第42話 ある日の森の中……
鬱蒼と多い茂る樹木の中を少女はひたすら歩く。
先程までは走っていたのだが、もとより普段から運動もしていない身では、そう長くも走れない。
幸にも、この迷路のような樹海のお陰で何とか追っ手を撒くことは出来たが……。
しかし、世間知らずの少女は知らない。
森の中を身一つで歩く危険性を……。
やがて少女は、そのことを身を持って知る事になる……。
◇
ズシャッ!
背後から迫ってきたファングベアを、振り向きざま切り払う。
しかし、ファングベアの勢いは止まらず、そのまま襲いかかってくる。
受け止めるべく剣を戻そうとしたとき、視界の端に、ブラッドウルフの群を捉える。
「クソっ!こんな時にっ!……クッ!」
注意が逸れたため、ファングベアの攻撃を避けるのが一瞬遅れ、リョウはそのままはね飛ばされる。
好機と見たファングベアは、その太い腕を、リョウめがけて打ち下ろす……が、その腕が届くことはなかった。
「リョウ、大丈夫?」
ファングベアが崩れ落ちる背後からニャオの声が聞こえ、そのまま駆けつけてくるのが見える。
「あぁ、大丈夫だ。ダメージを軽減するために、自分から飛んだからな。それより、すぐ次がくる。」
リョウは身を起こすと、すぐに呪文を唱え始める。
ニャオも双剣を構え、次の目標を狙い定める。
「炎よ来たれ!イグニスファイアっ!」
ブラッドウルフが襲いかかって来るのと、リョウの呪文が完成するのは同時だった。
何体かはリョウの呪文による炎に身を焦がされるが、総てにダメージが通ったわけでもなく、無事な個体が、リョウめがけて襲い掛かる。
ズシャッ!
ニャオの剣が煌めき、ブラッドウルフの首を落とす。
その間に剣を構えたリョウが、別のブラッドウルフの喉に剣を突き刺す。
「風よ来たれ!エアロカノン!」
リョウが左手を突きだし、簡易詠唱による風の魔法を放つ。
リョウとニャオの隙を伺っていた一群が弾き飛ばされ、ブラッドウルフの包囲が緩む。
「ニャオっ!下がるぞっ!」
リョウはそう叫ぶと、飛びかかろうとしていた一群の前に土壁を発生させる。
「了解よ。」
ニャオは目の前のブラッドウルフにとどめを刺すと大きく飛び退さってリョウのもとへ来る。
「このまま、クレア達と合流しよう。流石に二人だけじゃこの数はキツい。」
「わかった。先導するよ。」
「頼む。」
リョウは辺り一面の地面を沼に変えてから、ニャオの後を追いかけた。
「お疲れ。こっちはどう?」
「あ、リョウ先輩、ニャオちゃんお疲れ様~。怪我してないですかぁ?」
「こっちは大丈夫よ。この子たちのおかげでね。」
リョウとニャオが顔を見せると駆け寄ってくるゆいゆい。
そしてそれを微笑ましそうに見守るクレアと召喚獣達。
この様子だと、特に問題は無かったのだろうと、安心するリョウ。
「リョウ先輩、聞いてくださいよぉ。この子達凄いんですよ。」
ラビちゃんを両脇から抱え上げてゆいゆいが嬉しそうに話しだす。
周りに魔獣の気配もないし、このまま休憩でいいかと、リョウは話を聞きながらその場に座り込む。
「……それでですねぇ、私の倍もあるワイルドガーグを一撃で倒しちゃうんですよぉ。」
「きゅい!」
楽しそうに話すゆいゆいと、どこか誇らしげに胸を張るラビちゃん。
「まぁ、そいつ等は、それぞれの属性の上級魔法が使えるからな。ワイルドベアやガーグ如きじゃ相手にもならんだろ。瞬間火力だけなら俺以上だしな。」
「そうなんですか?」
リョウとの言葉を聞いてなにやら考え込むゆいゆい。
「ん、どうした?」
「いえ、あのですねぇ、ふと思ったんですが……。」
ゆいゆいが難しいことを考えているような表情をしながら話し出す。
「確か、ニャオちゃんの方がリョウ先輩より攻撃力が高いから、アタッカーやってるんですよね?」
「その通りだけど、何か?」
「いえ、……それで今はリョウ先輩より防御力が高い私がタンクやらせて貰ってるわけですが………リョウ先輩より、この子達の魔法攻撃力が高いなら、……リョウ先輩要らないんじゃないかと……私が居場所奪っちゃったみたいで……。」
申し訳なさそうな顔をするゆいゆいだが、それを言ってしまったら……。
「あー、ダメだよゆいちゃん。世の中にはねぇ、気づいても言っちゃダメな事が一杯あるんだよ。」
横合いからニャオが言う。
本人はフォローのつもりなんだろうが、全然出来ていないことに気付いているのだろうか?
「それに、センパイは私の癒しなのっ!そこにいてくれるだけでいいんだよ。」
「ニャオちゃん、それって『ヒモ』って言わない?」
ゆいゆいの駄目押しの一言でリョウの心が崩れ落ちる。
「ヒモって、いうなぁ~~~!」
リョウはいてもたってもいられずに、森へ向かってかけだしていった……が、アルが足下の土を変質させた所為でバランスを崩してその場に倒れ込むと、丁度その場にいたニャオに抱き留められる。
「ヒモじゃないんだよぉ~。No.1じゃなくてもいいんだよぉ……。」
目一杯精神にダメージを負ったリョウを優しく抱き、いい子いい子するように頭をなでるニャオ。
「よしよし、わかってるよぉ。センパイはがんばってるよぉ。」
ニャオが嬉しそうにリョウをあやす。
「うー、弱ってるセンパイ可愛い。ギュッてしてくるぅ……。コレは癖になりそう。ゆいちゃんGJ!」
ニャオはゆいゆいに向かって親指を立ててみせる。
困ったような顔で頷くゆいゆいと、あきれた表情のクレア。
ラビちゃん達召喚獣は、ヤレヤレだぜ、と言うように両手を広げていた。
「センパイ、そろそろ落ち着いた?」
「落ち着かない。」
ニャオの胸に埋めているリョウの頭をなでながら聞くと、そんな答えがくぐもった声で返ってくる。
リョウとしては、思わず取り乱してしまった気恥ずかしさと、ニャオの胸に顔を埋めているという現実的な恥ずかしさが相まって、どんな顔をしていいか判らず、その上、その柔らかな膨らみに包まれているという心地よさも手伝って顔を上げたくはなかった。
かといって、そのままでいるのもマズいと言うことで「落ち着かない」と答えたのだが、ニャオは別の意味に取ったようだ。
「センパイが甘えてるよぉ。どうしょう、きゃわわだよぉ。」
ギュッと抱きしめる腕に力を加えてくるニャオ。
「えっとね、ソロソロ合流しないとマズいんじゃないかしら?」
呆れた声を隠そうともせずに、クレアがそう言ってくる。
「もうそんな時間か?」
リョウは身を起こすと、平静を装い、何事もなかったような声を出す。
三人からジト目を向けられるが、気にしないようにする。
「まぁ、その、なんだ………っ!」
リョウはうまい言い訳がないものかと考えていると、森の奥から嫌な気配を感じた。
「きゅ!」
「ちゅぃ!」
「ぴぃ!」
召喚獣達も感じたようで、警告するように一声鳴き、警戒態勢に入る。
「ちょっと見てくる。皆はここで待機。」
「一人じゃ危ないよ!」
「わかってる。だからひよちゃん、一緒に来てくれ。」
「ぴぃ!」
リョウが声をかけると、ひよちゃんは「了解」というように鳴き、リョウの肩に飛び乗る。
それを確認したリョウは、そのまま気配のする方に向かって走り出していった。
◇
「イヤっ!こないでっ!」
少女は叫ぶがその願いもむなしく、にじり寄ってくる触手は、その動きを止めない。
少女にとって幸だったのは、その身を拘束するスライムが、衣類などを溶かして食する種類だったという事と、にじり寄ってくる触手の持ち主、マンイーターの本体が別の敵……ゴブリン達と戦闘中だと言うことだ。
でなければ、少女は今頃、生きながら溶かされているか、触手により強制的な快楽を与えられ、精気を吸い尽くされているか、のどちらかであったに違いない。
最も、衣類の殆どを溶かされ、霰もない姿になっている上、マンイーターとゴブリンの勝者に嬲られると言う、身近に迫っている未来の前では何の意味も成さないが。
「イヤっ!来ないで。助けて……誰か助けてぇ~っ!」
少女の叫び声が森の中に響き渡る。
「ファイア!」
突然少女が炎に包まれる。
「ひぃっ!」
しかし、幸いにもその炎の勢いは激しくなく、少女の周りをつつむかのようにもえあがるだけだった。
それでも、少女を覆うように拘束していたスライムにとってはたまったものではなく、炎から逃れるように移動を始める。
「ぴぃ!」
どこからともなく飛び出してきたひよこの羽が、少女を狙っていた触手を切り裂く。
「ひよちゃんっ、その
「ぴぃっ!」
離れたところから聞こえる男の声に、ひよこが応える。
「ぴぴっ、ぴぃ!」
ひよこが一声鳴くと、少女とひよこの周りに旋風が起きて、少女を襲っていたスライムはもとより、獲物のおこぼれを狙っていた、チュウワーム、ゲスクロウラー、スカトンベなどの虫型の魔物達を吹き飛ばす。
それを見た少女が、それらのモノにも狙われていたことを知り、顔は青ざめ、身体は小刻みに震える。
「ぴぃ。」
震えている少女を慰めるように、ひよこがその小さな身体をすり寄せる。
「あなた、ひよちゃんって呼ばれていたわね。助けてくれてありがとね。」
少女は両手ですくい上げるようにひよちゃんの身体を持ち上げ、目の前に持ってくる。
そしてその小さな顔にそっと口づける。
「今はコレぐらいしかお礼が出来ないのよ。ごめんなさいね。」
「ぴぃぴぃ。」
ひよちゃんは、気にするなというように、羽を広げて、少女の頬を優しく撫でる。
「あはっ、慰めてくれるの?」
少女の顔に柔らかな笑みが戻ってくるが、それも束の間の事だった。
「誰っ!」
足音が聞こえたため、その身を両腕で隠すようにして縮こまる少女。
「怪しいものじゃない……と言っても自分で怪しいものだって言う奴は居ないだろうけど。」
男はそう言って、少女をみた後、顔を背ける。
「悪いな、何かかけてやれるものがあれば良かったんだが。」
突然のことで、少女はどんな反応をしていいかわからずただ黙ってうずくまる。
「一応助けに来たんだが……たてるか?」
少女は黙って首を振る 襲われたショックで腰を抜かしてしまい立てないのだ。
「……考えてる暇はないな。悪いけど我慢してくれ。」
男は少女を抱き上げる。いわゆるお姫様だっこと言う奴だ。
「きゃっ!イヤっ!なにするのっ!」
「暴れるなって。」
男は少女を宥めるために視線をおろす。
少女の衣類は殆ど溶かされてしまったため、男が顔を下げると、少女のささやかな膨らみどころか総てが丸見えだった。
最も、ひよちゃんが「ここだけはダメ」と言うように、少女の大事な部分の上に鎮座しているので、少女にとって最悪の状態は免れていた。
「歩けないんだろ?大人しく運ばれるか、ここに放置されて、間もなくやってくるゴブリン達の慰み物になるかどっちがいい?」
少女にしてみれば得体の知れない男にどこかに連れ去られるのも、ゴブリン達に嬲られるのも、どちらも遠慮したいところだったが、このままでは間違いなくゴブリン達の慰み物になるので、お腹の上で自分を守ってくれているひよこを信じようと思う。
「ゴメンナサイ大人しくするので助けてください。あと……出来るだけみないで……。」
頬を羞恥で染めながら、何とかそれだけを告げる少女。
男は黙って頷くと揺らさないようにゆっくりと歩きだす。
少女は男の腕の中で揺られながら、やっと助かったという実感を得る。
そして心に余裕が出来た事により、男の右手がささやかな乳房に触れているのに気づき、更に頬を染める。
(抱っこされているから、位置的に仕方が無いけど……うぅ、揺れちゃってる………恥ずかしぃ……。)
少女はチラッと男の顔を盗み見る。
平然とした風を装っているが、心なしか顔が赤くなっているのを見て、なぜだか少し安心する。
助かったという安堵感に、ほぐれた緊張、そして暖かな腕の中にいるという安心感と心地よい揺れが重なり、少女の意識はいつしか眠りの底へと沈んでいった。
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