第20話 帰還

「うぅ、ひもじぃよぉ~。」

「すまん、俺が不甲斐ないばかりに。」

「おとっつあん、それは言わない約束よ。」

「「………。」」

「だから、何で二人して無言でこっちを見るのっ。何とか言ってよっ!」

 リョウとニャオがクレアを生暖かい目で見ると、クレアは真っ赤になってうつむいてしまう。

「ってか、このネタ以前もやったよね?」

「だな。クレアのボケが不発に終わるまでがデフォだった。」

「クー姉はもっとお笑いの技を磨かないと、立派な芸人になれないよ。」

「ならないわよっ!」

 クレアが真っ赤になって怒り出す。

「だけど、こいつらはその気みたいだぞ?」

 リョウがクレアの横を指さすと、ラビちゃんが大きなオーバーアクションをし、そこにハリセンを持ったアルがツッコミを入れる、というのを繰り返していた。

「あなたたち……なんで……。……もういい、寝るわ。」

 クレアが肩の力を落とし、その場で伏せる。

「あぁ、悪いが、4時間経ったら起こすからな。……ニャオも今のうちに休んだらどうだ?次の襲撃までまだ時間がありそうだし。」

「うん……でも、おなかが空いて眠れないよぉ。」

「……これでも齧って誤魔化せ。」

 リョウは少し大きい葉を付けた、茎の長い植物をニャオに放り投げる。

「うぅ……ひもじぃよぉ。」

 ニャオは受け取ったその茎をガジガジと噛みながら呟くのだった。


 リョウたちは今、リヨンの街から東にある「精霊の森」と呼ばれている場所に来ている。

 ミシェイラの送還の儀には、先日確保した魔種以外に各種属性の素材が必要だと聞かされ、その素材を集めるために冒険者ギルドのあるリヨンの街まで来たのだが、ギルドにあるストックでは足りず、こうして自ら採集に来ているのだった。


「朝まで守り切ればいいんだよね。あと何回襲撃が来るかなぁ?」

 ニャオが茎をかじりながら聞いてくる。

「さぁな。今までの感じからすれば2回か3回ってところだろうけどな。」

 リョウは泉の中に沈めた『果実』を見ながら、そう答える。

「できれば食べられる魔物が襲ってきて欲しいなぁ。」

「ビックボアが来れば最高なんだけどな。そうそう上手くは行かんだろ。」

「そうだねぇ……でも、何度撃退しても襲ってくるって、ソレ、そんなにおいしいのかなぁ?」

 ニャオも果実を見つめてそういう。

「食べようとするなよ?ただ誘引力が強いだけって気もするけどな。」

 リョウたちが話題にしているのは、現在泉に沈められている、『セフィロトの果実』の事だ。

 セフィロトというのは、精霊の森と呼ばれるここみたいな清浄な場所に生息する植物で、その姿は神々しく、その実を齧ると天にも昇るような甘い高揚感と天使に包まれているような充足感を感じると言われている。


「確か天にも昇るような気持ちになれるんだっけ?」

 ニャオがギルドで聞いたことを思い出しながら言う。

「というか、下手すれば実際に昇天するんだけどな。」

 リョウは苦笑しながら答える。

 『御使いの樹木』とも呼ばれ、場所によっては大事に保護されているセフィロトだが、その実態は植物型の魔物である。

 大半の植物型の魔物は、通常の植物より丈夫だったり、生命力が強く、つける果実の味が濃厚だったりなどとメリットが多く、また人を襲うことはないため共存共栄をしている場合が殆どなのだが、中には栄養摂取のために他の魔物や人を襲う種もある。

 セフィロトも、そんな食獣(?)植物の一種で、甘い果実の香りに誘われてきた獲物たちが果実を食し恍惚としている間に、その身を蔦で絡めとり生気を吸い取っていく。

 とらわれた獲物は自分が何をされているかわからず、ただその果実の美味しさに心を奪わている間に吸い尽くされ生命活動を終える……まさに『昇天する果実』なのだ。

 そんな果実を『精霊の泉』に三日三晩浸して出来上がる『精霊の果実』が、送還に必要な水属性の素材なのだが、その誘引力は本体からもぎ取った後も衰えず、その実を狙って魔物たちがやってくるため、リョウたちはこうして三日間見張りをしているのだった。


「まぁ、朝になれば精霊の果実が出来上がり、同時に誘引効果も消えるはずだからそれまでの我慢だな。」

「ごめんね、私が不用意に食材を出していたから。」

「いや、あれは不可抗力だろ。まさか襲撃があるなんて予測してなかったからな。」

 初日、果実を手に入れ泉に沈めた時のこと……。

 リョウは、泉に沈んだ果実の様子を見ていて、ニャオは食事の用意をするため、食材を取り出して並べ、それを待ちきれないと言う顔で眺めているクレアとラビちゃんとアル。

 そんな一種の弛緩した空気の中で襲い掛かってきたコボルトの群れ。

 不意を突かれたものの、何とか撃退に成功したのだが、食事の為にと出していたことが仇になり、食材の殆どが踏みにじられダメになっていた。

 食材確保に行くことも考えたのだが、いつどれくらいの規模で襲撃があるかわからないため、泉が見える範囲以上にはなれることもできず、結果、リョウたちは残されたわずかな食材と、襲撃者の中にたまに混じっている『食用の魔物』を捌いて飢えを凌いでいたのだった。


「でも、これで全部揃うんだよね。」

 ニャオが明るい声でそう言う。

「あぁ、送還の儀に必要な各属性の素材のうち、火属性の火トカゲの皮と闇属性のダンジョン蝙蝠の羽、それに光属性の上級ポーションから精製した聖水はギルドにストックがあったから売ってもらえたし、土属性のゴブリンかコボルトの爪は、持ってたしな。」

「初日の襲撃でもいくつか手に入ったもんね。」

 ニャオの言葉に頷き返すリョウ。

「残りは風属性のザビアの葉と水属性の精霊の果実だけど、ザビアの葉はセフィロトの果実を探している時に見つけたし、精霊の果実は朝には出来上がる……。何とか間に合ったよな。」

「ウン……やっと帰れるんだね。」

 いつの間にか隣に来ていたニャオがその身を持たれかけさせ体重を預けてくる。

 満月は明後日だ。ミシェイラが言うには儀式を行うにもこの精霊の泉は適しているらしく、明後日の夕方、この場所でミシェイラと落ち合うことになったため、リョウたちは精霊の果実を手にした後もこの場で過ごす予定をしている。

「明日は、少し休んだ後狩りに行って、夜はパーティしようよ。」

「そうだな。セフィロトの実がなければ、ここまで魔物が入り込んでくることもないしな。この世界最後の夜ぐらいは騒ぐのもいいかもな。」

 リョウはもたれかかってくるニャオの頭を撫でながらそう答える。


  そして、2度にわたる襲撃を無事撃退し、翌朝無事に精霊の果実を手にするリョウ達だった。


 ◇


「はーい、みんなグラス持ったぁ?じゃぁ、センパイ一言どうぞ~。」

 ニャオが明るい声でそう告げる。

「えーと、そうだな。色々あったけど、おかげで紅羽と奈緒の事を知ることができてよかったと思う。向こうの世界なら、多分いまだに二人と碌に会話もしてない自信がある。」

「センパイ~、それ自信もって言うことじゃないよぉ?」

「まぁ、とにかく二人には感謝ってこと。ってことで乾杯!」

「「乾杯~~~!」」

 リョウの言葉に続き二人が唱和する。

 飲み物は昼間リョウが作成した特製フルーツジュースだ。

 そして、ナオが張り切って作った料理の数々に舌鼓を打つクレアとラビちゃんとアル。

 

「でも、本当に涼斗クンって料理ができるのね。意外だわ。」

「うん……悔しいけど、私のよりおいしい。」

「ナオの料理だって十分美味しいじゃないか。ムグムグ……これなんか絶品!」

 この世界で過ごした半年近い期間で分かったこと……奈緒は意外と料理上手だという事と紅羽はやっぱりというか意外というか、まったく料理ができない事。

 そして、アルとラビちゃんは大食漢だということ。

 いつしか呼び方が向こうの世界にいたころのように戻っている涼斗たち。

 明日には帰れるという思いが、無意識に呼び方に出ているのだろう。

 今までに起きたことを振り返りながら、楽しく笑って過ごす時間。

 こんな時間がずっと続けばいいという思いと、元の世界でも同じように過ごせたらという思いが涼斗の胸の中で交錯する。


「センパイはぁ、マリアちゃんの事好きだったんでしょぉ~。」

 料理の大半を消化し、そろそろお開きにするかと思っていた頃、奈緒美がそんな風に涼斗に絡みだす。

「な、何を言って……。」

 不意に言われた言葉に、涼斗は動揺する。

 ちょうどマリアと別れた日の事を思い出していた時だったので、その動揺の仕方はかなり不審なものになってしまった。

「マリアちゃんは今頃人妻よ~、人妻に手を出すのぉ?不潔~。」

「あのなぁ……。」

 奈緒美の言うとおり、今頃はカナドの村でマリアは祝言を上げていることだろう。

 その隣には、あの時一緒にいた幼馴染の……。


 スピリットテイラーを倒した後、カナドの村では村人たちが次々と意識を失い倒れたそうだ。

 無事だった者はなにが起きたのかとパニックを起こしかけていたが、軽度の者は直ぐに意識を取り戻したので、それほどの騒ぎにはならなかったらしい。

 どうやらスピリットテイラーを倒した事により、村人に憑依していたテイカーの存在が失われ、一時的な忘失状態になったらしい。

 憑依の深度が深い者ほど回復が遅く、マリアと一緒にきたトーイも、前日まで意識を失っていたという事だった。

 目覚めたトーイは以前の性格を取り戻していて、マリアが世話になったリョウ達に御礼が言いたいと言って聞かず、病み上がりの身体をおして訪ねてきてくれたのだった。

 そんなトーイの横で寄り添うマリアの笑顔は、リョウたちが今まで見たことがない柔らかなものだった。。

 村が落ち着いたらトーイと祝言を上げるという。

 その時はぜひ来て欲しいと告げた後二人は村へと帰っていく。

 まだ体の動きがおぼつかないトーイを庇う様に寄り添うマリア。

 お互いを見る顔は常に笑顔だった……そんな二人の後ろ姿を見えなくなるまで見送ったリョウの横でぎゅっと腕にしがみつくニャオとクレア。

 リョウの胸を締め付ける切なさと寂寥感……マリアへの思いは好きというよりは……。


「うぅ~、センパイ今マリアちゃんのこと思い出してるでしょ、浮気者~!」

「浮気って……マリアさんはそんなんじゃなくてだなぁ……っておい、奈緒?」

 奈緒美に抱き着かれ慌てる涼斗。

 間近で見上げてくるその瞳が焚火の炎を反射して煌めいている。

「センパイには私がいるよ。だから元気を出して……ね?」

 そういいながら近づいてくる奈緒美の顔。

 一瞬だけ触れ合う唇。そして……。

「っておいっ!」

「く~~~。」

 奈緒美は涼斗に体を預けたまま寝入っていた。

「……なぜアルコールが?」

 涼斗は奈緒美を起こさないように静かに横たえた後、奈緒美の飲んでいたグラスから仄かにアルコールの匂いが立ち上っているのに気付く。

「まさかっ!」

 紅羽も飲んでいるのでは、と振り返った途端、視界が柔らかなものに覆われ塞がれる。

「涼斗クーン。飲んでるぅ?」

 涼斗の顔を覆うのは見事なまでの紅羽の胸部装甲だった。

 その迫力と柔らかさに、リョウと話すすべもなく白旗を上げる。

「大体涼斗クンは、奈緒ばっかり構って、私の事放置し過ぎだと思うのよぉ。」

「教室でも、いつもいつも私を避けるしぃ~。」

「私だって傷つくんだぞぉ~。」

 延々と紅羽の愚痴を聞かされる涼斗。

 紅羽のグラスが空になるたび、次々とお酌をするラビちゃんとアル。

 いつ見ても器用だと涼斗は思う。

 アルの体毛はもともと桜色なのだが、今はそれがより鮮やかになっている。

 そして薄い黄色がかったラビちゃんの体毛も今は薄い桜色に染まっている。

「ひょっとして、お前らの仕業かっ!」

 涼斗はラビたちを睨むが、その身体は紅羽に抱きしめられているために動かせない。

「きゅいぃぃ。」

「ちゅい、ちゅい?」

 そんな涼斗の姿を眺めながら、さしつさされつ杯を傾ける2匹の召喚獣。

 もちろん紅羽への酌も忘れない、よくできた召喚獣たちだった。

「……ま、いいか。」

 結局、紅羽が酔いつぶれるまで、涼斗は愚痴を聞かされ続ける。

 こういう時は先に酔ったもの勝ちだなと、知りたくもなかったことを知る涼斗だった。


 ◇


「……ねぇ、本当に送還の儀式を行うの?このままこの世界に居ればいいじゃない。」

 少し拗ねたようにそんな事を言うミシェイラだが、その手は休むことなく魔法陣を描き続けている。

 すでに月は高く昇っており、ミシェイラが魔法陣を描き終えれば準備がすべて整う。 

「どうせあと半年程度で戻れるんだよ?そんなに焦らなくても……。」

「ごめんね、ミシェイラ。でも私にはどうしても早く戻りたい理由があるんだよ。」

 真面目なトーンでそう話すニャオの顔を見て、ミシェイラはそれ以上の言葉を紡ぐことを諦める。

「ハァ、分かったわよ。……でも最後に一つだけ聞かせて。もし今回のような事故じゃな

くて、私がちゃんと説明をして呼び掛けていたら……魔王討伐に協力してくれた?」

「……そうだな。向こうでの心配事がない状況なら、手を貸すこともやぶさかではない……かもしれない。」

「どっちなのよ……。そうね、ミシェイラには色々助けてもらったからね。もし、ちゃんと手順を踏んで説明があったのなら……きっと手伝っていたと思う。」

 リョウの答えに呆れながらも、ニャオがそう告げると、同じだというようにクレアも頷く。

「うん……ありがとう。その言葉が聞けただけで今は充分。」

 ミシェイラはそう言いながら、リョウに魔石を渡し、ニャオとクレアに寄り添うように、と言う。

「もう直ぐ描き終わるから、そこから動かないでね。」

 ミシェイラはそう言うと、三人の周りを囲む光の魔法陣の最後のラインに取り掛かり、描き上げる。

 そしてそのまま呪文の詠唱に移ると、魔法陣から光の粒子が舞い上がる。

「ねぇ、センパイ。」

 ニャオが横から話しかけてくる。

 その間にも、ミシェイラの詠唱は続き、リョウ達の周りを光が取り囲む。

「昨晩のこと……私本気だよ?」

 光が三人を包み込み、視界を白く染めあげていく。

「ちょっ、それってどういう……。」

 リョウの声が途切れる。

「こく……だよ。……ない。」

 ニャオの声が途切れ途切れに聞こえる。

 すでに視界は真っ白で何も見えず何も聞こえない。

「……今回は迷惑かけてゴメンね。でも楽しかったわ……またね。」

 リョウの意識が途絶える前に聞こえたのは、ミシェイラのそんな言葉だった……。


 ◇


 ………真っ暗で何も見えない。

 涼斗が意識を取り戻したときの最初の感想がそれだった。

 顔を何かが覆っている気がして、思わず手を動かすと堅い何かに触れる。

 どうやら視界を塞ぐ何かがあるらしい。

 そこまで考えたところで涼斗はHMDを装着していたことを思い出す。

 ………あぁ、そういえばそうだった。

 涼斗はHMDを外す。

「眩しい……。」

 周りの明るさに驚き目をしかめる。

 周りを見回し、壁に掛かっている時計に目を留める。

 時刻は14時を少し回ったところだ。

「2時間と少し………か。夢を見ていたってオチはないよな?」

 涼斗は起き上がると机の上のスマホを手に取る。

 紅羽と奈緒が無事に戻れたか気になったのだ。

 チャットアプリを立ち上げようとしたところで、メッセージがきてるのに気づく。

 涼斗はそのメッセージを見るなり部屋を飛び出す。

 その弾みでスマホが床に落ちたことにも気付かない。

 薄暗い涼斗の部屋の中で、メッセージが表示されたままの画面が淡い光を放っていた………。



 


 

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