第26話 事故!?

「ごめんなさい、今回の召還は予定外の事故です。」

 ミシェイラの声が狭い室内に響く。

「事故って…………前の時もそう言ってたよね?」

 ニャオがそう言うとミシェイラは慌てて弁明を始める。

「違うのっ、違うのよ!前回は手違いで今回は予想外の事故なのっ!全然違うのよっ!」

 そう言ってミシェイラは詳細を話してくれる。

 何でも、魔王の恐怖に怯えながらも立ち向かおうとした小国が、国を挙げて勇者召還の儀を行ったんだそうだ。

 しかし、この世界の時空はつい先日送還の儀を行ったせいで不安定で、とてもじゃないが勇者召還が出来るような状況ではなかった。

 そんな状況下で無理矢理儀式を遂行したため、まだこの世界との繋がりが深かったリョウ達が喚ばれたと言うことらしい。

「何でまたそんな事になったの?止める事出来なかったの?」

 クレアが疑問を投げかける。

「私だって全世界を見張ってるわけじゃないのよ。それに、こんな不安定な状況ならそもそも術式が発動するわけ無いのよ。」

「つまり?」

「術者の中に類い希なる天才が居たか、様々な偶然が天文学的な確率で重なったか……、とにかく純然たる事故なのよ。」

 ミシェイラはそう言うが…………。

「俺達の意志とは関係なく巻き込まれている事に変わりは無いわけか。」

「うぅ、ゴメンナサイ……。」

「ま、まぁ、ミシェイラに悪気があった訳じゃないし、ねっ?」

 クレアがミシェイラを庇うように言う。

「……まぁ、そうだな。それより、俺達と一緒にいた奴らはどうなった?まさかあいつ等までってことはないよな?」

「それは安心して。彼らは今頃、急に消えたあなた方のことを心配しているはずよ。」

「それ聞いて安心できる人っているのかなぁ?」

 ミシェイラの言葉を聞いたニャオが苦笑する。

「それで私達はどれくらいここにいれば帰れるの?」

 本来であればUSO内の制限時間は30分もなかったはず。

 だけど、今回のへの対処をミシェイラがどうしたのかによって状況は変わってくる。

 だからクレアは、それを確認しておきたかった。

「……えっと、今回のことは事故なのよ。」

「それは聞いたよ。」

「だからね、突発的であって、どうしようもないというか、なんて言うか……。」

「はっきり言って!」

 口ごもり中々話そうとしないミシェイラの姿に、いやな予感を感じる三人。

「はぁ……。取りあえず条件は以前と同じ、というか突発的だったから変更する余裕もなかったの。だから向こうの時間で約30分後、こちらでは約1ヶ月半後には強制帰還させられるんだけど……。」

 そこまで行って、黙ってしまうミシェイラ。

「えっと、何か問題あるの?」

「……怒らない?」

「事故なんでしょ?」

「ウン、事故だから仕方がないよね。」

 優しく微笑みながら言うクレアの表情に安心したのかミシェイラは話を続ける。

 しかし、その陰でアルとラビちゃんがミシェイラの退路を断つように動いているのに気付いていなかった。

「あのね、召喚術と時空の歪みが変な風に絡んでいて、帰還してもすぐに強制的にここに戻されるの。」

「「「…………。」」」

「えっと、……事故だから……仕方がないよ……ね?」

「ラビちゃん、アルちゃん、やっていいわよ。」

「きゅいっ。」

「ちゅいっ!」

 待機していたラビちゃんとアルがミシェイラに襲い掛かる。

「きゃぁっ!なんでっ!どうしてっ!仕方がな……あぁ、そこダメェ……私悪くない……ダメだってばぁ……事故なのにぃ……ダメ、ダメだってばぁ……あ、あっ、ダメェェェェ~~~~。」

 ニャオがいつの間にか用意していた糸で縛り上げられたミシェイラを、ラビちゃんとアルが、そのふわふわな耳と尻尾を使ってくすぐる。

 しばらくの間、ミシェイラの悲痛な叫びが洞窟内に響き渡るのだった。


 ◇


「ぐすん、本当にお嫁にいけないよぉ。」

「よしよし、怖かったねぇ。もう大丈夫よ。」

 泣き崩れるミシェイラを慰めるクレア。

「クスン、でも、でもぉ……。」

「大丈夫、大丈夫。私がついてるわ。ミシェイラは可愛いですね。」

「ふぇぇぇん、お姉さまぁ~。」

 くすぐり地獄から助け出すことによって自分の評価を上げるクレア。

 ミシェイラの中では、クレアはアルとラビを仕掛けた本人だという事実が消え去り、助けてくれた上にやさしく慰めてくれる相手という認識が刷り込まれている。

「くふっ、計画通り。」

 ミシェイラを優しく抱きしめ、あやしながら小声でつぶやくクレアを見て、敵に回してはいけないと思うリョウとニャオだった。


「落ち着いた?」

「ウン、ごめんね取り乱して。」

 優しく、労わる様に声をかけるクレアに対し、小さく頷くミシェイラ。

「とりあえず、現状を含めて確認したいな。まずここはどこなんだ?」

「ここはカドリウス王国の南東、ミョルニル地方の中央にある『闇の森』にいくつか存在するダンジョンの一つよ。」

「カドリウス王国って言われてもよくわからん。」

「そんなことより、とりあえずここから脱出しようよ。いきなりの事だから何の準備も出来てないよ。」

 ニャオの言うとおり、リョウたちのアイテムボックスの中には、必要最低限のものしか入っていない。

 装備がUSOの状態そのままだったため、現状の最新であることだけが救いだった。

「そうだな。ただここがダンジョンのどのあたりかもわからないし、そもそも、ここに出てくる魔獣は適正レベルなのか?」

「う……、少し言いにくいんだけどね、ここのダンジョンのランクはD……あなたたちの世界の遊戯で言えばLv20前後ってところなの。」

「Lv20か……ギリギリなんとか行けるか。」

 USOにおいて、フィールドやダンジョン、敵性モンスターなどには攻略適正レベルというのが存在する。

 つまり、モンスターなら倒すに適したLv、フィールドやダンジョンならそこを攻略するのに推奨されるLVだ。

 リョウたちのLvは11なので、本来であれば攻略不能なレベルではあるが、ダンジョンの適正Lvというのはボス攻略まで含めての推奨Lvのため、エンカウントするMobの強さはまちまちであり、入口付近は低Lvモンスターが多いと相場は決まっている。

 なので、脱出するのであれば、出口に近づけば近づくほど相手の強さが弱くなるのが道理なので何とかなるとリョウは考えたのだが……。

「ごめんなさい。このエリア閉じてるから、脱出するためにはさっきのボスを倒して、外部への転移陣を起動させるしかないの。」

 その身を小さく千々こませながら、申し訳なさそうに言うミシェイラ。

「そんな……ミシェイラ、自称女神なんでしょ?何とかならないの?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……突然すぎて、あなた方の状態を整えるだけで精いっぱいだったの。」

「まぁ、ミシェイラなりに出来ることやってくれたんだろ。責める気はないさ。」

「ウン、そうね。……ミシェイラ、ゴメンね。」

「私の方こそ……巻き込んでしまってごめんなさい。」

「もう謝らなくていいわよ。それよりわかるだけの情報を頂戴。そうすればリョウが何とかしてくれるから。」

 クレアが、ねっ、とリョウに笑いかける。

「……いきなりハードル上げるなよ。でもまぁ、とにかく情報は欲しいな。」


 ミシェイラから聞き出した内容をまとめると、現在いるのはボス部屋を囲むように点在する小広場の一つで唯一のセーフポイントだということ。

 他の広場に出現する魔獣のLvは8~15ぐらい。1本道の通路で繋がっているので、気を付けないと狭い通路で挟み撃ちにあう可能性もあること。

 森のように植物が多い茂っている場所、岩肌がごつごつとむき出しになっている場所、泉のある場所などもあるので、多少ではあるが素材が取れるかもしれないという事。

 ボスはボス部屋から出てくることはないが、一度入るとある程度のダメージを与えるまでは扉が開かなくなること、また、ボスを倒さずに部屋から出た場合、ボスの傷が癒えるまで扉が開かなくなる事などなど……。


「つまり、ボスは倒しきるつもりで挑まないといけないってわけか。」

「そうだね、一度離脱したらHP全快でやり直しってことでしょ。しかも全快するまで挑めないとか、無茶苦茶だよぉ。」

「でも今のままじゃ勝てないんだよね?」

「そうだな、ただ、ここを拠点に出来るし、生活物資は何とかなりそうだし、魔獣も出るらしいから、地道にLvアップをすればいつかは……。」

「いつかっていつ?どれくらい?強制帰還してから戻されるのにどれくらいの余裕があるの?あんまり長くログインしていると心配したマキナがVRギアを外すわよ。それでも大丈夫なの?」

 立て続けに疑問を投げかけてくるクレアだが、リョウには答える術がなく、ミシェイラを見る。

「ちょ、ちょっと、いきなりいくつも聞かれても困るわよ。とりあえずこっちにいる間にVRギア?それってあなたたちを繋ぐ装置よね?それを外されるのはまずいわ。魂と肉体を繋いでいるのがその装置だから、下手すると魂が肉体に戻れなくなる可能性もあるのよ。」

 ミシェイラの言葉を聞いて、思っていた以上に危険な状況だということを知った三人は言葉を失う。

「あと、向こうに戻ってから再接続されるまでの時間は、向こうの時間で1~2分ってところね。その間にその装置を外せばつながりが途絶えるけど、タイミングを外せば魂が戻れなくなるから、やはりおすすめは出来ないわね。」

 1~2分あればギアを外すには十分かと思えるが、ログアウトしてから意識を覚醒するまでの時間は10秒~40秒と個人差もあり、外からは覚醒したかどうかが分かりづらいため、外部の人間が外すのは危険が伴う。

 すると自ら取り外すしかないが、ログアウトして意識が覚醒して、VRギアを外すことを思い出して……と考えると結構ギリギリか、間に合わない可能性もある。


「もう一度確認するけど、地上に出れば普通に戻れるんだな?」

「ウン、詳細は省くけど、地上で帰還の儀を行えば強制的に呼び戻されることはないわ。それは女神の名に懸けて私が保証する。」

「それで、その期間の儀はすぐ行えるのか?」

「私のMPが枯渇していなければね。それに地上にさえいれば、回復してから送還しても、向こうでは長くて10分程度のオーバーで済むと思うわ。」

「……となると、やっぱり、再接続する前にはボスを倒して地上に戻らないといけないってことだな。」

「約1月半ねぇ……時間があるようなないような……。」

「とりあえず、今日はもう休んだ方がいいかも?疲れた頭で考えても正しい判断はできないわ。」

「……そうだな。ニャオも限界みたいだし。」

 会話をしながらもうつらうつらとしていたニャオはそろそろ限界みたいで、リョウの身体にもたれかかっている。

「ここは安全だから安心して休んでね。」

 ミシェイラの言葉に緊張の糸が切れたのか、クレアもラビちゃんとアルに挟まれて朦朧とし始める。


「……リョウ、迷惑かけてゴメンね。」

 しばらくして、ニャオとクレアが完全に寝入ったのを確認してからミシェイラが話しかけてくる。 

「わざとじゃないんだろ?だったらいいさ。それよりこのタイミングで話しかけてきたってことは何かあるんだろ?」

 リョウ自身、かなりの眠気があったが、それに逆らいミシェイラの声に耳を傾ける。

「うん。今回の事……事故なのは確かなんだけどね、何かおかしいのよ。」

「おかしいって?」

「この短期間で行われるはずのない召喚の儀が行われたこと、成功するはずがないのに不完全ながらも術式が発動したこと、そもそも召喚の儀が行われたこと自体がのよ。」

「つまり?」

 ミシェイラの目を欺くことがあり得ないってどういうことだ?

 眠気のせいで頭がうまく回らない。

「私の知らないところで、何かが起きてるかもしれないってこと。そのせいで今後もリョウたちに迷惑がかかるかも……。」

「そんなことぐらい……気にするなよ……。」

 眠気に抗えなくなり、目の前がかすむ。

「それより笑ってくれよ……女の子は笑顔が……一番……。」

 耐えきれなくなり、リョウは意識を手放す。

 完全に意識を失う前に、頬に触れる柔らかな感触と、どこか遠くで「ごめんね、アリガト。」という言葉を聞いたような気がした。

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