第16話 ダンジョン攻略開始
「手順は覚えたか?」
「ウン、まず最初にクー姉とリョウがあの見張りを矢で仕留めるんだよね。」
ニャオが前方に見えるゴブリンを指さす。
リョウたちは、ダンジョンに行く前に装備を整えようと、丁度近くで見つけたゴブリンの集落を殲滅することにしたのだ。
切れ味が悪く、耐久度の低いゴブリンソードでも、石を削っただけの剣よりはよほど使えるだろう。
運が良ければゴブリンがため込んだお宝の中に使える装備が見つかるかもしれない。
それにダンジョンにいく前に少しでも実戦経験を積んでおきたい、と言う理由もあった。
「そう、俺とクレアの矢で二匹は倒せる。」
「ウン、そこで混乱に乗じて近づいた私が残りの2匹を倒せばいいんだね。」
「あぁ、ただ無理する必要はない。倒すに越したことはないが、すぐに俺も行くからそれまで2匹の攻撃を食い止めてくれればいい。」
「異変に気付いて出てきたゴブリンたちは、私とラビちゃんで抑えればいいのね。」
そこでクレアが会話に加わってくるのでリョウは頷く。
「あぁ、俺たちに近づく前にラビちゃんのライトニングチェインとクレアの弓で足止めしてくれれば、後は各個撃破していくから。他には全体を見ながら適宜補助してくれると助かる。」
「大丈夫かな?」
ニャオが少し不安そうに呟く。
「大丈夫だよ。それにこれくらい余裕で対処できないと、ダンジョンは厳しいぞ?」
「そうだよね。うん、大丈夫!センパイは私が守るからねっ!」
「いや、それ俺のセリフなんだけどな。」
男らしいセリフを吐くニャオに苦笑しながら答えるリョウ。
「あー、それもいいかも。ねっ、ねっ、センパイも言って見て「奈緒は俺が守る!」って。」
嬉しそうに言うニャオを見て、それくらいならいっかと口を開くリョウ。
「奈緒は俺が守るっ!」
なんだ、これ……口に出してみるとめちゃ恥ずかしいぞ。
リョウは顔が赤くなるのを感じながら、ニャオの顔色を伺うと……そこには真っ赤に染めあがったニャオがいた。
「あわわ……どうしよぉ……めちゃ恥ずかしぃけど嬉しぃ……センパイ……キュン死させる気ぃ?」
「いや、お前がやれって言ったんだろ。」
リョウも恥ずかしくてまともにニャオの顔が見れなくなる。
「あー、はいはい、二人ともそこまで。」
顔を赤くして俯く二人の間に割って入るように、クレアが前に出てくる。
「あなた達バカなの?」
「だってぇ、クー姉。センパイが私をキュン死させるのぉ。」
「ハイハイ、分かったから戻ってくる。」
クレアに抱き着き、その豊満な胸に顔をうずめるニャオをあやしながら、ラビちゃんを呼び出すクレア。
召喚されたラビちゃんは、ニャオの姿を認めると、その頭にポンと前足を乗せ、よしよしというように二度三度軽くポンポンとする。
所在がなくなったリョウは、顔のほてりを覚ますかのように空を見上げ、気持ちを落ち着かせるのだった。
「さて、そろそろ行こうか。」
ようやく落ち着いたリョウが二人に声をかけると、すでに準備を整えていた二人から返事が返ってくる。
「こっちはいつでも行けるわよ。」
「じゃぁ、先行するね。」
ニャオはそういうと、音もなく、その場から姿を消す。
「じゃぁ、クレア、タイミングを合わせて……。」
弓に矢をつがえながら、そう声をかける。
「了解……3,2,1……。」
ゼロ!のタイミングで二人同時に矢を放つ。
狙いは違わず、うろうろしていたゴブリンの眉間に矢が刺さる。
何事かっ!と周りを見回すゴブリンの背後から閃光が二振り……ゴブリンは自分の身に何が起きたのかに気づく間もなく絶命する。
それを見ていた残りのゴブリンが身を翻し逃げようとするが、少し走ったところで、背後から飛んできたナイフに首を刺され絶命する。
「さすがだな。俺の出る幕がない。」
追いついたリョウがそう声をかけると、ゴブリンからナイフを回収したニャオが嬉しそうに振り向く。
「言ったでしょ、先輩は私が守るって。」
「そうだな。でも俺の仕事もあるみたいだ……来るぞ!」
前方から異変を察知したゴブリンの群れがこちらをめがけて走ってくるのが見える。
ニャオもすでに戦闘態勢に入り迎え撃つ準備をする。
………が、ゴブリンの群はリョウ達の元にたどり着く前に、広範囲の雷撃により、すべて地面に横たわることになった。
「えっと……。」
ニャオが困ったように振り返ってリョウをみるが、リョウも黙って首を振るだけだった。
コレって、ラビちゃんいれば俺達いらないよな、と思ってしまったことをニャオには言えないと思うリョウだった。
「うーん、思ったほど使えるのが少ないねぇ。」
ニャオが戦利品を並べながら呟く。
「ゴブリンだからなぁ。」
リョウは、手にした剣先が半分折れている剣を脇によけながらそう答える。
ゴブリン達は人族より小柄なため、普通の長剣サイズだと大きすぎてうまく扱えない。
だから、この様に刃の先を折って、自分たちの使いやすい長さにしている。
まぁ、中にはそのまま振り舞わすのが好きな輩もいたりするし、小剣などはゴブリン達にとって丁度良いサイズなので、元の形状を保っている物も幾つか残っているので、そういうのを選別している。
「っと、使えそうなのはこれだけか。」
リョウの目の前には、長剣が2本と小剣が3本、ナイフが数本に斧が1本と、ガラクタ(壊れた武器)が山になっている。
小剣をニャオが手に取り、振り回して感触を試している。
「うん、使えそう。」
ひとしきり振った後、小剣を鞘に納めるニャオ。
「残りはニャオが持ってて。」
ナイフの山から、クレアと自分用に2本抜いて、残りをニャオに渡す。
「リョウは使わない?」
「魔法があるからな。」
ニャオのように、離れた敵に対してナイフを投げつける戦闘スタイルなら、ナイフの予備は多めにあった方がいいだろう。
リョウは、敵との距離があるときは魔法を、剣の間合いでは長剣を使うので、ナイフを使う場面は獲物を解体する時ぐらいだから1本あれば十分だった。
戦利品の中には防具もいくつか有ったが、変な匂いが染み付いていたので、誰も使いたがらずそのままアイテムボックス行きとなった。
「こんなところかな。少し休憩したらダンジョンに向かおう。」
「うん、さっきクー姉がお昼出来たって言ってた。早く行かないと、ラビちゃんに全部食べられちゃうよ。」
「それは急がないとな。」
特技を使った後のラビちゃんはとにかく食べる。消費したエネルギーの補充なんだろうけど、あの小さい躰のどこに入っていくのだろうと不思議に思うくらいよく食べるのだ。
ゴブリンの群れを殲滅するほどの雷撃を放った後だから、今回はどれだけ食べるのやら。
ダンジョンにいく前にジャイアントボアを狩っておいた方がいいかも?
そんなことを考えながら、リョウは残ったガラクタの山をまとめてアイテムボックスにしまうと、すでに先に行っているニャオの後を追いかけるのだった。
◇
「最終確認するぞ。」
ダンジョンの入り口になる洞窟の前で、リョウはニャオとクレアに声をかける。
「今回は情報収集が目的だ。どれくらいの広さがあるかわからないけどマッピングしながら進もうと思う。目的のスピリットテイラーは2階層にいるって話だけど、1階層の情報がある程度揃うまでは、2階層への道を見つけても先へは進まない。ここまではOK?」
リョウがそこで言葉を切って二人を見る。
ニャオとクレアはコクコクと頷いている。
「戦闘はなるべく避けたいところだけど、どれくらいの強さか把握もしたいから、最初のうちは逃げずに立ち向かおうと思う。ただ、決して無理はしないこと。俺たちの目的はダンジョンを攻略することじゃなくて、無事に帰る事なんだからな。」
リョウの言葉に二人は大きく頷く。
「じゃぁ、……行くぞ。」
リョウは、体が震えるのを必死になって押し殺しながら、先頭に立って洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟の中は真っ暗だと思っていたが、壁面に群生しているヒカリゴケが淡い光を放っていて、薄暗くはあるが、慣れればなんとなく回りが分かるぐらいの明るさがあった。
「リョウ、どうする?ランタン使う?」
ニャオが聞いてくる。
ランタンを使えば辺りを照らしてくれるので移動はしやすくなるが、同時にここに俺たちがいるということを周りに知らしめ、遠くから狙うにも格好の的となる。
身動きが取れないくらいの暗闇ならともかくとして、目が慣れれば十分に動ける程度の暗さだから判断に迷うところだ。
「そうだな……よし、ランタンを使おう。」
リョウはしばらく考えてから使うことを決断する。
「いいの?」
「あぁ、今回の目的は情報収集にマッピングだ。薄暗くてはトラップを見逃す恐れもあるからな。」
本格的な攻略は次回以降の予定だ。その時には最短でスピリットテイラーのもとへ行き、速攻で片をつける。今回はそのための布石だから狙われることを考えるよりも、確実にルートを確保することを優先したい。
そんな考えを話すと、二人は納得して頷いてくれた。
「じゃぁ、辺りを警戒しながら進めばいいのね……ラビちゃんお願いね。」
「きゅぴぃ。」
クレアが肩に乗せたウサギにそう声をかけると、任せておけ、というように親指を立てて一声なくラビちゃん。
っていうか器用だな、おい。
そんなラビちゃんの姿に癒されながら、リョウたちは洞窟の奥へ奥へとゆっくりだが確実に進んでいった。
「疾風よ来たれ!我を阻むもの全てを切り裂け『ソニックエッジ!』」
リョウが力ある言葉と共に手にした剣を一薙ぎすると、疾風が巻き起こり前方から襲い掛かってくるエアロバットたちの身体を切り刻んでいく。
「炎よ来たれ!一面を焼き尽くす劫火『イグニス・ファイア!』」
飛ぶ力を失い地面へ落ちたエアロバットたちを炎で焼き尽くす。
「終わったみたいね。」
双剣を鞘にしまいながらニャオが近づいてくる。
「ハァ、魔法は便利ですねぇ。私も覚えようかしら。」
「きゅぃ、きゅぃ!?」
背後にいたクレアが感心したように言うと、なぜかラビちゃんが自己アピールをし始める。
「自分がいるって言ってるみたいだぞ?」
「うん、でもラビちゃんの電撃が効かない敵がいたら大変でしょ。」
「きゅぃぃぃぃ……。」
地面に手をついて項垂れるポーズをとって落ち込むラビちゃん。
ってか、本当に芸が細かいな、コイツ。
「あぁ、落ち込まないで、ラビちゃん。あなたのことは頼りにしてるのよ。でもね、頼ってばっかりじゃなくて私もあなたたちを守りたいだけなのよ。わかってくれる?」
「きゅぅ………きゅぃっ!」
落ち込みながらも、クレアに撫でられるがまま身を任せ居ていたラビちゃんが、急に身体をピクッっと強張らせたかと思うと、いきなり奥へ向かって駆け出していく。
「なに?どうしたの?」
「向こうに何かあるのか?」
リョウたちは警戒しながらもラビちゃんの後を追う。
ズッゴォォォーン!
大きな地響きが鳴り響き、閃光が煌めく。
「今のって……。」
「あぁ、ラビちゃんの雷撃だな。」
リョウとニャオは剣を抜き、いつでも切りかかれるようにしながら先を急ぐ。
「ラビちゃん!」
クレアの声が洞窟に響く。
「きゅっ!」
「ちゅぃ!」
リョウたちの目の前で、アイボリーのウサギと桜色のネズミが睨み合っていた。
一触即発!という雰囲気ではあるが、見た目が可愛らしいのでどうしても緊張感に欠ける。
その一見ほのぼのとした光景に、リョウたちの緊張が解けかけた時、ネズミが先に動いた。
「ちゅぃっ!」
地面から、槍のようにとがった岩が次々と隆起して、その場にいるものを貫こうとする。
「チッ!」
リョウは即座にニャオとクレアを抱えて背後へ大きく飛びずさる。
「きゅっ!」
ラビちゃんが雷撃で隆起した岩を次々と砕いていく。
「二人とも大丈夫か!」
リョウは両腕に抱え込んだ二人に声をかける。
「ウン大丈夫。びっくりしたね。」
「私も大丈夫よ。あれって、あのネズミさんの力?」
「あぁ、多分な。クレイスピアにストーンバレット……土属性の魔法が使えるみたいだな。」
「土属性って……雷属性のラビちゃんとは相性悪いよね?」
「とはいっても一方的ではなく、お互いに悪いからな、ラビちゃんが不利とは言えない、後は各個の力次第だよな。」
桜ネズミが生み出した石の礫を、その身に纏った電撃の膜で弾き返すラビちゃん。
ラビちゃんが放つライトニングスピアを、眼前に生み出した土の壁で防ぐ桜ネズミ。
今のところは互角に見える。
「ここにいるってことはダンジョンラットかビックマウスだと思うんだけど、土魔法が使えるなんて文献に乗ってなかったぞ。」
リョウは、この数か月で読み漁った文献を思い出しながらそう言う。
とはいっても、リョウが手に入れることができた文献はマリアさん経由で手に入るものばかりなので、内容に不備があったり、知らない魔獣がいても何ら不思議ではない。
「あ、そろそろ決着がつくよ。」
考え込んでいたリョウの腕をニャオが引っ張る。
見ると、ラビちゃんの前にはバチバチと音を立てている一際大きな雷球が、桜ネズミの前には大きな岩の槍が、互いに相手の隙をうかがっている。
「来るっ!」
クレアの叫び声と同時に二匹はお互いの魔力を解き放つ。
それはちょうど中間地点でぶつかり合い、雷球が、岩の槍が、弾けて消える。
「きゅっ!(中々やるな!)」
「ちゅぃ!(お前こそ!)」
と言っているように見えるのはリョウの気のせいだろうか?
しばらく睨み合っていた二匹は、急に力を抜くと揃ってクレアのもとにやってくる。
「えっと、これは、一体……。」
突然のことでおろおろするクレア。
「ねぇセンパイ。これって例の『桜ネズミが起き上がり仲間になりたそうにこっちを見てる』ってやつかな?」
「まぁ、ボールで捕まえたわけじゃないからそうなんだろうなぁ。」
ニャオとリョウがそんなことを話している間にも、ラビちゃんが身振り手振りでクレアに何かを訴えていた。
「えっと、契約すればいいの?」
クレアは困り顔をしながらも桜ネズミに訊ねると、桜ネズミは『ちゅぃ』と大きく頷いている。
「ねぇセンパイ、どうしよ、モフモフが増えるよ。」
「いや、そんなワクワクした顔で俺に言われても……虫や爬虫類が増えるよりいいんじゃないか?」
「げっ、やなこと言わないでよ。想像しちゃったじゃない。」
ニャオとリョウがそのような会話をしているうちに、クレアと桜ネズミの契約は無事終了したらしい。
「クー姉、新しい子?」
「えぇ、クレイラットという種類らしいわ。かなり知能が高くて水魔法と土魔法が使えるらしいわ。」
「ねぇ、名前は?何て名前を付けたの?」
「ウン、ちょっと待ってね。……おいで、アル。」
クレアが召喚石から桜ネズミ……アルを呼び出す。
「わぁ、可愛ぃ!アルっていうんだね。よろしくね。」
呼び出されたアルを掌に載せて早速モフり出すニャオ。
しかし、当のアルは目の前にいるのが猫の獣人と認識すると、身体が竦み動けずにいる。「きゅぃ。」
そんなアルの身体をポンポンと軽く叩くラビちゃん……ほんと、芸が細かいなぁ。
「なぁクレア、アルって名前、ひょっとして……。」
「そうよ。頭のいいネズミって言ったらそれしか思い浮かばなかったのよ。」
「だよなぁ、俺も真っ先にソレを思い浮かべたしなぁ、」
「私としては、あなたが知ってるってことの方が驚きなんだけどね。」
「文系オタクをなめるなよ。有名どころからマニアックな本まで網羅してるからな。」
「へぇ、意外なところで話が合いそうね。今度ゆっくり話してみたいわね。」
「……まぁ、そのうちな。」
クレアとリョウはニャオの掌の上で縮こまっているアルを見ながら、互いに笑みを浮かべるのだった。
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