第6話 「リオン」の影の努力
翌日、涼斗は朝からパソコンに向かい、USOの情報を漁っていた。
サービス開始まで1週間を切ったというのに、未だ全貌が明らかにされておらず、公式では数時間おきに新しい情報がアップされ、それがユーザーをやきもきさせつつ期待感を煽っていた。
現在確定している情報としては、プレイヤーの分身でもあるキャラクター周りについての事が多い。
VRと言うこともあって、外見の基本ベースはプレイヤー本人そのものらしい。
そこから、選んだ種族の特長……例えばエルフなら耳が長くなるとか、ドワーフなら背が低くなる等の補正が入った上で、髪型や色、瞳の色、多少の造詣補正などのエディットが出来るらしい。
だから、エディットの仕方によってはかなり印象を変えることが出来るらしいけど、性別だけは偽れない様になっている。つまり、ネカマやネナベプレイは出来ないって事だ。
「……まぁ、サービス開始前にお互いの本当のことが分かって良かったよな。」
涼斗は誰にともなく呟く。
ナオに本当のことを言わないまま、そしてナオの正体を知らないままUSOを始めていたら、気まずくてどうしようもなかっただろう。
というより、身バレの恐怖で連絡も取らなくなったに違いない。
そう考えると、オフ会に誘ってくれたナオには本当に感謝しかない。彼女だって同じような不安を抱えていたに違いないのだから。
しかも、紅羽の意外な一面も見ることが出来たしパーティを組む約束まで出来たことは素直に嬉しくおもう。
今後のUSOに期待ができそうだと早くもソワソワしてくる涼斗だった。
それはともかくとして、キャラエディットだけでも時間かかりそうだ、とパソコンに視線を戻しながら涼斗は考える。
慣れている自分やナオでも、拘ってやればそれなりの時間がかかるのは目に見えているのに、初心者の紅羽だと一体どれだけかかるのか……ひょっとしたらキャラメイキングだけで初日が終わることも覚悟しないといけない、そう考えたら思わずため息がでてしまう涼斗だが、直ぐに頭を振って思考を切り替える。。
「いや、でもここで焦って、紅羽に悪い印象を与える位なら出遅れた方がマシだよな。」
自分のお気に入りを他人に否定されるほど辛いものはない。
ましてや、紅羽のようなオタクとは無縁の人種がせっかく興味を持ってくれたんだから、少なくとも楽しんで貰いたいと思う。
そのためだったら1日や2日の遅れくらいどうって事無いよな、と無理矢理そう思うことにした。
本音を言えば、少しでも早くUSOの世界を楽しみたいのだが、紅羽にもUSOを好きになって貰いたいというのも、間違いなく涼斗の本音だった。
「ん?」
そんな事を考えていたら、スマホからメッセージが入っている旨を告げる通知音がなる。
ナオ:『公式のインフォ見て!』
余程急いでいたのか、その一言だけで何の説明もない。
仕方がなく、涼斗はUSOの公式のページに行き、最新のインフォメーションを確認する。
「やるな、公式!」
そこに書いてある内容を見て、思わずニヤケる涼斗だった。
『先行メイキングサーバー解放』
新しく更新されたインフォメーションは、そんな風に記載されていた。
メイキングサーバーではキャラクターメイキングに加え、始まりの街のNPCから購入できる物であれば買い物も出来る。更にはバックグラウンドに街中や外の風景を映し出すことが出来て、USOのイメージを一足先に楽しめるようになっているらしい。
しかも、ここで決めた内容はあくまでも仮のもので、正式稼働後にログインして内容を確定するまでは何度も変更可能と言うことだ。
涼斗は時計をみる。
現在の時刻は午前10時を回ったところだ。
公式の情報では本日の正午からメイキングサーバーが解放されるらしい。……つまり後2時間弱でメイキングサーバーに入れる。
1日4時間の制限は変わらないが、5日後のUSOの正式オープンまで、自由に出入りできるらしい。
メイキングサーバーだけとはいえ、期待が高まるっていうものだ。
涼斗は慌てて公式のページからクライアントのダウンロードページを探し出し、ダウンロードを始める。
ダウンロードとインストールにかかる推定残り時間が1時間48分……クライアントソフトの容量が大きいことと、アクセスが集中している所為で時間がかかるみたいだ。
しかしこれくらいなら、ギリギリ間に合うなと思いつつ、涼斗はスマホを手にしてナオにメッセージを打つ。
リョウ:『情報サンキュ。いまクライアントをダウンロード中。インストールしたら制限時間一杯までメイキングにかけるから16時までレス不可になると思う。』
チャットアプリの名前は『リオン』から『リョウ』に変更した。
もう隠しておく必要はないし、紅羽も同じグループに入ったため、『リオン』だと色々不具合が多そうだったからだ。
一応USOのキャラ名も『リョウ』にする予定なので丁度良かった。
ナオ :『了解。私の方は今くーちゃんとお買い物中。くーちゃんVR機器持ってないのにUSOやる気だったんだよ。』
リョウ:『今から買うのか?モノあるか?』
USOのお陰で、VR機器は飛ぶように売れているとネットで話題になった事がある。
特にここ1週間はサービス開始目前という事もあり、駆け込み需要が増えて大手ネットショップでも品切れ状態が続いている。
ナオ :『大丈夫。こんなこともあろうかと、予約しておいたから。既に機械はゲット済だよ。それよりおいしいデザートが食べられるお店知らない?』
クー :『何で涼斗君に聞くの?』
リョウ:『それなら駅から南に行ったところにある『ファミア』がおすすめ。あまり目立たない外観だから分かりづらいかも知れないけど、そのあたりの飲食店はそこだけだから間違えることは無いと思う。ランチも美味しいけど、ランチタイム外だけに出してくる『ウェイトレスおすすめ、気まぐれデザート』は外れない上に意外性があっていいと思う。』
クー :『何でそんな情報がすらすらと……。』
ナオ :『くーちゃん、ツッコんだら負けだよ。』
リョウ:『……色々あるんだよ。』
涼斗がこの手の情報に詳しいのは、ネカマプレイをしている時、バレないようにその手の女子高生が興味を持ちそうな情報をひたすら集めていたからだった。
料理やお菓子作りなど、「女子力が高い」と思われそうなことを始めとして、流行りの店や、ブランド、コスメや、ファッションに至るまで、とにかく、女子高生に擬態するための情報を集め、更には、実際に実践もして体感を含めて経験を積んでいった。
夜中にコッソリメイクをしてみたり、女物の服を着てみたりしたことは、絶対に誰にもバレてはいけない秘密であり、資料として残してある女装したセルフフォトは、厳重に取り扱うべき危険物である。
やるからには徹底的に手を抜かずにやる、それが涼斗の信条であり、結果としてそのあたりの女子より女子力が高くなってしまったのは、涼斗にとって幸か不幸かは分からないのだった。
ナオ :『あはは。ありがとね。……良かったらセンパイも来る?』
リョウ:『お誘いはありがたいが、さっきも言ったようにキャラメイキングの為に籠るから。……また今度誘ってくれ。』
ナオ :『了解です。じゃぁ、夜にでも連絡するから、キャラどうなったか教えてね。』
涼斗はチャットアプリ上の文字を眺めながら見悶える。
「クッソ~。ヘンな見栄張らず行けばよかったぁ~~。」
奈緒美に誘われた時、本当は「直ぐに行く」と返信しかけたのだが、昨日初めて会って、今日も……というのは何かがっついていると思われそうで躊躇ったのだ。
さらに言えば、女の子と一緒に洒落たお店に行くというのは、彼女いない歴=年齢の涼斗にとってハードルが高かった、という事もある。
「はぁ……今度誘ってもらえることを期待しよう。」
自分から誘う、という考えには至らない涼斗だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ~、残念。やっぱムリかぁ。」
奈緒美はスマホに表示された文字を見ながらため息を吐く。
「普通に誘えば良かったのに。」
「無理無理無理無理~~!お店を教えて貰う→良かったら来る?……このコンボが精一杯なんだよ~!」
「そう言うものなの?」
「そう言うものなのっ!くーちゃんみたいなモテモテさんにはわからないかもしれないけどっ!」
奈緒美はきょとんとしている幼なじみにそう告げる。
実は言いがかりに近いことは奈緒美自身にも分かっていた。
だけど、精一杯の勇気を振り絞って立てた計画がダメになってしまったのだから、愚痴ぐらいは言わせてほしいと思うのだった。
「とりあえず、ファミアだっけ?そのお店に行きましょ。」
「うん……。」
「へぇ、雰囲気がいいわね。」
お店の中に入ると、紅羽の口からそんな感想が飛び出す。
外観はごく普通の造りだったため、知らなければ見過ごしそうな店だったが、店内は落ち着いた雰囲気で、採光も計算されているのか、要所におかれた観葉植物と、窓から射し込む日の光が、幻想的で不思議な空間を作りだしている。
「ハァ、分かってはいたけど、こう目の前に見せつけられるとヘコむぅ。」
「何が?」
取りあえず飲み物とオススメデザートを頼んだ後、テーブルに突っ伏す奈緒美に紅羽が声を掛ける。
「ここのことですよ。美味しいデザートが有るお店って聞かれたら、直ぐこんな素敵な場所を答えるんですよ。こんな圧倒的女子力の差を見せつけられたら、普通はヘコむよぉ。」
「女子力……なのかな?」
苦笑いする紅羽。
「デートでここに連れてきて貰ったら、確かに見直すだろうけど、それって女子力じゃないような……。」
「何だっていいですよ~。とにかくセンパイ……と言うよりリオンちゃんは女子力の化け物なのですよ。ああ見えて、何故かメイクやコスメにも詳しいし、料理もそれなりの腕前なんですよ。」
「料理って、あなた昨日初めて会ったって言ってなかった?」
「昨日が初めてだよ。でも以前なんかの会話の折りに、手作りの料理の写真がアップされていて、とても美味しそうだった。」
「でも見た目と味は違うかも……。」
クラスメイトの男子が料理できるということが信じられない紅羽。
紅羽から見ても、女子だってまともに家事ができる子は少ないのだ。
それなのに同年代の男子が、となると疑わずにはいられなかった。
「……手作りのチョコレートを食べたことがある。悔しいけど味も見た目も敵わなかった。」
「チョコレートって……何で?」
「バレンタインの時に、チョット盛り上がってね。リオンちゃんのリアルチョコレートをゲットするってイベントが起きたのよ。運営もその期間だけ配送代行とかって言うサービスをやっていて、お互いの住所や本名を知らなくても、チョコレートやプレゼントを送ることができたの。それで何とかゲットして送ってもらったのよ。」
「………涼斗君って、男の子、だよね?」
紅羽はバレンタインの時期にチョコ売場に並んだりしている涼斗の姿を想像してみる。
更には、チョコを手作りする姿も……。
「うん。まぁ、そのころの私は、リオンちゃんの中身が男の子だって確信してたから、ちょっと意地悪するつもりで……まさかあそこまで大事になると思ってもいなくて……センパイには悪い事したと思ってる。」
同じ事を考えていたのか苦笑しながらそう言う奈緒美。
「なんかそこまで行くと、………引くわね。」
「くーちゃんがドン引きする気持ちも分かるけど、センパイも必死だったんだよ~。それに貰ったチョコレートなんか一口サイズのトリュフ詰め合わせだったんだけど、ちゃんと見映えとか味とかも考えてあってね……。」
どれだけ感動し、そして落ち込んだかを語る奈緒美を見て、ほとんど面識の無かったクラスメイトの新たな一面を知り、少し興味が湧く紅羽だった。
「……それでね、そんな些細なことでも一生懸命やってるのを見てきていたから、いつの間にかなんかいいなぁって。」
「それで好きになったって言うわけなのね。」
「………うん。」
紅羽に核心を突かれて、小さく頷く奈緒美。
「私だってね、おかしいかなぁって思うよ?見たことも会ったこともない相手を好きになるなんて。実際の男の人なんて近くにいるだけで怖いし、不思議と怖くなかったのは、屋上でよく会う変なセンパイだけ。必死になって女の子を演じる、モニターの向こう側の人ってこんな感じなのかなぁって、勝手に屋上の人とリオンちゃんの中の人を結び付けていたんだけど、それがまさか本当にリオンちゃんの中の人だったなんてね……、本当に運命だって思ったんだぁ。」
顔を赤くしながらそう言う奈緒美を見て、紅羽はそっとため息をつく。
「正直、私には分からないわ。涼斗君ってクラスではあまり目立たないし、会話らしい会話をしたのも昨日が初めてだしね。」
「分からなくていいよ。くーちゃんが相手じゃ私敵わないから。センパイのことわかっちゃったらきっと好きになる……ううん、くーちゃんだけじゃなくみんなきっと……、だからセンパイのいいところは私だけが知ってればいいんだよ。」
「もぅ、奈緒は可愛いなぁ。頑張んなさい、応援してあげるから。」
紅羽は俯きながらそんな事を言う奈緒美の頭を撫でる。
紅羽自身男の人を好きになった経験はなく、恥ずかしそうに、嬉しそうに語る奈緒美が単純に羨ましかった。
「うん、頑張る。……でもしばらくは進展ないかな。」
「何で?奈緒の頑張り次第では………。」
紅羽の言葉を遮るように、奈緒美は買ったばかりのVR機器を見せる。
「しばらくはセンパイの頭の中はUSOで一杯だからね。」
「そ、そうなんだ。」
「でもおかげで話題に困ることはないからね。くーちゃんにも手伝って貰うよ………応援、してくれるんでしょ?」
「あ、あはは……お手柔らかにね。」
紅羽は顔をひきつらせながらそう答えるのだった。
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