第22話 紅羽の部屋
ピーンポーン。
涼斗は高級マンションの入り口で、先日教えて貰った部屋番号のインターホンをならす。
「涼斗クン?今開けるからちょっと待ってね……。ハイ、どうぞ。部屋で待ってるね。」
インターホンからの声が聞こえてきて、そしてマンションのロックが解除される。
涼斗は自動ドアをくぐり抜け、そこにあるエレベーターで事前に言われた通り7階まであがる。
このマンションは、入り口以外の1階部分はコンビニになっていて、差し入れなんかを用意するのに大変便利だ。
そして2階と3階が吹き抜けのがラウンジとなっていて、殆どの来客はここでマンションの住人と待ち合わせるのが普通なんだそうだ。
マンションの部屋はプライベートスペースだから家族や近しい間柄の人じゃない限り招き入れることはないと、このマンションの住人は言っていたが、自分はいつの間に「近しい間柄」になったのだろうか?と涼斗は甚だ疑問に思う。
4階から7階までが住居フロアで屋上がペントハウスになっているこのマンション。
現在、ここの住人は加納紅羽ただ一人。
娘に甘い加納家当主が、年頃の「娘の部屋」として用意したものだ。
正確に言えば屋上のペントハウスが、一応加納家の住居で、7階が丸ごと「娘の部屋」らしい。
後は4階、5階には使用人や警備員が住んでいるのだが、紅羽付きのメイドさんを除けば、姿を見せることもなく、紅羽の両親は忙しく飛び回っていて、ここに帰ってくるのは年数回だとか。
金持ちの考えることはよくわからないが、実質紅羽はここで一人暮らしをしているようなものだということだけはわかった。
余談ではあるが、奈緒美が加納家に居たときに住んでいたのもこのマンションだと聞かされた。
そして紅羽が言うには、今でも奈緒美用の部屋がちゃんと用意してあるとのこと。
もっとも、奈緒美がそこを利用したことは一度もないらしいが、最近は紅羽が一緒に住もうと何度も声をかけているらしく、奈緒美も満更ではないらしい。
「お待ちしておりました、涼斗様。どうぞ中へ。」
7階につくと、紅羽の部屋の前に立っていたメイドさんに出迎えられる。
「あ、マキナさん、おはようございます。」
涼斗はメイドさんに挨拶しながらも身構える。
それなりに身長があり、スラリとしていながらも起伏がハッキリとわかるボディラインは、比較的ゆったりとしているメイド服でも隠し切れていない。
腰まで伸ばした艶やかな黒髪と、その優雅な物腰から大和撫子を彷彿とさせる。
そんな見た目とは裏腹に、とんでもない性格をしていることを、涼斗は先日身を持って知ったため、気が抜けないと身構えているのだった。
「お嬢様は今着替えてらっしゃいますので、暫くお待ちください。今お飲物をお持ちいたしますね。」
リビングに通され勧められるがままに座ると、メイドのマキナさんは、そういって席を外す。
去り際に耳元で(あの扉の向こうで着替えてらっしゃいます。鍵は掛かっていませんよ。私はお茶を入れるのに少々お時間をいただきますので)と囁く。
一体何考えているんだ。そんな事を教えて、俺にどうしろ、と、涼斗は頭を抱える。
確かに、誰もいない今なら、そっと扉を開けて中の様子を伺うことも、気づかない振りしてドアを開け事故を装うことも可能なのだが……。
頭を抱えながら苦悩する涼斗だったが、不意に視線を感じて振り返ると物陰からコッソリとこちらを覗いていたメイドさんと目が合う。
「チッ!」
気付かれた事を知ったメイドさんは、大きく舌打ちをすると、今度こそ本当に飲み物を用意するためにリビングを出て行く。
その様子を見ながら涼斗はそっとため息をつくにだった。
「ふぅ……。」
「お気に召しましたでしょうか?」
お茶を飲んで一息つくと、マキナさんがそう声をかけてくる。
「はい、美味しいです。」
「それはよかったです。ところで、本日はお嬢様方と3Pをなされるとか?」
ブフッ!
口に含んだお茶を思わず吹き出す涼斗。
「な、何をいきなり……誰がそんなデタラメを……。」
「紅羽お嬢様が。それはもう嬉しそうに『涼斗クンと奈緒とヤるんだ』と。」
「ゲームの話だからねっ!3人でUSOをプレイするだけだからっ!」
涼斗が慌てて言うと、マキナさんは「わかってますよ」というように頷いている。
「わかってますよ。……ところで『姉妹丼』に興味はございますか?」
「わかってねぇっ!」
「はて?何のことでしょう?私はこの『姉妹丼」の話をしているだけですが?」
涼斗が怒鳴るとキョトンとした顔でお椀を見せるマキナ。
お椀にはご飯が盛り付けてあり、その上に双子の玉子がのっている。
「この玉子は双子、それを使った丼は姉妹丼と言ってもおかしくないでしょう?」
「玉子の雌雄が見ただけで分かるんかいっ!というよりそれただの玉子掛けご飯だしっ!」
「涼斗様なら興味があるかと。」
そういうマキナさんの目元が笑っているところを見て、からかわれていることに気付く。
思えば、今日ここにきたのも、元をただせばこの人が原因だった。
先日、紅羽に誘われた日……。
「で、どういうことなんだ?」
放課後、涼斗と奈緒美、そして紅羽は駅前のドーナツショップにいた。
紅羽が昼休みに言った『お誘い』について、詳しい話を聞くためだ。
「えっとね、あの時の写真がお父様の手に渡ったの。」
「帰るっ!というかこれから海外旅行へ行く!」
涼斗は立ち上がりその場から逃げ出そうとする……が、即座にその腕を奈緒美に掴まれてしまい、寝げ出すことが出来ない。
「大体、センパイ、パスポート持ってるの?」
「……持ってない。」
涼斗はあきらめて座りなおす。
「涼斗君、ごめんね。」
「……まぁ、よくないけどそれで?」
「くーちゃん、この写真をお父さん見たの?それとUSOとどういう関係があるのかな?」
奈緒美はスマホの画面に例の写真を表示させる。
ベッドの上で涼斗を真ん中に左右から紅羽と奈緒美が抱き着いている写真だ。
ソレだけを聞けばどこのエロゲ主人公だよ!と言いたくもなるが、その写真で涼斗たち三人はしっかり衣類を纏っているし、何より顔にはVRギアを装着しているため、そういう事をしていたわけではない、と分かってもらえる……と思いたい。
例の事件から帰還した翌々日、奈緒と紅羽から呼び出されて、一緒にUSOへログインすることになった。
ログインはしたいけど、またあんなことになったら、という不安を抱えている二人の気持ちはよくわかっているので、涼斗は二つ返事で了承した。
その時に初めて紅羽のマンションにお邪魔したのだが、その時も出迎えてくれたのはマキナさんだった。
今から思えば、涼斗はこの時、マキナに対して最大の警戒をするべきだったのだ。
しかし、金持ちのお嬢様であり、それなりの友人がいるとはいっても、プライベートスペースに一人も呼んだことがない深窓のお嬢様が、初めて部屋に招き入れる友人、それも同じ年の男子となれば、どう思われるか?そのあたりまでは涼斗も考えていて、ならばどう振舞うべきなのか?ということにばかり気を取られてしまったため、マキナの為人まで気にする余裕がなかったのは仕方がないことだろう。
そして、紅羽と奈緒美はベッドで、涼斗はソファーに座りログインしてしばらくすると、マキナがやってきて、奈緒美と紅羽の間に涼斗を寝かせ撮った写真が、今、奈緒美が見ている写真だった。
ちなみに犯行の動機は「お嬢様が殿方ともっと仲良くなるためのお手伝い」だそうだ。
その理由を聞いて紅羽が真っ赤になってしまったため、結局責任の追及は有耶無耶になってしまったのだとか。
「先日、お父様がお見えになられたときに、スマホを見られてしまって……USOの事とか一生懸命説明して、マキナの口添えもあってその時は事なきを得たんだけど……。」
マキナさんがどんな口添えをしたのかがすごく気になる涼斗だったが、とりあえず話の続きを促す。
「その時にVRに興味を持たれたみたいで、昨日お父様から荷物が届いたのよ。」
その荷物というのが、加納家傘下のデジタル産業部門が開発したという新しいVRギアで、それのテストモニターをしてほしいとの事だった。
「お父様の手紙には、新しいVRギアは従来のものより感度や反応精度が20%ほどアップしているらしいの。ただ私だけだと、既存の機器との差なんてわからないし。」
「なるほどね、だから俺と奈緒にも協力を、ってことか。」
「面白そう。わたしはいいよ。センパイも、いいよね?」
「そうだな、新しい機器には興味があるし。」
「ありがとう。じゃぁ、二人とも今週末私の部屋に来てね。」
紅羽がそういってドーナツを口に運ぶ。
その後はしばらく他愛のない話に花を咲かせていた……。
◇
「お待たせー。楽しそうね何を話してたの?」
「お嬢様、実はしま……。」
「さ、さぁ、さっそく新しいVRギアを見せて欲しいなぁ。」
マキナの言葉を遮り紅羽の背を押すようにしてリビングの外へと押しやる涼斗。
「ちょ、ちょっと、まだ奈緒が着替えてるから……。」
その言葉を聞いてニヤリと笑うマキナさん。
「涼斗様、お気持ちはわかりますが、お着替えを覗くというのはちょっと……。」
「違うからっ!」
言い訳をしながら、話題がそれたことにホッとする涼斗だった。
「涼斗クン、今日は来てくれてありがとうね。」
お茶に口をつけながら紅羽が言う。
「いや、どうせUSOにはログインしようと思っていたからちょうどいいよ。」
「本当はね、お父様は奈緒がここに出入りしてくれるようになったことをすごく喜んでらして、今回の事も、奈緒がここに来る理由付けのためのものなのよ。」
「マジか?」
「本当よ。すごい親バカでしょ?」
娘の気を引くために最新技術を惜しげもなく使うとは……親バカってレベル超えてるだろっ。
心の中でそうツッコむ涼斗だった。
「ごめんね、お待たせ~。」
涼斗と紅羽がそんな会話をしていると奈緒美が遅れてやってくる。
「着慣れてないから手間取っちゃった。どう、似合う?」
そう言ってくるっと一回りして見せる奈緒美。
モスグリーンを基調としたワンピース。膝下まであるスカートの裾、白い袖は肘のあたりまでの長さで先がすぼんでいる。
白い襟と、その下のリボンが清楚さを演出している。
「………。」
「えっと……似合わない?」
何も言わない涼斗を見て不安気に聞いてくる奈緒美。
「あ、いや、見とれていて……いや、似合ってるよ。うん、すごく……。」
可愛い、と言おうとして口をつぐむ涼斗。
「えへっ、可愛い?そう。参ったなぁ、センパイが奈緒ちゃんに惚れ直したって?」
そう捲し立てる奈緒美の顔は真っ赤になっていて、過分に照れ隠しが入っていることがよくわかる。
「ハイハイ、よかったわね。じゃぁさっそく始めるわよ。」
呆れた声を出しながら、箱に入れてあったVRギアを取り出す紅羽。
最新のVRギアは、従来のHMD型ではなく、紅羽と奈緒美が手にしたのはカチューシャタイプ、涼斗に渡されたのはヘッドホンタイプのものだった。
なんでも、意識に直接リンクさせることにより感度を上げているそうで、そのため、従来のように視覚を遮断する必要もないために外観のデザインにもこだわれるようにした……という事らしいけど、詳しいことはよくわからなかった。
ただ、おしゃれなデザインが増えれば、女の子受けはいいだろうという事だけは分かる。
このことから見ても、紅羽父の娘に対する大きな愛情がうかがえる……のだが、私情でそこまでやってしまうという現実に少々引き気味の涼斗だった。
「準備は大丈夫?……ウン、じゃぁ、とその前に、マキナ。」
「はい、お嬢様。」
VRギアをみんなが装着したのを確認してから、紅羽はマキナに声をかける。
「私たち今からUSOにログインするけど、この間のような悪戯はしないでね。」
「寝ているお嬢様型をデッサンのモデルにするのも駄目でしょうか?」
「ダメですっ!どうせあなたの事だから脱がせる気でしょ?」
「芸術ですから。」
しれっと答えるマキナの答えを聞いて、奈緒美が自分の身を守るかのように両腕でその身を隠そうとする。
どうやら、マキナさんは色々問題ありのメイドさんのようだった。
「さて、USOの世界へ行こうぜ。」
マキナを下がらせた後、涼斗の声を合図に三人は一斉にログインしたのだった。
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