第15話 深夜の語らい

「リョウも眠れないの?」

 クレアが片手に持ったマグカップを差し出してくる。

 二つ持っているということは、リョウが起きているのを知ってわざわざ用意してくれたのだろう。

「あ、ありがとう。いただくよ。」

 クレアのさりげない心遣いが心地よく、リョウは差し出されたマグカップを受け取ると、ゆっくりと口を付ける。

 さわやかな香りと仄かな甘味が口内に広がり、何となく気持ちが落ち着く感じがする。

「もうすぐ、帰れるんだよね?」

 夜光虫の光を見ながらクレアがボソッとつぶやく。

「あぁ、無事にダンジョンを攻略出来たらな。」

 リョウはその呟きに答える。

 ダンジョン攻略はカナドの村を救うためだけではなく、リョウたちの目的である「早期帰還」に必要なことだった。

 ミシェイラの「送還の術式」には、ダンジョンにいる「スピリットテイラー」からとれる魔種が必要と聞いたのは1ヶ月半ほど前の事。

 カナドの村の異変の原因を聞いたのもその時だった。

 とはいっても、すぐに攻略出来るようなものでもなく、装備を整えつつ、魔獣狩りをしながらスキルを鍛えて今日までやってきた……まだ万全というには不安が残るが、送還の術が使えるのは早くて来月の満月の日。

 まだ3週間近くあるが、この先何が起きるかわからない事を考えると、あまり時間はないかも知れない。

 別に満月を逃したら帰れなくなるというわけでもないが、次の満月まで一月待つ必要が出てくる。

 帰れると分かっているのに、1ヶ月も余分に過ごす気はない、とニャオもクレアも張り切っていた。

 だから俺たちが帰還するのは次の満月だ、とリョウたちは決めていて、カナドの村のことがなくても2~3日中にはダンジョン攻略に向けて行動する予定ではあったのだ。

「まぁ、今回うまくいかなくても次があるから……。」

「そんな考え方じゃダメよ!」

 そんなに気負うことはない、と続けようとしたリョウの言葉をキツい口調でクレアが遮る。

「次があるとか考えていたらそれが甘えになる。本当に成し遂げたい事ならば、後は無いという決死の覚悟をもって挑まなきゃダメだ、ってお父様はいつもおっしゃってる。私もその通りだとおもうわ。」 

 クレア……加納紅羽の父親は、いくつかの子会社を持つグループ会社のトップに立っている。

 財閥というほど規模が大きくはないが、やはりそれだけの規模のトップに立つ者は言うことが違うな、とリョウは感心すると同時に、加納紅羽が見せる凛としたオーラは、その教えが根底にあるからなんだと納得する。……が、今の状況に限って言えば、それがマイナスに働くように思えてならない。

 なので、リョウは思っていることを告げるために口を開く。

「ん~、クレアの言うことはもっともだと思うけどさ、前提が違ってると思うんだよ。」

「間違ってる?」

 クレアが不思議そうに聞き返してくる。

「あぁ、俺たちの最終目標って『無事に帰る』事だろ?」

「えぇ、そうね。だから必ずダンジョンってのをクリアしないといけないんでしょ。違うのかしら?」

 クレアがそういうが、その前提がそもそも違うってことに気づいていない……というか忘れているだけか?

「あぁ、違うね。ダンジョンクリアしなければ帰れないというのなら、クレアの言う通りかもしれないけどさ、そもそも『帰る』だけならあと半年ほど大人しく待っていればいい。ダンジョンクリアが必要なのは『早期に帰る為』だからだろ?ここで無理して致命傷を負ったり、ましてや命を落とすなんてことになったら本末転倒ってもんだ。」

 リョウがそういうとクレアは反論できないようで黙り込む。

「だから、クリアには全力を尽くす。だけど無理はしない。難しいと思ったら撤退も視野に入れる。これは譲れないよ。」

 リョウとしても早く帰りたい気持ちはある。

 このような本当に帰れるのか?という不安定な気持ちのまま日々を過ごすにはストレスがかかりすぎるというのも事実だ。

 しかし、だからと言って無理して迄早く帰ろうとは思わない。

 ミシェイラの言葉を信じるなら、あと半年と少しで帰ることができるのだから。

 ただクレアとニャオは一刻でも早く帰りたいようなので、その希望を叶える為に行動しているだけなので、彼女らが傷つくようなことが起きるのであれば、嫌われてでも反対に回る覚悟もある。

「……そうね、あなたの言うとおりだわ。」

 しばらく考えこんていたクレアだったが、やがて、ふぅーと体の力を抜いて、リョウの言葉に頷く。

「あなたって不思議な人ね……ねぇ、一つ聞いていい?」

「ん?」

「なんでお昼休みになるとどっかに行っちゃうの?」

「いや、だからあれはナオにメールを……。」

 まさかここでそんな話題が出てくるとは思ってもみなかったので、少し慌てるリョウ。

「ウン、それは聞いた。でも、それなら教室でも問題ないじゃない?実際、後ろの方の席で相良君とか君島君とかお弁当食べながらずっとスマホ弄ってるじゃない?奈緒の言う通り女の子だと色々めんどくさいけど、男の子同士ならそういうのもなさそうだし?」

 わからないわ、ときょとんと首をかしげながら聞いてくるクレア。

 あなたがそれを聞きますか!と声を大にして言いたい……が、口に出したのは別の言葉だった。

「えーと、加納紅羽さん。」

「はい。」

 何故か畏まるクレア。

「あなたは自分が美少女でしかもお嬢様だってことを自覚してますか?」

「えーと……どういうことかな?お嬢様って言うほどじゃないと思うし、私が美少女って、もっと可愛い子いっぱいいるじゃない?例えば奈緒とか。」

「確かにナオは可愛いよ。校内でもトップ10に入るんじゃないかな?だけど、それと同じくらいかそれ以上に紅羽は可愛いってことを自覚してくれよ。」

「あ、えっと、その……ありがと……。」

 クレアが顔を赤く染め、消え入りそうな声でお礼を言う。

 リョウも顔を赤く染めながら、なんで俺はこんな恥ずかしいこと言っているんだと思いつつ、言葉を続ける。

「で、だ。そんな可愛い女の子と仲良くなりたい、あわよくば恋人になってあんなことやこんなことをしたい、と考えている男子(一部女子も)は大勢いるんだよ。そして、そういうやつらから紅羽を守らないと!と勝手に思い込んでいる奴らもな。そこに偶然とはいえ半年以上も隣同士の席になって居る冴えない男子が、当たり前のように隣で昼飯を食べていたらどうなると思う?」

「どうって……別に構わないのじゃないかしら?隣の席なんだし。」

「だから自覚しろっての。その隣の席を狙ってる奴らから、嫉妬と羨望と憎悪の視線と感情を受けながら昼飯を食うだけの度胸はないっての。」

「そういうもの?」

「そうだよぉ。くーちゃんはもっと自分の魅力と価値を自覚した方がいいと思うな。」

「奈緒、起きてたの?」

「起きたの。くーちゃんがセンパイを誘惑してるってセンサーが働いたんだよ。」

「「誘惑されて(して)ない!」」

 リョウとクレアの声が重なる。

「でも、向こうに戻ったら、センパイと一緒にお昼食べたいな?」

 リョウの顔を覗き込むように見上げてくるニャオ。

「ナオと一緒にお昼食べてるのがバレたら、それはそれで面倒なことになりそうなんだが。」

「いいじゃない、それくらい。可愛い後輩に「あーん」してもらえるんだからそれくらいは耐えてよ。」

「あーんは決定事項なのか?」

「当たり前じゃない。」

「……まぁ、今までも、大きな視点で見れば一緒に食べていたようなもんだよな。」

「二人の間には10m以上の距離があったけどね。」

 あきらめたように言うリョウに、呆れた声を出すニャオ。

「……無事に帰れたらな。その時は学食で一番安いのをおごってやるよ。」

「そこは一番高いものでしょっ!」

「無茶言うな!USOにどれだけかかると思ってるんだよ。こっちは万年金欠なんだよ。」

「うぅ……じゃぁ、お弁当作ってきて。それで手を打つ。」

「お弁当って……普通女の子が作ってくるもんじゃぁ?」

「いいのっ!リオンの手作り弁当が食べたいのっ!SNSに上げて皆を涙させるのっ!」

「……勘弁してください。」

 楽しそうな二人のやり取りを少し羨ましそうに見つめるクレア。

 二人の明るい声が深夜まで森の中に響くのを、小屋の周りを警戒しているラビちゃんだけが聞いていた。


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