第36話 唯とUSO

「やーん、奈緒………じゃなくてニャオちゃん可愛い!流石私の嫁!」

 そういってニャオに抱きつくのは、「ゆいゆい」と言う名の人族。

 解けば腰まであると思われる水色の長い髪を右側で束ねている。サイドテールと言う奴だ。

「誰がよ。私はリョウのお嫁さんなんだからっ!」

 そういってニャオがリョウに抱きつくと、ゆいゆいも抱きついてくる。

「仕方がないので私もリョウ先輩のお嫁さんになります。その代わり一緒にニャオを愛でさせてください。」

「あー、とりあえずあっちで百合っとけ。」

 リョウはニャオをひきはがし、奥へと追いやる。

「わーい、先輩の許可が出ましたよぉ。ニャオちゃん、イイコトしましょ?」

「いやぁぁぁぁ。」

 騒がしいメンバーが増えたとこめかみを押さえるリョウ。

 ゆいゆいはその名から分かるとおり、唯のアバターである。

 現在は、お泊まり会のメインイベントとして、みんなでUSOにログインしたところだった。

 因みに唯のVRギアは、マキナさんが用意してくれた、リョウ達と同じ加納電算製の新型VRギアの試作機だ。


「コレがVRギア?」

 どうみてもカチューシャにしか見えないをひっくり返したりして不思議そうにみる唯。

「デザイン性を重視した新型なのです。」

 マキナさんは、そのカチューシャを取り上げると、唯の頭にセットする。

「よくお似合いですよ。」

 そう言って手鏡を渡す。

「これは……クマ?」

「タヌキですよ。」

 唯が装着したカチューシャはいつの間にかタヌキの耳が生えていた。

「唯様、コレは我が社の重要機密になりますので、決して余所に漏らさぬようお願いします。」

「あ、うん、わかりました。」

「では、商談に入りましょう。」

「商談?」

 何のことかわからず、首を傾げながらも警戒心を全面に押し出す唯。

 まぁ、いきなり新製品を見せられて、商談なんて言われたら、警戒するのも当然だろう。むしろ警戒しない方がおかしい。

「あぁ、そんなに堅苦しく考えないでください。この新型VRギアのモニターになっていただけるかどうかってお話ですから。」

「モニター?」

「えぇ、そうです。これはまだ試作段階ですので、実際に使用したときのデータ取りが必要なんです。もし、モニターになっていただけるのであれば、この場で唯様用に調整して差し上げます。ですから今夜直ぐにでもみなさまと一緒にUSOがプレイできますよ。」

「ほんとにっ!?……あ、でもモニターって何すればいいんだろ?」

 一瞬大喜びするがすぐ不安げな思索顔になる唯。

「何も難しくありませんよ。使ってみた感想や要望などを伝えていただければいいです。そうですね、奈緒美様にでもお伝えいただければ、後はこちらで処理します。他には資料として装着時の撮影をさせて頂きますのでその許可をいただければ結構です。」

「それだけでいいの?だったらやるよ。……奈緒ちゃん、早速ログインしよ。」

「落ち着けっ!」

 奈緒を引っ張っていこうとする唯をはたいて落ち着かせる。

「ログインするならするで、その前にやること済ませないといけないだろ。」

「あ、そっか。そうだよね、じゃぁ早速……えっと電気消してもらえる?明るいのはやっぱり恥ずかしいし……。」

 パジャマに手をかけながら頬を染めてそんなことを言う唯。

「……あのなぁ、一応聞くけど、何する気だ?」

「……そこまで言わせるんですか。リョウ先輩ってSだったんですね。うぅ……リョウ先輩……えっ……ち……シて……うぅ、恥ずぃぃ。」

 涼斗は黙って目の前にあったハリセンを奈緒美に渡す。

 奈緒美も無言で受け取り、大きく振りかぶって………振り下ろす。


 パッシィィィーーーン!


「何考えてんのよっ!こっちが恥ずかしいわっ!」

「痛いですぅ。」

 唯は頭を抱えて涙目になりながら奈緒美を見上げる。

「だって、宿泊費を身体で払えって話なんでしょ?ハッ!ひょっとして順番があったの!?そうだよね、奈緒ちゃんが先だよね。知らなくてゴメンナサ……ったいですぅ。」

 再び奈緒美の振るうハリセンが唯を襲う。

「……何でそんな話になるんだよ?」

 涼斗は大仰に溜息を吐く。

「だってマキナさんが……。」

 唯の言葉を聞いて三人が一斉にマキナの方を見る………が、そこには既に誰もいなかった。

「ったく、逃げ足が早いんだから。」

 紅羽が溜息を吐きながら呟く。

「今からログインするなら、そのまま寝落ちだろ?だから寝る準備が必要だっていってるんだよ。」

 マキナさん入れて4人分の布団を、客間に運ばなければならない。

 一人でやるには重労働なので、皆で手分けしてさっさと済まそうと涼斗が告げると、皆はそれぞれに動き出す。

 何だかんだと言っても、皆でUSOをプレイするのが楽しみな事に違いはない。

 因みに、ログインする直前にマキナさんが戻ってきて、唯に「VR補助スーツ」なる物を渡していた。

 何でもそのスーツを着てログインすれば全体のスペックが10%向上するとか何とかと言いくるめられて、着替えさせられていた。

 そのスーツを着た唯は、タヌキの着ぐるみを着た少女以外の何者にも見えず、皆無言でログインしたのだった。


 そんな一騒動を経て、リョウ達はUSOの世界へと降り立ち、冒頭へと繋がるのだが……。


「ねぇ、リョウ………。」

 クレアがチラッ、チラッとゆいゆいとリョウを交互に見る。

「みなまで言うな。分かってる。」

「でも……。」

 何かを言いたそうにして、結局押し黙るクレア。

「ここはに任せるべきだろう。」

「えぇー!私が言うのぉ?」

 話が聞こえていたのだろう、ゆいゆいにハグされているニャオが嫌そうな顔をする。

「親友のお前が言うのが一番角が立たない………と思う。」

「えっと、何のお話?」

 ゆいゆいが、会話の流れから自分に関係ありそうだ、と顔を上げる。

「えっとね、ゆいゆい。」

 ニャオがハグをひきはがし、ゆいゆいの両肩を掴み、顔をしっかりと見つめる。

「はいっ、なんでしょう!」

「とても言いにくいんだけど……ゆいゆいの……その……。」

 ニャオは言いよどむが、その視線ははずさない。そして結局、何度か躊躇った後、大きく息を吸って、一気に告げる。

「その格好、はっきり言ってダサいわよ!」

 USOでの装備の内、防具に当たる部分で装備できるのは、「頭」「首」「胴体トップス」「胴体ボトム」「肩ー腕」「手」「足」の7カ所だ。

 これにインナー、ローブ、マントを足して10カ所からなる。

 装備できる部位が多いと言うことは、それなりのコーディネートが必要と言うことであり、自信の無い奴はセットでも買っておけと言われる所以でもある。

 因みに、USOを始めた初期の装備は「初心者セットと呼ばれる、トップス、ボトムに武器の三点セットだったりする。

 そして、今のゆいゆいの恰好といえば………。

 初心者のトップスに、ボトムはヒラヒラしている青と黄色のミニスカート。首にはただの石を削りだして作成したと思われる、無骨な古代石の首輪、腕にはスケルトンが落とすボーンアーム、足にはNPC売りのビーチサンダルをはいている。

 武器はゴブリンが持っていたと思われる、棍棒とボロボロの盾。

 とりあえず拾った物をかき集めましたと言わんばかりでコーディネートの欠片もない。

 ……強いて言うならばテーマは「混沌カオス」だろうか?

 「あ、あはは………ヤッパリ?そうじゃないかと思っていたんだけど……。」

 ニャオに面と向かって言われたゆいゆいは、ガーンと言う効果音が聞こえそうなくらいショックを受けていた。

(ねぇ、やっぱり不味かったんじゃぁ?)

(いや、本人の為にもはっきりと告げてやるべきだ……とおもう)

(でもねぇ……。)

(まぁ、後はニャオに任せよう、)

(そうね……。)

 クレアとリョウが、小声でそんな会話をしてる間に、ニャオとゆいゆいの間では一つの話がまとまっていた。

 すなわち……。

『ゆいゆいを可愛い女の子にコーディネートしよう!』

 というものだった。


「じゃぁ、そっちは任せるな。」

 リョウがそういうと、ニャオが不満げに言ってくる。

「えっ、ついてきてくれないの?」

「どうせ行先のメインは、だろ?あの人苦手なんだよ。」

「うぅ~、カレンさんきっとリョウに会いたがってるよ。」

「だから嫌なんだよっ!とにかく俺は俺で準備してくるから、1刻後に待ち合わせでいいか?」

「うー……仕方がないなぁ。じゃぁ、終わったらフレ通入れるよ。」

「了解。じゃぁ、ゆいゆい……がんばれ。」

「えっ、どういうことですか?」

 今まで黙って聞いていたゆいゆいが、リョウの励ましを受けて、見るからに狼狽える。

「えっと、私何をされるんでしょう?」

 リョウの姿が見えなくなったところで、ゆいゆいはクレアに訊ねる。

「……。」

「……なんでそこで黙るんですかぁっ!いったい何されるのぉっ~~~~!」

 半ば引きずられるようにして連れていかれるゆいゆいの叫びが辺り一面にこだました……。

 

 ◇


 先を歩くニャオに連れられてやってきたのは、街外れにある一軒家だった。

「ここは………プレイヤーハウス?」

 プレイヤーハウスとは、その名の通りプレイヤー自身が所持している家のことである。

 その形態は森の中のログハウスから、町中の豪邸まで様々であるが、総じてハンパないお金がかかるので、大抵は仲の良いプレイヤー同士が資金を出し合って、シェアしている場合が多い。

「そうだよ~。こんにちわ~、カレンさんいる?」

「あらぁ、ニャオちゃんクレアちゃん、いらっしゃい。そちらは見ない顔だけどお友達?」

「ヒィッ!」

 出て来た店員を見て、ゆいゆいは、思わず息をのむ。

「あらぁ、失礼しちゃうわ。いつものことだけど傷つくわぁ~。」

 オーガの一撃を食らっても傷つきそうにない身体をくねらせるカレンさん。

「あ、その、えーと……ゴメンナサイ。」

 ゆいゆいは、オネェ言葉を使うオーガに匹敵するようなガタイの漢に頭を下げる。

「あはっ、ビックリしたよね。カレンさんは漢女オトメなんだよ。でもって、私の知る限りトップクラスの生産者クラフト・マスターなの。」

「あらん、ニャオちゃんおだてても値引きしないわよ。」

「でもサービスしてくれるでしょ?」

「今度あの子が来てくれるなら考えるわ。」

「あはっ、リョウにそう伝えておくね。ソレより今日は……。」

「わかってるわよぉ。そのを磨き上げるんでしょ。あなた達!」

 カレンさんが指を鳴らすと奥からカレンさんに負けず劣らずのガタイをした漢女オトメが数人出てくる。

「まずは採寸ね。奥へ連れてって頂戴。」

「「「Yes!マム!!」」」

「えっ、あっ、ちょっと……。」

 両脇から抱えられて、奥へと連行されるゆいゆい。

「コンセプトはどうする?………ウンウン、そうねその場合は……。」

「ニャオちゃーーーーん………。」

「大丈夫よぉ、怖いのは最初だけだから………ウン、そうね…………。」

 どのような装備がいいかを熱心に話し合っているニャオに助けを求めるゆいゆいだが、ニャオは視線を向けようともせずに、そういって送り出す。

「ソレ、絶対大丈夫じゃ無いやつだよぉーーーー。」

 ゆいゆいは、叫び声だけ残して、店の奥へと消えていくのだった。






 

 

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