第19話 ひと時の安らぎ
「あ、こんなところにいたぁ。」
リョウが泉を眺めながら佇んでいると、背後からニャオの声が聞こえる。
「寝てたんじゃないのか?」
振り返らずにリョウは言う。
あの後、ダンジョンから脱出したものの、ニャオは倒れ込むように意識を失い、リョウが背負ってこの小屋まで連れ帰ってきたのが、ほんの数時間前の事。
疲れ果てていたのか、クレアも小屋に着くなり倒れ込むようにしてニャオの隣で寝入ってしまった。
そんな二人様子を見て、年頃の女の子がこんな無防備でいいのだろうか?などと思いつつも信用されているという事だと、自らを納得させ、寝ている邪魔をしないように外に出てきたリョウ。
本音を言えば、二人の寝顔をずっと眺めていたかったのだが、さすがにそれは無神経すぎるだろうと思い、後ろ髪をひかれつつも、こうして外で考え事をしていたのだったが……。
「寝てたよ?でもね、目が覚めてリョウの所に行ったら居なかったから探してたんだよ。」
ニャオは、リョウの隣に腰掛けながら言う。
「年頃の女の子が夜這いか?お父さん、そんなこと許しませんよ!」
「いいじゃない、私とセンパイの仲なんだし。」
まじめな顔を作って言うリョウに対し、笑いながら答えるニャオ。いつの間にかリョウの腕を抱え込んでいる。
「センパイ、何も聞かないんだね……私とお姉ちゃんの事……やっぱり興味ない?」
抱え込んだ腕に頭を寄せながら、ボソッと呟くように言うニャオ。
「そんな事はない。ただ俺なんかが聞いていいことかどうか分からなくてな。その……結構複雑な事情がありそうだし。」
腕に当たる膨らみを意識しないようにしながらリョウは答える。
あの時の会話から、二人は姉妹なんだろうと言うことは推測出来るが、最初にあったときに幼なじみだと言ったこと、二人の名字が違う事などから、それなりの事情が有ることもわかる。
だから、安易に踏み込んではいけない気がして、気にはなるが聞くに聞けないのだった。
「複雑かなぁ……複雑かも?」
ニャオは少し笑った後、ポツポツと話し始める。
「お姉ちゃん………紅羽さんとは血が繋がってないの。だから本当の姉妹ってわけでもないんだ。私のね、本当のお父さんは、私がまだママのお腹の中にいるときに亡くなったんだって。だからどんな人かも知らないの。でね、私が3歳の頃かなぁ。ママとくーちゃんのお父さんが結婚したの。その時の私は、お父さんとお姉ちゃんが出来て素直に嬉しかったのは覚えてるんだ。お姉ちゃんとお父さんは優しくてね、本当の妹のように、娘のように可愛がってくれたの。だけど周りは違った。」
ニャオは一旦言葉を切って空を見上げる。
満天の星空を見上げるニャオの目は遠い昔を見ているかのようだった。
「ほら、お父さんは資産家じゃない?だから財産狙いだって陰でママが色々言われてたの。で、そういう悪意って簡単に伝わるでしょ?物心ついたときには私は常にお姉ちゃんと比較されていた………ううん違うね、比較じゃなくて、私を批判する粗探しをされていたのかな?それにはお姉ちゃんと比較するのが一番手っ取り早かっただけで。……結局、私は周りの悪意に耐えきれなかった。そんな私を護るために、ママは私を連れて加納の家を出たのよ。……だからくーちゃんがお姉ちゃんだったのは昔の話。今はただの幼なじみってわけ。」
「そんな悲しいこと言わないで。私は今もあなたのことを大切な妹だと思っているし、お父様もあなたのことを大事な娘だって公言してるわよ。」
またもや背後から声がする。どうやらクレアも起きてきたみたいだった。
「くーちゃん……。でも……。」
「あなたの親権はまだお父様が持っていらっしゃるし、あなたの籍はあなたとあなたのお母様が納得すれば、いつでも戻せるようにもしてあるわ。形式はどうあれ、心情的にはあなたはずっと私の妹よ。」
クレアはニャオの隣に腰掛け、その身体を抱きしめる。
丁度リョウとクレアでニャオを挟み込んだ形だ。
「エヘッ、くーちゃんもセンパイも暖かいね。」
ニャオはそういってしばらくの間顔を伏せていた。
◇
「やっと着いたぁ~。今夜はふかふかのお布団で寝れるんだよね?」
ニャオが嬉しそうに言う。
ここは、カナドの村から南に位置するリヨンの街。
この辺りではそれなりの規模がある、交易の要となる街だ。
スピリットテイラーを退治した後、ニャオが「帰る前に街を見たい」と言い出したのがきっかけで、リョウたちは住み慣れた森の小屋を後にして、このリヨンの街まで移動してきた。
最も、帰るために必要な素材を集めるという理由もあったので、特に反対意見が出ることもなく、途中の寄り道もせずに辿り着いたのだが、さすがに久々の野営は堪えたらしく、ニャオだけでなくクレアも宿に泊まれることを喜んでいた。
「じゃぁ、俺は冒険者ギルドに行ってくるから、二人は宿の手配を頼む。一刻後に広場で待ち合わせな。」
リョウはそういって、さっそく宿屋に向かう二人を見送ると、自分も冒険者ギルドへと足を向ける。
ミシェイラの指定した素材のいくつかはギルドで購入可能だというが、在庫の有無もあるだろうし、何より手持ちの資金で購入できるかどうか確認しなければならない。
満月まであと1週間しかないのだから、買えない素材は撮りに行く必要も出てくるだろう。
そう考えるとのんびりしている余裕はなかった。
◇ ◇ ◇
「えっと……マジ?」
「うん……。」
訊ねるリョウに対し、真っ赤な顔をしながら答えるニャオ。
クレアに至っては、赤く染まった顔を伏せたままこちらを見ようともしない。
ギルドでの用を済ませ、広場で二人と落ち合ったリョウは、そのまま夕食を食べ、二人がとった宿の部屋にまで案内され……今に至る。
部屋の広さは8畳ぐらいだろうか。
隣接してバスルームがあるそうなので、部屋の広さの割には宿代が高くなっている。
壁際に申し訳程度の踏み机があり、そして真ん中には大きめのサイズのダブルベッドが鎮座している。
何もおかしなところはない……ここをクレアとニャオの二人で使うのならば。
「とにかくっ!もう決まったのっ!ほかに部屋は空いてないのっ!だから今夜は三人一緒に寝るのっ!」
「いや、さすがにそれは……。俺は床に寝るからいいよ。ベッドは二人で使いな。」
「「ダメっ!」」
二人の声が重なる。
「リョウだって疲れてるのに、床でなんてダメよ。」
クレアが言うと、ニャオも大きく頷く。
「そうだよ、センパイも疲れ取らないと。」
「いや、しかしだなぁ。年頃の女の子と一緒にって……二人だって、その……嫌じゃないのか?」
「……涼斗君の事信じてるから。」
クレアが小さな声でボソッという。
「うぅ~、とにかく一緒なのっ!お姉ちゃんと先輩と一緒がいいのっ!」
ニャオが駄々をこね始める。
あれ以来、ニャオの精神が不安定で、時々こうなることがある。
クレアの事を『お姉ちゃん』と呼ぶときは相当参っている時だ。
ニャオ自身お姉ちゃん呼びしていることを自覚していないと思う。
「あー、もうわかった。わかったから泣くなよ。」
「泣いてないもんっ!」
そういいながらもニャオの瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
泣く子と何とかには勝てないか……。
リョウはそう思いながら落ち着くまでニャオの頭を撫でてやるのだった。
「……で、なんでこうなる?」
「あ、あはは……信じているけど、一応ね。」
今のリョウは、手足を拘束されベットの上に転がされている。
そろそろ寝ようかといった時、ニャオがおもむろに抱き着いてきて、何事っ!と驚き動揺してる間にクレアによって拘束されたのだ。
「……絶大なる信頼ありがとう。そんなに心配なら外で寝てもいいんだが。」
「ごちゃごちゃ言わないのっ!」
リョウがぶつぶつ言っているとニャオが飛びついてくる。
そのままリョウの横に寝転がり、頭を摺り寄せてくる。
「ふにゃぁ~……センパイの匂い……安心……する……。」
かと思うとあっという間に寝入ってしまう。
「かなり参ってるみたいね……。」
クレアがそう呟きながら反対側の横に潜り込んでくる。
「あの……その……ごめんなさい。なるべく距離はとるけど……その……。」
「あー、もう、気にしないでいいから寝ろ。俺も寝る。」
リョウはそういうと、そのまま目を閉じる。
しばらくの間、隣のクレアがもぞもぞと動いていたが、そのうち動きが少なくなり、やがて、すぅーと穏やかな寝息が聞こえ始める。
「……眠れん。」
美少女二人に挟まれて、健康な男子が素直に寝付けるわけがないのである。
女性特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、ニャオがしがみついている腕から柔らかな感触が伝わる。
逃れようと少しでも動けば、今度は逆側にいるクレアの肌と接触し、その都度、甘い吐息が漏れ聞こえる。
「寝れるわけないだろっ……神よ!なぜこのような試練を与えるのですか!」
思わず芝居がかった口調でそんなことを呟いてみるが、ふと脳裏にミシェイラの顔が浮かび、その口が『ご褒美よ』と動いた気がする。
「……疲れているんだな。」
リョウはそう呟くと再び目を閉じる。
眠れる気はしないが、少しでも体を休めておくべきだと判断したからだ。
しかし、身体はやはりかなり疲れていたようで、あれだけ眠れないと思っていたはずなのに、いつしか深い眠りへと誘われていくのだった。
そして、翌朝……。
リョウは左右から抱きしめられ息苦しさの中で目覚めたのだった。
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