第33話 帰還、そして新たなる旅立ちへの序章

「えらくご機嫌ね………何かあったの?」

 リョウ達を出迎えたクレアがそう訊ねてくる。

 鼻歌を歌いながら、今にも踊り出しそうなニャオと、どこか疲れた感じで遠くを見ているリョウ。

 誰が見ても「何かがあった」と思うことだろう。

「うん。くーちゃん、あのね、センパイがプロポーズしてくれたの♪」

「えっ……。」

 がっしゃーん………。

 思いもかけぬニャオの言葉に、クレアは手に持っていた食器を取り落とす。

「あ、くーちゃんも一緒だよ。お嫁さん二人なんてとは思うけど、この世界なら一夫多妻は普通みたいし、それにくーちゃんならいいかって………。」

「ちょっと、どういう事っ!」

 浮かれまくるニャオを放置して、リョウに詰め寄るクレア。

「俺にも何が何だか、サッパリ……。」

「いいから説明しなさいっ!」

 リョウの襟元をつかんでいるクレアの手に力が入る。

「わかっ、わかったから、落ち着け………苦しぃ……。」

 リョウはクレアの腕をタップし、何とか締技から逃れ、丘の上であったことを説明する。

「……って事なんだ。そうしたらニャオが盛大な勘違いを……ってクレア?」

 リョウの話を聞いているのか聞いていないのか……真っ赤になって俯くクレアが気になり声をかけるリョウ。

「あ、えっと、ゴメンナサイ。返事はあとでいい?少し考えさせて。」

 そう言って部屋を飛び出していくクレア。

「何だぁ?」

 クレアが落とした食器を拾い上げながら、クレアが出ていった扉を見つめて呆然とするリョウ。

「あらら?そうじゃないかって思ってたけど、二人同時にプロポーズって、中々やるじゃない?ヘタレかと思ってたけど、ちょっと見直したわよ。あっ、私にまでプロポーズするのはやめてね。この身体じゃぁ、エッチぃ事出来ないし……あ、でもどうしてもって言うなら、手段がないわけじゃぁ……って、何?いきなりはちょっと……私にも心の準備ってものが……。」

 いきなり現れて、ふざけたことを言い出すミシェイラを捕まえ、締め上げるリョウ。

「どこがプロポーズなんだよっ!お前まで変なこと言うんじゃねぇ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいよっ!って痛っ、痛いっ!潰れるぅぅぅ……。」


 しばらくののち、リョウとミシェイラは向かい合ってお茶を飲んでいた。

 ちなみにニャオは浮かれたままどこかに行ってしまい、クレアはまだ帰ってこないため、部屋の中は二人っきりという状態だった。

「うおぉ、なんで俺がプロポーズしたことになってるんだよぉ!」

 リョウは頭を抱え込み、ミシェイラはそんなリョウをケタケタと笑いながら見ている。

「プロポーズしてるじゃん。いまさら何言ってんの?」

「どこがだよっ!俺はプロポーズなんてしてねえ!」

「あやや……本気で言ってるの?」

 ミシェイラがどこか哀れむ様な目で見てくる。

「俺はいつも本気だ。」

「うっわぁ……あの二人も救われないわね。……じゃぁ、順番に整理していこうか?」

 ミシェイラはおかしそうに笑い、一つ一つ例を挙げて話していく。

「えっと、まずリョウはこの世界の事それなりに気に入ってくれているってことでいいんだよね?」

「あぁ、ゲームの中にしかなかった世界が現実にあり、そこで暮らすことが出来るっていうのは、ある意味理想だよな。」

 異世界転生……ゲーマーやラノベオタクなら一度は憧れるシチュエーションであり、涼斗も多分に漏れず憧れていた。

「そんな理想の生活に寄り添ってくれる美少女がいれば幸せってことだよね?」

「まぁ、そうだな。」

「で、一応リョウも私の言ったことを考えてはくれたんだよね?結論は出た?」

 急に話題の方向性が変わったことに戸惑うリョウだったが、その答えはすでに出ているので躊躇いはない。

「あぁ、本格的にこの世界に召喚されて、魔王を倒すってやつだろ。」

 ダンジョンから脱出したリョウたちの前に、再びミシェイラが姿を現した時の事、ミシェイラがある提案をしてきたのだった。


 なんでも、今回の事故のせいで時空列はグチャグチャになっており、新たな勇者召喚を行えるようになるのは200~300年は先になるという事。

 その間に、またどこかの誰から勇者召喚を行えば、今回と同じことが起きる可能性が大きいらしい。

 それを防ぐには、リョウ達を正式な召喚者と定義することで、時空の乱れを安定化するのが一番早いという事だった。

 そな話を聞いた時、リョウ達はそんな無茶苦茶な事を受け入れられるわけないだろうと憤慨した。

 リョウたちにしてみれば、手違いで勝手に召喚され、その結果起きた後始末のために協力しろと言われているようなものなので、怒って当たり前である。

 しかし、ミシェイラはそんな怒りを素直に受け止め謝罪したうえでさらなる提案と協力を求めてきた。

 つまり、リョウ達が召喚者として定義する場合、できる限りの便宜を図ってくれるというものだった。 

 根本の召喚に関する問題として、色々複雑になっているため、現状を維持するのが一番いいということで、まず、この世界にいられるのは現実時間で最長4時間、こっちの世界で約1年という制限が設けられた。

 そして向こうにいる間の時間の流れは、現実世界に準じるということでロスをなくすというもの。

 つまり、こっちで1年過ごしても、現実では4時間しかたっておらず、現実で3日後に、再度こっちの世界に来たときは、戻ってから3日しか経過していないということになるらしい。

 なんとも都合のいい話であるが、これはミシェイラが時空を司る女神だから出来る特別措置だということだ。

 さらに言えば、こちらの世界との行き来はリョウたち自身の意志で行うことが出来るようにしてくれるらしい。

 具体的には、USOにログインした後「転移クリスタル」という特別なアイテムを使えばこの世界に来れる、帰るときもまた同じようにクリスタルを使えばいいようにしてくれるとの事だった。

 つまり、リョウたちにしてみれば、USOで遊ぶ時間を使ってアナザーワールドで過ごすことも出来るようになり、さらにはアナザーワールドでは最長1年暮らすことが出来る。

 加えて、リョウ達の強さはUSOに準拠しており、USOでレベルアップしたステータスや覚えた魔法、スキルなどはアナザーワールドでも反映され、また、アナザーワールドで得た経験などもUSOに反映されるという。

 どこをどう切り取っても、リョウ達にとって都合のいい提案だった。

 そんな一方的に都合のいい話があるわけがないと、リョウはミシェイラに詰め寄ったが、ミシェイラから提示される代償というのは『魔王軍と戦い、魔王を倒すか封印すること』のみだった。

 普通に考えれば、魔王を倒すために勇者を召喚するので当たり前の話ではある。

 そして、魔王軍と戦うというのは並大抵の事ではないので、これぐらいの恩恵があっても釣り合いが取れるかどうかは微妙なラインらしい。

「まぁ、召喚者って定義されれば、魔王軍から目を付けられるし、放っておいても巻き込まれることになるから、そこは覚悟してもらう必要があるけどね。」とミシェイラは笑いながら言ったものだった。

 そして、続けてこうも言った。

「後、この世界には組成魔法もあるから、負けて死んじゃっても、何とかなるけど、できれば死なないで欲しいかな?一度死ぬと魂が摩耗しちゃうからね、色々負担が大きくなるし、限界超えたら生き返ることも出来なくなるから気を付けてね。」

 要は、魂はLP《ライフポイント》で表され、LPが0になると完全に死亡するから気をつけろという事らしい。 

 死んだら終わりのデスゲームではないが、死ねる回数に制限があるだけでデスゲームと大差はない……まぁゲームではなく、異世界という名のもう一つの現実なのだから当たり前の話ではあるのだが、そう考えると、先程聞いた内容が一方的に都合がいいというだけのものではないと思えてくるから不思議だ。

 また、召喚者としての定義を受け入れても、いつどのように魔王軍と戦うかはこちらの都合に合わせてくれ、最悪魔王軍と戦わなくても文句は言わないらしい。

 最もミシェイラに言わせれば、巻き込まれることになるのは確実ということで、しかも魔王軍を倒さなければ人界は滅びるため、リョウが目指すスローライフを送るためには結局魔王を倒す必要があるので、ミシェイラにしてみれば問題ないという事らしい。


 それらの事を聞いた上で、どうするかは期間までに決めて欲しいとミシェイラに言われたのが4日前の事。

 それからリョウたちは悩みぬいて一つの結論を出した。

「あぁ、俺たちはミシェイラの提案を受け入れることにしたよ。」

 ニャオもクレアも、そしてリョウもそれぞれに思う所があり、悩み考え抜いた上での結論だった。

「そう、ありがとう。本当にうれしいわ。」

 にっこりと笑うミシェイラ。

 一見、平静を保っているように見えるが、背中の羽が忙しなく動いているところを見ると、よほど喜んでいるのだろうと推測できる。

「それで話を戻すけど、この世界で過ごすのに、一緒にいて欲しいって二人に行ったんだよね?」

「当たり前だろ?パーティなんだし、これから同じ目標に向かう仲間なんだから。」

「ふーん、それで一つ聞きたいんだけど、リョウが考えるプロポーズってどういうの?」

「そりゃあ、「結婚してください」とか「俺の為に毎日食事を作ってくれ」とか、「これからの人生、ともに歩いていきたい」とかそういうのだろ?」

 ミシェイラに問われるまま、リョウはよくあるプロポーズの言葉を思い出しながら告げる。

「なるほどね。つまりこれからずっと一緒に暮らし、支え合って生きていくっていうのが、リョウ達の考える「結婚」ってことで、そのことを告げるのが「プロポーズ」ってことで間違いない?」

「まぁ、人によって差異はあるかもしれないけど、概ねそんなものじゃないか?」

 ミシェイラの言葉に頷くリョウだが、改めて言葉にされると気恥ずかしいものがある。

「ふーん、じゃぁやっぱりプロポーズしてるじゃないの?」

「はぁ?」

「だって、「これからは(魔王軍と戦うために)共に助け合い、(この世界で)一緒に暮らしていきたい。」って言ったんでしょ?やっぱりプロポーズじゃない?」

 ミシェイラの言葉に愕然となるリョウ。

 リョウとしては、ごく普通に魔王討伐への決意として言ったものだったが、ミシェイラの言うように要所要所だけを抜き出せば、プロポーズと取れなくもない。

「どうしてこうなったぁぁぁぁぁ~~~~~~!」

 狭い宿の室内に、リョウの絶叫が響き渡るのは、それから数秒後の事だった。


 ◇


「じゃぁ、これが『転移クリスタル』よ。色々保険かけてあるから大丈夫だと思うけど、無くさないでね。後、説明したように、向こうの時間で1ヶ月に1回はこちらに来ないと、また『強制召喚』が起きちゃうから気を付けてね。」

 ミシェイラが金色のクリスタルを渡しながらそう告げる。

「あぁ、ありがとうなミシェイラ。それから……これからもよろしく。」

「また、すぐ来るからね。」

「これからもお世話になるわ。」

 リョウたちはミシェイラに、それぞれお礼を口にする。

 なんだかんだ言ってもミシェイラには助けられていて、これからも世話をかけることになるのは間違いないのだから。

「えぇ、みんな元気でね。色々話したい事があるけど、再会した時でいいよね?待ってるから早めに来てね。」

 そういうミシェイラに見送られ、リョウ達はアナザーワールドを後にする。


 帰還はアッサリしたもので、気づいたときは、リョウ達はUSO内の宿屋にいた。

「えっと、帰ってきた……のかな?」

「ここは……USOの中?」

「どうやら、そうみたいだけど……あまり時間がないな。」 

 リョウは目の前に現れたシステムアラート画面を見ながらそう言う。

 その画面には強制ログアウトまでのカウントダウンを告げる数字が表示されている。

 この数字が0になる前にログアウトしないとシステムが強制的に切断されるのだ。

 強制切断されると、現実に戻った時、車酔いのような感覚に襲われるため、よほどの猛者でない限り、時間内に正式なログアウトをしている。

「じゃぁ、向こうに戻ってからお話ししましょうか?」

「そうだね、時間はたっぷりあるし。」

「あぁ、じゃぁ現実リアルでな。」

 そう言葉を交わすと、リョウ達はシステムウィンドウからログアウトを選択する。


 ◇


「う……ん……戻ってきた……のか?」

 涼斗が目を開けると、そこは見慣れない部屋の中だった。

「あ、お目覚めですか涼斗様。……もうそんなに時間が過ぎていたのですね。迂闊でしたわ。」

 声がする方を見ると、メイド服を着た美女……マキナさんがカメラを構えて立っていた。

「あ、そうか。ここは紅羽の部屋で……って何をしてるんですかっ!」

 マキナさんが写そうとしている被写体を見て、思わず叫ぶ涼斗。

 そこには紅羽と奈緒美が仲良く横になっている。

 そこまではいい。問題なのはその二人の姿だった。

 二人の頭には新型のVRギアであるカチューシャがついているが、そのカチューシャから、が生えていた。

 奈緒美は三角の可愛いネコミミ、紅羽は白く長いウサミミ……。

 そして、奈緒美は、多分マキナさんの替えであろうメイド服を、紅羽はそのウサミミを強調するようなレオタードと網タイツ……つまりバニーガールの衣装を着せられていた。

「何って、撮影会です。お二人とも可愛らしいですよね?」

 マキナさんの言うように、二人ともとても似合っていて、破壊力抜群なぐらい可愛らしいので余計に質が悪い。

「涼斗様も撮影してみますか?今ならお好きなポーズを選びたい放題ですよ。」 

 そう言ってカメラを渡してくるマキナさん。

 それが罠だと知らずに、涼斗は思わずごくりとつばを飲み込む。

 マキナさんが、二人の手を握らせ、顔を頬が触れ合うぐらいまで寄せる。

「こんなシチュはいかがですか?ネコミミメイドとバニーさんの仲良しツーショットです。さぁ、時間がありませんよ。」

 マキナさんに促されるまま、涼斗はカメラのファインダーを覗き込む。

 ファインダー越しの二人の顔は、息を飲むぐらい美しく可愛かった。

 思わずシャッターを押す。

 パシャ!

 フラッシュが光った後、声が聞こえる。

「「何をしているのかなぁ?」」

 ファインダー越しに二人と目が合う……とても可愛く、そして怖かった。


 その後、涼斗は正座をさせられ、延々と二人からお説教を食らうことになったが、すべてはマキナさんの陰謀ということで何とか許してもらえた。

 今回もマキナさんのせいで散々な目にあった涼斗だが、その後、送られてきた一通のメールによって、マキナさんの事を全面的に許すことにした。

 そのメールには、二人が頬を寄せ合っている可憐な寝顔を始めとした二人の写真と「お望みであれば他の写真も譲りします」という一文が添えられていた。

 涼斗はマキナさんに一言「GJ!」とだけ返し、バイトを探さなきゃ、と秘かに決意をしたのだった。






 

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