第32話 異世界デート!?

「……なんでこうなった?」

 リョウは天を仰ぎながらそう呟く。

「リョウ、失礼だよぉ。こんな可愛い美少女二人と混浴してるんだから、もっと喜ぶべきだと思うなぁ。」

 湯船につかり、天を仰いでいるリョウの横にすり寄ってきたニャオが、腕をとりながら言う。

「そうねぇ。それとも私達じゃぁ御不満?」

 クレアも逆サイドから腕を絡めてくる。

 二人とも湯着は着ているが、そう言う問題ではない。

 腕を包む柔らかな感触、薄い布地の下から主張してくるワガママボディ………布一枚あることによって余計に色気を醸し出していることに気付いていない二人。

 このように密着されて初めて分かるかすかな息づかいや、ほのかに漂ってくる甘い香り……。

 触覚が、視覚が、聴覚が、嗅覚が……味覚を除くあらゆる感覚が、じわりじわりとリョウの理性を突き崩していく。


「お前ら、酔ってるだろ。絶対に酔ってるだろ!」

 リョウは先ほどの食事の際、二人が蜂蜜酒ミードを飲んでいたことを思い出す。

 この世界は、子供でもアルコール飲料を飲むのは珍しくない。

 と言うより、水の方が希少価値が高いため、普段の食事などに付いてくる飲み物のほとんどはアルコール飲料だったりする。

 とはいっても、普通は蜂蜜酒や果実酒といったアルコール度が低めの飲みやすいものばかりなので、余り酔うことはないはずなのだが……。


「酔ってないよぉ。大体酔っぱらいって言う奴が酔っぱらいなんだぞぉ。」

「何だ、それ?訳分からんわっ!」

「うふふ、もし酔ってるとしたらどうします?酔った勢いで押し倒しますか?」

「今押し倒されようとしてるの、俺の方だからねっ!」

 リョウは迫ってくる二人から逃れようとするが、両方からガッチリと押さえ込まれているため動けない。

「どうしてこうなった………。」

 リョウは再び天を仰ぎ、こうなっている現状を思い返す……。


 ◇


「ここはどこなんだろうね?」

「さぁ、分からん。」

「ミシェイラからのコンタクトもないしね。」

 閉鎖されたダンジョンのボス、地竜を倒して地上に戻ってから30分……リョウ達は途方に暮れていた。

 と言うのも、今彼等が居るのは森の中。

 右を見ても、左を見ても、見えるのは樹木のみ。

 土地勘のない場所、しかも現在位置も分からない森の中で勝手に動くのは危険だ。

 地上さえ出れば、後はなんとかなるだろうと考えていたリョウは、自分の目論見が甘かったことを知る。

「とりあえず、森を抜け出そう。以前ミシェイラが、森をでてすぐのところに街があるって言ってたからな。」

 森の中で野営してミシェイラを待つと言う選択肢もあったが、リョウは敢えて移動することを選ぶ。

 ミシェイラがいつ現れるか分からないし、何よりも、ニャオとクレアを、ゆっくりと休ませてあげたいという思いがあったからだ。

 街に行けば安心して休める宿屋があるし、食事もとれるだろう。

 ミシェイラのことだから、タイムリミットの10日後までには必ず顔を出すのは間違いない。そう確信できるほどにはミシェイラのことは信用している。

 なので、それまでの間ぐらい、街で宿屋に泊まってのんびりと異世界観光するのも悪くないと思っている。

「森を抜けるのはいいけど、どっちに行くの?」

「それな。」

 ニャオの心配ももっともだ。もし森の入り口と逆方向に向かってしまえば、抜けるどころか奥深くまではまりこみ、遭難と言う目に遭いかねない。

「ぴぃ!」

 リョウが悩んでいると、ひよちゃんが前に出てくる。

「えっとね、道案内は任せろって言ってるけど……どうする?」

「うーん、任せろって言うなら任せよう。どうせ俺達じゃ分からないんだからな。」

 おずおずと聞いてくるクレアにリョウはそう答える。

 何でも、ひよちゃんはこの森の生まれらしく、奥深い場所は分からないが、入り口近辺のこのあたりなら知っているとのことだった。

 その後、ひよちゃんの案内で、無事に森を抜けたリョウ達は、特に対した障害にも会わず、暗くなる前にこのミルズの街に辿り着くことが出来たのだった。


 その後、立ち寄った冒険者ギルドで地竜の素材が高く売れたものだから、気が大きくなって、少々お高いものの、食事もおいしく、各部屋に浴室が併設されているこの宿を選んだまではよかったんだけど……。


「センパイが、どうでもいいこと考えてるぅ。」

「当たり前だっ!どうでもいいことでも考えて気を逸らさないと……。」

 ニャオの声に反応してニャオの方を見たのがいけなかった。

 湯から出ている白い肌がほんのりと桜色に染まっていて……。

 思わずゴクリと喉をならしかけ、慌てて首を振って煩悩を追いやる。

 大体おかしいとは思ったんだよ。いつもはお風呂に先に入りたがるくせに、今日に限って、先に入って欲しいと行ってきた。

 大方、食べ過ぎて動けないのだろうと思い、先に風呂を頂くことにしたのだが……気付いたらこの有様である。

「どうしたのかにゃぁ?お顔真っ赤だよ?」

 ニャオの手がリョウの胸元に当てられ優しく撫でる。

「私、魅力無いですか?」

 クレアが耳元で囁き、軽く息を吹きかける。

「センパイ、センパイになら……いいよ?」

 ニャオも耳元に口を寄せ、そう囁くと、そっと軽く耳たぶを甘噛みする。

「俺は、俺は……。」

 二人の甘い攻めに、リョウはなにも考えられなくなる。

 それでも混乱する頭を整理しようと考える……がよくよく考えてみればなにが問題なんだろうと言う結論に行き着く。

 二人のことは嫌いじゃない、と言うよりぶっちゃけ好ましく思う。

 そして、その二人がこうして誘ってきているのであればなにを躊躇う必要がある?

 むしろ女の子にここまでさせておいて情け無くないか?とも思う。

「俺は……お前等が……。」

 リョウは二人を抱き締める。

 そして目の前のニャオに顔を近づけ……唇を………。

 リョウが覚えているのはそこまでだった……。


 チュンチュンチュン………。

 窓の外から聞こえる小鳥のさえずりで目を覚ます。

 リョウは裸で寝ていたらしく、衣類がしっかりと畳まれて枕元においてある。

 そして、当たり前ではあるが、隣に裸のニャオやクレアが寝ている……なんて事はなく、リョウは一人だった。

 リョウは衣類を纏いながら、昨夜のことを考えていると、ガチャリと音がしてドアが開く。

「あ、リョウ起きた?大丈夫?気分が優れないとか無い?」

 ニャオが駆け寄ってきて心配そうに訊ねてくる。

「お風呂で倒れるのだもの。ビックリしたわよ。」

 続いて入ってきたクレアが、そう言いながらリョウの額に手を当てる。

「熱はないようね。何ならまだ寝ていてもいいわよ。食事ここに運んでもらえないか聞いてくるから。」

「あ、いや、起きれるから大丈夫。それより風呂で倒れた?俺が?」

「そうだよ。色々お世話かけたから、お礼に背中でも流してあげようって、入ったら急に倒れるんだもん。心配したんだからね。」

 小言を言うニャオの唇に視線が釘付けになる。

「夢………だったのか?」

「リョウ?聞いてる?まだ具合悪いの?」

 気付けば心配そうに覗き込んでくるニャオの顔が目の前にある。

「うーん、取りあえずはもう少し休んでた方がいいよ?」

「そうね、食事持ってくるわ。」

 そう言って部屋を出ていくクレア。

「あ、私も手伝うよ。」

 慌てて後を追いかけるニャオが去り際に一言、耳元で囁く。

「今度はちゃんとしてね、センパイ。」

 部屋に一人残されたリョウは思わず天を仰ぎ見て呟く。

「どこからが夢なんだよぉー!」


 ◇


 それからの1週間は瞬く間に過ぎて行った。

 リョウ達は、街中を見て回り、ギルドで簡単な依頼を受け、時には近隣の村行商に行ったり、と、このアナザーワールドでのスローライフを楽しんでいた。

 そして、帰還の日が明後日と迫った朝……。

「ねぇ、センパイ。今日はデートしよ?」

 ニャオからそんなお誘いを受ける。

「デートって……二人でか?クレアはどうするんだ?」

「私のことは心配しないで。今日はこの子達とずっと一緒に遊ぶ約束してるから。」

 ラビちゃん達をブラッシングしながら、そう言うクレア。

「ぶぅ、お姉ちゃんじゃなくて今は私でしょ?行くの?行くよね?行くって言いなさい!」

「ハイ、イキマスデス……。」

 ニャオの勢いに押されて承諾するリョウ。

「よかったぁ。じゃぁ一刻後に街の広場の噴水前で待ち合わせね。」

 そう言って鼻歌を歌いながら部屋を出ていくニャオの背中を見送る。

「悪いけど、あの子のことお願いね。」

「あぁ、分かってる。」


 ニャオがクレアのことを無意識に「お姉ちゃん」と呼ぶのは、精神が不安定になっている時のサインだ。

 以前、このアナザーワールドに呼ばれたときの一件では、リョウ達の心に大きな傷跡を残した。

 とりわけ、ニャオの受けた傷は、大きく深く根強いものだった。

 きっとニャオは、見なかった、知らなかった、気付かなかったと、心の闇に蓋をして凌いできたのだと思う。

 しかし、一度開けて溢れてしまったものを戻すことは中々に難しいものだ。

 そのため、ニャオは向こうの世界に戻った後も精神的に不安定な状況が残ってしまっている。

 幸いにも、リョウ達が側についていれば、それ以上の問題が起きたことは無いので、ニャオの心が不安定なときは出来る限り側にいると決めている。

 ただ、夜中に不安がって抱きついてくるのだけは何とかならないかと、本気で対策を練っているリョウだった。

 この1ヶ月余りの生活で大分耐性は付いたものの、少しでも気を抜けば理性が吹っ飛ぶのは間違いない。

 特にこの2~3日は酷く、ニャオが求めているのになにを躊躇っているんだ、と言う悪魔の囁きに負け、寝ぼけた振りをして抱き締めた事もある。

 そんな状況なので、明後日には向こうに戻れることを心から歓迎しているリョウだった。


 ◇


「お待たせ~。待った?」

 向こうから笑顔で駆けてくるニャオに手を挙げて迎えるリョウ。

「あぁ15分ぐらいな。」

「ブッブー!センパイ減点。ダメだよ、こう言うときは、例え2時間待たされたとしても「今来たところだよ。」って答えるのが正解ですぅっ。」

「いやいや、2時間遅れで今来たって、すげえ遅刻してるって事だろ?女の子が先に来てて、帰った後だったらどうするんだよって話。そもそも、2時間も待つ前に電話かメール入れるだろ?普通は。」

「ブッブッブー!さらに減点!!こう言うのは理屈じゃないんですぅっ。」

「無茶苦茶だぁ!」

 ニャオの無茶振りにマジレスで返すリョウ。

 ワイワイ言いながら、露天を巡り商店を冷やかして廻るリョウとニャオ。

 特別何かをしているわけでもなかったが、楽しかった。ずっとこの時間が続いて欲しいと願うリョウだった。


「ねぇ、センパイ。」

 街並みを一望できる小高い丘の展望台。

 市場で買い込んだガレットを一口齧った後にニャオが声をかけてくる。

「ん?」

「この街の人達って暖かいね。」

「そうだな。」

 今日巡ってきた街の人々とのやり取りを思い出しながら、リョウは頷く。

「魔王の驚異が迫っていてさ、下手すれば明日にも死んじゃうかも知れないのに……何で皆こんなに暖かいのかなぁ。」

「さぁな。俺にも分からん。」

「……だよね。」

「分からないけど……受け入れてるんじゃないのかな?」

「受け入れてる?」

「そう。この世界はさぁ、地球に比べて危険が身近にあるわけじゃないか。だからさ、いつ何時、何かの拍子で自分が死ぬと言うことを受け入れて、いつその時が来ても後悔しないように精一杯今を生きている………そんな気がするよ。だから、何かの拍子に旅人に冷たくあたってしまって、後悔したまま死んでいくよりは、手助けしてやって自己満足の中で死んでいく方がいい。そう考えてるのかも知れないよ。」

「ふーん、センパイらしいおもしろい考え方だね。」

「おかしいか?」

「ううん、他の人は知らないけど私はいいと思うな。特に自己満足ってところがセンパイらしくて好きだよ。」

 ニャオの「好き」と言う言葉に心臓が跳ね上がるのを感じるリョウ。

 ニャオはリョウとの距離を詰めると、コテンと頭を預けてくる。

「センパイ、あのね……私、決めたよ……。」

「そうか……。」

「ウン………ミシェイラの提案受け入れるよ。センパイはどうするの?」

「……狩りしてさ、畑仕事して、時には冒険者として旅をする。何者にも縛られないそう言う生活って憧れないか?」

 ニャオの問いかけに、リョウはずっと考えていたことを口にする。

「センパイ………。」

 ニャオが潤んだ目で見てきて、少し照れくさくなったが、この世界で感じたニャオのこと、クレアのこと、この先体験できるであろう、この世界に来てから抱えてきた想いを、様々な将来への期待と憧れを……、夢見た世界でニャオとクレアと一緒に冒険できたら、それはなんて素晴らしいことなんだ、だからこれからも一緒にいたいと言うようなことを素直に口にする。


「正直この先は大変だと思う。でも、ニャオとクレアが一緒なら、どんな困難も乗り越えていけると思うんだ。俺はさ、この世界で、三人で力を合わせて暮らしていくのも悪くない………って、ちょっと、なんだぁ………。」

 いきなりニャオが抱きついてきたので、思わず慌てるリョウ。

「センパイ、嬉しい。プロポーズしてくれるなんて………。」

「ちょっと待てっ!なにがどうすれば………。」

「待たないっ!」

「何でこうなるんだぁぁぁ!」

 小高い丘の上、リョウの絶叫が響きわたるのだった。





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