第13話 サバイバルライフ

「………私たち、何やってるんだろ。」

「ん~、狩り??」

「っ!そうだけどっ、そうじゃないのっ!」

 疲れたような諦めにも似たつぶやきに、リョウが至極まっとうな答えを返すと、突然切れだすニャオ。

「二人ともじゃれあってないで、……来るわよっ。」

 少し離れた背後からクレアの声が聞こえる。

 その声に、二人は前方を見ると大きなジャイアントボアのがこっちに向かって走ってくる。

 その背後からはクレアの使い魔であるライトニングホーンのラビちゃんを先頭に数十匹のホーンラビットの群れが、ジャイアントボアを追い立てるように走っているのが見える。

「ウサギに追い立てられる猪って……シュールだよなぁ。」

 リョウは思わずそんなことを呟く。

「バカ言ってないで……そろそろ射程圏内でしょ?」

「わかってるよ……「ライトニングスピア!」」

 リョウが放つ小さな雷の槍は、狙いたがわずジャイアントボアの眉間に突き刺さり、その動きを止める。

「せりゃぁっ!」

 いつの間にかジャイアントボアの前に飛び出していたニャオが、その首を下から切り上げるようにして切り裂く。

 閃光が二筋走ったと思った時には、ジャイアントボアの生命活動は終焉を迎え、その巨体がゆっくりと地面に崩れ落ちていく。

「だいぶ腕を上げたなぁ。」

「……毎日同じことをやっていればこれくらいは出来るわよ。……はぁ。」

 感心の声を上げるリョウに対し、抑揚のないトーンで答えるニャオ。

 リョウはナイフを取り出し、ジャイアントボアの解体を始める。

 まずはジャイアントボアの後ろ足をロープで縛り上げ、適当な木の枝からつるし、傷口に沿ってナイフを入れ、血抜きを行う。

 この血も調合の材料になるから、容器を下に置いて、流れて行かないように溜めておく。

 ある程度血抜きが出来たところで、できるだけ毛皮に傷が入らないように最小の切れ目だけを入れて手早く剝いでいく。

 昔読んだ文献によると、この皮剥ぎの時や内臓摘出の段階で肉に寄生虫がつくことが多いらしいので、丁寧にやることが重要なんだそうだ。

 まぁ、実際には、最終工程で魔法を使用するから、それほど気にすることはないんだけど。

 その後、腹を掻っ捌き、内臓を取り出して、適当な場所に土魔法で穴を掘ってそこに埋める。

 リョウもニャオもクレアもあまり内臓は好きではないのでこうして処分している。

 内臓好きの人からすれば「もったいない」と思うかもしれないが、リョウたちにしてみれば、手間暇もかかるし、放置もできないので邪魔なだけの存在でしかない。

 最後に肉を部位ごとに切り分けアイテムボックスにしまっていく。

 当初は1時間以上かかっていたジャイアントボアの解体も、今では血抜きの時間を除けば20分少々の時間で終えることができるようになっている。

 ニャオではないが、毎日のように同じことをしていれば、いやでも手際よくなっていく。

 そう毎日のように……。


 リョウたちは今、あの小屋を拠点として暮らしている。

 別に好き好んであんな森の中に住んでいるわけではない。

 ただ単にほかの選択肢が取れなかっただけなのだ。

 ミシェイラと別れた後、リョウたちは近くにあるというカナドの村に向かった。

 歩いて半日という距離なのに、なぜか二日もかかったことについては置いておいて、無事にたどり着いたところまでは良かったのだが……。


 ◇


「うぅ、ひもじぃよぉ……。」

「すまん、俺が不甲斐ないばかりに……。」

「おとっつあん、それは言わない約束よ。」

「「………。」」

「な、何で二人してこっちを見るのっ。」

「いや、その……なんだ……。」

「あ、うん……、まさかクー姉が乗ってくるとは思わなかったから……。」

「わ、私だって、それくらいは……。」

 渾身のボケを、真顔で返されたクレアは、顔を真っ赤にして俯く。

「まぁ、それはともかくとして、肉が焼けたぞ。」

 これ以上クレアを弄ると後が怖いと判断したリョウは、話題転換を兼ねて、目の前で焼けた自分の分の肉串をニャオとクレアに分けてやる。

「いいよぉ、リョウだってお腹空いてるんでしょ?」

 しかし、ニャオはそれを受け取らず、逆に自分の取り分をリョウの方へと押し付けてくる。

「いや、さっき毒キノコ食べたせいで食欲ないんだよ。」

「バカな事するから……そう言う事なら無理にでも食べておいた方がいいよ。」

 そう言いながら肉串を戻すクレアに、リョウは言い返す。

「バカって……アレは効能を自身で試す事が出来るし、一応腹も膨れるし、何より耐性をつける事が出来るという一石三鳥の優れ技なんだぞ。」

「ハイハイ、分かったから焦げる前に食べましょ。」

 リョウの言い分を軽く聞き流し、焼けた肉串を口の中に放り込んでくるニャオ。

 結局、当初の割り当て分を大人しく食べることにする三人だった。


「で、これからどうしようか?」

「そうだなぁ……取りあえず衣食住を何とかしないといけないよな。村に行けば何とかなると思っていたから、完全に当てが外れた。」

「衣食住ね……取りあえずは衣を何とかしたいな。さすがにこの格好のままじゃね。」

 ニャオはそういって、自らの身体とクレアの身体を見る。

 二人は露出過多の「踊り子の服」を着ている。

 リョウにとっては眼福であると同時に刺激が強すぎ、あまり直視できないので、今もニャオがどのような表情をしているのかわからない。

「破廉恥……私が破廉恥……。」

 クレアが蹲ったまま何かを呟いている。

 どうやら昼間の事を思い出したらしい。


 リョウたちがカナドの村に着いた時、出迎えたのは鋤や鍬といった農具を構えた男たちだった。

「お前ら、何しに来ただ!」

「俺たちは、旅の冒険者で、道に迷って……。」

 リョウがそう答えるが、別の男がそこに声をかぶせてくる。

「嘘つくでねぇ。お前ら森から来よったんみたかんな。ここから森に向かう冒険者はいても、森からくる冒険者なんて居ねえべ。」

「いや、だから、道に迷って……。」

「そもそも冒険者ならそれらしい格好してるべさ。そっちの姉ちゃんたちの格好は、どう見てもいかがわしいべ。」

「そうだそうだ、そんな破廉恥な格好をしている冒険者なんて見たことねぇべ。きっと噂に聞く淫魔にちげぇねぇべや。」

 村の男たちは口々に勝手なことを言い、だんだんヒートアップしていく。

「ねぇ、リョウ。ここは一旦引き上げようよ。あの目怖い。」

 ニャオがリョウの裾を引っ張りながら小声でそう言う。

「……そうだな。そのほうがいいかも。」 

 リョウとニャオは、村人の言葉にショックを受けて呆然としているクレアの手を引きながら、逃げるようにして村を後にした。


「クー姉、元気を出して。クー姉は破廉恥じゃなくて色っぽいんだよ。みんなクー姉の魅力にメロメロだよ。ねっ、リョウ。」

「俺に振るな。そこで頷けば、クレアにメロメロだと肯定することになるし、首を振ればクレアが落ち込むだろ。答えられない質問はNGだ。」

「じゃぁ、ニャオちゃんの魅力にメロメロ?」

 ニャオが上目遣いに見上げてくる。

「だ、だから答えられない質問はNGだ!」

「ふんっ!センパイのヘタレ。」

 ぐっ、とリョウは言葉に詰まるが、答えられないものは答えられないのだ。

 クレアは色っぽいしニャオは可愛い。しかし、そんなことを真顔で正直に答えられるほど、リョウの女性に対する経験値は高くないのだった。


「取りあえずは、あの小屋に戻ろう。あそこなら少し修繕すれば2~3か月は暮らせるだろう。」

「そうね、ミシェイラの魔力が戻れば帰れるんだもんね。」

「でも……本当にこのまますんなりと帰れるのかしら?」

 リョウとニャオの言葉を黙って聞いていたクレアが不意にそんなことを言う。

「クー姉、それフラグだから。」

「ふらぐ?旗??」

「ううん、もういいよ。」

 何のことか分からず首を傾げるクレアを見て、ニャオが小さくため息を吐く。

「俺、帰ったら結婚するんだ……。」

「だからフラグ立てるなぁっ!ってか誰と結婚するのよっ!」

 ぼそぼそ呟くリョウに激しいツッコミを入れるニャオ。

 この先の見通しが立っていないという割には余裕な三人だった。


 ガサッ。

「誰っ!」

 不意にした物音に、ニャオが側にあった小剣を抜いて構える。

 リョウもいつでも魔法を唱えられるように詠唱待機する。

 クレアの前には彼女をかばうようにラビちゃんが威嚇していた。

「す、すみません驚かせてしまって。決して怪しいものではなくて、その……昼間は……。」

 物陰からおずおずと現れた女性の姿を見てリョウたちは警戒を少し解く。昼間、カナドの村で見かけた女性だった。

「と、突然、すみません。少し……お話を聞かせてもらっていいですか?」

 女性はマリアと名乗った。

 昼間、村の男たちに追い立てられた俺たちの事をどうしても悪人とは思えず、また、村人たちの行動に思う所もあって、こうして追いかけてきたということらしい。

「……そうでしたか。やはり村の人たちの誤解だったのですね。申し訳ありません。」

 リョウたちは、遠い別の大陸から魔法の罠に巻き込まれて、気づいたらこの近くの森の中に飛ばされていたこと、右も左もわからない場所で途方に暮れながらたどり着いたのがカナドの村だったことなどを話す。

 別の世界から転移してきた、などと本当のことを話しても信じてもらえないどころか、ますます疑われてしまうかもしれないので、そう説明したのだった。

「許してくださいとは言いません。ただ、信じてもらえないかもしれませんが、前はあんなんじゃなかったのです。」

 マリアの話では、カナドの村の住人は気が優しくて、どちらかというとお人よしの部類に入る人々だったらしい。 

 旅人が訪ねてきたときには、自分たちの食べる分を差し出して、もてなしたと言う。

「信じられないわね。」

 マリアの話を聞いて、クレアがボソッとつぶやく。

「うん、マリアさんが嘘を言ってるとは思わないけど、昼の様子を見たらね。」

 ニャオもクレアに同意するように頷く。

「そうですよね。でも本当なのです。みんなの様子がおかしくなってきたのは数日前……幼馴染のトーイが森から戻ってきてからだと思うんです。」

 マリアの幼馴染のトーイは、猟師として度々森へ入り、獲物を狩り、山菜などを採集して、森の恵みを村へと届けていた。

 そんなある日、トーイが大怪我を負って帰ってくるということがあった。

 トーイは村に着くなり倒れ意識を失い、意識を取り戻さなかった。

 マリアはずっとつきっきりで看病していて、その献身的な介護のおかげか、トーイは三日目には意識を取り戻したのだが、目覚めてからのトーイはまるで人が変わってしまったかのようだったという。

「トーイは、気の優しい人でした。なのに、目が覚めてからというものの、人の言葉を信じなくなり、周りの人はみんな悪意を持っていると信じ込んでいるんです。そして、それが伝染するように村の人々にも広がっていったのです。きっと、森に何か原因があると思うんです。そのせいでトーイは……だから……。」

 マリアはそこまでしゃべると、顔を伏せる。

「あー、つまり、森から来たという俺達なら何か知っているんじゃないかって思った、と?」

「ハイ……。」

 小さく頷くマリア。

「ゴメン。悪いんだけど、さっきも言った通り、俺たちもいきなり飛ばされてきたからこの国もことさえよくわかっていないんだ。だから森がおかしいのかどうかの判断さえつかない。」

「そうですよね。本当に申し訳ありません。」

「頭を上げてください。別にマリアさんが悪いわけじゃないんですから。」

 深々と頭を下げるマリアにクレアが慌てて声をかける。

 その様子を見ながらニャオがリョウの袖を引っ張り、小声で囁いてくる。

「ねぇ、リョウ、これってひょっとしてイベント発生?」

「イベントって……でも、まぁ、そうなんだろうなぁ。」

 こんな時にでもゲーム用語が出てくるニャオに呆れつつも、リョウも同じことを考えていたために苦笑するしかないことを自覚しているリョウ。

「なんとなくだけど、強制イベントのような気がするな。このイベントをこなさないと帰れない、とか。」

「だよねぇ。」

 リョウとニャオがそんなことを小声で話している間に、クレアとマリアの間で何らかの話し合いに決着がついたらしく、マリアは来た時よりは明るい表情で「それではまた」と言って村へと帰っていった。



 ……と、そんなことがあってから、2か月半、リョウたちは今日もこうして、生活のために森の恵みを得ているのだった。


「さて、そろそろ戻るか。今日はマリアさんが来る日だろ?」

 マリアはあれから3~4日に1回の割合で、森の小屋に訪ねてくれるようになった。

 森では手に入りずらい玉子や乳製品、野菜などを、リョウ達が得る森の動物の肉や毛皮に素材、薬草や香草などの森の恵みと交換してくれる。

 おかげでリョウたちは周りから隔離されている状況でもなんとか人並みの生活を送ることができていた。

 そして、今日はマリアが来ることになっているので、こうして朝早くからジャイアントボアを狩りに来ているのだが、そろそろ戻らないと待ち合わせに遅れてしまう。

 そう思いながら振り返ると、そこには、ニャオとクレアから餌をもらってはむはむしているホーンラビットの群れと、その中央でほんわかとしている二人の姿があった。

「いつ見てものどかな光景なんだが……。」

 リョウはそう呟きながらクレアの近くまで行き、その横にいる1羽の一回り大きなホーンラビットに声をかける。

「いつの間に持っていったんだよ。」

 リョウはジャイアントボアの肉、しかも一番いい部位をもしゃもしゃと食べているホーンラビット……いや、ライトニングホーンのラビちゃんの背をなでる。

 毛触りは最高なんだよな、コイツ。

「う~ん、しかし肉食ウサギ……いつ見てもシュールだよなぁ。」

「あら?ラビちゃんはお野菜も食べますわよ。」

 クレアがそういいながら、ラビちゃんの目の前にかわいくカットされた人参を置く。

 ウサギに人参とくれば定番の組み合わせなんだけど……どう見てもステーキの付け合わせにしか見えないのはなぜだろう?

 ラビちゃんの食事が終わるころには、他のホーンラビットたちも食事を終えて思い思いの方へ散っていく。

「まぁ、いつも助けてもらってるからいいか。」

 ラビちゃんの背をなでながらそう呟くリョウ。

「さて、そろそろ戻りましょうか。そろそろマリアさんがいらっしゃいますわよ。」

「いや、だからそれさっき……いや、いいよ。」

 さっき言っただろと言おうとしたリョウだが、キョトンとした顔でリョウを見るクレアを見て、まいっかと言葉を飲み込む。

 そんなことより、早く戻らないといけない。

 すでにいつもより時間がかかっているので、今頃マリアさんは小屋の前で立ち尽くしているかもしれない。

「なーんか、リョウって、マリアさんが来る日はいつもソワソワしているよね?」

 ニャオが少し険のある声でそう言ってくる。

「そ、そんなことはないぞ。ほら、アレだ……マリアさんが生活物資を持ってきてくれるおかげで助かっているんじゃないか。感謝しないとな。」

 リョウが慌てた声でそう告げる。

「感謝してるよ……それより、急ぐんでしょ!」

 ニャオは少し拗ねたようにそう呟くと、さっさと先頭に立って歩き出す。

「なんなんだ?」

「はぁ……涼斗クンのそういう所よね。だんだんわかってきたわ。」

 リョウのつぶやきに対し、クレアがボソッと呟く。

「何のこと?」

「うん、まぁ、リョウはもう少し周りを見た方がいいってことですね。」

「??わけわからん。」

「でしょうね。」

 クレアは苦笑を見せると、ニャオを追いかけていく。

「何だってんだよ。」

 訳が分からないまま二人の後を追いかけるリョウだった。


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