eドリーマー,eサポーター

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第1話 夢に向かって

 会場には、人間よりも遥かに大きいモニターがあった。加えて、たくさんのライトが眩く光って、未来的な世界を作り出していた。


 多くの人が会場に集まっていて、時には「うおぉー!」と熱狂的な歓声を上げていた。


 ここは、アイドルのライブ会場だろうか。


 いや、違う。


 ここは、esportseスポーツの会場だ。


 高い位置に固定された大きなモニターの下には、小さなモニター(24インチくらい)やゲームのコントローラー、その他諸々を載せたテーブルが向かい合わせに2つ置かれていた。


 そして、そのテーブルの前には、背もたれが頭のあたりまであるチェアに腰掛けながら、真剣な面持ちでモニターを見つめる2人の青年がいた。


 今、この会場では格闘ゲームの大会が行われており、試合は優勝決定戦まで進んでいた。


「さあ、ついにここまできた! 次で最終セット!」


 実況者の声に、観客たちが興奮をさらに高めソワソワとし始める中、ただ1人の青年だけが静かに、祈るように手を強く組みながら、目の前の選手を心配そうにじっと見つめていた。そして、組んだその手は誰よりも震えていた。


***


 試合開始2時間前に時は遡る。


 会場の周辺には多くのブースが設置されていて、プロゲーマーのグッズや、マウス、キーボード、ヘッドホンなどのパソコン・ゲーム関連の製品、エナジードリンクやその他諸々の食べ物や飲み物、また、ゲームとは全く関係ないような企業の製品などが、展示または販売されていた。


 多くの人が集まるこの場に『龍之介』とその友人『冬雅とうが』もやって来た。


「うわー、めちゃくちゃ人いるじゃん。緊張してきた」


 龍之介は胸の前で手を組んで、せわしなく指を動かす。


「たしかにねー」と冬雅は呑気に言葉を返す。


「他人事のように言うじゃん」


「だって、実際そうじゃん」


「まぁ、そうだな。……ふぅ、はあ」


 表情を曇らせながらフラフラと歩く龍之介の隣を並んで歩く冬雅は「やれやれ」と呟いてから、龍之介の方を向いてこう続けた。


「この日のために、たくさん練習してきた。自信を持て。龍之介選手」


 冬雅の言葉に龍之介は目を大きく開く。瞳はより多くの光を取り込み、その輝きを増した。


 龍之介にはプロゲーマーになりたい、という夢があった。少し具体的に言うと、格闘ゲームと呼ばれるジャンルのゲームのプロゲーマーだ。


 大会で優勝すれば、スカウトの目に止まるはず。


 龍之介はそう考え、大会優勝に向けて練習を積み重ねてきた。冬雅とともに。


 冬雅には、特に夢はなかった。だが、龍之介の夢が叶ったらいいな、とは思っていた。


 だから、そのために多くのサポートしてきた。


 快適な練習環境を整備したり、ゲームの各キャラへの対策を練ったり、練習に付き合ったり、龍之介のメンタルケアをしたり、などなど。


 龍之介と冬雅は二人三脚でここまでやってきた。


 しかし、試合が始まれば、そこからは龍之介が1人で進む道だ。冬雅に出来ることはない。あるとすれば、祈ることぐらいだろうか。


「自信はある。でも、落ち着かない」


 眉をひそめ、開いた手のひらを見つめる龍之介。その手はかすかに震えていた。


「……なあ、腹減った。コンビニ行こうぜ」


 冬雅の唐突な提案に「へっ? えっ? コンビニ?」と龍之介はうろたえた。そして、少し考えてから「……まあ、いいか」と了承をした。


「よし、決まり。さあ、行くぞ」


「あっ、待てよ」


 駆け足で進む冬雅の後を龍之介は慌てて追いかけた。


***


 2人は会場から少し離れたところにあるコンビニのイートインコーナーにいた。


 龍之介の前に赤いきつね、冬雅の前には緑のたぬきが、お湯の入った状態で置かれていた。


「赤いきつねにお湯を入れてから2分後に緑のたぬきにお湯を入れる」と冬雅は自慢げに語り出す。


「そうすることで、出来上がりのタイミングが同じになる」と龍之介も誇らしげに話す。


 そして、2人は声を揃えて「これが俺たちのいつもの食べ方」と言い、冬雅は笑った。


 これまで、龍之介と冬雅はゲームの練習の合間に、赤いきつねと緑のたぬきをよく食べていた。


 粉末スープを入れてお湯を注いだら後は待つだけという手軽さ、販売店も多く値段もお手頃という入手性の良さ、うどんやそばが好きという彼らの好み、などの理由から赤いきつねと緑のたぬきはゲームの練習のお供に最適だった。


「さあ、時間だ。食べよう」


 蓋を剥がすと湯気がふわりと昇り、出汁の香りが鼻腔をくすぐる。いつもの落ち着く香りだ。


「あっ、そうだ。食べる前に……ほい」


 冬雅は目の前の器から小えびの天ぷらをすくい上げると、龍之介の器に置いた。


「……いいのか?」


「ああ。お前が勝ち上がれるようにな。ゲン担ぎさ」


「ゲン担ぎ? まあ、とにかく、ありがとう」


「えっと、これは天ぷらなんだけど、かき揚げってことにして、かき揚げと勝ち上がりをかけたゲン担ぎってわけで……」


「あー、そういうことか」


 龍之介は天ぷらを軽く汁に浸してから、かじりつく。


「うん。うまい」


「そりゃあ、良かった」と冬雅は微笑んだ後、そばをすくい上げズルズルとすすった。


 龍之介もうどんをすすり、そのいつもの味を噛み締めた。


 ……それから数分後、2人は器を空にしてコンビニを出た。


「冬雅、ありがとな」


「天ぷらのことか? いいってことよ」


「それもそうだけどさ……」


「お礼は、お前の優勝でお願いするよ」


「えっ? ふっ、あはは。最善を尽くすよ」


「……よし! それじゃあ、会場に戻ろうか」


「ああ!」


 龍之介と冬雅は横並びになって、会場へと駆け足で向かった。


***


 最終セットが始まる前のちょっとした休憩の間に、龍之介は目の前のモニターから観客席に視線を移した。見つめる先にはいるのは冬雅だ。


 ――冬雅、ありがとう。お前のおかげで、ここまで勝ち上がってこれたよ。って、あれ?


 ここで、龍之介は冬雅の異変に気づいた。


 ――何でお前の手が震えてるんだよ。他人事なんだろ?


 眉を八の字にしながら目を細める龍之介。


 そのやれやれ顔に気づいたのか、不安そうにしていた冬雅はツンとした顔へと表情を変えると、何か言葉を発した。


 もちろん声は届かないが、たぶん励ましの言葉であっただろう。


 休憩が終わり、龍之介はモニターに向き直って表情を引き締めた後、ゲームのコントローラーにしっかりと、たしかにしっかりと指を置いた。


「優勝を手にするのは龍之介選手か、それともkengo選手か!? 最終セット! スタートォォ!」

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