第14話 スローライフの終わり?
「あれ?まだ来てないのかな?おかしいね。」
小屋にたどり着いたニャオがそういう。
約束の時間はすでに過ぎているのに、マリアさんの姿が見えないことを不審に思うニャオ。
「そうね、マリアさんはいつも時間より早めに来るのに、何かあったのかしら?」
「心配だな、ちょっと周りを見てくるよ。」
「じゃぁ、リョウは森の中の方をお願い。私は入口の方を見てくるわ。」
「行き違いになるといけないから、私はここで待ってるね。二人とも気を付けて。」
方針を決め、入口の方に向かうニャオを見送ると、リョウは辺りを警戒しながら森の中へと入っていく。
入り口周辺とは言え、危険な魔獣がいないとも限らないので、警戒するに越したことはない。
「ん?あれは……。」
入ってきた場所が見えなくなるあたりに来た所で、リョウは前方に人の気配を感じる。
自分の気配を殺し、そっと物陰から覗いてみると、木の根元に座り込んでいる女性と、その眼の前にいる蛇の姿があった。
蛇は大蛇と言うほど大きくはないが、それでも体長は2m程、その胴体周りは大人の脚位の太さがある。
その蛇が鎌首を上げ、眼の前の女性……マリアに今にも襲い掛からんとするかのように威嚇していた。
「不味いな。」
リョウはマリアと蛇の間に割り込む為に物陰から飛び出す。
と同時に蛇が一瞬身体を縮こませて溜めを作り飛び掛かろうとする。
「させるかっ!風の加護を、疾風の如き速さを我にっ!エア・ブースト!」
リョウは風の強化魔法で自らの反応速度を高め、蛇がマリアに咬みつこうとする寸前に間に割り込み、手にしたナイフでその咢を貫く。
しかし、魔獣化しているその蛇の生命力は高く、貫かれたナイフごと、リョウの腕を噛み砕こうとする。
「クッ、しぶといっ!炎よ来たれ、イグニス・ファイア!」
リョウは自らの持つナイフを起点に魔力で炎を生み出す。
ナイフからほとばしる炎はそのまま蛇の体内を駆け巡り内部からその身を焼き尽くす。
流石の蛇もこの炎に抗う事は出来ず、しばらくすると、身体をピクピクと痙攣させ……息絶える。
地面に横たわり、完全に動かなくなった蛇を確認してからリョウは振り返り、その場で動けずにいるであろうマリアを振り返る……が、そこには誰もいなかった。
慌てて周りを見回すと、マリアは少し離れた場所で必死になって消火活動をしていた。
「ぼさっと見てないで手伝いなさいよ。大体森の中で火の魔法使うなんて何考えてるのよっ!」
「あっ、ハイ……。」
ここは、「怖かったぁ、助けてくれてありがとう!」って抱き着いてくるシーンじゃないんだろうか?思っていたのと違う、と思いつつもリョウは魔法の詠唱を始める。
「水よ来たれ。辺り一帯に恵みの雨を……レイニーシャワー!」
リョウの目の前一帯に雨が降り出し、燻っていた炎は全て鎮火する。
これで大丈夫だろうと視線を動かすと、ずぶ濡れになってこちらを睨んでいる女性と目があう。
「あは、あはは……。」
リョウは力なく笑い、その場をごまかそうとするのだった。
「……それで?ナニするの?」
「何もしねえよ!」
ジト目でリョウを見ながらいうニャオに、反射的に言い返すリョウ。
「雨で衣類を透けさせ、更には脱がせようとした……訳じゃないんだよね?」
クレアも疑わしそうにリョウを見る。
二人の言葉を聞いて、マリアが身体をくるむ毛布をギュっと握りしめて数歩後ずさる。
「違うって、誤解だってば……大体俺がそんな大それたこと出来るわけないだろ?」
「「それもそうね。」」
リョウの言葉に二人の声が重なる。
信用してもらえたのはいいが、どこかやるせなさを感じるリョウだった。
「そう、そんなことになってるの。」
「えぇ、だから私もこれからはなかなか来られなくなりそうで……。」
「でも、私たちはまだいいけど、森の恵みが入手できないと村の人たちが困らないの?」
「そうなんですけど、そんなことすらもわからないようで……。」
暖か飲み物を口にして、ようやく落ち着いたマリアがいつものように近況を話してくれる。
ただ最近は、ますます村人の症状が思わしくなくなってきているとのことで、今では頻繁に村を出るマリアのことも疑い始めているというのだ。
森に向かう村人がいなくなり、森の恵みは、週に1~2回マリアが持ち込むものだけに頼っているという状態になっているにもかかわらず、だ。
「最近では刃傷沙汰も絶えなくて……このままではいずれ死人が出ます。」
まだ大ごとにはなっていないが、ちょっとした諍いで刃物を持ち出しお互いに傷つけあうということも起きているらしい。
「そろそろリミットが近づいてきてる……ってことか。」
「ねぇ、リョウ……。」
何かを言いたそうにしているニャオに軽く頷くと、リョウはマリアに向かって話し出す。
「マリアさん、今までありがとうございました。でも、もうここに来る必要はないと思います。」
「えっと、それは……どういう……。」
突然のことに驚きを隠せないマリア。
「実はですね、俺たちもずっと森を調べていたんです。それで、原因らしきものを見つけたというか……。」
リョウは、これまでに調べたことをマリアに話す。
リョウたちも、今までのほほんと異世界の生活を楽しんでいたわけではないのだ。
この森の中央に向かって30分ほど入り込んだ先にちょっとした洞窟があるのだが、どうやらそこがダンジョン化しているらしい。
そのダンジョンに巣食う「スピリットテイラー」というモンスターの眷属である「スピリットテイカー」という魔物がカナドの村人たちに取り付いているんじゃないかというのがリョウたちの出した結論だった。
スピリットテイカーにとり憑かれたものは、猜疑心が強くなり破壊衝動が大きくなるという。
そうして起きる破壊や疑念による諍いなどの負の感情を集めて丸ごと喰らうのがスピリットテイラーの手口なのだ。
長くじわじわと負の感情を搾り取っていくため、スピリットテイラーに狙われた村は、即座に全滅するということはなく、その殆どが村人同士による凄絶な殺し合いという結果に終わるため、スピリットテイラーが関わっているという証拠が見つけにくく、そのことを知っているものは少ない。
リョウたちが知ったのも、気まぐれに顔を出したミシェイラに教えられたからで、それがなければ、いまだに原因がわからないままその日を過ごしていたに違いなかった。
ミシェイラに教えられた後、洞窟そのものはかなり早い段階で発見していたのだが、リョウたちのレベルでダンジョン探索をするには不安が残るため、周りを警戒するだけにとどめて、自分たちのスキルを磨くことにしていたのだが、どうやら猶予は無いということが今日マリアよりもたらされた為、覚悟を決めるしかない、とリョウは思った。
「そうだったんですか……やはりモンスターの仕業だったんですね。」
原因がわかって安心したのか、ほっとした表情を見せるマリア。
「だから、俺たちはこれからそのダンジョンを攻略に行きます。大本であるスピリットテイラーを倒せば、村人に取り付いているテイカー達は力を失うからしばらくすれば元通りになるはずです。」
「でも、危険なんじゃ……。」
「大丈夫です、俺たちに任せておいてください。」
リョウが自信たっぷりにそういう。
本当は自信なんてないのだが、ここは虚勢を張る場面だとリョウは思った。
「……ありがとう、本当にありがとう。」
感極まったマリアがリョウの手をぎゅっと握り締めて、自らの胸元にかき抱くようにし、何度も何度も感謝の言葉を述べる。
「「じぃー……。」」
その状況に顔を赤くしているリョウを、クレアとニャオが少し冷めた目で見ているのだった。
◇
「ってことで明日からダンジョン探索だけど……大丈夫かな?」
「……「任せておけ!」って格好つけてたよねぇ。」
ニャオが冷めた目でリョウを見、ウンウンとクレアが頷く。
「そりゃぁ、あの場合はしかたないだろ。」
リョウがぼそぼそと呟く。
実際、あの場ではああ言う以外の選択肢はなかった。
「所構わず格好つけるからよ。センパイは私がいないとダメなくせにぃ。ほらほら、キュートなニャオちゃんに助けてくださいってお願いしてみ?」
揶揄う目で見ながら、身体をツンツンしてくるニャオ。
「……可愛い可愛いニャオちゃんにお願いします。どうか助けてください。」
「うっ……し、仕方がないにゃあ、私が助けてあげるにゃん。」
リョウが素直に言うと顔を真っ赤に染上げ、オロオロと狼狽えながらも頷くニャオ。
「……チョロい。」
ボソッと小声でつぶやくリョウを咎めるように見つめるクレア。
(涼斗クン、あまりそういうことで奈緒をからかわないで。)
(いや、先に振ってきたのあっちだし。)
(それでもっ!)
(ハイ、ゴメンナサイ。)
リョウとクレアがボソボソと小声で話しているのに気付いたニャオが、怪訝そうな顔で見てくる。
「じゃ、じゃぁ準備をしようか。」
リョウはクレアから距離を取り、慌てて取り繕うようにそういった。
ニャオは笑顔だったが、なぜかその笑顔が怖かったのだ。
「準備って言われても……。」
クレアが困ったように首をかしげる。
「だよねぇ。」
ニャオも同じような顔をして周りをキョロキョロとする。
「……うん、言いたいことは分かる。だから何も言うな。」
準備といっても、何も持っていないリョウたちに出来ることは何もない。
石を削り、研磨して作ったニャオの双剣とリョウの小剣は互いの腰に納まっている。木材を切り出してリョウが作成した弓矢はクレアが持っている。
各自が身に着けているのは、マリアに用意してもらった旅人の服に、ビックボアの皮を鞣して作成した皮の部分鎧。
びっくりするぐらい貧弱な装備だが、現状ではこれ以上を望むことができない。後はリョウがスキル上げの訓練のために作った様々なポーションを確認すれば、それで準備は終了する。
食糧や野営に必要なものは常にアイテムボックスに入れっ放しなので今更確認するまでもない。
「ハァ、ダンジョンでお宝に期待するしかないな。」
「そうね、たとえゴブリンでも今の私たちより良い装備をしてるよね。」
「ゴブリンかぁ……ゴブリンの集落を襲って装備を整えるってのもありかな。」
ニャオの言葉にふとそう漏らすリョウ。
今まで考えたこともなかったが、改めて口に出すといい案のようにも思えてくる。
「うーん、手ごろな集落が近くにあればいいけどね。いきなりダンジョンに行くよりはいいかも。」
リョウの言葉に少し考えこんだニャオが賛同する。
「そうなの?私にはよくわからないから任せるわ。」
判断がつかないから、とクレアは二人の判断に委ねる事を口にする。
どちらにしても、出発は明日の朝早くということで、リョウ達は空いた時間を思い思いに過ごすのだった。
その夜、リョウは中々寝付けず、外の空気を吸いに小屋の外へと出ていた。
木々の間から差し込む月の光に照らされて、眼前には昼間とは違う、幻想的な雰囲気の光景が広がっていた。
ふわふわと漂う夜光虫の仄かな光を目で追いながらぼーっとしていると、背後に気配を感じる。
「リョウも眠れないの?よかったら飲む?」
振り返ると、そこには両手にマグカップを持ったクレアが立っていた。
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