第3話 オフ会 前編

「んー、こっちが種族特性表で、こっちがスキル一覧と……。」

 オフ会の日、待ち合わせ場所であるファミリーレストランに着いた涼斗は、もう一度整理しておこうと、持ってきた資料を広げる。

 ナオとの待ち合わせの時間までにはまだ1時間以上ある。

 別に涼斗は、ナオと会うのが楽しみで仕方なく、いつも以上に早起き(というか寝付けずにほぼ徹夜している)して、早い事が分かっていながらも、いてもたってもいられずに家を飛び出してきた訳ではない……と涼斗本人は思っている。

「どうせドリンクバーだし、家でもやる事は変わらないし、遅刻するよりはいいだろ?」

 涼斗は誰に言うともなく言い訳を呟くが、当然聞いているものは誰もいない。


 しばらく資料を眺め考え込んでいた涼斗だが、ドリンクが空になっているのに気づき、ドリンクを取りに行く。

 ドリンクバーにグラスをセットし、半分ほどオレンジを注いだ後、グレープのボタンを押し、残りの半分を埋める。

 少し刺激が欲しい時には、これに炭酸を加えるのが涼斗の最近のマイブームだった。

「リアル調合だ―」とか言って、色々と混ぜ合わせていた時期もあったが、まっとうに飲める組み合わせは少なく、結局のところオレンジとグレープ以外の組み合わせは色々と微妙であり、落ち着くところに落ち着いたと言えるのかもしれない。


 ドリンクを片手に戻ると、席の傍に二人の女性が立っているのが見えた。

 結構込み合ってきていて、空いている席は一人用の狭い席ぐらいしか空いていない。

 係の人も忙しく動き回っているので、ひょっとしたら席を移って欲しいと言いに来たのかもしれない。

 だが、待ち合わせをしているので席を譲る事は出来ないと、声をかける事にする。

「あの、申し訳ないのですが、待ち合わせしているので、席は空けれない……です……。」

 涼斗の声に振り返った女性の顔を見て、涼斗は思わずグラスを落としそうになる。

「わっ、とっと……加納紅羽……何で……。」

 そう、そこに立っていたのはクラスメイトである加納紅羽だった。

 白基調のゆったりとしたワンピースと、腰まである長い黒髪が見事にマッチしていて清楚なお嬢様という雰囲気が伺える。


 そしてその横にいる人物にも、涼斗は見覚えがあった。

 普段屋上で会うあの子だ。

 彼女の着ている薄い青のワンピースは、紅羽とはお揃いのデザインで、二人並ぶと仲の良い姉妹にも見える。

 ……まさか本当に姉妹って事はないよな?

 そんな事を考えていると紅羽から声がかかる。


「……人の名前をフルネームで呼び捨てって失礼な人ね。」

「あ、いや、ごめん……ちょっと驚いて、つい……。」

 睨みつけてくる紅羽に慌てて謝る涼斗。そんな涼斗に、紅羽の影にいたもう一人の女の子が声をかけてくる。

「えっと、ひょっとして、『リオン』?」

「えっ、リオンって……何でそれを……?」

 会話した事も無い彼女が、何故涼斗のSLOのキャラを知っているのか?

 そしてここで待ち合わせてるのは……。

 ……まさか、彼女が『ナオト』の中の人!?

 いや、ナオは男だろ?……イヤイヤイヤ……本当に男か?

 涼斗がパニックを起こした頭で考えていると、眼の前の彼女が口を開く。

「あ、やっぱり。初めまして、って言うのも変かな?ナオトこと朝霧奈緒美です。今まで通りナオって呼んでくれればいいよ。」

「あ、えーと、その、初めまして……浅羽涼斗です。リョウでも涼斗でも好きに呼んでくれれば……。」


 やっぱり彼女が『ナオト』だった。

 つまりこの前言っていたナオの隠し事って言うのはこの事だったのか、と涼斗が考え込んでいると、横の紅羽がとんでもない事を言い出した。

「ねぇ、奈緒。じゃぁ、この人が例の『オカマ』なの?」

「もぅ、くーちゃんたらっ。『オカマ』じゃなくて『ネカマ』だよ。」

 涼斗の事は忘れられたように二人が話し出す。

 女三人寄れば姦しいと言うが、女子高生二人でも十分姦しかった。


「えっと、取りあえずそういう事はあまり大きな声で言わないで……後、まず座らない?」

 女子高生がオカマだのなんだのと言っている場所にたたずんでいるのは、正直言って居心地が悪い。

「あ、そうね。」

「私、さきにドリンク取ってくるよ。くーちゃんはいつものでいいよね?」

 そう言ってドリンクコーナーにかけていく奈緒美。

 その場に残された涼斗と紅羽は気まずそうにお互いを見ながらも席に座る。

「えっと、その……加納さんは何でここに?ナ……朝霧さんとは知り合い?」

 涼斗は、黙っているのもなんだと思い、思い切って紅羽に話しかける。

 クラスでは隣の席なのだが、こうして話すのは初めてだったことに今更ながらに気づく涼斗。


「えーっと、隣りの席の浅羽君で間違いないわよね?奈緒とは幼馴染なの。あの子昔から人見知りが激しくてね、特に男性の前では碌に顔を上げる事も出来ない位なのよ。なのに、いきなり見知らぬ男の人と会うって言うから、心配でついてきたのよ。いくらオカマだからって、安心できないでしょ?」

「いや、オカマじゃなくてね、その……。」


「もぅ、何度も言ってるじゃない。リオンちゃんはオカマじゃなくてネカマなの。」

 その時、ドリンクを持って戻ってきた奈緒美が口を挟んでくる。

「ネカマってハッキリ言われると…その……まぁその通りなんだけど……いや、それより、ナオ……じゃなくて朝霧さんだって……。」

「くーちゃん、はいこれ。」

「ありがとうね。」

「そうでーす。ナオトの中身は、実は女子高生。ネナべちゃんでしたぁ。てへっ。」

 奈緒美は紅羽に持ってきたドリンクを渡して席に着いた後、悪びれもせずにそう言った。

「くそっ、可愛いから何も言えん。思わず許しちゃうだろ。」

 奈緒美の可愛らしい仕草に、思わず本音が口を吐く涼斗。

「そうそう、可愛いは正義だもんね♪」

「自分で言うな!……しかし、ネカマはバレたらキモいと罵られ、ネナべはバレても……というかバレた後ほど人気が出るって言うのは解せん。」

「アハッ、根底にあるのはみんな一緒だよ。」

「まだまだネトゲの人口は、純情な男が多いって事かぁ。」

「そうそう。」

 楽しそうに笑う奈緒美を見て、涼斗も思わず口元が緩む。

「ねぇ、さっきから言ってる『ネカマ』とか『ネナべ』って結局何なの?」

「「そこからっ!」」

 紅羽の質問に思わず声が揃う涼斗と奈緒美。

 結局、ネカマ、ネナべの定義を紅羽に理解させるのに30分の時間を要したのだった。


 ◇


「そう言えば、ナオは何でいつも屋上にいるんだ?友達いないのか?」

「それ、センパイが言いますかぁ。」

 少し膨れっ面で文句を言う奈緒美。

 出会ってから1時間も話していれば、お互いに慣れて喋り方も気安くなる。

 そうでなくてもリオンとナオとしてほぼ毎日のようにチャットしていた間柄なので、最初の違和感さえなくなれば、普段と同じような感じになってくる。


 ただ呼び方だけは、奈緒美が一学年年下という事もあり、「センパイ」呼びに変わった。

 涼斗としては別に『リョウ君』でも構わなかったのだが、学校でそう呼んでいるのがバレたら色々面倒だと断られた。

 ちなみに、奈緒美だけ『ナオ』と名前を呼んで、自分に対しては『加納』と苗字呼びをするのはおかしいと紅羽が言い出したことに対し、教室でそう呼んだら、色々面倒だと涼斗が言うと、「そんなの関係ないじゃない!」となぜか紅羽がブチ切れ、それを宥めるのに時間を要し、結局『紅羽』と名前呼びをする事で落ち着く事になったのだが、週明けからの学校でのことを考えると、少し気が重くなる。

 しかし、ナオが「いろいろ面倒」といったときはそうよねぇ、と同意していたのに、涼斗が「いろいろ面倒」と言ったらブチ切れるのには納得がいかない涼斗だった。


「大体、私が屋上でお昼をしてるのは、半分は『リオン』のせいなんですよ。」

「へっ?俺のせい?」

「そうですよぉー。センパイ昼休みになると、チャットしてくるじゃないですかぁ。教室で、一人黙々とスマホ弄っていると結構目立つんですよぉ。覗き込んでくる子もいるし。」

 だから人目を避けるために、昼休みになると移動しているのだと奈緒美は言う。

「そ、そうか……悪かった。」

「そうですよぉ。あと、ほぼ毎日だから、リオンちゃんは友達いないんじゃないかって心配してたんですよ。」

「……。」

「えっと、センパイ?」

 思わず黙り込んでしまった涼斗を見て、不安そうに声をかける奈緒美。


「心配しなくても、友達位沢山いるさ。『ナオト』に『イクラ』『タラコ』に『マンボー』『クリスティン』に『ソルト』もいるな。それから……。」

 涼斗はSLO時代のフレンドリストにあった名前を挙げていく。

「センパイそれって……。」

 悲しそうに目を伏せる奈緒美。

「涼斗君ってクラスでは友達少なそうに見えるけど、案外友達多かったのね、意外だわ。」

 何気なく口にした紅羽の言葉が涼斗の胸に突き刺さる。

「くーちゃん、やめてあげてぇ!」

 必死で止めに入る奈緒美だが、紅羽には理由が分からずにそのまま続ける。

「あまり聞いたことがない名前ばかりだけど、学校外の人達かしら?外国の人も友達なのね。国際交流って憧れてるの。今度紹介して下さらない?」

 紅羽に悪気はなく、本当に心の底からそう言っているのが分かる、無邪気な笑顔が、さらに涼斗の心を締め上げる。

「もうやめてぇ~、センパイのHPゼロだよぉ~。」

「ふっ、いいんだよ。俺の友達は学校なんて枠に収まらない、グローバルでワールドワイドなんだ。」

 そう言いながら遠くを見つめる涼斗。

 所詮、一般人にはわからない世界なのさ、と嘯いていたりする。


「そ、それより、今日の本題!センパイは結局どういうキャラにしたいの?」

 心に大きなダメージを負った涼斗を救うべく、やや強引に話題を変える奈緒美。

「あぁ、色々考えたんだけど、ヤッパリ『魔法剣士』は譲れないからな……。」

 これ幸いと、その話題転換に乗っかる涼斗。

 取りあえず、今の話題から逃れられるのであれば何でも良かったのだ。

 そして、USOの事で話題が盛り上がる二人に対し、元々、その方面に詳しくない紅羽は、黙って二人の会話を聞いているしかなかったのだが、なぜかその表情は寂しげだった。


 ◇


「……ドワーフだと魔法が使えないだろ?だから種族は色々考えるとヒューマン一択なんだって。」

「センパイはいつも変なところに拘るんだから。ヒューマンはオールマイティといえば聞こえがいいけど、結局は種族基本値が低いから、長い目で見たらねぇ……。」

「その『オールマイティ』ってのがいいんじゃないか。」

「ただの器用貧乏だよ。……はぁ、だったらボーナスはSTR、INT振りでいいじゃないの?何を悩むの?」

「いや、だから生産も取りたいんだよ。そうするとDEXにだなぁ……。」

「センパイ、あっちこっちにいい顔してるとモテないよ?」

「今ってそう言う話題か?」

「似たようなモノだよ。まぁ、センパイらしいけど八方美人は大変だよ。」

 そういって覗き込んでくる奈緒美と目が合い、思わず視線を逸らす涼斗。

 間近で見ると、かなり可愛いことに改めて気づかされる。

 さっきまでは会話に夢中で気にしていなかったが、一時になるとどうしても意識がそっちに引っ張られてしまう。


「わ、悪かったな……そう言うナオはどうするんだよ?」

 涼斗は、自分が動揺していることを悟られないよう、平然を装いながら話を奈緒美に振る。

「私はソードダンサーを目指すつもり。センパイとパーティ組むなら前衛の方がいいでしょ?」

「パーティって……組んでくれるのか?」

「組まないの?」

 キョトンとした顔でそう聞いてくる奈緒美。

 涼斗としては気心の知れた『ナオト』がパーティを組んでくれるのはありがたい。

 しかも中身がこんな可愛い子となれば、断る理由なんてなかった。

「いや、すごく嬉しい……えーと、その……これからもよろしく。」

「ウン、任せてよ。」

 思わず見つめ合っている事に気づき、お互いに顔を赤らめてすぐさま視線を逸らす二人。


「ねぇ、私もやる。」

「「えっ?」」

 それまで、黙って二人の会話を聞いていた紅羽の突然の発言に、何の反応もできない二人だった。 

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