頭をよぎったが、そんなことが出来るくらいなら、今頃こんな眼にあっては居ないのであって……つまり意味がないという事で……。
リョウは頭を抱えつつ交渉に踏み切ることにした。
「今の一連の出来事を忘れてくれると助かるんだが?せめて他言しないで欲しい。」
リョウがそう言うと、アリスは笑顔で頷いてくれる。
「いいですよ。但し、魔女探しの依頼を受けてくれるのでしたら、ですが?」
「………一応、俺はアンタの命の恩人な訳だが?」
「そうですが、それは別の話です。無茶言ってるのは判っていますが、それでも私にはこうするより他がないのです。あなただけが頼りなんです。事が成った暁には、私の総てを持ってしてあなたに尽くしますので、どうか依頼を受けていただけませんか?」
もとより、リョウは頼られるのに弱い。
以前スピリットテイラーによって晒け出されたように、リョウは裏切られることを極端に恐れる。
その反動で、誰かに頼られたい、誰かの力になりたいと言う思いは人一倍強い。頼られている間は裏切られる心配がないのだから……。勿論、厄介なことに巻き込まれてまで力になりたいとは思わない。
ただ、森の中の探索だけなら、面倒ではあるが引き受けてもいいかも、と言う気持ちになってくる。
「3日だ。」
「はい?」
「明日から3日間だけ協力しよう。急なことで食料の用意がしていない。手持ちの食料では3日が野営の限度だ。それにアリスの方もそんなに猶予はないんだろ?」
リョウがそう言うと、アリスは少しだけ考えてから頷く。
「そうですね。……3日経ったら、魔女が見つかっても見つからなくても、街まで送って貰う、ということでよろしいですか?」
「あぁ、それと報酬の件だが、なるべく領都から離れた辺境の地に住める家を用意して欲しい。安いもんだろ?」
「辺境と言わず、領都の私のおうちの横でも構いませんよ?」
「こっちが構うわっ!俺達は権力闘争とは無縁の地でまったりとしたスローライフを送りたいんだよっ。」
「場所などお父様に相談しないといけませんので、出来うる限り希望に添うという事で構いませんか?」
リョウが頷くと、アリスはその場で魔法陣を描き始める。
「何やってるんだ?」
「折角ですから、契約の魔法を使っておこうかと思いまして……その方がリョウ様も安心でしょ?」
「そうだな、任せる。」
そう言いながら、明日以降の事に思いを馳せる。
「準備できましたわ。リョウ様、コチラヘどうぞ。」
リョウが頷いてアリスのそばに行くと、そこには魔法陣の上に光の契約書が浮かんでいた。
「光と闇、この世を束ねる数多の精霊達よ。今ここにおいて、我とリョウは以下の契約を交わさんと欲す。………。」
アリスが読み上げるかのように魔法の呪文を唱えていく。
「……、我はリョウの秘密を、一切口外しない代わりに、明日より三日間依頼遂行のために尽力して貰うものなり………。」
アリスによって契約の内容が読み上げられていき、間違いのないことを確認すると、互いに目の前の契約書に魔力を流し込む。
「………同意は成されり。契約の証をもってして結ばれよ………
アリスが締めの呪文を唱え、そして、不意に唇を奪われる。
「な、何をっ!」
「えへっ、契約の証ですよ?」
見ると、光の契約書は粒子に形を変え、アリスの身体へと吸い込まれていく。
「契約は神聖なものですから、破ることは許されませんよ?」
「判ってるよ。明日から三日間だけだからな。」
「はい、頼りにしてますね。」
そう言ってにっこりと微笑むアリスの顔は、年相応に見えた。
「ところで、テントの中では何をなさってるのでしょうか?」
アリスが目を向けると、テントの入り口では召喚獣達が暇そうにしている。
「ちょっと覗いてもいいでしょうか?」
「何やってるか判らんが、邪魔しなければいいんじゃないか?」
「……ゆいゆいさんは、私の所為でお仕置きされているのですよね?そろそろ許してもらえるようにお願いしてみます。」
アリスはそう言って、テントの中へと入っていく。
そして1時間後……。
顔を真っ赤にしたアリスが、テントから飛び出してきてどこかへ走り去っていくのだった。
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