第8話 オープン!!

「ふわぁぁ~……ふぅ。」

『おっきな欠伸だねぇ。』

「昨日あんまり寝てないからな。」

 言外に「誰かさんのお陰でな。」ということが伝わるように言ってみる。

『あ、わかるぅ。いよいよ今日だもんねぇ。くーちゃんも楽しみすぎて昨日寝てないんだよ。』

『そんな事バラさないでっ!』

 電話の向こうではスピーカーモードにしているらしく、ナオと紅羽の二人の声が同時に聞こえる。

 涼斗が寝付けなかったのは、昨日の屋上での出来事の所為だったのだが、どうやらナオは無かったことにしたいらしく、そのことに言及しようとすると今みたいに誤魔化してくる。

 涼斗としても紅羽が聞いているところで、ナオとキスしかけたなんて事がいえるはずもなく、結局は黙るしかなかった。


「それより二人とも、キャラメイキングは大丈夫なのか?」

『バッチリだよ。昨日寝る前まで時間をかけて何度も確認したからね。』

『私も奈緒からしっかりレクチャー受けたから大丈夫。』

「そっか、じゃぁログインしてフリーに動けるようになったら大聖堂の前で待ち合わせな。」

『『了解!』』

 スマホのスピーカーから二人の声が重なって聞こえる。仲のいいことだ。

 今、二人は一緒にいるらしく、ナオは紅羽の部屋にノートを持ち込んで、一緒の場所からログインするらしい。

 事前にキャラメイキングを済ますことが出来たので、一緒の場所からログインする必要性は無くなったのだが、キャラメイキングの後の紅羽のハシャぎっぷりから、今日もそうなる可能性が高そうなので、後のフォローをするために、泊まることにしたらしい。

 一昨日、ナオと連絡が取れなかったのは、初めてのVR体験で我を忘れるほど感激していた紅羽の暴走に巻き込まれて、返信どころではなかったから、ということだったらしい。

 翌日、紅羽が学園で何か言たそうにしていたのは、その感動を分かち合いたかったからだということを聞いて、偶然ではあるがスルー出来ていたことに感謝する涼斗だった。

 あのテンションで話しかけられた日には、クラスメイトからどのような視線を向けられる事か……考えるだけで胃が痛くなる涼斗だった。


「じゃぁ、そろそろ時間だから……。」

『あ、待って。』

 通話を終えようとした涼斗を奈緒美が止める。

『一応キャラ名確認しておこうよ。ベースは本人って言っても、かなり外観弄ってるでしょ?』

「そうだな。俺のキャラ名は『リョウ』黒髪のヒューマンだから直ぐ分かると思う。」

 不思議なことに、この手のネットゲームで、日本人プレイヤーが、男性キャラで黒髪にするのは意外と少なかったりする。その割に武器としての刀は大人気で、涼斗としては金髪や銀髪のキャラが刀を振り回しているのを見ると、凄い違和感を感じるのだが、ナオに聞いてみると、そんな事はないと言っていたので、単に涼斗の拘りの問題なのであろう。


『了解。私は『ニャオ』外観は見てのお楽しみ♪』

「なんだよそれ。」

『涼斗君はびっくりするかもね。私は『クレア』よ。髪の色はアッシュブロンドって言うのかしら?ロシア系の女性をイメージしてみたわ。』

「了解。『ニャオ』に『クレア』な。じゃぁ向こうでの再会楽しみにしてるよ。」

 そう言って涼斗は通話を終える。

 正午まで後5分もない。

 涼斗は慌ててVRの準備をすると、ベッドに横になり、時間がくるのを待つ。

 程なくして目の前に『ログイン』の文字が現れ、虹色の光に包まれて涼斗をUSOの世界へと誘うのだった。


 ◇


 涼斗の目の前には一人の女性が立っている。

 涼斗が女性の方へ近づき、目の前に立つとその女性が語り始める。

『ようこそ、アルティメットスキル・オンラインの世界へ。……女神アスティアの名の下に『リョウ』を新たなる光の戦士として迎え入れましょう。』

 そして、この世界の成り立ちから現在の状況を語り出す。


 この世界は七柱の女神が創造神より維持・管理を任されているのだが、ある日突然現れた魔王によって世界が崩壊の危機に陥る。

 その現状を打破するために、異界より力あるものを『光の戦士』として召喚することにした……という設定らしい。

 本来であれば、この話を聞きながら世界観を理解した上でキャラクターを造り上げていく仕様らしいのだが、オープン時の混雑を避けるために、あらかじめメイキングサーバーを解放していたため、すでにキャラメイキング済みの涼斗は、目の前に現れた、このまま継続するかどうかの確認ボタンでYesを押せば先へすすむことができる。

 ただし、Yesを押した時点で今のキャラが定着し、以降は変更が出来ない。つまりやり直すには最後のチャンスな訳だが、涼斗は迷わずYesのボタンを選択する。


 涼斗の体が光に包まれ、メイキングしたアバターへと変貌したところで、先ほどの女神の声が聞こえる。

『新たなる光の戦士よ。そなたは素質はあれど、まだこの世界に馴染んでおらず、また能力も十全に発揮できておりません。今しばらくは、この世界に馴染みながら研鑽するといいでしょう。そしていつか魔王軍を滅ぼしていただけることを切に願っております。……では新たなる世界へ、あなたの旅路に幸運が訪れますように……。』

 女神の言葉とともに、周りの景色が一変する。


「おぉ、新たなる召喚者のお出ましだ。」

 見ると床には魔法陣らしき物が描かれ、周りには神官らしき格好の人々が大勢で涼斗を取り囲んでいる。

「さぁ勇者様、どうぞこちらへ。混乱されていると思いますが、説明をさせていただきますので。」

 その中でも一際立派な衣装に身を包んだ男がそう声をかけてくる。

 しかし、涼斗がその場から動かないでいると、

再び声をかけてくる。

「さぁ勇者様、どうぞこちらへ。混乱されていると思いますが、説明をさせていただきますので。」

 一字一句寸分変わらない言葉に、涼斗は安心感を覚える。

 実は、この場所に来てからと言うもの、現実とほぼ変わらない感覚に圧倒されていた。

 ゲームの世界だと言うことは分かっているはずなのに、ひょっとしたら自分は本当に異世界にきたのではないか?と錯覚を覚えたのだ。


「さぁ勇者様、どうぞこちらへ。混乱されていると思いますが、説明をさせていただきますので。」

 神官は同じ言葉を繰り返している。

 涼斗が動かない限り進展はしなさそうだ。

 仕方がない、そろそろ動くか、と涼斗が思った時、神官の表情がわずかに曇る。

「ひょっとして言葉が通じてないのですかな?」

 そう言って、神官は懐から指輪を取り出し、涼斗に渡すと、指にはめるゼスチャーをする。

 涼斗は取りあえずその指輪をはめてみる。

「どうですか?私の言葉が分かりますか?」

 涼斗が指輪をはめるのを確認して、神官が再び声をかけてくる。

 涼斗が頷くと、神官は「どうぞこちらへ」と言って歩き出すので、涼斗はその後をついていく。

 

 涼斗が案内されたのは貴賓室みたいなところで、そこで、この国の将軍を名乗る男性から、この世界の事、この国を取り巻く状況、この世界での常識などを教えてもらう。

 更には、訓練所という場所に連れて行かれ、基本的な戦い方や魔法の使い方などもレクチャーしてもらい、最後に冒険者ギルドで登録したところで、「後は汝の思うがままに。」と解放された。

 どうやらこれでチュートリアルは終わりらしいと理解した涼斗は、一応依頼ボードを確認してから待ち合わせの大聖堂へと向かうのだった。


 ◇


 待ち合わせの大聖堂前に辿り着くと、前方で人だかりが出来ているのが見える。

 どうやら騒ぎが起きているらしい。

 二人が巻き込まれていないといいが……と慌てて駆け付ける涼斗だったが、願いも虚しく、二人は騒ぎに巻き込まれていた。

「だから近寄らないでって言ってるでしょ!」

「そんな言い方ねえだろ?淋しくぽつんとしている初心者に、優しく声をかけてやっただけじゃねえかよ。」

「必要ないって言ってるでしょ!私達は待ち合わせしてるのっ!」

「そう言いながらさっきから見てるけど誰も来ないじゃねぇかよ。」

「少し遅れてるだけよ。……ホントにもぅ……早く来てよ。」

 ……巻き込まれているというか、モロに当事者だった。

 涼斗は急いで紅羽のもとに駆け寄る。

 紅羽の影に隠れている、フードを目深にかぶった子がナオだろう。


「悪い、遅くなった。」

 涼斗は紅羽と、揉めている男の間に割り込む。

「あん、なんだぁ、お前は?」

「この子達の連れだよ。」

 涼斗は男の顔を睨みつける……どこかで見た事がある。

「(カリウスだよ。)」

 ナオが涼斗の影に隠れるように近づいてきてそっと囁く。

「カリウス?」

「あん?俺のこと知ってるのか?……もしかしてSLOプレイヤーか?」

 カリウスはSLO時代に涼斗や奈緒美と同じギルドに所属していたプレイヤーだ。

 根は悪いやつじゃないんだが、女の子が絡むと質が悪く、リオンにもよく絡んできていて、その度にナオトと衝突をしていたものだった。

 だけど、目の前のコイツがカリウスなら話が早い。

「悪いけど、ここは引いてくれないか?」

「あぁん?なんで俺がお前の言う事を聞かなければならないんだよ?」

「このまま続けるって言うならティラス峠の件、バラすぞ?」

「っ!何でそれをお前が知ってるっ!」

「リオンから聞いた。」

「っ……お前『ナオト』か?それとも『リカルド』か?」

「どちらでもねぇよ。あの時の事は流石のリオンもご立腹でな、二度と同じことが起きないようにギルドの幹部と情報共有してたんだよ。まぁ、SLOがサービス終了と同時に闇に葬り去られたけどな。」

「くっ……アルビオンの関係者と揉め事を起こす気はねぇよ……嬢ちゃん、悪かったな。」

 カリウスは紅羽に謝罪の言葉を告げてその場を去っていき、その流れに乗るように、周りのギャラリーも引いていった。


「クレア、ニャオ、遅くなった。」

「ホント遅いよ。カリウスに絡まれて困ってたんだからね。」

「だから悪かっ……た……ニャオ?」

 涼斗はフードを外したナオ改めニャオの顔を見て固まってしまう。

「うふっ、どうしたのかにゃぁ、セ・ン・パ・イ♪」

「にゃ、け、く……。」

「にゃ?」

「結婚してください!」

「アホですかぁっ!」

 スパーンッ!

 動揺してとんでもない事を口走る涼斗を、紅羽は手にしたハリセンで思いっ切りひっぱたく。

「ハッ……俺は、今、一体何を……。」

「センパイが私にプロポーズ……どうしよ?嬉しいけどまだ早いよぉ。」

「アンタも早く戻ってきなさいっ!」

 スパーン!

 紅羽のハリセンが再び唸りを上げ、ニャオの後頭部を思いっきり叩く。

「ハッ……何か幸せな夢を見てたような気がします。」

 奈緒美が、キョロキョロと周りを見回す。

 涼斗はニャオの姿を視界に入れないようにしながら紅羽に話しかける。

「なぁ、ソレどこから出したんだ?」

「知らないわよっ!」

 紅羽改めクレアの姿を改めて眺める涼斗。

 事前に本人が言っていたように、煌めくような銀色の髪。

 そこから覗く少し尖った耳が彼女がエルフ種であることを示している。

 ただ純粋のエルフより少し短いので彼女が純血のエルフではなく、ハーフエルフだというのは一目瞭然だった。

 そして、何より目を引くのが、その紅い瞳。

 白い肌に銀髪とのコントラストが、その瞳を際だたせ、その魅力を後押ししていた。

 そして、極めつけなのが、彼女のそのボディライン。

 均整がとれているプロポーションではあるが、そこ儚とない未成熟な堅さを残していて、それが少女と大人の間にある絶妙且つアンバランスな危うい色気を醸し出していた。

 彼女が移動すれば、すれ違う人々の殆どが振り返るのは間違いなく、彼女自身が望む望まないに関わらず注目されるのは間違いない。

 普段の制服姿でも分かっていた事だが、こうしてファンタジーの世界で見る彼女は本当に美少女なんだと改めて思い、それだけに『何故ハリセンを持っているのか?』と言うことが気になってしょうがない涼斗だった。


「にゃぁ!にゃに見とれてるにゃ!」

 リョウの頬をニャオが引っ張り、自分の方へ向かせる。

 鮮やかな金色の髪から覗く三角の可愛い耳。くりっとした瞳は夏の海を思わせるような碧色で、小柄な顔立ちは外観に合わせて多少変化はあるものの、奈緒美の元の顔がベースであることがはっきりとわかる。

 また、紅羽程ではないが、それなりに起伏のある胸元と、お尻から覗く可愛らしい尻尾がゆらゆらと揺れてリョウの視線を釘付けにする。

「んふふふっ、これが気になるのかにゃぁ?」

 ニャオは耳をピクピクと動かし、尻尾でリョウの腕をサワっと撫でる。

「誘惑禁止っ!それよりその外見どうしたんだ?種族は……?」

 つい流されそうになるのを必死に自制して気になっていることを訊ねる涼斗。

 獣人なんて種族はなかったはずだが……。

「これは課金アイテムの特別種族選択権だよ。センパイ絶対ネコミミスキーだと思ったから、獣人族のキティスロープにしたの。どうどう?ニャオちゃんにメロメロ?」

「ウッ……ノーコメントで。」

「えー、どうしたのかにゃぁ?顔が赤いにゃぁ?……あ、言っておくけど、ヘタに触ろうとするとハラスメント警告が出るから気を付けてね。」

 その言葉に、無意識に伸びかけていた手を止める涼斗。

「残念だけど、私が許可しないと、センパイはこのミミや尻尾に触れにゃいのにゃぁ。」

「なん……だと……。」

「にゃはは。センパイがお願いするなら聞いてあげてもいいにゃよ?」

「くぅっ!眼の前にあるこの天国は幻だと言うのかぁ!」

「ホラホラお願いしてみるにゃぁ?」

「ぐっ……。」

「あのねぇ、そろそろ移動しない?アンタらいい見世物になってるわよ?」

「なにっ!?」

 クレアの言葉に我に返ったリョウが周りを見ると、一度は去って行ったギャラリーが再び集まっている事に気づく。

 特に、直前になって公式で発表された「特別種族」に関しては知らない者も多く、『獣人族』であるニャオに視線が集まっている。


「にゃにゃにゃ……早く行こっ!」

 ニャオは顔を真っ赤にして、リョウとクレアの腕を取り、街の外へ向かって走り出すのだった。


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