第12話 村を目指して……
翌朝、ニャオが目を覚ますと、リョウが声をかけてくる。
「おはよう。よく眠れたか?」
「あ、うん………ひょっとしてずっと起きてたの?」
身体を起こしながら、リョウに訊ねる。
「あぁ、流石に見張りなしは怖いからな。」
その答えを聞いて、ずっと寝顔を見られていたのかと思うと恥ずかしさで顔が火照ってくる。
クレアは、と見てみると、リョウにもたれ掛かったまままだ寝ていた。
「ねぇ、ひょっとして、ずっとその体勢?」
クレアを指しながら訊ねると、リョウは軽く頷く。
「下手に動いたら起こしそうでな。」
「その体勢辛くない?」
「辛い。まだ膝枕とかの方がマシだ。」
「センパイってバカだよねぇ。起こせばいいのに。」
バカな程優しいんだから……と、リョウに聞こえないほどの小さな声で呟くと、クレアを起こさないように、そっとその身を抱えて、リョウから離して横たえる。
「何とでも言え……悪いけど2時間ほど寝させてくれ。朝飯は、昨日の残り温めて適当に……。」
「昨日の残りって………あ、もう寝ちゃった。」
疲れていたのはリョウも同じはずなのに、一晩中起きていたのだから仕方がないとニャオは思う。
と同時に、胸の奥から切なく熱い気持ちが沸き上がってくるのを感じる。
ニャオは、二人を起こさないようにそっとリョウの傍まで移動し、その近くで膝をそろえて座る。
「誰も見ていないよね?」
キョロキョロと周りを見回した後、リョウの顔を見て、熟睡しているのを確認すると、その頭をそっと持ち上げて、自分の膝の上にゆっくりと降ろす。
すぅ、すぅと安らかな寝息をたてているリョウの寝顔を見ていると、暖かな気持ちで胸が一杯になる。
そっと手を伸ばし、髪の毛に触れる。
少しゴワついているその感触に、何となく昔飼っていた子犬の毛並みを思い出して懐かしくなる。
「エヘッ、膝枕恥ずかしいなぁ。」
照れ隠しにそんなことを呟いてみる。
顔が火照っているのが分かるけど、今は誰も見ていないから、と気にしないことにする。
「くーちゃんが起きるまでの間ぐらいいいよね。」
「じゃぁ、もう少し寝てるね。」
呟いた直後に背後から声が聞こえる。
「っ!!」
ビクッと背筋が硬直し、首だけでゆっくりと振り返ってみると、クレアの紅い瞳とバッチリ目が合う。
「えっと……いつから?」
「……『誰も見ていないよね』のあたりから?」
「ふぇ~~ん、殆ど始めからじゃないのよっ!」
さらに顔を紅くするニャオ。
「コレは、違うのよっ。あの、その……そう、お礼なの。助けてもらったお礼。地面堅いし、お礼に膝枕ぐらい普通だよねっ?」
「うーん、普通かどうかは分からないけど彼なら喜んでくれそうだからいいんじゃない?」
「喜んで……くれるのかなぁ?」
クレアの言葉に、自信なさげに呟くニャオ。
人付き合いが苦手な奈緒美は、相手を喜ばせるのに、何をどうすればいいのか、皆目見当もつかなかった。
今もお礼と言いながら、ニャオの膝枕でリョウが喜ぶとはとうてい思えず、自分の言葉に自信がもてなかった。
「聞いてみれば?」
「えっ?」
クレアの言っている意味が分からず、何気に視線を落とすと……リョウとバッチリ目が合う。
「ひっ、ひぁぁぁ!」
ゴチン!
「あっ、痛っ!」
ニャオは思わず立ち上がり、その所為でリョウの頭が地面へと転がり落ちる。
「あ、あはは……。」
頭を抱えて転げまわるリョウを見ながら、ニャオは乾いた笑い声を漏らすのだった。
◇ ◇ ◇
「ゴメンナサイ……。」
「もういいから、気にしてないからそんな顔するなよ。」
シュンと垂れたニャオの頭を軽く撫で、何事もなかったかのように明るく告げる。
「それより、そろそろ移動しよう。ミシェイラの話では一番近い村まで半日はかかるらしいからな。」
「そうね。こっちの準備はOKよ。ところで、今度ミシェイラが来るのは3か月後だったっけ?」
クレアが弓を肩に背負いながら聞いてくる。
「あぁ、送還に必要なマナが溜まったら一度顔を出すそうだ。」
ミシェイラはそう言って姿を消したが、本音はこれ以上一緒に居たらもっとひどい目にあわされると思ったからに違いないと、リョウは考えていた。
「……よしっ!気持ち切り替えて行こっ!ウダウダ考えてもどうしようもないんだから、楽しまなきゃ損だよ。」
ニャオが努めて明るくそう言う。
「そうだな。よし、行くか!」
自分も不安で一杯だろうに、と思いつつ、その気持ちを無駄にしないためにも、リョウは先頭に立って歩き出す。
先ずは一番近い村を目指そう。
そこでゆっくり休んで、準備を整えてからこれからのことを考えればいいだろう。
………と考えてた時もありました。
「ねぇ、何で今日も野宿なの?」
ニャオが静かな声でそう言う。
「何でだろうなぁ?」
そう答えるリョウだったが、その目はニャオから逸らして明後日の方を向いている。
「確かにね、楽しもうって言ったよ?でもね、禄な準備もしてない状況での野宿って、楽しむの範疇を超えているんじゃないかって、私は思うんだけど?」
「ハイ、おっしゃるとおりで……。」
かなり怒ってらっしゃる、とリョウは平身低頭ひたすら頭を下げる。
そもそも、道中時間がかかりすぎて、予定の村へたどり着けずに野営をする羽目になった原因の半分は、リョウにあるので致し方が無いことなのだが……。
「だけどなぁ、稀少な素材があれば採集するのが当然だろ?それに調味料となる野草や香草が手に入ったお陰で今夜の食事はそこそこ美味しいものが……スミマセン何でもないデス。」
せめてもの抵抗を、と言い訳を口にしてみたリョウだったが、ニャオの冷たい視線を受けると直ぐに白旗をあげる。
「そもそも、予定通りなら今頃は暖かいご飯を食べて、柔らかいお布団で寝れたんだよね?」
「ハイ、オッシャルトオリデゴザイマス……。」
再び頭を下げるリョウを見て、ニャオは「ハァ」と大きなため息をつき、体の向きをもう一人の方へ向ける。
「他人事のような顔してるけど、クー姉もだからねっ!」
「はぇっ?」
いきなり矛先が自分に向いたことで、驚いて変な声が出るクレア。
「何なのよっ、それはっ!」
ニャオがクレアの周りを取り囲む白い『毛玉』をさして叫ぶ。
「えっ、ウサギさんだけど……可愛くない?」
クレアが抱き抱えていた一羽のホーンラビットをニャオに見せる。
前足の付け根部分、いわゆる脇に当たるところからクレアに抱き抱えられたそのホーンラビットはクルクルした愛らしい瞳で、ニャオを見上げる。
「うっ、確かに可愛いけどっ……。」
そう、予定通り行かなかった原因の残り半分はクレアの所為だった。
彼女は、どうせならと、ホーンラビットを見つける度に彼女の持つスキル『調教』を試してみたのだ。
もちろん最初はうまく行くはずもなく、逃げられたり、反撃を受けたりしていたのだが、根気よく続けた結果、今の「毛玉に埋もれて幸せ」状態を作り上げたのだった。
因みに、この『根気よく』が遅れた原因なのは、言うまでもない。
「何でもかんでも拾ってくるんじゃありませんっ、返してきなさいっ!」
ニャオの叫び声に驚いたのか、クレアの周りにいたホーンラビットが散り散りに逃げ出し、残ったのは抱えていた1羽のみとなる。
「行っちゃった……。」
しょんぼりとうなだれるクレア。
抱えられているホーンラビットも、耳を垂らし、同じ様にうなだれているのが可愛い。
「大体何で私がツッコミになってるのよ……。それに、あんな姿見せられたら、今後食用として狩れないじゃないのよ。」
小声でブツブツ呟くニャオ。
「あ、それなら心配はないわ。」
ニャオの呟きが聞こえていたクレアは、「お願いね」と言って抱えていたホーンラビットを離す。
自由になったホーンラビットは、キョロキョロと辺りを見回した後、仲間が散っていった方へとかけだしていった。
「心配無いって?」
「まぁ、待っていればわかるわよ。」
怪訝そうな表情のニャオに微笑み返すクレア。
クレアの言うとおり、10分ほど待っていると、先ほどのホーンラビットが戻ってきた。
「お帰り、怪我はない?」
クレアはホーンラビットの頭を撫でながら、その背に乗っているものを持ち上げてニャオに渡す。
「これをどうしろ、と?」
ニャオは手渡されたホーンラビットの死体を見ながら呟く。
「……ソイツが狩ってきたのか?」
「えぇ、この子が言うには、同族じゃないから気にしなくてもいいそうよ。それと、美味しく調理をお願いします、ですって。」
「まさかの肉食ウサギ!?」
ニャオの顔がひきつる。
よくよく見れば、クレアの抱えているホーンラビットは、他のウサギに比べて一回り大きく、体毛もやや黄味がかっている。
「文字通り『毛色が違う』って奴だな。」
「誰がうまいこと言えと……。」
ニャオは疲れたようにそう言うと、徐に受け取ったホーンラビットを捌き始める。
「その……なんだ……大丈夫なのか?」
「何が?」
「いや、さっきまでクレアと一緒になって可愛がっていただろ?」
ウサギのモフモフの誘惑に抗える者など居ないと言うかのように、ニャオもまた、先程までモフモフ天国の住人だったのだ。
そのモフモフの相手を捌くというのは、いくら何でもキツいのではないかと思い声をかけたのだが、ニャオの反応は意外にもサッパリとしていた。
「あぁ、その事ね。私も忌避感感じるかなぁって思ってたんだけど、普通に食材だって割り切れたみたい。多分何らかの補正が掛かってるんじゃないかな?」
そう言われて、リョウも思い当たることがあったので、それ以上は何も言わずに、調理するための下準備にとりかかることにした。
リョウが思い当たること、と言うのは昨日リョウが倒した男達のことだった。
ニャオやクレアを助けるためとは言え、リョウは明確な殺意を持ってあの男達を殺した。
あのときは無我夢中だったが、後になって落ち着けば、何らかの精神的呵責に苛まされると覚悟していたのだが、結局そんなことはなく、単に魔獣を退治したのと大差のない感覚だけが残っていたのだ。
多分、ニャオの言うとおり、ミシェイラが何らかの補正をかけたのだと思うが、リョウとしては非常にありがたいことだった。
日本の感覚そのままでは、あの一瞬に躊躇いが生じ、結果としてリョウは何も守れなかったに違いない。一瞬の判断の狂いが死に直結するこの世界で、日本と同じ感覚で居ると長生きできないことはリョウだってよく分かっているのだ。
リョウは、そんな事を考えながらも、ニャオから受け取ったホーンラビットの肉をナイフで切り刻み叩き潰してミンチにしていく。
単純作業なので、他事に思考が向いていても作業できるのがいい。
リョウはしばらくの間、その作業に没頭していた。
「ねぇ、コレどうするの?ハンバーグでも作るの?」
ミンチが出来上がるのを見てニャオが聞いてくる。
「いや、それも考えたんだが、ハンバーグ焼くための鉄板が無いからな。今回は肉団子にしてスープに入れる。」
ニャオの疑問に、手を休めずに答えるリョウ。
ミンチに切り刻んだハーブを混ぜて肉団子を形成すると、ニャオが出来上がった物から順に鍋の中へ放り込んでいく。
その様子をじっと見ているクレアとホーンラビットが、待ちきれないという雰囲気を醸し出していて、その姿が可愛らしくもおかしく、なんとなくその場の空気が和むのをリョウとニャオは感じていた。
「……古の理に従い契約を成さん。」
クレアの荘厳な言葉が結ばれると、光がホーンラビットを包み込み、光が消え去った後には淡い黄色の光を放つ、小さな水晶が残される。
クレアはそれを拾い上げ、大事そうに手で包み込む。
「終わったのか?」
「えぇ、うまく行ったみたい。……私の初めての召喚獣。……ラビちゃんおいで!」
クレアが水晶を掲げると、水晶が光の粒子となり、ホーンラビットの姿を形成していく。
「種族は『ライトニングホーン』だって。電撃系の魔法と探査能力が優れて居るみたい。」
「成程、だから『種が違う』のか……。」
「だからと言って、ウサギが肉食……。」
ニャオはライトニングホーン……クレアが名付けた名前は『ラビちゃん』……が美味しそうに肉団子を食べていたことに納得が行かないようだったが、現実にラビちゃんは肉団子を食べ、お気に召した結果、クレアの召還獣となることに同意したのは紛れもない事実なのだから受け入れるしかない。
「今夜はこの子が見張りをしてくれるって。」
だから安心してゆっくりと休めるわよ、と言うクレア。
確かにラビット系の魔物の探知能力があれば、怪しい気配をかなり速く察知できるだろうが、だからと言って任せっきりにするわけにはいかないとリョウは思う。
「そうだな。安心して休ませてもらうよ。」
しかし、折角の好意を無碍にすることもないと、そんな言葉を口にする。
そして、明日こそ村に着くようにするためにもしっかりと休むようにと、クレア達にそう告げるのだった。
そして…………。
「………私たち、何やってるんだろ。」
ニャオの悲しそうな呟きが、今日も森の中に響く……。
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