第38話 イベント告知

「はぁ……やっちゃったねぇ。」

 隣にいるニャオが、リョウの胸元に頭を寄せながら気怠そうに呟く。

「……やっちまったなぁ。」

 それに応えるかのように、リョウが諦めにも似た呟きを漏らす。

「責任……取る?」

 ニャオが、少し潤んだ目で見上げながら聞いてくる。

「取らない。」

「うっわぁ~、鬼畜の発言ですねぇ。こんなこと言ってますよ?どう思います、くーちゃんセンパイ?」

 リョウの答えに、大げさに反応するゆいゆい。

「そうねぇ、やっちゃったのは仕方がないとして、男の人ならその責任はとって欲しいと思うわ。」

 クレアが視線を逸らせながら言う。

「お前らなぁ……。」

「責任……取ってくれないの?」

 リョウが声を荒げかけたところで、リョウの腕をギュっと摘まんでニャオが見上げてくる。

「あのなぁ……、確かにアレをやったのは俺かもしれない。しかし、お前らも同意しただろ?」

「でもぉ、まさかこんなことになるなんて……。」

「ねぇ?」

「予想以上だったわ。」

 リョウが指さす先から、目線を逸らすようにして頷き合う三人の少女。

 そこには、いまだ勢いの衰えない炎が赤々と空を茜色に染め上げていた。

 炎のもとになっている場所は、アルバ砦と呼ばれている、侵攻軍の前線基地だ。

 いや、だったというべきか?リョウたちの活躍によって、今ではただの瓦礫の山と化しているからだった。

「……まぁ、過ぎたことを言ってもしょうがない。責任は指揮官に押し付けて俺たちは戻るか。」

「そだね。一応アルバ砦の無効化は出来たんだし、報酬もらえるよね?」

「……あの指揮官が無能じゃなければな。」

「……期待薄そうですねぇ。……でも、………まだ信じられないですよぉ。」

 ゆいゆいが、感慨深そうな声音でそう言う。

「実は、これは夢なんだよ。ゆいゆいが見ている夢。だからほら、その服を脱いでも……って痛っ!」

 未だに信じられないと首を傾げるゆいゆいを見て、悪戯心が沸き起こったリョウは、その胸元に手を出しかけるが、突然起きた痛みに頭を抱えた。

「センパイ、セクハラ禁止っ!」

 いつの間にか構えたこん棒で、リョウを殴りつけるニャオ。

「大体私には手を出そうとしないくせに、なんで唯ちゃんばかり……。唯ちゃんも唯ちゃんよっ!センパイ誘惑したらダメなのぉっ!」

 キレて、所かまわず暴れ出すニャオ。

「待てっ、落ち着けっ!ただの冗談だからっ!って、ぐわっ……!」

 運悪く、振り回した棍棒を躱しきれずに吹っ飛ぶリョウ。

「フーッ、フーッ、フーッ……。」

「ハイハイ、それくらいにして、イイコイイコ……。」 

  薄れゆく意識の中で、クレアに抱えられて宥められているニャオの姿を見つつ、こんなことになった経緯を思い出していた……。


 ◇ ◇ ◇


「うっわぁ、イベントだって。タイミング悪いねぇ。センパイどうする?」

 スマホを見ていた奈緒美が、背後から覆いかぶさってきてスマホの画像を見せてくる。

「奈緒……いや、何でもない。」

 密着する背中に、奈緒美の柔らかな感触が……と伝えようとして、思い直す。

 どうせ誰も見ていないんだ。

 だったらこの幸せな時間を壊すような真似をすることもないだろうと。

 リョウは、アナザーワールドで何か月もニャオと添い寝をしていたせいか、これくらいのスキンシップでは動揺しなくなっていた。

 同様に、奈緒美もこれくらいの事は普通だという感覚になっていたため、二人の距離感は友人同士と言うには近すぎて、他人から見ればカップルがイチャついているようにしか見えないってことに気づいていなかった。


 涼斗と奈緒美がいるのは、誠心学園の屋上。

 下を見れば、多くの生徒たちが文化祭の名残の廃材を校庭に積み上げている。

 誠心学園の文化祭は昨日で終わり、今日は後片付けの為に全校生徒が集まっている。

 涼斗と奈緒美も後片付けの為に学園に登校してきたのだが、今ここにいるということはそういう事……つまりサボっているのである。

 涼斗は、この文化祭では予定外に動くことになって目立ってしまい、正直疲れていた。

 だから、後片付けぐらいは、騒動の元になった紅羽に押し付けてしまえ、と登校早々にここに逃げてきたら、同じように考えていた奈緒美と出会ったというわけで、待ち合わせていたわけではなかったが、思わず笑みがこぼれてしまった。

 奈緒美も、概ね涼斗と同じようなもので、唯の悪だくみのせいで、文化祭から目立ってしまい、教室に居づらくなってしまったのだ。だから片づけを唯に押し付けて屋上に逃げてきたのである。

 片付けが終われば、打ち上げを兼ねた後夜祭が行われ、明日からは10日間の秋休みに入る。

 後夜祭では、まぁ色々なイベントもあり、これを機にカップルが成立することもあって、毎年それなりに盛り上がるのだが、変に目立ってしまった今回は、出来れば参加したくないというのが二人の本音だった。

 そんなことより、二人は早く帰って明日の為の準備がしたいと考えている。

 涼斗たちは、この秋休みを利用してアナザーワールドに行く計画を立てていた。

 一度アナザーワールドに行ってしまうと、感覚的には何か月か後に帰ってくることになる。

 文化祭の準備に奔走している時にそれをやってしまうと、戻ってきた時に感覚の違いから周りと齟齬を生じさせてしまう可能性があったため、秋休みまで待とうということになっていたのだ。

 秋休み中なら、戻ってきた後の休み期間を使って、身体を馴らしながら感覚を取り戻せるからだ。

 そういう理由もあって、今後もアナザーワールドに行くときは長期休みか、最低でも三連休の時にしようと決めていた。

 

「明日から、ギルド設立前哨戦のイベントかぁ。オープン初の大規模イベントだけど……。」

「……ふーん、やることはタワーディフェンスみたいねぇ。」

 奈緒美が内容を読み進めながら呟く。

 告知内容では、明日の正午から、始まりの街に向けてモンスターの襲撃が定期的に行われるとの事。

 この襲撃を退け、アップデート後に開放予定の、第二の街までの街道の安全を確保しつつ、第二の街の入り口まで辿り着き、イベント終了時まで安全を確保することが勝利条件となる。

 そして、イベント終了時に、一番活躍したプレイヤーにギルド設立許可証が与えられ、そのプレイヤーが立ち上げたギルドの名が、国に貢献した初の名誉あるギルドとしてUSO史に残るのだそうだ。

 そして、その後は一般イベントとして、ギルド設立イベントが解放されるらしい。

「まぁ、俺たちはギルド設立に関しては急いでないけどな、ノリノリなプレイヤーが頭に浮かぶよ。」

「アルビたちねぇ。たぶん「手伝えっ!」って言ってきそう。」

 奈緒美が苦笑する。

「確かにな。」

「リオンちゃんなら、ノリノリでなんかやりそうなんだけどぉ?センパイはどうするぅ?」

「リオンなら、先陣切ってプレイヤーを扇動するだろうなぁ。」

「そして、最後の最後で爆弾投下、みたいな?」

「そうそう、よくわかってるじゃないか。」

「ほんと、センパイというかリオンちゃんは悪魔ですねぇ。強敵ですねぇ。」

 奈緒美はそういいながら、涼斗の身体に回した腕に力を込める。

「まぁ、最初だけ参加して、適当なところでバックレてアナザーワールドに行くか。」

「そうだね。アナザーワールドと言えば……唯ちゃんどうしようか?」

「……どうしようもないんじゃないか?連れていけるわけじゃないし、そもそも信じないだろうしな。……なんなら「ちょっと異世界行ってくるわ」って一言言っておくか?」

「うーん、唯ちゃんなら笑って、行ってらっしゃいって言いそう。」

「確かに。」

 奈緒美の返しに、涼斗は苦笑しつつ頷く。

「まぁ、イベント中はぐれた事にすればいいんじゃないか?向こうで長居しないなら特に問題ないだろ?」

 一応、今回の向こうでの滞在期間は、1週間から10日程を予定している。

 簡単な下調べだけして戻ってくるつもりなので、こっちでは5分程度居なくなるだけだ。

 それくらいなら何とでも誤魔化せるだろうと涼斗は踏んでいる。

「じゃぁ、今夜はUSOで持ち込む物の準備、明日はくーちゃんの部屋に11時集合、早めのお昼を食べてからログインってことでいい?」

「そうだな。そうと決まればさっさと帰りたいところだが……。」

 涼斗は改めて下を見ると、校庭には先程より多くの生徒が集まっていた。

 どうやら、室内の片付けは粗方済んだようで、教室の片づけを終え、やることのなくなった生徒たちが、時間を持て余して校庭を彷徨いているらしい。

「ねぇ、センパイ。ここからなら狙撃し放題だよね?」

 同じ様に眼下を眺めていた奈緒美が、そんなことを呟く。

「物騒な考えは捨てなさい。」

「ぶぅー、そんなこと言ってぇ……どうせセンパイだって似たようなこと、考えてた癖にぃ。」

「失礼なっ!俺はただ、あそこにぶち込めるような、効果的な広範囲魔法を持ってないなぁと考えてただけだ。」

「ふぅーん。じゃぁ使用魔法の制限がなかったら?」

「そりゃぁ、エグスプロージョンで吹っ飛ばすか、メテオインパクトで押しつぶすか……、いや、グランドフォールで崩落させるのも……。」

「センパイの方がよっぽど物騒だよぉ。」

 ケラケラと笑う奈緒美。ツボにハマったらしく、しばらくの間笑い続けていた。


 ◇


「じゃぁマキナ、後はよろしくね。」

 クレアが傍に控えているメイドさんに声をかけると、そのメイド……マキナさんは恭しく頭をさげる。

「後、今更だけど、いくら気に入ったからって、あまり唯さんで遊ばないようにね。」

「心得ておりますわ。長く遊ぶ為のギリギリのラインを見極めるのも、メイドとしての技量ですから。」

 そう笑顔で答えるマキナさん。

「うぅー、やっぱり……、私今度は何されちゃうんだろ?」

 がっくりとうなだれる唯。

 ちなみに前回は、超ミニスカートのメイド服に着替えさせられ、同じくメイド姿の奈緒美と絡むポーズで写真を撮られていた。

 直前まで、USO内でメイドドレス姿のゆいゆいを見ていたため、一瞬まだUSOの中なのかと勘違いしそうになったぐらいだ。

「前回は涼斗様のお宅という事もあり、控えさせていただきましたが、今回は誠心誠意を込めて御世話させていただきます。」

 何だろう?この、言っていることは間違ってないはずなのに、絶対に安心できない感は……。

(涼斗様、ギリギリはお好きですか?)

 悩んでいる涼斗にマキナが小声で耳打ちしてくる。

(いや、ここはマキナさんのセンスに期待します。ただ一言だけ……可愛いは正義です!)

(さすがは涼斗様。では期待に応えて見せましょう。)

 涼斗とマキナはガッシリと握手を交わす。

「うぅ、すごく不安なのですが……。」

「唯ちゃん、大丈夫よ。」

「ほんとに?」

「ウン、本当よ。………すぐ慣れるからね。」

「慣れちゃダメなやつだと思う………。」

 落ち込む唯を二人が奥の部屋へ連れて行くのを確認してから、涼斗はVRギアを装備する。

 そして身体をリラックスさせながら、USOの世界へと潜っていくのだった。


 

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