第39話 襲撃イベント

「やっぱり、イベントの影響かね。」

 リョウは周りにいる人の多さにウンザリとしながらそう呟く。

「オゥ!お前等気合い入れろやっ!」

「いいかっ、No.1ギルドの名は俺達『ベロベロス』のものだ!」

「まぁ、気楽に行こうや。」

「みなさん、いいですか?何事も見極めが大事なのです。今回のイベントで、将来台頭してくるであろうプレイヤーをチェックするのですよ。」

 街中のあちらこちらで、様々な会話がなされている。

 一部違うのもあるが、大体はイベントについての意気込みや、確認事項などを口にしていた。

「さて、クレアやニャオはまだみたいだし、プレイヤー露店でも冷やかすか。」

 リョウは手近な露店を選び、商品をチェックしてみる。

 イベント需要を見込んでか、ポーションなどの消耗品が多く、しかも今までの相場より1割ほど高くなっている。きっとイベントが始まればもっと高くなるんだろう。

 この様子では、ポーションの元になる薬草などの素材も値上がりしているだろう。

 昨日までの間に買い込んでおいて良かったと、リョウは安堵する。

 リョウも調合スキルは持っているので、素材さえあればポーションを作ることは出来るのだが、リョウの腕では、ノーマルのポーションが、やっと効率60%に達したところなので、相場によっては買った方が安上がりだったりする。

 ちなみに、調合における効率というのは、簡単に言えば素材の消費量のことで、この数値が低いとはそれだけ素材を無駄にしていることになる。成功率とは別の物で、成功率が100%になった後、初めて表示されるのが効率50%……つまり通常の倍素材を消費すると言うことになる。

 そこから熟練度があがるに連れて、効率も上がっていき、マスタークラスになると効率は150%……つまり2本分の素材で3本完成させることが出来るようになる。

 もちろん、そこまで行くには、途方もない時間とお金がかかるため、現在、特化したプレイヤーでも、ノーマルポーションはともかくとして、ハイポーションの効率100%に達している者は居ないだろう。

 リョウは、いくつかの露店を巡り、まだ値上がりしていない、各種ポーションの素材を買い占めていく。


「っと、こんなところか。あまり無駄使いも出来ないしな。」

「何買ったんですかぁ?」

「わわっ……、と、なんだゆいゆいか、ビックリさせないでくれ。」

「ビックリしたってことは、やましいもの買っていたんですね。エッチな本ですか?」

「そんなもん売ってるわけ無いだろう。急に声かけられたら誰でもビックリするっての。」

 リョウはゆいゆいに答えながら、ニャオとクレアの姿を探す。

「あ、お二人なら、お知り合いの方の所にいますよ。私はリョウ先輩を呼びに来たんです。」

 リョウの視線の意味を察知したゆいゆいはそう答える。

 ログイン直後に、リカルド達に見つかってしまい、クレアとニャオが相手をしてる間に、ゆいゆいがリョウを探していた、と言うことらしい。

 なので、ゆいゆいの案内に従って、早速二人と合流したのだが……。


「なんか、メチャクチャ睨まれてない?」

「リョウがゆいゆいと腕を組んでいるからじゃない?」

 自分もリョウの腕に絡んでいるのを棚に上げたニャオが答える。

 ゆいゆいは、リョウの右腕にしがみつき、半歩下がって、リョウの陰に隠れようとしている。

 ニャオが左腕にしがみついているため、リョウは身動きがとれず、助けを求めるようにクレアを見るが、彼女は困った表情で首を振ると、視線を逸らす。

 こんな居心地の悪い場所からは、さっさと逃げ出そうと思っていると、リカルド、アルビナス、ニルスの三人が中央に立つ。

 イベントが始まるまで後数分なので、今の内に何か伝えたいことがあるらしい。

「まずは、急な呼びかけにも関わらず、こうして集まってくれた事に感謝する。」

 そんな言葉から始まるリカルドの演説。

 この周りにいるプレイヤーは、リカルド達が地道に声をかけて集めた、ギルドメンバー予定のプレイヤーらしく、リカルドの熱のこもった演説に聞きほれている。

 相変わらず、こういうときに皆をノセるのがうまいと感心する。

 リカルドの言葉も段々熱くなり、ボルテージが最高潮に達したとき、イベントが始まる旨を知らせるアナウンスが流れ、モンスターの軍団がこっちに向かっていると知らされる。

「いいか手前ぇらっ!味方の流れ弾には気をつけろよ。誰かが放った魔法がに当たると言うはよくあることだから気にすることはないぞ。遠慮する事は無いっ!」

「なんか……リカルドの眼がこっち向いてるんですけど?」

「他のプレイヤーさんも、リョウを見てるわよ。」

「センパイ、愛され狙われてますねぇ。」

「今の『愛されて』って所が『狙われて』って聞こえたのは気のせいか?」

「「「気のせいよ……」」」

 三人が視線をそらせながら、声をそろえて呟いた。

「はぁ……前途多難ってのはこう言うことか……。」

 リョウの呟きは、モンスターに向かっていくプレイヤーの喚声にかき消されたのだった。


 ◇


「何やってんだよっ。」

 モンスターの襲撃が始まって早々に、ゆいゆいが敵に囲まれていた。

 リョウがからくる攻撃に対してをしている数分の間、目を離した隙にこれである。

 ゆいゆいは、十数匹のゴブリンに囲まれながらもその攻撃を紙一重でかわしていた。

 たまに攻撃を喰らうこともあるが、それほど大きなダメージにはなっていないみたいだ。

「なんで反撃しないんだよ。」

 リョウは、数匹のゴブリンを斬り伏せ、ゆいゆいのもとに行くと、背中合わせになるように立つ。

「えっと、避けるのに精一杯なのと……。」

 襲ってきたゴブリンの棍棒を盾で受け流す。

「攻撃しても当たらないからですよぉ。」

 体勢の崩れたゴブリンに対して、剣を振り下ろすゆいゆい。

 しかし、その剣はゴブリンを切り裂くことなく空を切り、その間に難を逃れるゴブリン。

「いや、今のをはずすって……炎よ来たれ、フレアランス!」

 迫ってくるゴブリンを炎の槍が貫き、その身体を燃え上がらせる。

 その脇をすり抜けてくる別の個体を、剣で迎え撃ちながら、ゆいゆいと話す。

「回避と防御に特化しているから、命中率が低いんですよぉ。」

 ゆいゆいの話では、初期にSTRとSPDに割り振って、その後もボーナスポイントはその二つのステータスのみに振っているという。

「特化って……今のステータスどうなってるんだよ?」

「乙女のサイズを知りたがるなんて、リョウ先輩も好きですねぇ。」

 ニマニマするゆいゆいが何となくムカついたので、ゴブリンの攻撃を迎え撃たずに避け、ゆいゆいへと通す。

「わわっ、……危ないじゃないですかぁ!ちゃんと処理してくださいよぉ。リョウ先輩を信用して背中を預けているんですからぁ。」

「下らんこと言うからだ。まぁ、言いたくないなら言う必要はないぞ。」

 他人のステータスやスキル構成を聞くことは余り褒められた行為ではない。

 対人行為も出来るUSOでは、自分のパラメーターを教えることは弱点を教えることに繋がるため、余程信用している相手であっても、総てを晒け出す事はない。

「リョウ先輩ならいいですよぉ。今のLvは18でSTRが42、INTが12、DEXが10でSPDが48、後LUKが15です。」

「って、17回のレベルアップで1ポイントもDEXがあがってないのか?どんだけだよ。」

 マスクデータもあるので、それだけではないが、一応、基本的には、STRはHPと攻撃力(Atk)、防御力(Def)に、SPDはそのまま機動力と回避値に影響を与えるパラメーターだと言われている。なので戦士系のキャラが優先的にあげるのは何らおかしくはない。ニャオのパラメーターも似たようなものだ。

 ゆいゆいの場合、教えてくれた人が「どんな強力な攻撃でも当たらなければどうという事はない!」と常々言っていたために、影響を受けて回避に全力を注ぐことにしたそうだ。

 もっとも、万が一に備えて防御力をあげているあたり、盲目的に従っている訳でも無い。

「まさかと思うが、命中率があがるスキルも取っていないのか?」

 基本ステータスのDEXは、命中率に影響を与えるのだが、人族はプレイヤーが選べる種族の中でDEX値が最低の種族だ。

 だから、戦士系を選んだ人族のプレイヤーは、DEXにある程度割り振るとともに、剣術とか投擲と言った、命中率に影響を与える有用なスキルを修得していくのが普通である。

「そんなのあるんですか?知らなかったです。」

「知らないって、じゃぁどんなスキル取ったんだよ?」

 後から後から湧いて出てくるゴブリンの処理が面倒になり、辺り一帯をクレイウォールを使って立体の迷路にしてみた。

 お陰でゴブリンが近づいてくるのに時間がかかるようになり、ゆいゆいと話す余裕ができている。

 そうでなければ戦闘しながらここまで突っ込んだ話は出来なかっただろう。

 リョウは、イベント前にこの話をしておくべきだったと後悔する。

「どんなって、『重鎧装備』とか『大楯使い』とか『斥候の心得』『華麗なる回避術』など防御や回避に関連したスキルですよ?次は『空間機動』って言う三次元的な動きの出来るスキルを狙ってるんですよ。」

「『剣装備』とか武器に関するスキルは取っていないのか?」

 武器系のスキルはその武器を装備したとき、その武器での命中率や攻撃力に影響を与えてくれるので、戦士系には必須のスキルのはずなのだが……。

「取ってませんよ?そんなのより回避です!」

 キッパリと言い放つゆいゆいを見て頭を抱えたくなり、そろそろクレイウォールの効果が切れるなぁ、などと思考が別の方向へ逃げ出しそうになっている。

「武器スキルを持たない戦士って……一体どこを目指してるんだよ。」

 クレイウォールが崩れ去り、ウロウロしていたゴブリン達が、ゆいゆいとリョウをターゲットに捉える。

「そんなの『華麗に回避する重戦士』に決まってますよ?」

「重戦士は回避しねぇよっ!」

 リョウは思わず大声でツッコみ、ついでに準備しておいた落ちし穴を起動させる。

 範囲にいたゴブリン達の足元が崩れ、生き埋めとなり、その上から石礫を降り注がせれば、ゴブリン達の生命活動が途絶える。

「はぁ、ここはもういいから、クレアのカバーを頼む。」

 リョウ達のいる場所は、防衛したが余所では防衛ラインを突破されつつある場所もあった。

 後衛のクレアが力を発揮するには、壁役が必要だろうと、ゆいゆいを送り込み、自身は遊撃しているニャオのフォローに回る。

 全体の様子から見て、後5分も持ちこたえれば一息つけるだろうか。

 リョウはそう考えつつ、迫り来るゴブリンを薙ぎ払っていった。



「これでトドメ!……っと。」

 リョウの剣がゴブリンの腹を切り裂くと、ひかりのエフェクトとともにその姿がかき消え、与えたダメージとゴブリンが消滅したこと、魔石を得たことなどが、視界の片隅に表示される。

 このイベント中に現れるモンスターは、死体を残さないため素材をはぎ取ることは出来ないが、代わりに、特殊な魔石がオートドロップされる仕組みになっているらしい。

 今は何に使用するかの告知はされていないが、運営の事だから、イベント終了後に重大発表として告知してくることだろう。

「リョウ、終わった?」

 ニャオが剣に付いた血糊を払いながら傍にやってくる。

 それを見て、クレアとゆいゆいもリョウの元に戻ってくる。

 イベントが始まって30分、倒したゴブリンは数知れず……最初の襲撃の山は乗り越えたみたいなので、そろそろいいだろうと、ニャオとクレアに視線を向けると、彼女たちも頷く。

「ゆいゆい、悪いんだけど、本陣にいるリカルド達に「先攻偵察してくる」って伝言を頼めるか?」

「えっと、それはいいんですがフレ通じゃダメなんですか?」

 置いていかれるのを、不満そうに態度で表すゆいゆい。

 可哀想だが、実際に向かうのはアナザーワールドなので、ゆいゆいは連れていけない。

「これも届けてほしいんだよ。」

 そう言って初級ポーションとノーマルポーションを100本ゆいゆいにトレードする。

「こんなにっ!………多すぎませんか?」

「狙ってきたプレイヤーを返り討ちにしちゃったからなぁ。その詫びも兼ねてる。後、半分はゆいゆいの分。さっきの戦いで、ポーション全部使っちゃっただろ?」

 ゆいゆいは、後衛のクレアに向かってきたモンスターを一人で引き受けていたため、それなりにダメージを受けていた。先日、カレンさんに新装備を作ってもらっていなければ、あっと言う間にやられていたことだろう。

 ゆいゆいは、まだ不満げながらも、仕方がなくと言った感じで本陣の方へかけだしていった。


「さて、じゃぁいくか。」

 ゆいゆいを見送った後、転移クリスタルを取りだしてクレアとニャオに声をかける。

「………えっと、クレアさん?何をしてらっしゃるので?」

 リョウの左腕に、ギュッとしがみつくクレアに、疑問の声を投げかけるが、クレアはそっぽを向いたまま答えない。

「さっきは、ゆいゆいに場所をとられていたから、拗ねてるんだよねぇ。」

「ニャオ、うるさい。」

 どうやら、イベント前にニャオとゆいゆいが腕にしがみついていたことが、羨ましかったと言うことらしい。

「どうでもいいが、これじゃぁ転移クリスタルが使えないぞ。」

 空いてたはずの右腕は、いつの間にかニャオにしっかりと抱え込まれている。

「仕方がにゃいにゃぁ。私が使ってあげるにゃん。」

 いたずらっ子のような眼で見上げながら、そう言うニャオ。

 仕草といい、口調といい、余りにもあざとらしいが、しっかりとツボを押さえられているため、リョウは何もいえない………仕方が無いじゃないか。可愛いは正義なんだよ!

 誰にともなく、そう言い訳をするリョウだった。

「パーティ転移でいいよね……転移!」

 ニャオがクリスタルを取り出し操作すると目の前に転移の文字と『Yes』の文字が点滅する。

 腕が動かせないので頷くと、文字と共に周りの景色が消え失せ、次の瞬間には、見慣れた森の中にいた。


「あれぇ、ここはどこなんですかぁ?」

 無事に転移できたと、ホッとしているリョウ達の耳に聞き慣れた、そしてここで聞くはずのない声が聞こえる。

 恐る恐る振り返ってみると、そこには困惑した表情のゆいゆいが立っていた。




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