第2話 身バレ!?

 STRかINTか……。

 授業中ではあるのだが、教師の読み上げる教科書の内容など全く頭に入ってこず、ノートに書き込んだアルファベットと数値を前にして、浅葉涼斗は悩んでいた。


 STR 20

 INT 15

 DEX 15

 SPD 10

 LUK 10


 何度も消しては書き直し、また消して、と繰り返された跡そのものが涼斗の悩みの深さを物語っていた。


 アルティメットスキルオンライン……通称USOが発表されてから3週間が経つ。

 あれから公式では毎日のように、場合によっては数時間おきに新しい情報を流している。

 今わかっているのは、VRを使用した全く新しいユーザーインターフェースだということ。

 そのため、プレイヤーの分身であるキャラクターは本人がベースになること。

 基本種族とその特性、基本ステータスなどのパラメーター関連。

 一部の習得できるスキルとその内容。

 

 ……などなど、公開されている情報はキャラクター関係の事が多いのはある意味当然と言える。

 そして、現在涼斗を悩ませている問題がそのキャラクターについて。

 そのゲームのすべてはキャラメイキングから始まっているといっても過言ではない、と涼斗は考えている。

 だから、後で後悔しないためにも、今からどういうキャラクターにするのかをじっくりと考えて……で1週間以上頭を悩ませている。


 ……ダメだぁ。

 何度目かの数値を書き換え、再度消したところで、涼斗は考えるのを放棄する。

 ノートを閉じたところで、丁度チャイムが鳴り、午前の授業が終わる。

「くぅー……。」

 涼斗は固まった身体を解すように大きく伸びをしながら、お昼をどうしようか考える。

 涼斗の通う誠心学園は、県内でも有数の進学校で、比較的自由な校風と充実した施設を謳い文句にしている。

 そのため、お昼も弁当持参を始め、購買、学食、近くのコンビニと選択の幅が広い。

 とは言っても、コンビニまで買いに行くのはやや時間がかかるし、購買に比べて割高になるため、余程のことがない限り利用する者は少なかったりする。


 弁当派の者達は、仲の良い友人と机を並べ、弁当を広げ和やかに会話をしながら食べ出しているし、学食派や購買派の者達は、既に戦場へと向かっていて、ここにはもういない。

 つまり、弁当を持ってきていない涼斗は、すでに出遅れているのだが、いつものことなので気にしていない。

 ただ、周りの涼斗の動きを伺うような視線が、微妙に痛かったりする。

 涼斗としては、混雑する中で苦労して人気のパンを買うより、落ち着いたところで余ったパンを買えばいいと言う考え方なので、正直焼きそばパン一つで一喜一憂するクラスメイト達の気持ちが分からず、特に急ぐ気はないのだが、その視線に耐えられずに席を立つ。


 涼斗が立ち上がると、見計らったかのように、クラスメイトの女子が声を掛けてくる。

「浅葉君、今日も机借りるね。」

 その女の子は、涼斗の返事を待たずに机を隣の席へと寄せて、お昼を食べるための島を形成する。

 いつものことなので、軽く頷いてから教室を出ていく涼斗。

 背後では女子達の楽しそうな笑い声が響いていた。


「今日も屋上でいいか。」

 涼斗は戦利品のあんパンとピザパンを手に、屋上へと続く階段を上る。

 学園モノのアニメやマンガでは、屋上でお昼を食べるというシチュエーションがよく出てくるが、実際にはそんなにいいものではなかったりする。

 屋上まで階段で上がっていくのが面倒だし、そもそも、屋上を解放している学校などは殆どないので封鎖されているのが普通だ。


 誠心学園も多分に漏れず、基本的に屋上は立ち入り禁止なので、管理用の非常階段は半ば物置と化していて、非常に通りにくい。

 壊れかけの机などが置いてある隙間を通り抜け、壊れていて実質意味をなしていないカギの存在を無視してドアを開け、屋上に出ると爽やかな風がリョウとの頬をくすぐる。

 夏は暑いし冬は寒いが、朝晩に秋の気配を感じる今の時期は、心地よい風が吹いてくることもある……一年を通してほんの僅かな時期だけだが。


 気温は別としても、掃除がされている訳でもないので、春先など風が強い日は砂埃が酷く、弁当など広げた日には砂だらけになる。こんなところでお弁当を食べたいと思うやつが何人ほどいるのだろうか。涼斗だってできれば遠慮したいのだ。なのに、なぜ屋上に来るのか?

 それは、それらのデメリットを補って有り余る魅力が屋上にはあるからだ!……等と言うことはない。

 ただ単に行くところが無いだけだったりする。


 図書室を始めとした学習室は飲食禁止だし、中庭などのロケーションのいい場所はリア充共に占有されている。

 かと言って、一人になれるという理由だけのトイレの個室などは問題外なので、消去法として屋上が選ばれるわけである。


 涼斗の隣の席にいる、加納紅羽と言う女生徒は、学園でもトップレベルに位置する美少女だ。そして、常に学年トップ5にいる成績優秀者で、人当たりも良いとなれば、彼女の周りに人が集まるのは当然であり、一緒にお昼を食べたいと言う人は男女問わず大勢いる。

 そんな状況で、当たり前のように隣に座ってお昼を食べるだけの度量を涼斗は持ち合わせていなかった。

 いや、一度チャレンジはしてみたのだが、周りからの視線の痛さとその場の空気の気まずさに耐えかね、10分で食事を終了し早々にその場から逃げ出したのも、今となってはいい思い出だ。

 結果として、涼斗はお昼になると席を譲り、自身は屋上へと移動するのが当たり前となったのだった。


「……っと、今日は先客がいたか。」

 屋上へ続く扉を開くと、貯水塔の陰に座っていた女生徒と目が合う。

 少し明るめのセミロングの髪が、風を受けて揺らめいている。

 やや大きめのくりっとしたその瞳は、涼斗の姿を認めると、直ぐに視線を逸らす。

 涼斗が彼女と屋上で会うのは初めてではない。

 それどころか、3日に1回は屋上で会う。

 涼斗が先に来ている日もあれば、今日みたいに彼女が先に来ている日もある。

 しかし、彼女と話したことはなく、いつも一瞬視線が合うだけで、その場から離れるのが普通だった。


 数少ない屋上愛好者?同士、何らかのコミュニケーションをとってもいいと思うのだが、見知らぬ女の子に声を掛けることができるなら、そもそもこんなところに来たりはしていない。

 加納紅羽程ではないが、充分に美少女のカテゴリーに入ると思われるその女生徒が、こんな所にいるのも、多分涼斗と同じ理由だろうと推測する。 

 彼女の容姿であれば、スクールカーストの上位に位置していてもおかしくないし、スマホを見ながら偶に見せる笑顔からして、性格も悪くないと思う……まぁ、話した事も無いのだから、涼斗の願望でしかないが。

 そんなお昼を食べる友達が多そうなのにもかかわらず、ここにいるっていうことは、多分そうなのだろう。であるのならば、あちらから声をかけてくることはあり得ない。

 涼斗から声をかけることが出来ないのならば、彼女とは永久に屋上ですれ違うだけの関係、から変わることはないだろう。


 そんなことを考えながら、涼斗は彼女から離れたところにあるベンチに腰掛ける。

 何故こんな所にベンチが置いてあるのかは誰も知らなくて、誠心学園の七不思議の一つになっているが、便利なのであまり深く考えずに利用している。

 因みに、後6つの不思議はよく知らない。

 七不思議はマジでヤバいから関わるな、と入学当初に先輩方からよく言われたので、それを律儀に守っていたりする涼斗だった。

 涼斗は買ってきたパンを咥えながら、スマホを取り出し、チャットアプリを立ち上げる。


リオン:『こんにちわ。相談があるんだけど、今大丈夫かなぁ?』

 涼斗がそうメッセージを送ると、殆ど差がなく返事が返ってくる。

ナオ:『相談?いきなりだね。恋の悩みかなw』


 未だに本当のことを話せていないので、ナオは涼斗の事を女の子だと思って話しかけているはずだ。

 涼斗はナオを騙しているようで辛いのだが、それでも、こうして趣味の事を大ぴらに話したり相談したりできるのは、ナオしかいないわけで、今日もこうして『女の子』の振りをしながら相談を持ち掛けるのだった。


リオン:『ソレはないよー。そうじゃなくてUSOの事なんだけどね……。』

 涼斗は、昨晩からさっきの授業中まで悩んでいたことを、チャットアプリ上に打ち込んで行く。


リオン:『だからね、ジョブとしての魔法剣士は譲れないのよ。だから種族は『ヒューマン』一択かなって……。』

ナオ:『魔法使うならハーフエルフとかでもいいんじゃないか?』

リオン:『確かに、ハーフエルフの特性は捨てがたいけど、戦士としてみた場合の脆弱さが気になるんだよね。』


 涼斗は、ナオとのチャットに時間を忘れて没頭していた。


ナオ:『ウーン……悩ましい問題だね。直ぐに答えは出ないかな。』

リオン:『ヤッパリ?こっちもずーと悩んでいて、授業に身が入らなくて困ってる。』

ナオ:『何とかしてあげたいけどねぇ。チャットのやりとりじゃ限界あるし……。』


 ナオの言う通りで、涼斗自身、各種資料を見ながら考えても悩むのに、チャットでの情報だけでは適切な判断ができないだろう。

 少なくとも、逆の立場だった場合、涼斗には無理な話だ。


ナオ:『あのさ、良かったら明日直接会わないかな?その方がより詳しく相談に乗れると思うし。』

 ナオから送られてきたメッセージを見て、涼斗の指が止まる。


 以前からの会話の内容などから、お互いに近所に住んでいるのは何となく理解していたが、オフ会など、直接会おうという話題は避けてきた。そして、リオンが直接会うのを嫌がっている事はナオも薄々感じていて、彼からオフ会を匂わせる話題は今まで出る事は無かった。

 しかし、ここにきてナオからのオフ会のお誘い……受ければネカマだったって事がバレるが、SLOもサービスが終了し、新たにUSOが始まるこのタイミングは、本当の事を告白し、新たな関係を築くにはちょうどいいのかもしれないと涼斗は考える。

 しかし、ナオがどういう反応をするか分からず、ヘタすれば今までの関係が壊れ、唯一の友人を失ってしまうかもしれないと思うと、涼斗は直ぐに答えることができなかった。


ナオ:『ゴメン、ヤッパいきなりすぎたよね。忘れて。ただ資料とか見ながら話せたらって思っただけで他意はないんだよ。』

 涼斗が返事をしないことで、気を悪くしたと思ったのか、ナオがオフ会の話を取り消してくる。

リオン:『あ、いや気を悪くしたとかじゃなくて、その……』

 涼斗は大きく息を吸い、思い切って打ち込む。

リオン:『ゴメン。俺ホントは男なんだ。騙すつもりはなくて、その……。』

 そこまで打ち込んで、指が止まる。

 SLOのフレンドは何人かいるけど、ゲーム外でこうして連絡を取っているのはナオだけだった。

 リアルでの友達が少ない涼斗にとって、ナオは親友といっても差し支えないと勝手に思っていただけに、騙していたという事実がすごい罪悪感となって涼斗を襲う。


リオン:『ゴメン、気持ち悪いよね。騙すつもりはなかったんだけど……拒否られても仕方がないと思う。こちらからはもう連絡しないよ。じゃぁ……。』

ナオ:『待て待て!勝手に完結するな!リオンが男って事は気づいていたから、そこは気にしないで。』

 ナオからのメッセージに、再度指が止まる。

 ウソだろ?既にバレてたって?

リオン:『知ってた!?いつから?』

ナオ :『んー、割と最初の方?』

リオン:『……むちゃハズい~~~~……穴掘ってくる。』


 涼斗は頭を抱える。

 まさかバレていたなんて……ネカマプレイ時のあんなことやこんなことを思い出すだけで、顔から火が出そうだった。

 ホント、穴があったら入りたい気分だ、と涼斗は思わず周りを見回す。

 別に穴を探していたわけではなかったが、ぐるりと周りを見回していると、視界の端に彼女の姿が飛び込んでくる。


 スマホ片手にクスクス笑っているのが遠目にもよくわかる。

 マンガか何かでも読んでいるのだろうか?

 その姿を眺めていたら、不思議と気分が落ち着いてくる。

 こうして屋上で何度も会っているのに、会話すらしたことのない、だけど不思議と親近感を覚える女生徒。

 同じ趣味を持ち、同じ話題で盛り上がる……あんな可愛い子が彼女として隣で笑ってくれたなら……そんな妄想が涼斗の頭の中で繰り広げられる。


ナオ :『おーい、大丈夫かぁ?まさかホントに穴掘ってるんじゃないだろうな?』

 しばらくレスが途絶えたのを気にしたのか、ナオが問いかけてくる。

リオン:『掘ってないよ……ていうか、掘る道具持ってない。』

ナオ :『そこからかっ!』

リオン:『穴掘るのは諦めたんで、男でも問題なければ相談にのってくれるか?』

ナオ :『穴掘るとか、男でも問題ないとか、……表現が少しアレだけど……いいよ、言い出したのはこっちだし。それに隠し事してるのはお互い様だからね。』

リオン:『なんだとっ!何を隠してる?』

ナオ :『アハハ。それはあった時に話すよ。それより待ち合わせの場所だけど……。』


 その後、待ち合わせの場所や時間について話しを進める。確認してみれば、やはりお互いの住んでいる場所が意外と近く、逆方向ではあるが、学園最寄りの駅から一駅程離れているだけだったので、駅前のファミリーレストランで待ち合わせることになった。

 当日は先に着いた方が席を取り、USOかSLOの関連の物を何か目立つようにしておくなどの細かい取り決めをしていると、お昼休みが終わるチャイムが鳴る。

 涼斗は仕方なく会話を終え、チャットアプリを終了させると急いで教室に戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る