再殺少女地獄-君死ニタモウ事勿レ

哀川ライチ

第一章 檻噛ノアの憂鬱【神隠し編】

第一話『転校生』


僕は”不幸”だ。

ああ、とっても不幸なんだ。


はぁ。

なんて憂鬱ゆううつなのだろう。

溜息ためいきがでる。


そりゃあ、さ。溜息もでるよ。

どうしてこうも僕は“運“がないのだろうか。

運がないというか不幸というのか。


どうも僕は生まれついての不運な持ち主で、不幸な体質らしい。

RPGでいうところの能力値ステータスで表すなら幸運値ラックが、ゼロかマイナスなのだろう。

今朝けさだって、鳴るはずの目覚まし時計が電池切れだったり、保険にしていた携帯スマホのアラーム機能が止まっていたり、と。

おかげでの可愛い可愛い妹様のドロップキックが炸裂さくれつした訳だけれど・・・。

それは、まあ。いつものことなので気にしない気にしない。

いてっ

後頭部に大きな“たんこぶ“が出来ているのもきっと気のせいだ。

ああ、気のせい気のせい。

というか妹様よ、頼むから兄の後頭部を狙うのはやめてくれないか。


ねえ、死んでしまうよ?


***


通学中。

黒猫に横切られたり、カラスに襲われたり、野良犬に咬みつかれたり、水溜りにはまったり、トラックにかれそうになったり、と。

不幸のオンパレードだ。

そう毎日がこんな調子。うん、至って日常。従って通常。


だけど。だけど。

これは普通なのだろうか。

これが普通と呼べるのだろうか。


のろい”


そう。そしてこれは、きっと。

僕だけの”呪い“。

僕だけにかけられた“呪い“。

あの時、あの刻から。

あの”事件”。あの“出来事”。あの“わざわい”。

あの災厄さいやくから始まった。

産まれた”呪い”。かけられた”呪い”。


しゅ”。

のろい”。


そう、不幸の”呪い“なんだ。

これは、あの時から僕にかかった“呪い“。

逃げられない“しゅ”。

ほどけない”まじない“。


それが僕の“日常ふつう”なんだ。


***


ところで溜息ばかりついているこの僕。

とっても不幸な少年の紹介をしようか。

そんな不運の不幸体質な少年の名は。

檻噛おりがみノア。

草薙くさなぎ学園の高等部二年生。

至ってごく普通の平凡な高校生だ。

この不幸な体質を除けばなのだけれど。

おっと。そう言ってるそばから野良アルパカ?に襲われていたりする。

やめろ、噛むな噛むな。

お願いだからやめてくれ。


***


草薙学園高等部2年A組。

僕は教室の窓の席で、外を眺めている。

今日も平和だ。

とても平和な日だ。

そんな普通の日常が有難い。

そんな退屈な日常が羨ましい。

いつもの憂鬱ゆううつな世界にこんにちは。

そう僕は、こんな世界に少しうんざりしていたんだ。

なにもない、なにもない、僕の周りの世界に。

無の”世界セカイ“。

ほんとに馬鹿だ、なにもないのは自分なのに。

無の”自分ぼく“。

その責任をぶつける相手は“この世界”しかいない。

無茶苦茶な言い訳をしながら、八つ当たりするしかないんだ。

かと言って、そんななにもできない自分にも嫌気が差していた。

優柔不断、自分ではなにも決められない臆病者。

なにもすることもはじめることもできない愚か者。愚者ぐしゃ

ぐしゃりと潰れる”世界”。

世界は、世の中は、永久に普遍ふへんだと信じていたのに。

だけどだけど。

普遍なはずの世界が、普通の日常の世界が、いきなり変わればどうなるのか。


僕は今から思い知らされる。

ある日、突如として。一瞬に。瞬間に。


暗転フラッシュバック


ある日あの時もそうだった。

あの刻、あの災い、禍い、災厄もある日、突然だった。


”世界”は突然に唐突に”生まれ変わる”。


そう、僕の平凡な日常。大切な日々。

僕の世界はある日、突然、突如として変貌したんだ。

世界は簡単に、変わるものだ。劇的に。

世界は簡単に、終わるものなんだ。檄的に。

生きることが不運であるように、僕の不幸体質は、世界までも移り変えてしまうのだろうか。

それはいつもの日常の終わり、そして異常な日常の始まりだった。


終わりの始まり。始まりの終わり。


かつての、あの時と似ている。


ごくり。

唾を飲み込む音が響く。


ぽたり。

汗が滴る。


せみの鳴き声が聞こえる。

うるさい。

大量の蝉の声が鳴り止まない雑音ノイズになって僕の聴覚みみを刺激する。

ねっとりと湿気が身体に纏わりつく。


そんな茹だるような暑さの夏。

うるさい。

うるさい。

ああ、嫌いだ。夏なんか嫌いだ。

なんなんだろう、この暑さは、異常だ。

僕は夏が嫌いだ。

なぜなら、僕は太陽が嫌いだから。

灼熱に照らす天空の絶対者。

不死の王、吸血鬼すらも灰と化す光の王。

古来より、人々に崇拝された太陽神、天照命アマテラスノミコト

それに僕は昔から太陽に当たり過ぎると皮膚が焼けるように腫れてしまう。

紫外線アレルギーなのかも知れない。そんな僕には太陽の光は痛すぎる。


確か。そういえば、“先輩”も僕と同じで太陽が嫌いだったな。

でもまあ、“先輩”は、生まれつきだから仕方がないけど・・・。

僕の尊敬する人であり、敬愛する”先輩”。

先天性白皮症、先天性色素欠乏症と呼ばれる世にも珍しい“アルビノ”なのだという。

この世界は、世の中は、アルビノ種を迫害したり、忌み嫌ったりするけど。

僕は違う。

だって、こんなにも美しく儚いじゃないか。

透き通る透明な白。燃えるような真っ赤な瞳。神聖なる真っ白な純白の少女。

とてもとても凄く素敵じゃないか。

そこに痺れる憧れる。

そして“先輩”は草薙学園の生徒会長であり、学園一の美貌を誇る天才少女であり、博識博学な文学少女である完璧な才女なのだ。

草薙くさなぎリンネ。

そんな彼女についた異名が、畏怖と異端の象徴の名である”魔女”。

“白き魔女”と呼ばれている。

まるで”月”のような美しく儚いアルビノの少女。

”白き月の魔女”、草薙くさなぎリンネ。

驚くなかれ、この草薙学園を運営する草薙財閥の御令嬢でもある。

畏れ多くも、密かに想いを寄せている僕の憧れの“先輩”である。

もちろん、高嶺の花なのはわかっている。

だけど、少しくらい想うだけなら自由じゃないか。

それくらいは許してほしい。

僕の愛する“先輩”


”愛”の輪廻りんね永劫えいごうに。

 

***


「”転校生”を紹介する」


そんな時、季節外れの“転校生“がやってきた。


「皆さん。はじめまして、 阿頼耶識あらやしきアリスと言います。

東京から転校して来ました。仲良くしてください。どうぞ、よろしくお願いします」


丁寧に深々と頭を下げる少女。

綺麗な長い黒髪が床まで垂れそうだ。

東京の高校の制服だろうか、黒い制服、セーラー服を着ていた。

白く黒く美しい少女。

視た者を魅了するという”夢魔”のような、吸い込まれそうな黒瞳。

艶やかな腰まである長い黒髪。

まるで血のような真紅色の小さな唇。

硝子ガラスのように透き通った白い肌。

それはまるで”人形”のような、”マネキン”のような精巧な美しさ。

崩れそうな、壊れそうな美しさ。儚さ。


どこか不思議ふしぎな少女だった。

不可思議ふかしぎな”転校生”。

微かに”線香”の香りがしそうな”葬式“帰りのような雰囲気。

そんな微かな“死の匂い“。

吐きそうな”死臭“がする真っ白い少女がそこにいた。


阿頼耶識あらやしき・・・。

どこかで聞いたような。

阿頼耶識。

阿頼耶識だって?え、待てよ、阿頼耶識って、あの阿頼耶識なのか?

そう、そんな名前は珍しいから忘れる訳がない。

アリス。

アリスだって?

まさか。君はあのアリスなのかい。

あの幼馴染おさななじみだったアリスなのか?

まさか・・・、まさか、ね。いや、あり得ない。


あり得るはずなんかないんだよ。

絶対に、ありえないんだ。

だって。

だって・・・。


僕は少女を見続けた。

いや、僕は少女に見惚れていた。


ミツケタ。


そして少女は僕に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた。


見つけたよ、ノア。


その声は僕には、甘い甘い吐息に聴こえた。


ふふっ。

そして少女は僕の方を見て微笑んだ。


アリス。

そう、まるで僕の心を見透したように。


うふふ。

その少女は笑っていた。

まるで、美しい神の御使い。”死の天使アズライール“のように。

いや、云うならば、

ヨハン・ファウスト博士を惑わす魅惑の“悪魔メフィスト・フェレス“のように。


ふふ。

少女は、わらっていた。

だって、僕の記憶が確かなら。僕の脳がまだ正常なら。


だって。

だって、あの時。君は。

僕の幼馴染だった“阿頼耶識アリス”は、幼少の時に、亡くなっていたのだから。

死んでいた。

幼いころ死んだんだ。

あり得ない、あり得ないよ。

だってあの時。

僕のせいで、死んだはずだ。

アリスは、死んだはずなんだ。

あの時。

幼馴染だった、友達だったアリスを

好きだった、大好きだったアリスを。

愛しい”君“を。

僕が。

あの刻。


アリス“を殺したんだ。


***


頭の中でなにかが軋む音がした。

僕の中の錆びついて止まっていた歯車が回る音がした。


始まった。 日常。

そして、僕らの異常な日常が始まろうとしていた。

終わった。日常。

そして、僕らの平凡な日常が終わろうとしていた。


終わりの始まり。

始まりの終わり。

いつのかにか煩かった蝉の雑音が止まり、茹だるような暑さが消えていた。


ぞくり。

僕は肌寒さで震えた。

そして、僕はずっと君から目を反らすことができなかった。

かつて死んだ幼馴染の少女。

阿頼耶識アリス。

季節外れの転校生。


”僕”に向けられる視線しせん

見つめる”死“の黒い”視線“。

まるで“血“のような赤い“視界しかい“。

”僕”に向けられる”死線しせん”。


”少女”の深遠のような黒い瞳から、視線を反らすことなど。

到底、僕にはできるわけがなかったんだ。

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