第10話 目覚めたら……悪夢?

「……ここは?」

 涼斗が意識を取りい戻したのは見知らぬ森の中だった。

「確かログアウトするときに……。」

 涼斗が覚えてる最後の光景は宿屋の中だった。

 それが今は森の中……ログアウトできたのなら、自分の部屋にいるはずだし、出来なかったとしても宿の部屋からこんな森の中まで一瞬で移動するなんてのはあり得ない……はず。

 涼斗は落ち着いて周りの様子を窺う。

 目に飛び込んできたのは腰に下げている初心者の剣。

 よく見れば、自分が着ているものはUSOのリョウの装備だった。

「まだゲームの中というのなら、一度ログアウトしてみるべきだな。」

 安全じゃない場所でログアウトする事に抵抗を覚えるが、今はそんなことを言っている場合じゃない気がする。

 ここは何が起きているのかを確認したうえで、安全であればもう一度ログインし直せばいいと思い、システムウィンドウを呼び出してログアウトしようとする。

 しかし、何度やってもシステムウィンドウが出ない。

「くそっ、よりによってシステム周りの不具合かよっ!」

 涼斗は腰に下げているポーチの中に手を入れる。


 万が一システムウィンドウ関連のトラブルが起きた場合の救済措置として、各街には『脱出ゲート』と呼ばれる装置が設置してある。

 ここをくぐれば強制的にログアウトできるというものだが、そもそも街から遠く離れていては意味がない。

 という事で、一瞬で最寄りの脱出ゲート前まで飛べる『エスケープ・クリスタル』というアイテムが最初から持たされているので、それを使って街まで戻ろうと考えたのだが……。


「全く反応なしか……どうなっているんだろうな。それにニャオとクレアは……。」

 一緒の部屋にいた彼女たちの事も心配だった。

 無事にログアウトできていればいいが、もし同じようにどこかに飛ばされていたとすれば……。

 特にゲーム初心者であるクレアが、一人で彷徨っていたとしたら……考えれば考えるほど最悪の事態を予想してしまい焦る涼斗だった。


「あー、こんなところにいたぁっ!」

 突然背後から声がかかる。

 涼斗が振り返ると、可愛らしいピクシーが、腰に手を当ててぷんぷんと怒っていた。

「アンタねぇ、見知らぬところに飛ばされたら、その場でじっとしてるか呆然としてるかが普通でしょ!」

「普通って何だよ。見知らぬところに出たら安全確認の為にも、情報収集と自分の強さと敵の強さの差を確認をするのがゲーマってもんだ。」

「これだからくそゲーマーは……。」

「なんだって?」

「何でもないっ!それよりあっちで襲われてる女の子、アンタの知り合いでしょ?助けなくていいの?」

「それを早く言えっ!」

 涼斗はピクシーが指さす方に向かって走り出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「グヘヘ……いい身体してるじゃねぇか。」

 男が下卑た嗤いを浮かべながら、捕えた女性の身体を撫で回す。

「ひぃっ!」

 触る度に小さく上げる女の悲鳴を聞くのがこの男の趣味だった。

 だから敢えて肝心な所は触れず、嬲る様に女性の身体をイヤらしい手付きで撫で回す。

「イヤっ!触らないでっ!」

「そんなつれないこと言うなよ。じきに気持ちよくしてやるからよぉ。ほら、お友達もあっちで可愛がってもらってるぜ。」

 男は、少し離れた場所で、もう一人の少女を嬲る男たちの方を見る。

 そちらでは二人の男が、少女が身動きが取れないように、両手両足を伸ばして押さえつけている。

 そしてもう一人の男が、何かをしゃべりながらゆっくりと少女の衣服をナイフで切り裂いている。

 すでに上半身を覆うものは殆どなく、見事な双丘を男たちの前に曝け出し、悦ばせている。

 やがて、ナイフを持った男の手が下腹部を覆う布へとあてがわれる。


「もうやめてっ!」

 少女は見ていられなくなり、叫び声をあげて顔を背ける。

 身動きが取れないように頑丈に拘束された身では、声を上げる事と顔を背ける事ぐらいしか出来ない。

「そう言うなよ。折角だからお友達が気持ち良くなるのを見てあげなよ。」

 男が、少女の顔を掴み、無理矢理もう一人の少女の方へと向ける。


「イヤっ!それだけはやめてっ!!」

 四肢を押さえつけられている銀髪の少女はそう叫ぶのが精一杯の抵抗だった。

 しかしその抵抗は、男達の嗜虐心をそそるだけで何の抵抗にもなっていなかった。

「いいぜぇ、もっと叫べよ。ハーフエルフのアソコが人間様と同じかどうか確認させて貰うぜぇ。」

 そしてナイフが少女の大事なところを覆う最後の布を斬り裂く。

「おぉ!」

 露わになったその部分を見て男達が悦びの声を上げる。

「さて、じゃぁ頂くとするか。」

 ナイフを持っていた男が、自らのズボンを降ろす。

「イヤっ、イヤっ!」

 それを見た少女は、この後訪れる自らの未来を予測し、必死に逃れようと藻掻く。

「へっっへっへ……もっと暴れなよ。もっとも、いくら暴れても動けないだろうけどなぁ。」

 男は少女に近づいていく。

「イヤ……イヤっ……イヤぁぁぁぁ~~~~~~。」

 少女の叫び声が森中に響き渡る。


「いい声だ。行くぜ。」

 男が少女に覆い被さる……がそのまま地面へと突っ伏す。

 その首に、小さな投げナイフが突き刺さっているのが見えたときには、少女の四肢を押さえていた男達も、最初の男と同じ運命をたどり、その場に崩れ落ちる。


「な、なんだっ!」

 獣人の少女を捉えていた男が、何事かと周りを見回し、殺気を感じて振り返ると、眼の前には銀色に輝く刃が迫っていた。


 ズシャッ!

 男は派手な血しぶきを上げてその場に崩れ落ち息絶える。


「ハァハァハァ……無事だったか、ニャオ。」

 リョウは、ニャオを拘束している戒めを斬り裂いて解く。

「ありがと。でも私よりくーちゃんがっ!」

 ニャオは、何が起きたか分からず呆然としているクレアのもとに駆け寄り、その身を抱きしめる。

「くーちゃん、くーちゃん。」

「な、なお……奈緒ぉ……。」

 安心したのか、クレアもニャオの身体を抱きしめ泣き出す。

「クレア、無事……。」

 遅れて駆け寄ってきたリョウの動きが止まる。

 視線がクレアの美しい裸体に釘付けになったまま時が止まったかのようだ。

「センパイはコッチ見ないっ!後何か羽織るもの探してきて。」

 リョウの視線に気づいたニャオがそう怒鳴ると、リョウは弾かれたように後ろを向き、そのまま近くの小屋の中へと入っていった。


 ◇


「落ち着いたか?」

「うん、ゴメンね。」

「クレアが謝る事じゃないだろう?……もう一杯飲むか?」

「うんお願い。」

 リョウはクレアからマグカップを受け取り、焚き火にかけてある、やかんぽい物から中身を注ぐ。

 中には、丁度近くに生えていたミントっぽい野草を煮出した物が入っている……つまりはハーブティだ。香りもミントに近いのでリラックス作用があれば、と思って急遽作ってみたのだが、どうやら少しは効果があったらしい。

 ちなみに、ニャオも同じ物を飲んでいるが、猫舌らしく、まだふぅふぅと冷ましている。


 二人を助け出した後、リョウは裸同然の……と言うよりクレアに至ってはほぼ全裸だった……二人の為に、何か着るものを探したのだが、生憎と近くにあった小屋は、森に入る猟師たちが急場を凌ぐ為に使っていただけらしくて何もなく、かろうじて敷物か何かに使っていたと思われる布を見つけたので、今二人はその布を体に巻き付けるようにして羽織っている。

 そのままでは寒いだろうと言うことと、少し落ち着く時間が必要だろうと思い、こうして火を熾して、暖まっているのだった。


「ここってまだUSOの中……なのかな?」

「そうだと思うんだが……魔法も使えたしな。」

 不意に漏らしたニャオの呟きに、自信なさげに答えるリョウ。

「……ねぇセンパイ、お腹空かない?」

「……空いた。」

 リョウがハッキリとゲームの中だと断言出来なかった理由がこの空腹感だ。

 もしここがゲームの中ならば、お腹が空く等と言うことはあり得ないはずだからだ。

「何か食べ物……なんて持ってないよね?」

「残念ながらな。」

 一応、念の為に、とポーチを漁ってみるが、ゲームを始める際に持っていた初期装備の武器と、簡易生産道具しかない。

 魔法が使えたこと、ポーチの中がアイテムボックスになっていること、ゲームしていたときの持ち物がそのままだと言うことから考えると、ゲーム内だとは思うのだが……とそこまで考えた時、リョウはあることを思い出す。

「ニャオ、お前ログアウトする前に、ホーンラビット解体してたよな?アイテムボックスの中にその肉入っていないか?」

「アイテムボックス?」

 ニャオが身体のあちらこちらを探ると、腰のあたりに小さなポーチが浮かび上がる。

「あった……えーと……あっ!」

「ん?どうした?」

「あ、うん、ちょっとね………。」

 ニャオはそのままクレアの元に近づき、なにやら耳打ちをした後、二人で立ち上がる。

「センパイはこれでも焼いて待ってて。付いて来ちゃダメだからね。」

 そう言って、ホーンラビットの肉の塊を押し付けると、二人して奥にある小屋の方へ行ってしまった。

「なんなんだ?」

 訳が分からず首を傾げるリョウだったが、取り敢えずは目の前の肉をどう調理するかと頭を悩ませるのだった。


 ◇


「わぁ、美味しそう!」

 調理を始めて大分たった頃、ようやく戻ってきたニャオの声に振り返るリョウ。

「遅かった……な?」

「どう?似合う?」

「似合う……けど、どうしたんだ、それ?」

 リョウは二人の格好をマジマジと眺める。

 一見、水着かと思ったが、ビキニのトップスには派手な装飾が施され、ボトムは長いヒラヒラしたレースで隠されているものの、動く度に隙間から魅惑的な生足が見え隠れしている。

 首元や腕を覆う部分にも、派手な装飾が施され、光を反射してキラキラしている。

 一言で言えば『踊り子の服』と言うのが一番イメージに近いだろうか?


「あ、うん。リョウを待っているときにね、ニャオが見つけて、つい買っちゃったのよ。」

 そうクレアが答える。

「くーちゃんとお揃いなの。アイテムボックスに入れていたこと思い出してね。布巻き付けているよりコッチの方がいいでしょ?」

 クレアの言葉を引き継いでニャオが言う。

「まぁ目の保養にはいいんだけど……。」

 二人ともグラビアアイドルに引けを取らないぐらいにはプロポーションがいいので、こういう露出多めの衣装もとてもよく映えるのだが、リョウにとっては刺激が強すぎて、正直視線のやり場に困る。


「あんまり見ないで。」

 クレアが顔を赤くしながら両腕で胸元を隠すようにする。

「あ、あぁ、ゴメン。」

 リョウも、慌てて顔を背ける。

「センパイ、私なら見ていいよ♪」

 そう言いながら、リョウの前に前屈みになってのぞき込んでくるニャオ。

「無理してるのミエミエだぞ。」

 リョウは顔を真っ赤にしながら、少し震えているニャオにそう答える。

「たは。ヤッパリちょっと恥ずかしいのですよ。」

 そう言って、さっきまで巻き付けていた布を取り出して羽織る。

「その方がコッチも助かる。それよりそろそろ出来上がるぞ。」

 リョウは、程良く煮えたスープを掬って、用意しておいた器に入れて二人に手渡す。

「どうしたのこのお椀。それに鍋も。」

 クレアが不思議そうに訊ねてくる。

「食器は作った。と言っても慣れていないから雑だけど我慢してくれ。鍋は調合用のものを使ってる。」

 生肉を渡された時に、最初に考えついたのが焼くことだったが、鉄板も網もなく、鉄串もない状況でうまく焼く自信がなかった。

 困って、何か使えるものはないかと探していたときに見つけたのが、生産者の心得のスキルを取ったときに得た、簡易生産道具の中の調合用鍋だった。

 後は、食べられそうな野草と一緒に、一口大にカットした肉を煮込むだけ。

 調味料もなにもないけど、そこまで贅沢はいえないので我慢して貰うしかないが、味見した段階では、程良く肉の旨味成分がスープにとけ込んでいてそれほど悪くはない味に仕上がっていた。

 器に関しては、煮込んでいる間に、そのあたりの木から切り出した木材を使って作ってみた。

 生産者の心得のスキルが働いたのか、初めて作ったにしてはそこそこマシな出来になっている。


「へぇ、スキルをとっておいて良かったね。」

 ニャオがスープを冷ましながら、感心したように言う。

「全くだ。しかしこれで益々わからなくなった。」

「何が分からなくなったの?」

 不安げに聞いてくるクレアに、リョウは自分の考えを話し出す。

「USOでは、何かを作るスキルを使う場合、システムウィンドウを呼び出して選択してから、決められた手順に沿って作業をするんだ。この食器を作ろうと思った時にも、脳裏に作業手順が浮かんで、それに沿って作ったんだよ。」

「だったらヤッパリここはゲームの中って事?」

 ニャオが聞いてくるがリョウは首を横に振る。

「この器、ハッキリ言って酷い出来だろ?」

「まぁ……そうね。……ごめんなさい。」

 クレアが口ごもりながら言う。

「謝る必要はないさ。実際酷いんだから。ハッキリ言って『失敗作』なんだよ、これは。USOでの制作の失敗はロスト……つまり素材毎消えてなくなるんだよ。だけど現実に失敗作がここにある……ゲーム内では有り得ないことだ。ただ、そもそも現実ではスキルなんてものはない訳で……。」

 悩むリョウにニャオが声をかける。

「えっとね、リョウは色々考えているみたいだけど、私はここが現実の世界だって確信してる。」

 リョウの言葉を肯定も否定もせず、ただ自分の中にある真実をハッキリと告げるニャオ。

「……そうね、私もそう思うわ。」

 ニャオの言葉に頷くクレア。

「確信してるって……何か根拠があるのか?」

「根拠というか、さっきの出来事が現実である証拠………ゲームなら必ず出るはずのハラスメント警告が出てこなかったでしょ?」

「いや、しかし、システム周りのバグと言うことも………。」

「警告だけじゃないわ。あの触られたときのおぞましさ、傍に寄られると吐きそうになるほど不快な臭い………どれもゲームではあり得ない程リアルすぎる……センパイだって本当は分かっているんでしょ?」

 ニャオはあのときの感覚を思い出し身震いする。

 あの男に触られたときの不快感はまだ残っている。

 出来ることなら、熱いシャワーを浴びて忘れてしまいたい。

 それはクレアも同じだったようで、両腕で自分を抱え込むようにして小さくなっていた。

「初めてゲームの世界に入った時、すごいなぁって感じたんだけどヤッパリ現実とは違うんだって違和感を感じたの。」

 クレアが身を縮込ませながらボソリと呟く。

「その違和感がなんだか分からなかったんだけどね、今から思えば五感の内、嗅覚と触覚の情報量が少なかったと思うのよ。草原で風に吹かれたときに肌で感じる感覚とか、花が一杯咲いているのに香りが弱いとかね……。でも今は、焚き火の暖かさを、このスープから漂う美味しそうな匂いを、口の中に入れたときに広がるお肉の味わいを、しっかりと感じ取れる………これが現実じゃないのなら、現実って何なの?」

「しかし、魔法とかスキルとかどう説明する?その衣装だって……。」

 リョウが反論するが、その声が段々と小さくなる。

 リョウ自身、ここが現実じゃないかと疑っているからだ。……ただ認めたくないだけで。


「それは私が説明してあげるわ。」

 突然聞こえてきた声に、リョウたちは驚く。

「誰だ!」

 そこには先ほどリョウの前に現れた妖精が佇んでいたのだった。


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