第5話 オフ会 後編


「ふーん……。」

「な、なんだよ?」

 ドリンクコーナーに行った奈緒美を見送っていると、横から紅羽の何か言いたそうな声が聞こえてくる。

「別にぃ。ただ、涼斗君も奈緒も楽しそうだなぁって。」

「まぁ、楽しいのは確かだな。顔を合わせたのは初めてだけど、2年近くゲーム内やチャットアプリで会話はしていたからな。大体いつもこんな感じだぞ?」

「そうなんだね。奈緒が他人と、しかも男の人と、あんなに自然に楽しそうに話したり、言い合いしてるの初めて見たから、何か意外なのよ。それに涼斗君も教室と違って活き活きしてるし……余り会話をしない人だと思っていたから……。」


「俺の事はともかく、ナオが余り話をしない?」

 頭の回転が速く、涼斗の言葉を先読みしてきたり、涼斗は思いつくままに喋る癖があるから話がよく飛ぶが、そんな時でもしっかりとついてきて、時には逆に話を吹っ飛ばしたりする……それが涼斗の知っている『ナオ』だったので、リアルでも上手に周りに合わせた会話をしていると信じて疑わなかったのだ。

「ナオならうまく話を合わせれると思ってたんだけど……違うのか?」


「そうよ、最初に言ったけど、あの子人見知りが激しくてね、特に今の学園に入ってからは友達付き合いも碌にしていなくて、会話をしている姿を見かけた事が無かったわ……まぁ、原因の半分は涼斗君にあるって事が分かったんだけど。」

 紅羽がジロリと睨む。

「いや、その……俺の所為……なのか?」

 そういいつつも屋上にいるナオの事を思い出す。

 昼休みのチャットのせいで、他の友達と一緒にお昼を食べていない事には、俺にも原因があるかもしれないが……。 

 いや、ナオは「半分は」といった。だったら残りの半分は?

 紅羽の言うとおり、人見知りが激しくて、なおも『リオン』以外とは碌に会話ができないのだとしたら……。


「まぁ、別にいいわ。奈緒も楽しそうだし、私も疑問が解けてすっきりしたから。」

 涼斗が考えこんでいると、紅羽がそんなことを言う。

「疑問?」

「えぇ、あなた毎日、お昼になるとどこかに行って、授業始まるギリギリまで帰ってこないでしょ?そんなに私の隣が嫌なのかな?覚えはないけど避けられるようなことしたのかな?ってずーっと思っていたのよ。なのに、それが奈緒との密会の為だったって分かったからね。」

「密会って……言っておくけどナオと直接会話したのは今日が初めてだぞ。屋上でたまに会う女生徒とは出来るだけ距離を置くようにしていたし挨拶すらしていない。……まさかそれがナオだったなんて……。」

「本当にすごい偶然だよねー……それとも「運命」なのかな?私とセンパイは赤い糸で結ばれてたりして♪」

 丁度ドリンクを持って戻ってきた奈緒美が会話に加わる。

「あのですね、奈緒美さん。」

「どうしたんですか、センパイ、改まって?あ、はい、これセンパイの。」

 差し出されたドリンクをわきに置いて、涼斗は話を続ける。

 これだけははっきりと告げておかなければ今後に支障をきたす。


「運命だとか、結ばれるとかそう言う際どい言葉を、可愛い顔で言うのやめてください。勘違いしそうになるから、割とマジで。」

 涼斗がそう言うと、二人は一瞬きょとんとした顔になり、そして盛大に笑いだす。

「なにそれぇ~。マジウケるぅ。」

「クスクスクス。涼斗君って、意外と面白いのね。」

「アハハ。勘違いしても……いいよ?」

 奈緒美はひとしきり笑った後に、少し上目遣いでそう言う。

「だからっ、それをやめろって言ってるんだよっ!本気にするだろうがっ!」

「アハッ、あはは。ゴメンねぇ~。もうしないよ……今日は。」

「出来れば明日以降もやめてください……。」

 肩をガックリ落とし、ぼそりと呟く涼斗。

 そして、奈緒美が持ってきたドリンクに口をつけ……。

「グゥ……クッ……なんじゃこりゃぁぁぁ!」

 思わず叫ぶ涼斗を見て奈緒が笑いだす。

「プッ……クスクス……何って、ナオちゃん特製スペシャルドリンクだよ。美味しい?」

「なわけあるかぁ!」

「あ、やっぱり?よかったらこっち飲んでいいよ。」

 瞳に涙を浮かべ、くすくす笑いながら、自分のドリンクを差し出す奈緒美。

 笑いすぎだろ、おい。

 そう思いながらも、奈緒美のドリンクには手を付けず、最初に渡された方を頑張って飲み干す。

 奈緒美も最初から凶悪なことが分かっていたのか、グラスの1/3ぐらいしか入っていなかったので何とかなったが……というか、それに気づかないぐらい、涼斗が奈緒美の発言に動揺していた証拠だったりする。


「あのなぁ。わかっていると思うけどドリンクバーには絶対やっちゃいけない組み合わせというのがあってだなぁ……。」

「え?組み合わせ?」

 キョトンとした顔で聞いてくる紅羽。

「(センパイセンパイ。クーちゃんはドリンクバーでジュースを混ぜるっていうの知らないから。)」

「(そうなのか?今どき……どこのお嬢様だよ。)」

「(天下の加納グループのお嬢様だよ)」

「(あ、そういえばそうだった。)」

「二人とも内緒話?」

 涼斗と奈緒美がこそこそと話していると、紅羽が拗ねた口調で聞いてくる。

「いや、何でもない。っと、ちょっと口直しの美味しいドリンク取ってくる。」

 涼斗はそういって、その場を逃げ出すように離れる。


「ふぅ……まさか禁断の混ぜ物をしてくるとは。」

 涼斗は白ブドウをグラスに注ぎ、軽く色付けをする程度にヤマブドウを注ぐ。

 先ほども言いかけたが、涼斗の中で譲れない禁断の混ぜ物というのがあり、その代表格がコーラとアイスコーヒーだ。

 そもそもコーラは味と炭酸が強く、何を混ぜてもコーラの味しかしないし、アイスコーヒーに至ってはジュースを混ぜると飲めないほど不味くなる。

 それなのに奈緒美はアイスコーヒーにコーラ、メロンソーダを混ぜてきた。

 世の中には「意外といける」と言う強者もいるかもしれないが、少なくとも涼斗には無理難題であることは間違いない。


「お待たせ。」

 涼斗が席に戻ると、紅羽が笑顔で話しかけてくる。

「さっきの涼斗君、意外だったわ。ちょっと奈緒が冗談を言っただけで動揺するなんてね。もっと冷静な人だと思ってたわ。」

「オタクなんてもんは、こう言うのに免疫がないから勘違いしやすい生き物なんだよ。」

「そうなのね。気を付けるわ。」

 紅羽はそう言って、涼斗から少し距離を置く。

「だからと言ってそんな風にあからさまに避けられると、めちゃ傷つくんですけど?」

 その紅羽の様子に落ち込む涼斗。

「そ、そうなの。難しいのね。」 

「センパイ、無駄ですよ。くーちゃんみたいなリア充にオタクの生態を話したところで理解なんてされないのですよ。」

 横からぼそりと低いトーンで奈緒美が呟く。


「おい、ナオ、目からハイライトが消えてるぞ……おーい、大丈夫かぁ。」

「大丈夫ですよぉ。ハイライトが何ですかぁ。どうせ私達は陰の者、光なんてなくてもいいんですよぉ。」

 目からハイライトを消したまま、更に低いトーンで呟く奈緒美。

「いや、大丈夫じゃないだろ……って言うか、ナオだって十分リア充要素高いと思うぞ。その……可愛いし……。」

 少し動揺しながらもそれだけを何とか伝える涼斗。


 実際、奈緒美の容姿は可愛いし、性格も悪くないのはこうして話してみればよく分かる。

 クラスで普通に話していれば、周りに人が集まってくるのは間違いないと思う。

「本当にそう思いますか?」

 疑わし気に聞いてくる奈緒美。

「思う、思う。俺とは違って充分陽の下で生きて行けると思うぞ。」

「ホントにぃ?周りのみんながアイドルの話をしている時、私の頭に浮かぶのはソシャゲのアレですよ?ファッションの話を振られて、真っ先に思い浮かぶのが、SLOの装備ですよ?可愛い服は?と聞かれれば、真っ先に口をついて出てくるのがリオンの装備だという私が、本当にリア充になれると思いますかっ!」

「……ゴメン、俺が悪かった。ナオがリア充になるには、まず擬態を覚えないとな。」

 奈緒美の魂の叫びを聞いて、涼斗は自分の過ちを素直に認める。


 言われてみれば涼斗も同じ様なものだ。

 クラスの男子が話題にしている大人数のアイドルグループの事を聞くと、どうしてもラ〇ラ〇ブやアイ〇リー〇ライ〇などのソシャゲや声優さんのユニットが頭に浮かぶし、理想の女の子と言えば真っ先にリオンが思い浮かぶので、ナオの気持ちは痛いほどよく分かる。

「分かればいいんですよ。」

「……ゴメン、私には全然わからないわ。」

 奈緒美の言葉に対し、それまで黙って聞いていた紅羽が苦笑しながらそう呟くが、その声を奈緒美も涼斗もスルーした。


 ◇


「なんかあっという間でしたね。」

 ファミリーレストランを出たところで、奈緒美が名残惜しそうに言う。

「確かにな。でもあまり遅くなっても不味いだろ?」

 西の空を見ると、夕焼けに染まりつつあり、まだまだ暑いとは言え、秋分も近く朝晩には秋の気配が感じられるこの頃だ。日が沈み始めたらあっという間に暗くなるだろう。

「うぅ、今ほどSLOが終わっちゃっていることを悔しく思ったことはないですよぉ。」

 奈緒美が心底悔しそうに言うが、その気持ちは涼斗も同じだった。

 もし今でもSLOがやっていたら、帰宅後直ぐログインして、寝落ちするまでナオトと遊び、語り明かしていたに違いない。

「まぁ、後少しの辛抱だよ。USOのオープンはちょうど祝日でその後の土日月で4連休だし、1日中USOで遊べるからな。」

 涼斗は、自分も同じ気持ちであることを押し込めて、奈緒美をそう宥めるが、そこで意外なところから横槍が入る。


「それは無理よ。」

「いや、まぁ、紅羽は無理して付き合うことはないぞ。」

 紅羽みたいなゲーム初心者を、無理矢理朝まで付き合わせる程、鬼畜では無いつもりだ。

 だからと言って自分自身が徹夜しないという選択肢は端からあり得ない。

 オープン直後は、紅羽や奈緒美の時間が許す限りは、彼女達に付き合うつもりだが、その後はひとりで、様々な検証やスキル上げに時間を費やすつもりだ。

 そう言う意味でも連休はありがたかった。

「そう言う事じゃなくてね、ほらここに書いてあるじゃない。」

 涼斗と奈緒美は、紅羽の差し出した資料に目を通す。


「なん、だと……。」

「そんなぁ……1日4時間なんて……。」

 涼斗と奈緒美がガックリと肩を落とす。

 紅羽が指し示した場所には『身体への負担を考慮して、接続して4時間経つと強制切断されます。』と書いてあった。

 更に言えば、4時間のプレイタイムが終わると翌日までログイン出来なくなるらしい。

 切り替えのタイミングは0時ではなく朝の6時らしいので、深夜2時から始めれば翌朝の10時まで8時間連続、ということも出来るらしいけど、時間帯的にあまり意味がない。

 学生の身分からすれば、帰宅後夕食までの間に1時間ほど、後は寝る前の3時間と言ったところか。

 普通であれば十分な時間とも言えるが、廃ゲーマーにとっては全く持って物足りない。


「4時間もあれば十分じゃないの?」と紅羽が言うが、そんな紅羽に奈緒美が反論する。

「くーちゃんは分かってないよっ!夜8時から始めても0時には強制的に終わっちゃうんだよ。その後どうすればいいのよっ!」

「寝なさいよっ。」

「徹夜明けで、少しフラフラになりながら学校に行って、心配した友達に「ん、昨晩寝かせて貰えなくて……」と、意味深な会話も出来なくなるんだよっ!」

「不健全な会話はやめなさいっ……ってか、アンタ友達いないでしょ!」

「あー、言ってはならぬことをっ!」


 じゃれ合う二人を見ながら、こういうのってなんかいいなと思う涼斗だった。

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