第28話 真・ダンジョン攻略 ~ダンジョン内のスローライフ?~

「エア・スラッシュ!」

 ニャオのかけ声とともに振り抜かれた刃の先から真空の刃が飛び出し、飛びかかろうとしていたホワイトファングの身体を切り刻む。

「きゅいっ!」

 ニャオに倒されたホワイトファングの陰から飛び出した個体にはラビちゃんの電撃が襲い掛かる。

「これで終わりかな?ラビちゃんありがとね。」

「きゅいっ!」

 ラビちゃんは親指をたててポーズを決めている。

 そんなラビちゃんの頭を撫でながら周りを見ると、アルちゃんの土魔法によって押しつぶされたホワイトファングの山と、今、まさしくトドメを刺そうとしているリョウの姿が見える。

「リョウ、お疲れさま。今日はこれで終わり?」

「あぁ、ニャオも怪我無かったか?こいつ等が襲ってきたのは予定外だったけど、お陰で今夜からしばらくは肉が食えそうだな。」

 そう言いながらアイテムボックスにホワイトファングの遺体を収納していくリョウ。

「ウン、お肉も嬉しいけど………も出来るんだよね。」

「あぁ、ようやく素材が集まったからな。」

「じゃぁ、早く戻ろうよ。ほらほら、急いで!」

 が出来るのがよほど楽しみなのか、駆けだしていくニャオの姿を、笑ってみながら後を追いかけていくリョウ。

 ニャオ達ほどではないがリョウとしても楽しみにしていたのは確かなので、ニャオの意見には賛成だった。


 ◇


「はぁ~、気持ちいぃよぉ。」

 蕩けた様なニャオの声が響く。

「ほんとにねぇ。」

 それに応えるクレアの声も、力が抜けている感じだ。

「ねぇ、リョウもおいでよぉ。」

 の向こうからそんな声が聞こえる。

 今のリョウにとっては、抗い難い悪魔の誘惑そのものだ。

「そ、それはやっぱり不味いだろっ!」

 理性を総動員してそれだけを何とか言う。

 リョウが持たれている壁の向こう側では、ニャオとクレアがのだ。

 壁1枚隔てた向こう側で、年頃の、しかも美少女と言っていい女の子が、身に何一つ纏わない姿でいるのだ。

 少し移動して壁の向こう側をそっと覗くだけで天国が見れる状況に置いて、健全な男子であるリョウが理性を保つにも限界がある。

 なのに、その理性を突き崩すことを言ってくるなんて……ニャオは悪魔に違いない……いや、天使か……。

 そんなに辛いのであれば、その場から離れればいいと思うのだが、ニャオに「怖いからそばにいて」と潤んだ目でお願いされれば、頷く以外の選択肢はあり得なかった。

「別にいいのにぃねーぇ、クー姉もそう思うでしょ?」

「そうねぇ。私たちだけっていうのはリョウにも悪いわねぇ。」

「ちょ、ちょっと待てっ!クレアも冷静になれよっ!一緒にっていうのは、その……ほらっ、わかるだろっ!」

「えー、なんのことぉ?」

 ニャオの声にからかいの色が混じる。

 クソッ、分かってて言ってやがる。

「だからほらっ、美少女の刺激的な姿を見たら、その……おまえ等分かっててやってるだろっ!」

 リョウがしどろもどろになるのを聞いて可笑しそうに笑う二人。

 ………ったく、俺だって健康な男なんだぞ、と二人に聞こえないように呟くリョウ。


 こっちに再び飛ばされてから、約2週間が過ぎようとしているが、マップ作成も、レベルアップを兼ねた食料調達も問題なくできており、順調そのものだ。

 前回呼ばれたときより、多少の不自由はあるものの、前回の経験が活きているお蔭か、それほど戸惑うこともなく、また、ようやく念願のお風呂も作製できたこともあり、生活水準もかなりあがっている。

 そのせいか、前回のような先の見えない不安感は少なく、ニャオとクレアには、こうしてリョウをからかう程度には心に余裕があった。

 しかし、リョウにしてみれば、心に余裕がある分、美少女二人と寝食を共にしていると言う事実に、嬉しさと楽しさがある反面、期待と妄想と欲望と言う、健全な男子で当たり前のようにある感情を、理性と本能の狭間で揺れながらも、何とか理性を保つと言う苦行を強いられているのだった。

 それなのに、それを知ってか知らずか、この様な悪魔の誘惑をされていては、そのうち理性が屈伏するんじゃないかとリョウは考えている。

 現に今だって、ニャオとクレアのあられもない姿を想像してしまっているのだ。


 大体ニャオは俺が手を出せないと思ってるんじゃないか?ここは一つ、俺だって男なんだと、赤ずきんちゃんは油断してたら狼に食べられてしまうんだって事を教えてやる必要があるな。

「ウンウン、具体的には?」

「そうだなぁ、寝ているときにバインドをかけて動けなくしておいてから服を脱がせて……。」

「鬼畜って言われない?」

「誘惑してくる方が悪いんだよ。ここは一つ、男の威厳を………って!?」

 目の前にはニャオとクレアがいる………気付かない内に妄想がダダ漏れになっていたらしい。

「それで、それで?服を脱がせてからどうするの?あ、その前に、私が先?それともお姉ちゃん?」

 ニマニマしながら覗き込んでくるニャオ。

 そして一歩引いて呆れた表情のクレア。

「ち、違うんだぁぁ~!」

 リョウは叫びながらその場から逃げ出していった。


 ◇


「ねぇ、私達のレベルって今どれくらいかなぁ?」

 タイガーベアが振り下ろす腕を難なく避け、カウンターで切り裂きながらニャオが聞いてくる。

「ゲームと違ってステータスなんて分からないからなぁ。でも、20は超えているんじゃないか?」

 そう答えながら、背後から襲いかかってきたホワイトファングを斬り伏せるリョウ。

 隣では、クレアが弓で、ラビちゃんやアルが魔法で弱らせたホワイトファングの群に、次々ととどめを刺している。

「その根拠は?」

「こいつらだよ。」

 更に、物陰から隙を伺っていたホワイトファングの首を、エア・カッターで切り落とす。

「タイガーベアのLvが20、ホワイトファングが18……USOでの話だけどな。それに苦戦せず倒せてるって事から考えればLv20は越えていないとおかしいだろ?」

 実際のUSOでは、スキルが揃っている戦士系の職に就いているものなら、Lv15位でも余裕で倒せるのだが、それを言い出すときりがないので黙っておく。

「ふーん、じゃぁ最初に行ってた条件って、ほぼクリアしてるって事?」

「まぁ、そう言うことになるかな。」

「そっかぁ、じゃぁ、あとはお姉ちゃん次第?それとも一度ボス戦行く?」

「それな。」

 ニャオの言葉に、リョウは考え込む。

 タイムリミットは1ヶ月を切った。

 現状、地竜とどこまで戦えるのか試してみたいという気持ちはあるが、どれだけのダメージが、回復するのにどれくらいの日数を要するのか、が分からない状態では下手に手を出せない。

「中途半端にダメージを与えて、期限内に再戦出来なかったら本末転倒だし。」

「そうだよねぇ。かと言って少しダメージ与えるだけだと、何の情報も得られず意味ないしね。」

「まぁ、ここはギリギリまで各自の強化に努めよう。出来ればクレアの召喚獣が見つかればいいんだけどな。」

 焦ることはない、と逸る気持ちを押さえ込むリョウ。

「風か木の属性だっけ?木の属性持ちの魔物はいたんだけどねぇ。」

「……奴は、今は立派な風呂桶となって役立ってるよ。」

 ニャオが言っているのは先日倒したトレントの事だった。

 残念ながら植物系の魔物は召喚獣に向いていないものが多い。

 その上、トレントを倒して得られるトレントウッドという素材が風呂桶に向いていたため、即討伐となったのだ。

「木の属性は、やっぱり植物系モンスターが多いけど、召喚獣に向いてないしなぁ。」

「風の属性は鳥系が多いんだっけ?」

 ニャオが記憶を手繰りながら聞いてくる。

「あぁ、他にもいるけど鳥系モンスターが持っていることが多いな。」

「だよねぇ。ダンジョンの中じゃ鳥っていないもんねぇ。」

「それな。」

 暗くて狭いダンジョンでは、鳥系モンスターの生活圏になりえないため、出会うことはまずないだろう。

 まぁ、稀にダンジョン内に巣を作る種もいるから、皆無ってことは無いだろうが。


「俺が前に出るって手もあるけど、そうすると回復役がいなくなるし、クレアが浮くから戦力的にもったいない。まぁ、回復系魔法をクレアに覚えてもらって、ヒーラーになってもらうのも考慮すべきかもな。」

「でも、ハーフエルフじゃ、種族特性的に神聖魔法は苦手だよね?」

「そこが問題なんだよな。ポーション山ほど持ってもらって、ひたすら投げてもらうってのもありかも。」

「ラビちゃん達にもアイテム投げてもらう?」

 ニャオがクスクス笑いながら言う。

「その手もあるが、取りあえずその話題は終了な。」

 リョウは隣を指さしながらそう言う。

「何で………って、わぁー、ゴメンっ!悪気は無いのよぉ!」

 促されるまま隣に視線を向けたニャオが、慌てて言い繕い、宥めに掛かる。

 リョウとニャオが会話をしていた隣では、クレアとその召喚獣がすっかりいじけて、地面についてのの字を書いていた。


 宥めるのをニャオに任せながら、リョウはさっきの手は意外といけるんじゃないかと考えていた。

 身辺警護は、ラビちゃんとアルに任せられるし、矢にポーションや火炎瓶などのアイテムを括り付けて遠距離からのサポートもできるかも知れない。

 そんなことを考えていたせいで、ニャオの呼びかけに気付くのが送れた。


「……リョウってばっ!」

「あ、あぁ、ゴメン。何だっけ?」

「何だっけ?じゃないよっ!くー姉が奥に行っちゃったんだよ!」

「なんだってっ!」

 リョウは慌ててニャオの誘導に従って奥へと進む。

「最初はね、いきなりアルとラビちゃんが飛び出していったのよ……あ、こっちの方に行ったはずよ。」

 クレアの後を追いながら状況の説明をしてもらう。

「それで、くー姉が後を追いかけていくから、リョウに声をかけたのにぜんぜん聞いてないんだもん……あ、居たよ。」

「悪かったって……クレア大丈夫かっ!」

 そこには、今にもクレアに襲いかからんとしている、全長10mはあろうかという大蛇と、クレアを庇うようにして、大蛇に対して威嚇しているラビちゃんとアルの姿があった。

「私は大丈夫!それよりこの子が……。」

 クレアが大事そうに抱えている手の中には血塗れの小動物がいた。

 体中のあちらこちらが裂け、見るも無惨な姿でどんな動物かも分からないぐらい原型をとどめていない。

 しかし唯一分かるその瞳には、まだ諦めていないという強い意志の光が宿っている。

「ニャオ、ポーションを!」

 リョウはニャオにありったけのポーションを使うように指示を出し、自らは神聖魔法の呪文を詠唱する。

「………神の御手によりて、その奇跡を願わんと欲すものなり。女神の癒やしを今ここに………メガ・ヒール!」

 かがけたリョウの手から光の粒子が溢れ、クレアの手の中にいる小動物を包み込む。

 先に使っていたポーションによって出血は止まっていたところに、癒しの呪文によって裂けた傷口がふさがり、折れ曲がった骨も元通りに治り、徐々に元の姿を取り戻していく。

「わわっ、何かと思ったらひよこさんだよ。」

 ニャオが驚いたように、マジマジとその姿を眺めている。

 目の前に居るのは、紛れもなく、ただのひよこだった。

 いや、ただのと言うには語弊がある。

 と言うのも、その可愛らしい見た目に反して、目つきが凄く悪いからだ。

 そして、その怒りに燃えた目は、前方の大蛇を睨んでいた。

 





 

 

 




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