第29話 真・ダンジョン攻略 ~ひよこストーリー!?~
彼女は生まれたときから、修羅への道へ進むことを余儀無くされていた。
彼女が今まで歩んできた道は、常に争いの渦中にあり、生き延びるためには争いに勝たねばならなかった。
生まれた直後、まだ周りがろくに見えないまま、その本能だけで食料を獲る。
限られた食料を誰よりも早く、多く獲ることが、生きるための第一歩だった。
だから生き延びるために、その機動力を活かし、時には力づくで、時には知恵を捻り、ありとあらゆる手段を用いて食料を手にする。
食糧を獲られない者はそのまま力つき倒れていく。
食料だけではない。
生き延びるためには、身を護る術が必要だ。
安心して休める場所も必要だ。
色々なモノが必要なのだが、それらは数に限りがある。
生きるために争い、争いに勝つために鍛える。
争いに負けることは、そのまま死を意味する……数多くの同胞の屍を踏み越え、過酷な生を歩んできた彼女にとって、死ぬことは怖くなかった。
ただ、自らの弱さが招いた結果の死と言う事実が悔しかった。
だけど現実は厳しく、自分の命は尽きようとしている。
だが、彼女はその命尽きる瞬間まで、怨敵の大蛇を睨みつける。
決して目を逸らさない、それが彼女の最後のそして唯一の矜持だった。
次に生まれ変わった時、出会うことがあればその時こそ必ず勝つと……。
最期まで諦めない、その執念が運命の女神を振り向かせたのか、あるいは悪魔の微笑みだったかも知れない。
意識が途切れる寸前、彼女は女神を見る。
その身を抱え上げられた時、この慈しみ深い眼差しの女神様がお迎えに来てくれたことに幸せを感じた。
この女神の胸に抱かれて逝くのであれば、未練はないと……。
しかし、彼女が死を受け入れるには気が早かった。
冷たい液体がかけられると、僅かながらも身体に力が漲ってくる。
心地よい光に包まれた後には、身体の自由を取り戻す。
ここに来て、彼女は女神に助けられたのだと自覚するに至る。
身体の自由を取り戻した彼女は、現状を把握すべく周りを観察する。
この行動は、生きる術として身に着けた半ば本能みたいなものだ。
女神様と思ったのは実は女神ではなくハーフエルフだと言うことに気付くが彼女にとっては些細なこと、大事なのは女神様が自分の力を欲している、そして自分もまた力が必要だという事実のみ。
どうせ失われるはずだった命なのだ。救ってくれた、女神と見紛う程の方のために、その力を振るうに否はない。
だがそのためにはケリをつけなければ、と彼女は思う。
あの大蛇を……、親兄弟、仲間達を食べ尽くしたあの怨敵を倒さないことには、彼女は前に進めない。
だけど今の自分では、あの怨敵に敵わないことも知っている。
だから彼女は求める。
自分に力を与えて欲しいと。力を貸して欲しいと。
彼女は、大蛇を威嚇している2匹が、女神様の眷族だと理解している。
力を貸してもらえれば、大蛇を倒すことが出来ると言うことも………。
複数で襲いかかるのは卑怯ではない。
巨大な敵に立ち向かう為に群れるのは立派な戦術だ。
あの大蛇を倒し、今までのことにケリをつけて、女神様と共にあるために、力を貸して欲しいと切に願う………。
「……ってことなの。」
クレアが、ひよこから伝えられた事をリョウ達に話す。
「はぁ、凄絶なお話だけど、要はひよこちゃんが生存競争に生き残って来たってことでいいんだよね?」
ニャオが何ともいえない表情でクレアに聞くと、クレアも困った顔で頷く。
「それで女神様に助けられたので恩返しに契約したって事か……流石女神様の御威光は凄いな。」
「あの子がそう言ってるだけなんだってばっ!」
からかうリョウに対し、顔を真っ赤にして手を振り回すクレア。
ちなみに、当のひよこは、アルちゃんラビちゃんと共に大蛇と死闘を繰り広げている。
とは言っても、直接戦っているのはひよこだけで、ラビちゃんとアルはサポートに回っている………多分ひよこ自身にケリをつけさせようとしているのだろう。
「で、あの子の名前は?」
ニャオが訊ねると、クレアは困った顔で答える。
「えっと、ね……ひよちゃん。………仕方が無いじゃない!他に思いつかないんだもの!」
ニャオの生暖かい視線に晒され、珍しく逆ギレするクレア。
まぁ、言われてみれば、他にぴったりな名前が思い浮かばない……ひよちゃん、恐るべし。
「でも……、ひよちゃん……。」
ニャオがクスクスと笑っているのを見て、クレアがキッと睨みつける。
「あ、違うの。名前がどうこうって訳じゃなくてね、……当事者にしてみれば凄絶な事だったかも知れないけど、100匹のひよこが餌に群がってるのを想像したら、なんか可愛くてつい……。」
「あれでもか?……本当にひよこ……なんだよな?」
ニャオの言葉に頷けないものを感じながら、リョウは大蛇に立ち向かうひよちゃんを指さす。
大蛇が鎌首を上げて襲い掛かってくるところを、紙一重でかわし、カウンターの蹴りと羽によるアタックをかける。
蹴りの方は大したダメージを与えていないようだが、羽による攻撃で、大蛇の皮膚は裂かれ血しぶきが舞う。
「ひよちゃんすごいっ。勝てるよね?」
「どうかな。体格差がありすぎる。」
大蛇の体長は10mを超えている。片やひよちゃんは体長10cm余り……その差は100倍を超えている。
体格の差はそのまま体力やスタミナの差に直結する。
つまり、いかに現在ひよちゃんが優勢でも、このままでは先にひよちゃんの体力が尽きてしまう。
現にそれで先ほどまで瀕死だったのだから。
「大丈夫よ。あの子たちがついているから。」
クレアが指し示す先には、ラビちゃんとアルの姿がある。
ひよちゃんに襲い掛かる攻撃をアルが土の壁で防ぎ、ラビちゃんの電撃が襲う。
それで出来た隙をついてひよちゃんが攻撃を仕掛ける。
そんな繰り返しがどれくらい続いただろうか。
大蛇も目に見えて弱ってきたところでリョウが口を開く。
「……なぁ、今なら背後からあの大蛇の首を切り落とせるんじゃね?」
「やめてあげてよぉ!」
「いや、でもさ、……宿敵との激闘!一度は死を覚悟したが、仲間の助けもあり、死の淵から蘇り反撃をする。長く苦しい戦いもこの一撃で終わりを告げる。さらば
「鬼畜の所業ね。」
「やめてぇ!ひよちゃんが可哀想だよぉ!」
リョウの提案は二人には受け入れてもらえなかった。
それどころか、リョウを見る眼付も冷たい。
「冗談じゃないかぁ。そんな目で見なくても。」
「絶対やっちゃだめだからねっ!」
ニャオがそういって抱き着いてくる……抱き着くというか身体全体で動きを止めているかのようだった。
「信用ないなぁ。」
「信用してるからだよ。リオンなら絶対やるって。」
いやな信用もあったものである。
「シリアスは苦手なんだよっ!」
そう叫びながらも、ニャオの身体の柔らかさを温もりを感じて、今日のところは大人しくしていようと思うリョウだった。
リョウたちがそんなことをしている間に、戦いは終局を迎えようとしていた。
最後のあがきとばかりに、大蛇は鎌首を上げ大きく口を開けて襲い掛かる。
ひよちゃんはそれを真っ向から受け止め……。
『ぴぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~!』
大きく開けたひよちゃんの口から、ブレスと見紛うばかりの魔力が放射され、一飲みにしようとしていた大蛇の咥内からその体内へと突き抜ける。
「あれは『トルネードカノン』……いや、『サンダートルネード』かっ!」
風の上級魔法『トルネードカノン』は小型の竜巻を作り出し、それを相手に向かって撃ち出すというものだが、ひよちゃんの放ったソレは電撃を帯びていた。
「クレア、ひよちゃんの種族は?」
ただのひよこにあれほどの魔法が使えるはずがない。しかし現にその技を決めたひよこがいる。
「ちょっと待ってね……種族はベガスの亜種『サンダーベガス』の幼生体よ……さらに特異種だって。」
「なるほど、亜種の変異種なら、あれほどの力を持っていても不思議ではない……か。」
リョウが戦場を見やると、頭を吹き飛ばされて動かなくなった大蛇の躯の上に、立ち上がり勝利のポーズを決めているひよちゃんの姿があった。
「決めポーズ?」
「あ、倒れた。」
「まぁ、あれだけの魔力放出したんだから当たり前だよな。」
慌てて駆け寄るクレアにマナポーションを投げて渡すリョウ。
ひよちゃんの周りでは、ラビちゃんとアルが、負けじとポーズをとっていた。
「いや、ポーズ決める前に介抱してやれよ。」
リョウはため息をつきながらそう呟く。
「色々あったけど、モフモフが増えたってことでいいんだよね?」
「間違ってはいない……が、あのモフモフたちを見ていると目的を忘れそうで怖い。」
「そうだねぇ。今度こっちの世界に来る時は、何も考えずにのんびりしたいよね。」
「なぁ、ニャオ。今のセリフ、帰還する前には絶対言うなよ。」
「うっ、気を付けるよ。」
自らフラグを立てそうになったことをリョウに指摘され、項垂れるニャオ。
閉鎖されたダンジョン内で、タイムリミットまであと三週間と少ししかないというのに、リョウたちの周りは平和だった。
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