第43話 拾った少女とトラブル

「拾っちゃった。」

「捨ててきなさい!」

 リョウの言葉に、つい反射的に応えるニャオ。

 リョウの腕の中には、安心しきったように、すやすやと眠る全裸の女の子がいた。

「大体、センパイはホイホイ女の子を拾いすぎなのっ!なんでもかんでも拾ってきたらダメなのっ!」

 ニャオが興奮してまくしたてる。

 女の子の上で「ぴぃ…。」と、申し訳なさそうに縮まっているひよちゃんを見て、罪悪感に苛まされるが、ここで甘い顔をしては、今後も似たようなことが起こりかねない。

 そうなれば、行き着く先はリョウのハーレムだ。

 冗談じゃない、そんなことが許せるはずがない。

 そんなことになったら、ハーレムに入れられる女の子達が可哀想だと、ニャオはそう考え、心を鬼にしている……と自分では考えていた。

 実際には、単なる焼き餅だって事には気付いていない。

 そんなニャオの心の内を知ってか知らずか、ゆいゆいは小声でクレアに話しかける。

(あのぉ、くーちゃん先輩?)

(なぁに?)

(ひょっとして、ニャオちゃんの中では、私も拾われてきたことになってるのでしょうか?)

(うーん、拾ったと言うより、餌をあげたらついて来ちゃった、みたいな?)

(うそっ、そんな扱い!?)

 ガーン……とショックの余りその場にうずくまるゆいゆいを、ラビちゃんが慰める。

 そんな小芝居が行われる中、ニャオとリョウの言い合いは続く。

「でもなぁ……。」

「でもじゃないのっ!大体ちゃんとお世話できないでしょ?」

「いや、世話ぐらい……。」

「本当に?毎日ご飯用意するのよ?おトイレの砂も毎日変えて、もちろんしつけもしっかりとしなきゃいけないし、本当に出来るのっ?」

「それは、その……。」

「それにね、多頭飼いの場合、先住者が拗ねないようによく見て、気遣って、ちゃんと構ってあげるのよっ?出来るの? 」

 ニャオがフーッと興奮したように息を荒げる。

「あの、ニャオちゃん?猫の子を飼う訳じゃないんだし、おトイレの砂は関係ないんじゃないかな?」

 困った表情で割って入るゆいゆい。

 このままでは、自分もペットの猫扱いされそうな予感がしたのだ。

 出来れば砂場でおトイレするのだけは避けたいなと思い、口を出したのだが、ニャオにフーッと威嚇される。

「ひぃっ!ご、ごめんなさい。」

 ニャオの迫力に押されて、即座に小さくなるゆいゆい。 

「それより、そろそろその子降ろしてあげたら?いつまでも全裸で抱っこさせてるわけにも行かないでしょ?」

 このままでは話が進まないと見て、助け船を出すクレア。

 奈緒美との付き合いが長い紅羽には、ニャオが焼き餅を焼いていることが一目瞭然だったのだ。

 そしてその原因が、意中の人であるリョウが自分以外の女の子……それも全裸の……をお姫様だっこしている事にあることもわかっていた。

 だったら、まずはその原因を取り除けばいい、ただそれだけの事だとクレアは考えている。

「そ、そうですよぉ。その子風邪引いちゃいますよぉ。ささっ、ここに寝かせてあげて。」

 クレアの出した助け船に、いち早く乗ったゆいゆいは、たき火の傍に取り出した毛布を敷き、そこに女の子を寝かせるようにと、リョウに指示する。

 リョウとしても、いい加減腕が疲れてきていたこともあり、言われるがままに少女を寝かすと、その身体を覆うように、ゆいゆいがもう一枚の毛布を掛ける。

「さぁ、これで落ち着いて話せ………ます……よね?」

 ゆいゆいは努めて明るくそう言ったのだが、その場の雰囲気は落ち着いて話すにはほど遠いものだった。


 ◇


「……と言うわけだから、詳しいことはその子に聞かないとわからん。」

「そうなんだね。」

 リョウの話を聞くニャオは、先程とは打って変わって落ち着いている。

「まぁ、ご飯の匂いでも嗅げば起きるんじゃないか?」

「そうかもね。」

「あのぉ、ニャオさん?」

「なぁに?」

「そろそろ離していいですかね?……いい加減腕が辛いんですが?」

「……あと五分。」

 ニャオはそういって、さらにギュッと引っ付いてくる。

 現在、リョウは座ったままニャオをお姫様抱っこしていた。

 座った体勢の上、ニャオは腕を首に回してくれている分、立ったままするよりかは幾分楽なのだが、それでも限界は来る。

 何故こんな事をしているかといえば、ニャオが言った『先住者を構う』ためである。

 要は拗ねたニャオを宥めるため、クレアとゆいゆいに押し付けられたのだった。

「でも、この子はいったいどこから来たのかしらね。」

 眠る少女の髪を撫でながらクレアが呟く。

「きっとアレですよ。」

 ゆいゆいが、ポンと手をたたく。

「ほら、こういう場合のテンプレですよ。森で襲われている娘を助けたら、実は領主の娘(王女の場合もあり)だったってやつですぅ。」

「……まさか、そこまで単純じゃないでしょ?」

 呆れたように言うニャオに対し、ゆいゆいが反論する。

「いえいえ、テンプレはいわば王道なんですよ。このが起きて事情を聞けば、きっと何らかのトラブルに巻き込まれていて「助けてくださいっ!」ってなるにきまってますよぉ。」

「ま、まさかぁ……。」

 それでも否定するニャオだが、先程と比べて、声に力がなくなっている。

「そして、報酬はその娘を自由にする権利なのですぅ。幼気な少女を毒牙にかけるリョウ先輩。少女がやめてと懇願するも聞き入れてもらえず、じっくりと嬲り毒牙にかけていく……きゃー、リョウ先輩ってば鬼畜だわ~。」

「あのぉ……私そんな目にあっちゃうんですかぁ?」

「そうなのよ。いや、いやって言ってもやめてもらえず、でもその執拗な責めに、だんだんと快楽の扉を開いて……、」

「きゃーっ、そうなると次はやっぱり?」

「そう、無理やり大人の階段を登らされるのよ。」

「うっそぉ……お姉さんも登っちゃったんですか?大人の階段。」

「ううん、ああ見えてリョウ先輩はヘタレだから……って私誰と話してるの?」

 我に返ったゆいゆいは、目の前にいる少女と目が合う。

「それでそれで?お姉さんはいつ登るんですか?大人の階段。あ、ひょっとして私と一緒に?できれば私は二人っきりがいいんですけど。そんなこと言える立場じゃないですよねぇ……私これからどうなっちゃうんですか?」

「あ、えっと、その……。」

 ゆいゆいは慌てて周りを見回すと、我関せずと、距離を取っているクレアと召喚獣たち、困ったもんねとあきれ返った目で見ているニャオ。そして、怖いくらいの笑顔で笑っているリョウの姿がある。

 ゆいゆいは、改めて先ほどから会話している少女に視線を戻すと、少女はゆいゆいに訊ねてくる。

「あの、一応確認しますけど、私捕まったんですよね?これからどうなるのでしょうか?やっぱり売られちゃうんですか?それともあそこにいる男の人に……。」

 冗談めかして言っているが、その声が微かに震えている。

「ゆいゆい?」

「は、はいぃぃ!」

 リョウの声に即座に返事をするゆいゆい。

「お前、後でお仕置きな。」

「うっ……お手柔らかにオネガイシマス。」

「っと、コイツの言ったことは気にしないでいいぞ。ちなみに俺達はお前を捕まえたわけじゃないから安心しろ。」

「そうそう、あなたはリョウが拾ってきたのよ。」

「拾われた?」

 ニャオの言葉に混乱する少女。

「余計なこと言わんでよろし!ほら見ろ、混乱してるじゃないか。」

 リョウがニャオの頭を軽く小突く。

「いい加減にしなさいっ!全然話が進まないじゃないのよ。」

 そろそろ限界だと、クレアが怒鳴る。

「ゴメンナサイね。私はクレアよ。あなたお名前は?」

「あ、失礼しました。私はアリス、アリス=クラインと申します。この度は助けていただきありがとうござしました。」

 アリスと名乗った少女はクレアに対して深々と頭を下げる。

「助けたのは私じゃないんだけどね。それより、起きたのなら服着替える?サイズは合わないかもしれないけど。」

 クレアは苦笑しながら、アイテムボックスから予備の服を取り出す。

「あ、はい。ありがとうございます……。」

 アリスは、自分が裸だったことに気づき、赤面して俯きながらもクレアから衣類を受け取る。

「アリスちゃんね……クライン、クライン………どこかで聞いたような……?」

 アリスの着替えを待つ間、ニャオがアリスの名前に引っかかるものがあるらしく、思い出そうと必死に考えている。

「えっと、アレじゃないですかね?昨日ガイルさん達が言ってた視察の……。」

「………。」

「……。」

「……。」

 ゆいゆいの言葉に、あるワードが思い浮かぶ3人。

「………。なぁ、ニャオ。」

「何かな?」

「俺が悪かった。お前の言うとおり、ホイホイ拾ってきたらダメだな。」

「わかればいいのですよ。」

 エッヘンと胸を張るニャオ。

「だから、捨ててくるわ。」

「えっと、リョウ先輩、流石にそれは人としてどうかと思いますよ。」

 捨ててくる、と言うリョウに対し、ジト眼を向けるゆいゆい。

「捨てないで下さい。」

 話が聞こえたのか、着替え終えたアリスが、リョウの袖口を掴んで上目使いに見上げてくる。

「何でもしますから。大人のご奉仕がお望みなら、頑張りますから……捨てないで下さい。」

 涙目で必死に訴えてくる少女……人聞きが悪いことこの上ない。

「リョウが女の子泣かしてる。」

「リョウ先輩が女の子を弄んだ末に捨てようとしてる。」

「リョウ………一度拾ったのなら、最後まで面倒見ないと。」

「お前等なぁ……。」

 散々な言われようである。

「お願い、捨てないで。」

 最初は、袖口を摘まんでいただけだった筈なのに、今では腕にしっかりと抱きついているアリス。

「捨てないで……。」

「あー、もぅ!捨てないよ!捨てれる訳ないだろ。を捨てたのがバレたらヤバいなんてモンじゃないし。」

 リョウは叫ぶ。そもそも、見捨てる気があるのならば、最初から助けたりはしない。

「ホントですかぁ?そう言っておいていきなり逃げ出したりしませんかぁ?」

 アリスは疑いの眼差しをむけてくる。

「しないしない……。」

 リョウは、アリスに応えながら、助けを求めるように、クレアに視線を向ける。

 眼があったクレアは、しょうがないなぁと言うように、小さくため息をつくと、アリスに話しかける。

「捨てないから安心して、ね?それよりお腹空いてるんじゃない?ご飯の用意直ぐするから、詳しいことは食べながら話しましょう?」

 クレアがそう言うとアリスは小さく頷くが、リョウの腕を離す気はないらしく、結局食事が終わるまでしがみついたままだった。

 そして腕が使えないリョウとアリスに、アーンをして食べさせることが出来たニャオは、終始ご満悦だった。


「それで、領主の娘のあなたが、何故ここにいるの?」

 軽く食事を終え、一息ついたところでクレアがアリスに訊ねる。

 アリスはコクリと小さく頷いた後、リョウ達を見つめて一言告げた。

「助けて下さい。」

と……。





  



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