第15話 ESCAPE
佐那を役所に送り帰宅する。
まだ瑠美奈は帰ってきていないようでイムが丸クッションの上で寝ていた。
久しぶりに一人な気がする。ソファに座り深い溜息を吐いた。
怒涛の数日に廬は目を閉ざした。
廬は夢を見た。ワイワイと賑やかな声がした。小さな灯火。それが蝋燭だと気が付くのはすぐだった。誰かの誕生日を祝おうとしている光景だろう。
廬は自分ではない誰かとなりその誕生日の主役を見ていた。けれどその主役はどこか心配そうな顔をしている。どうしてそんな顔をしているのか分からないが、笑って欲しいと手を伸ばそうとした。
その瞬間、主役は消え、楽しい光景も消え去ってしまった。
この夢から逃れる方法などない。専門家に訊いてみれば「疲れている」「ストレスだ」「リフレッシュの方法をいくつか教えるから」と聞き飽きた言葉ばかり、事実そうなのだろう。疲れているから廬は意味の分からない夢を見る。その自覚がない以上手遅れといったところだ。何か未練があるのかと言われたら何もない。
「俺は現実逃避している」
本で読んだ事がある。
楽しい夢を見る場合はその人間が現実逃避する為だと、その人の願いが夢と言う形で現れる。
しかしそう言った文字が適用されるのは必ず楽しい夢、幸福な夢を見ているものに限る。幸福に縋って現実の問題から目を背けていたい深層心理。
だが廬が見ている夢は決して楽しいなんて思えず卑屈なものだ。
灯火が消える。これが廬が望んだ現実なのかと自嘲する。
いまは嘲笑っている暇はない瑠美奈の為に宝玉を集めなければならない。
瑠美奈が平穏に暮らせるように大人としてやらなければと廬はそんな卑屈な夢と過去の自分に目を逸らした。
『それで満たされていると勘違いしているのか?』
不意に聞こえて来た声に驚き廬は顔を上げるがそこには誰もいない。
その声はもう聞こえて来ることはなかった。
夢なんてあっという間で目が覚めてしまえば忘れてしまう事ばかり、曖昧な現象だ。どうせ忘れてしまうのなら、完全に消え去ってしまえば良い。その時の気持ちもろ共消え去って二度と出てこなければ良い。
「……ッ」
目を覚ました廬、時計を見ると既に十八時になっていた。廬が帰ってきたのが十三時な為、五時間は寝ていた事になる。瑠美奈はまだ帰ってきていない。きっと真弥と遊んでいるのだろうと想像出来た。
イムがテレビを見ていた。その音で目が覚めたのだろう。まさかイムがテレビを見るのかと疑問だが事実テレビを見ているのだからその知性があるのだろう。もっともイムは何から何まで正体不明なのだから気にしたところで意味がない。
テレビの向こうではアニメをやっていた。現実逃避をする若者が世界陰謀に翻弄されるという何とも皮肉な話だ。
『寝て覚めたら何事もなかったら良いなんてお前にはもう無理だろ』
『そんなの……俺には関係ないだろ!!』
さっきの声はテレビの音だったのかと廬は納得する。
「イム、テレビの音少し抑えろ」
「びぃびぃ」
ソファで寝ていた所為で首が痛いと摩りながらキッチンに立つ。瑠美奈が何か食べて来るかもしれないがもしかしたら食べてこないかもしれないと温めたらすぐに食べられるように作り置きをする。
調理する音とテレビの音だけが部屋に響いた。保存容器に入れていつでも食べられるように冷蔵庫に入れる。
瑠美奈が帰って来るまでイムと遊んだり、本を読んだりと当たり障りない時間を過ごした。ペットが正体不明じゃなければ平穏と言える空間だった。
テレビを見ていると『人気の歌い手、人魚姫が御代志町で町おこしライブ!?』とテロップの付いた話題が流れて来た。
アナウンサーがゲストに『人魚姫をご存じですか?』と話を振る。
『ええ、初めは娘が聴いていたんですけどね。勧められて聴いてみたら、人魚姫が持つ世界観って言うの? ぐっと僕の心に入ってきましたね。今じゃあもう家族でファンですよ』
オリジナル曲からかつて流行った時代遅れと言われていた曲もアレンジで蘇らせる人魚姫の歌声は誰もが虜になった。
そんな人魚姫が初めてリアルイベントをする。専用サイトでライブ配信をしながら多くの人に自分の曲を聴いてもらう為に、そして何よりも御代志町の為に歌うのだと、ライブで集めたお金は御代志町発展の為の資金にする。
地元愛があるんだと憧れも抱かれる。老若男女全て人魚姫の虜。
『それでは本日は、そんな人魚姫の新曲をこの番組で初披露!』
ゲストたちの拍手と共に画面がフェードアウトする。MVが流れ前奏。
新曲のテーマは『比較対象』
他人を比べる必要性を説く歌。
その人がそこにいるだけで苦しくなる。自分と違う事を恐れて劣等感に苛まれる。
その人と自分の違いなど親の違いだけだと訴える。だがその親の違いが劣等の始まりであることが曲の始まり、しかし次第にその違いが何だと言うのかと違うことを恐れては近づけない。違うからこそ、相手よりも先に行けるのではないのか。
「努力する事で報われるよ」言われてした努力など意味がない事を説く。
群れることしか出来ないお前たちへ復讐する。だがそれは私の存在意義だと違う事を訴える。
惨めに感じる者もいれば惨めを感じたことがない者がいる。惨めを感じた者の勝ちだ。何かを得られる事のありがたさを、得られる為の踏み台になってくれてありがとうと最後は不敵に笑う少女のイラスト。
『素晴らしいですね!』
拍手が巻き起こる。素晴らしいを言い続けるゲスト。
だがそれを聴いていた廬は嫌悪感を抱いた。胸の奥底から来る腹立たしさに吐き気がした。そして、実際トイレに駆け込んだ。
何もその曲がMVが趣味に合わなかったわけじゃない。若い女性の歌声に引き込まれもしたが、完全に引き込まれる瞬間に感じた嫌悪感、不快感に廬は吐いた。
「ただいま……廬?」
瑠美奈が帰って来るトイレの扉が開いており廬が蹲っている光景に当然驚き背を摩る。
「たいちょう、わるい?」
「大丈夫だ」
「そうは、みえない」
流石に大丈夫など言える顔色をしていない事に瑠美奈は心配そうな顔をしている。
病院を勧めるがそこまでじゃない。何よりも一週間後に調査する予定の人魚姫の歌を聴いて体調を悪くしたなど言えば瑠美奈は一人で人魚姫に会いに行くだろう。
それで万が一研究所の連中が現れたら、何も出来ない廬だが瑠美奈の傍にいたい。瑠美奈は自分の身を大切にしない。廬の心配はしても自分の心配はしない。
この数日で瑠美奈の事は少しだけ分かったつもりでいる。
「ちょっと眩暈がな。寝たら良くなるから心配するな」
「……」
瑠美奈は終始廬の心配をしていた。その日、鬱陶しいと思えてしまう程に廬にピッタリくっついていた。眠るまでずっとその手を握っていた。瑠美奈の暖かい手に何処か安心しながら、こんな自分に情けないと思いながら廬は目を閉ざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます