第40話 ようこそ、異世界へ
「えっとセンパイ?ニャオちゃん?くーちゃんセンパイ?どうしたんですか?」
困惑した表情で訊ねてくるゆいゆい。
(どういうこと、これ?)
(そんなの俺に聞かれてもわからん)
(唯さんで間違いないですよね?)
リョウたちも事態に困惑し、小声で話し合ってると、不審に思ったゆいゆいが近づいてくる。
「えっと、センパイ達で間違いないですよね?それとも、まさかそっくりさん?」
「あ、あはは、唯ちゃんだよね?何でここに?」
「ニャオちゃん、ここでは「ゆいゆい」ですよ~。ネットリテラシーを考えてくださいよぉ。」
(やっぱ本物だよ。どうする?)
(ココは一度眠らせて戻るか?で、夢だったということで。)
(そんな単純に信じる?)
(やってみなきゃわからん。)
「あー、ゆいゆい。実はここは夢の中なんだよ。」
「夢、ですか?」
「そうそう、今ゆいゆいは夢を見てるんだよ。」
「そうなんですねぇ。でも、意識だけがVRの中にいる状態で、どうやって夢を見るんでしょうか?」
(これって上手くいってるの?)
(どうなんだろう?とりあえずスリープを。)
「ってことでゆいゆい。」
「はい、なんですか?」
「……スリープ!」
リョウはゆいゆいの目の前で眠りの魔法を使うと、魔法抵抗の低いゆいゆいはあっさりとかかり、クタッと、その場に崩れ落ちる。
倒れ込む前に、ゆいゆいの身体を支える。
その時に胸に手が当たってしまったことは、不可抗力だ。
ニャオが、じーっと見ているが、不可抗力であって、決してやましい気持ちではないので、気にすることはない……気にしたら負けだ。
「へー、フーン……。」
「なんだよ?」
「ううん、いつまでゆいゆいの胸を弄ってるのかなぁって。」
「違うっ!事故だ、事故っ!」
「……唯ちゃんの胸と私の胸、どっちがいい?」
「違うんだぁぁぁぁぁ~~~~~~!」
リョウはゆいゆいの身体をニャオに押し付けて、走り出していった。
◇
「リョウ落ち着いた?」
「あぁ、取り乱してスマン。」
「センパイが悪いんだよぉ。ゆいゆいの胸に浮気するからぁ。」
「あー、はいはい、今度からニャオの胸をガン見して揉み捲ります。]
「……センパイのヘンタイ。」
「どないせぃっていうんや!」
リョウは反論するが、すぐに平静を取り戻す。
「はぁ、とりあえずそれは置いといて……これどうしようか?」
「一度戻るのもいいけど、何でついてこれたのか原因がわからないと、また来た時に同じことが起きない?」
「ねぇ、いっそのこと、ちゃんと説明したらどうかな?唯ちゃんならちゃんと理解してくれると思うんだ。」
「それもどうかなぁ。知らないで済めばそれに越したことはないと思うんだが?」
リョウは眠っているゆいゆいの髪を撫でる。
「ぶぅ~、センパイがゆいゆいに優しい。」
「ダメなのかっ!」
「ダメじゃないけどっ!センパイはもっとお嫁さんを大事にするべきだと思いますぅ!」
「誰が嫁だっ!」
「ぶぅ~、プロポーズしたくせにぃ。」
「だから、あれはっ……。」
「あの~、そろそろいいかしら?」
ニャオとリョウの会話に、恐る恐るという感じで割り込んでくる声に、二人は同時に振り向く。
「えっとね、仲良しのところ邪魔したくはないんだけど、先にすましておくべき事案があると思うのよ?」
「「「ミシェイラッ!」」」
リョウたちの声が重なる。
そこにいたのはピクシーの少女……自称女神のミシェイラだった。
「ふーん、成程ねぇ。」
リョウたちの説明をミシェイラはフンフンと頷きながら聞いている。
「原因とかわかる?」
クレアが心配そうに尋ねると、ミシェイラは大きく頷く。
「ウン、多分パーティ転移した時に、その子がパーティ登録されていて尚且つ有効範囲にいて転移の承認をしたから引きずられてきちゃったんじゃないかな?」
「そうなんだぁ……それで何とかなりそう?」
「何とかって……この子の処遇の事?」
「うん、そう。」
ニャオの問いかけに、ミシェイラは少し頭を悩ませる。
「出来なくはないけど……まず一番簡単なのが、リョウの言ってたように送り返して夢と思わせる事ね。」
「じゃぁ、そうしようか。」
「ちょ、ちょっと待って、慌てないで最後まで話を聞きなさいよ。」
リョウが早速、と腰を浮かせたところでミシェイラが慌てて止める。
「送り返す前に、時空の整理しないといけないから、こっちの時間で3日程かかるのよ。今無理やり向こうに戻ったら、あなたたちはともかくとして、その子の精神はバラバラに吹き飛ぶわよ。」
ミシェイラの言葉を聞いて、さっきすぐに行動を起こさなくて矢かった、と胸をなでおろす三人。
「だからね、帰るのが三日後として、果たしてその間の事を夢だと思ってもらえるかってことなんだけど……。」
「さすがに無理があるわね。」
クレアが大きなため息を吐く。
「まぁ、戻っても黙っていてもらうようにお願いするしかないか。」
「……ねぇ、ミシェイラ。唯ちゃんを私たちと同じ扱いに出来ないかな?」
ニャオの質問に、ミシェイラはしばし黙考する。
「いくつかの条件が合えば、出来なくはないけど……。」
「その条件って?」
「まずは、本人の承諾が必要なこと。あなたたちのお陰で時空が安定している今、本人の承諾なしで異世界転移なんかしたら、どんな事故が起こるかわからないからね。」
「まぁ、承諾が必要ってのは、当たり前だよな。」
リョウがミシェイラの言葉に頷く。
何といっても、一度ならず二度までも、未承諾で連れてこられたのだ。
唯を同じ目にあわせるわけにはいかないと思う。
「次に、意識とアバターの結合や、時空の安定を図るため、こっちの時間で3か月は過ごしてもらわないといけないわ。」
「三か月かぁ……まぁ仕方がないよね。」
「時間的な余裕はあるからいいけど、元々長くて10日のつもりだったからなぁ。計画を見直す必要もあるか。」
「他には?」
「細かいことは全部こっちでやるから、後は転移クリスタルが出来るまで、その子が死なない事と、この作業に私がかかりっきりになるから、何かあっても終わるまではフォローが出来ないってことぐらいね。」
クレアの確認にミシェイラはそう答える。
「じゃぁ、後は唯次第ってことだな。早速起こすか。」
リョウはゆいゆいの傍まで行き、魔法解除の準備を始めるのだった。
◇
「はぁ。つまり要約すると、私がリョウセンパイのお嫁さんになるという事ですね。」
「違うわっ!」
パッシーン!
リョウの怒鳴り声と同じタイミングで、ゆいゆいの頭にハリセンが振り落とされる。
ちなみにハリセンを持っているのは暇を持て余したラビちゃんだったりするのだが、なぜハリセンが使えるかとか細かいことに拘るのはよそうと思う。
「そうだよっ!唯ちゃんは愛人!私やクーちゃんを差し置いてお嫁さんなんてダメだからねっ。」
「それも違うっ!……話が進まんから、少し真面目に行こうか。」
「「ゴメンナサイ。」」
ゆいゆいとニャオの二人が項垂れる。
一応ふざけているという自覚はあったみたいでよかった、とリョウはそっと、胸をなでおろす。
「さっきも話した通り、信じられないかもしれないが……信じなくてもいいが、一応ここは異世界だ。で、唯には二つの選択肢がある。ここで3日程遊んだ後、現実に戻って、面白い夢を見たな、と思って元の何ら変わりのない生活に戻るか?色々なもの受け止めて、覚悟を決めて、俺たちと一緒に戦うか?だ。どちらを選んでも、俺たちは唯の意思を尊重する。ただ時間的猶予はないから、今すぐ決めて欲しい。」
「いいですよぉ。リョウセンパイ達と一緒がいいです。」
リョウの言葉に、あっさりと答えを出す唯。
「オイオイ、時間がないって言っておいてなんだけど、もっとよく考えなくていいのか?」
「考えましたよぉ。これってアレでしょ?異世界転移、みたいな?でも、ずっと異世界ってわけじゃなくて戻ることもできるんでしょ?だったらこの話に乗る以外の選択肢なんてありえませんよぉ。異世界で冒険ですよ?夢のようなシチュですよ?OKに決まってるじゃないですか!」
「あ、あぁ、そうなんだ。」
唯の勢いにたじたじとなるリョウ。
言っていることは分からなくもないだけに、それ以上の反論も出来ないリョウだった。
「それにこっちの世界にいればリョウセンパイのお嫁さんになれるんですよね?」
「愛人よ!嫁は私なのっ。」
唯の言葉にすかさずツッコミを入れるニャオ。
二人のやり取りに耳を塞ぎながら、リョウはミシェイラに声をかける。
「という事だから、よろしく頼むな。」
「OK!アンタも大変そうね。まぁ、でも身から出た錆ってやつだから、頑張って三人を養いなさいね。」
「……納得がいかないが分かった。」
「じゃぁ、三か月後にね。……あまり無理しないようにこの世界を楽しんでね。」
ミシェイラは、それだけを言って姿を消す。
他にも何か言いたげな素振りではあったが、本人が言わないのであれば、言い出すまで待とうと思うのだった。
そして、今後の予定を話し合うために、まだ言い合いをしている二人の渦中へと飛び込むのだった。
◇
「……この串が10本で銅貨1枚ということは?」
「1本あたり1Gpですね。」
「その通り。繰り返しになるが、銅貨1枚が10Gp。その銅貨が100枚で銀貨1枚。つまり銀貨1枚=1000Gpになる。」
「それで銀貨1000枚で金貨1枚なんですよね。だからUSO換算で行けば金貨1枚は100万Gpつまり1MGpってことですよね。覚えましたから大丈夫ですよ。」
リョウたちが転移してから3日が過ぎていた。
あれから森を出て、一番近くにあったウルズの街で宿をとったのが昨晩の事で、今はゆいゆいに、通貨や生活様式などの、この世界の常識を教えるために街をぶらぶらと案内しているところだった。
クレアとニャオは別行動で、情報収集という名目の買い物に繰り出しているため、リョウはゆいゆいと二人で歩いている。
「でも、こっちの世界って物価が高いのか安いのかよくわからないですね。」
今リョウたちが止まっている宿が、一人1泊、食事付きで銅貨3枚。リョウたちは4人で一部屋を使用するということで、4人で銅貨10枚にまけてもらっている。
細かい手持ちがなかったので10日分まとめてと、銀貨1枚を渡したら驚いていたところを見ると、あまりいいやり方ではなかったのかもしれない。
ただ女将の愛想がよくなったので、結果オーライだと思うことにした。
一般の平民の家族三人が、1ヶ月つつましやかに暮らしていくのに銀貨2枚と言われているところから、長期の宿屋暮らしは割高だというのが現実の日本と何ら変わりはないが、大体の感覚で日本円に換算すると銅貨1枚が1000円程度になる。
そう考えると、肉串が1本100円だとか、宿代が一泊3000円だとか、とても安く感じるのだが、市場に行ってリンゴによく似た果実が2戸で銅貨1枚とか言われると、リンゴ1個が500円か、などと思ってしまう。
「基準が違うから一概には言えないさ。ただ、向こうの感覚を持ち込むのもまずいけど、戻ってからこっちの感覚に引きずられないようにしないといけないからな。」
「なんか大変そうですぅ。」
「今更元には戻れんぞ。」
「わかってますよーだ。」
ゆいゆいはそういいながら腕を絡めてくる。
「リョウセンパイとデートです。ニャオちゃんには悪いけど、今は私のターン!」
「デートじゃないし。次は鍛冶屋に行くぞ。」
「リョウセンパイは女心が分かってないですぅ!……ニャオちゃんならそこがいいって言いそうだけど。」
「なんか言ったか?」
「何でもないですよ~。鍛冶屋さんで私の武器買ってくれるんですよね?」
「いいのがあればな。」
リョウとゆいゆいは楽しげに話しながら街中を歩いていく。
否定していたが、傍から見ればデートそのものと何ら変わりないことに、リョウは気づいていなかった。
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