第23話 リオン降臨!?

「うーん、なんか体が軽い気がする。」

 リョウは腕を回したり、軽くジャンプしたりしながらそう口に出す。

「あ、リョウもそう思う?」

 隣で同じようにしていた猫の獣人、ニャオが答える。

「そう?私にはよくわからないわ。」

 ハーフエルフの女性、クレアがそういう。

「まぁ、そんな気がするって程度だからな。」

 これが新しいVRギアのおかげなのか、単なる気のせいなのかはリョウにもわからないが、そんなことはどうでもいいと思う。

「さて、クレアは久しぶりだろ。何がリクエストあるか?」

「はいはいはーい!私リクエストあるよ。」

 クレアに聞いたはずなのに、なぜか自己アピールしてくるニャオ。

 そんなニャオを見て、クレアはニャオのやりたい事がやりたい、という。

「はぁ、で、ニャオは何がやりたいんだ?」

「ウン、まずはこれを見て。」

 ニャオはアイテムボックスから取り出したものを渡してくる。

「杖に、防具……ドレス?それに各種アクセサリー……これって。」

「うふっ、気づいたぁ?」

 レースとリボンをふんだんにあしらい、膝上の裾がふんわりと広がるタイプの、ミニスカワンピース、モコモコのついたニーソに大きなリボン、花をイメージしたデザインのリボンがついたカチューシャ、ふわっとした羽は天使をイメージしている。

 そして、星とハートを合わせたような奇抜かつ可愛らしいデザインの杖。

 明らかに女物とわかるうえ、用途が限られている衣装、そしてニンマリと笑うニャオの顔……嫌な予感しかしない。

「苦労したんだよぉ、の衣装を再現するの。さすがに最終装備は無理だったけどね。」

 そういって、てへっと笑うニャオ。

 リョウが手渡された装備は、確かに見覚えのある、いやあり過ぎたものだった。

 SLO時代、涼斗は一時魔女っ娘ものにハマったことがあり、リオンの装備を魔女っ娘にしたことがあった。

 外見はこれでもかというくらい、あざとさを極め、その姿で戦闘にも耐えれるようにと、レア級素材を惜しげもなく使用し、限界までエンチャントをかけた結果、古プレートアーマーを凌ぐ防御力と、完全異常耐性に高い魔法防御力を持つ防具となり、最終装備をそろえるまで使用していた装備だ。


「で、これを俺に渡してどうしろ、と?」

「リオンちゃんになって!」

 ニャオは胸の前で手を組み、お願い、と見上げてくる。

 USOはかなり自由なシステムであるが唯一性別を偽ることが出来ない。

 できないのだが……女装することはできるのだ。

 リアルでも女装できるのだからVRで出来ないわけがない、というわけだ。

 さらに言えば課金アイテムではあるが『変装セット』というアイテムを使えば、顔の造作や名前まで一時的に変更することもできる。

 あくまでも一時的なため、再ログインした時には元に戻っているのだが、逆に言えばログアウトするまでは変装したままでいられる。

 盗賊や暗殺ギルド系のロールプレイには必須のアイテムといえよう。

「大丈夫っ!センパイならイケる!」

 ニャオはそういってさらにメイクセットとウィッグを出してくる。

「俺に女装しろと?」

「見てみたい……。」

 ニャオの横でクレアがボソッとつぶやく。

「だよね。クー姉も見たいよね。ほら、センパイっ、美女二人のお願いですよぉ。可愛いは正義なのですよぉ。」

「可愛いは正義というのなら、可愛らしさを見せてもらおうか。」

 無茶ぶりをするニャオに抵抗するためにそんなことを言ってみる。

「うっ……わかりましたぁ。私がメイド服を着るというのでいかがでしょうか?」

 少し思案した後に告げられるニャオの言葉に心が揺れ動く。

 ネコミミメイドさんは全世界の男子の憧れだ。少なくとも、涼斗の中ではそうだった。

 ただでさえ可愛い容姿の奈緒美がネコミミ少女というだけでもかなりの破壊力なのに、さらにメイド服を着るとなったら……リョウの理性が吹っ飛ぶことは間違いない。

「クッ……しかし女装は……。」

 それでも、女装に対する抵抗は根強くあり、躊躇うリョウ。

「仕方がないですねぇ。じゃぁクー姉も……。」

「ちょっと待て、それならこういうのでもいいか?」

 リョウはニャオの耳元に口を寄せ何やら囁く。

「う~ん、まぁ、それくらいなら……わかりました。センパイがリオンちゃんになってくれるなら私が責任もってやりましょう。」

「契約成立だな。」

 リョウとニャオはがっしりと固い握手を交わす。

「えっと、よくわからないけど、決まったの?」

「ウン、決まったよ。今からお着替えターイム。クー姉行くよ。」

「えっ、ちょっと……えっ、待って……。」

 ニャオに手を引かれ引きずられるようにして連れていかれるクレア。

 それを見送った後、リョウは足りないものを揃える為に露店を見回ることにする。


 ◇

 

「……もう少し目元を弄るか。」

 ここはエディット空間。

 キャラの造形を変更するための仮想空間だ。

 VR仮想現実の中の仮想空間というのもおかしな話ではあるが、現実にあるのだから、そういうものだと受け入れるしかない。

 すでに装備はリオン装備に変更済、ウィッグも被って、今は細かい調整をするために『変装キット』を使用中だ。

 学生の身分にとって課金アイテムはかなりの痛手ではあるが、奈緒美のネコミミメイド姿と紅羽のコスプレ姿が見れるのであれば、これくらいの出費は痛くないと涼斗は思う。

 しかも写真も撮っていいというのだ……涼斗の女装姿と引き換えではあるが、奈緒と紅羽の姿を写真に収めることが出来るのであれば妥当な取引だと、自分自身を納得させた。

「ウン、こんなところだな。後は……。」

 リョウは「あー、あー、」と声を出して、変声機能を調整していく。

 自分の声を聴くのは気持ち悪いことこの上ないが、それでも少し高めの女の子っぽく聞こえる辺りまで調整をしていく。

 最後に名前を『リオン』に変更して保存する。

 ここで保存したデータは、次回変装キットを使用した時に呼び出すことが出来る。

 次回以降があるとは思えないが、ここまで苦労したデータが消え去るのはもったいないという気持ちが保存を選択させる。

「ウン、完璧に『リオン』だねっ♪」

 鏡を前に、くるりと一回転してみせる。

 見えそうで見えない計算された角度で、ふわりとスカートが翻る。

 色々と思う所はあるが、今は何も考えない、これは演技だ、人生という名の劇場でリオンという役柄を演じるのだ、と涼斗は心の中で何度もそう自分に言い聞かせる。

 実際、そうとでも思わなければやってられないのだ。


「さて、ニャオたちは……、と。」

 リョウ改めリオンは街中を見回していると、程なくして前方から走ってくる人影を見つける。

「きゃぁ~、リオンちゃんだリオンちゃんだ、会いたかったよぉ~。」

 走ってきた女の子はリオンの姿を見て抱き着いてくる。

 ゴシックフリルをあしらった白と黒のコントラストが映えるメイド服。

 頭のヘッドドレスの脇から可愛い三角ミミがピコピコと動き、ミニのスカートを跳ね上げる尻尾がゆらゆらと揺れている。

「ニャオ?」

「そだよー。可愛い?」

「可愛い!」

 思わず抱き締めたくなるのを必死で堪える。

「どしたの?………ふふーん、ぎゅってしたいんでしょ?」

 ニャオは怪訝そうにリオンを見た後、すべてを察したかのようにニマニマしている。

「今はぁ、オンナノコ同士なんだしぃ、いいんだよ?」

 そういって抱きついてくるニャオだが、周りの視線を集めていることに気付いていない。


「はぁはぁはぁ………もぅ、先に行っちゃわないでよ!」

 聞こえてきた声の方をニャオとリオンが見ると、走ってきて息が切れたクレアがいた。

 黒を基調にしたチュチュに背中からは黒い羽。

 頭には蝙蝠の羽をイメージしてデザインされた羽のような角のようなカチューシャ。

 その短いスカートから見える細く黒い尻尾の先はハート型の矢印に見える。

 手に持っているのは三つ叉槍……ベタすぎるぐらいにスタンダードな小悪魔姿のクレアだが、そのベタさがまたクレアの魅力を引き立てている。

(どう?くーちゃんも可愛いでしょ?)

 ニャオが耳元で囁いてくる。

(あぁ、最高だ。)

 GJ!と親指を立ててニャオに応える。


「えっと、まさかリョ………」

「リオンでぇーす♪初めましてぇ。仲良くしてくれると嬉しいなっ♪」

 リョウと呼びかけたクレアの言葉を遮り挨拶をするリオン。

 そのままさりげなく近づき小声で釘を差す。

(今は『リオン』だからっ)

(あ、ゴメン)

「折角だから写真撮ろうよ。」

 ニャオがリオンとクレアを引っ張っていく。

 始まりの街の大聖堂をバックに、遠くにそびえるお城を背景に……。

 セルフで3人撮りをしたり、リオンがクレアとニャオのツーショット、それぞれのソロカットなどを撮り、ニャオが、クレアが、リオンとのツーショットを収めていく。

 特にニャオのリオン要望は数多く、ニャオに請われるままに様々なポーズをとるリオンに、クレアが少し引いていた。

 

 そんな風に目立っていれば、当然各地に情報が行き交い、SLOではそれなりに名を馳せたリオンのことが知れ渡るのは時間の問題だった。

「リオン?リオンなのかっ?」

「嘘っ!リオンが居るの!?」

 遠くから声が聞こえる。

 そして人混みをかき分けて三人の男女が近付いてくる。

(げっ、あいつ等は……)

 近付いてくる人影を見て、リオンは一歩後退る。

「ヤッパリリオンだ!久し振りだなぁ。」

「キャー、リオンってやっぱり美少女!」

 抱きつこうとする女性をニャオがインターセプトする。

「あぁ、この姿じゃ分からないか。俺はリカルドでこっちはニルス、そっちのお嬢ちゃんに抑えられているのがアルビナスだ。」

 ミストレスのアルビナス、特攻隊長のリカルド、外交ほか全般的な調整役のニルス……SLOでナオトとリオンが所属していたギルド「アルビオン」のTop3だ。

「アルビにリカルド、ニルス?久し振りぃ。元気してた?後、アルビ、リオンちゃんは私の嫁なんだから手を出さないでよ。」

 リオンが何かを言う間もなくニャオがしゃべり出す。

「ん?誰だっけ?」

 リカルドが他の二人を見るが、二人は身に覚えがないと言うように首を振る。

「ニャオ、わかんないよ。」

「あ、そっか。」

 見かねてリオンが口を挟む。

「この姿では初めましてだよね。ナオトだよ。斧戦士のナオト。」

「嘘っ!」

「あのナオトの中身がこんな美少女なんてあり得ない!」

「神よ!感謝します!!」

 ニャオがナオトだったことをカミングアウトすると、三人はパニックを起こしたかのように騒ぎ出す。

 そして、そんな騒ぎがあれば、何事かと集まってくるギャラリー。

 このままでは収拾がつかなくなると判断したリオンは3人を引き連れて町外れのカフェへと避難するのだった。

 


 


 


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