第14話 ESCAPE
棉葉から伝えられた情報は、人魚姫は宝玉と共鳴して外に出て来た。ネット上で楽曲を配信して知名度を上げていく。
目的は分からない。もしかしたらただ平穏にアイドル活動をしたかったのかもしれない。研究所が黙って見ているわけがない。
一週間後に行われるイベントに参加して瑠美奈はその目で人魚姫の存在を確かめる。もしも瑠美奈と親しい相手なら穏便に事を運ぶことが出来る。
「もっとも瑠美奈君が失敗したら人魚姫は面白い事になるだろうね~!」
「……なに?」
「さあ、それもこれも全て君に掛かっているんだぜ? 瑠美奈君」
「がんばります」と瑠美奈は心配そうに呟くと不機嫌な顔で廬が横から言う。
「瑠美奈を翻弄するな。どうなったとしても瑠美奈が決める事だ」
「世界の命運がかかっていてもかい?」
「関係ないだろ。瑠美奈と人魚姫の問題だ」
「ふぅん。じゃあ明日、世界が滅んでも構わないんだ。廬君は」
「明日世界が滅ぶって確証はない」
「けど明日世界が滅ばないって保証もないでしょう?」
「ぁ……い、廬? 棉葉?」
言い合っている二人に瑠美奈は困惑する。
オムライスを食べていた真弥が「落ち着きなよ、廬」と宥める。
「お姉さん、廬を虐めるの辞めてもらって良いですか?」
「虐めてなんていないさ。五年に一度の厄災。世界の命運、大小の有無を極限まで省いてしまえば、五十パーセントの確率で世界は滅びる。そして、残りの五十パーセントで世界は明日を紡ぐ。だからこそ私は命の危険という冒険は好きだけど、勝算しかないことはしない主義なのさ。だって私は命を軽んじている身だからね。そう言う点で言えば君たちの考えている平和を私は一言で、クソだなと」
「わぉ。俺たちを全否定してるわけだ。けどその文句だと俺たちについている理由は俺たちと一緒にいるのは命の危険があるから。俺たちが目指している平和なんてないって事だ」
宝玉を全て回収して瑠美奈が制する事が目的である自分たちに、命を軽んじ危険に身を委ねる棉葉。天地の差があるが、棉葉は何でも知っていると豪語しているのだから瑠美奈、もしくは廬か真弥が危険に陥ると知っている事になる。
「ッ……」
廬は歯を噛み締めて顔を背けた。
そこまで見通しているのならどうして忠告しないのか。
「言いたい事があるのなら言いたまえよー。廬君」
「俺はお前に言う事なんてない。一週間後、人魚姫に会う。つまりこの六日は世界は滅びない。そうだろ」
「私の命を以て保証しよう」
「……安っぽい保証なんていらない。瑠美奈、俺は先に帰ってる。真弥に送ってもらってくれ」
「あ、うん」
廬が怒っているのだと瑠美奈は心配になり何も言えなかったが、その気持ちを察したのか廬は下手くそに笑い「大丈夫だ」と言ってヴェルギンロックを出て行った。
オムライスを食べ終えた真弥が「やれやれ」と呆れている。
「まーったく近頃の若人は血気盛んだね~」
「廬が怒る事を知っていたのにわざとあの言い方をしたのは何か理由が?」
「勿論、何もないとも! 私は人を怒らせる天才ゆえに廬君をかっ飛ばしてしまったみたいだ!」
「どうしてそんなことするの」
「どうして? 面白いじゃないか、人を怒らせると言うのはあまり人道的とは言えないけどね。海良君も言っていただろう? 変人だとね」
変人である事に変わりはない。自他ともに認める変人っぷりを披露しているだけだ。廬を怒らせるのに理由なんていらない。怒らせやすいから怒らせている。
「君を怒らせるのは少々骨が折れそうだ」
「おっと標的を俺に変えるのかい?」
「だめ!」
棉葉が真弥を見て不敵に笑った時、瑠美奈が真弥と棉葉の間に立った。
「これいじょう、ふたりをふかいにさせないで」
「可愛い戦士だこと。勿論、クライアントの機嫌を損ねてしまうのは私としても商売に関わる。沽券なんて吐き捨ててしまう程あるが、商売が出来ないと此処で寝泊まりが出来なくなってしまう。君たちと同じアパートで住むと言うのも一つの手だが、なに分私はまだ研究所の連中に気が付かれるわけにはいかないんだ。つまり、ヴェルギンロック以外で君たちとのコンタクトは私としても都合が悪いんだよね~」
「なら、ちゃんとしごとをして」
「ご命令とあらば……マイプリンセス」
深々を頭を下げる棉葉に瑠美奈の瞳は冷たい。
「さて、では信頼を回復させるために真弥君に一つ情報を提供しよう!! お姉さん出血死覚悟で行こうじゃないか!」
「なにを教えてくれるんだい?」
「人魚姫の近くにはボディーガードがいる。それも新生物であり、親はドッペルゲンガー」
一方廬は、棉葉の術中に嵌りヴェルギンロックを出て頭を冷やす為に目的もなく歩いていた。どう言うわけか棉葉の前では自分を律する事が出来なかった。
環境の変化で感情の起伏が激しいのかもしれないのだと廬は自己分析をする。
「はあ、瑠美奈に悪い事をした」
棉葉に怒っているのに瑠美奈にその事を悟られてしまい怯えさせてしまった上に真弥にも迷惑をかけたと後悔する。後日お詫びをしようと予定を立てながら道を歩いていた時、ドンっと曲がり角で誰かにぶつかった。女性の悲鳴が聞こえて咄嗟に謝る。
視線をそちらに向けるとそこにはマリンキャップを被った少女が尻もちをついている。
「すまない。大丈夫か?」
「え、ええ……こちらこそごめんなさい」
手を差し伸べて立たせるとマリンキャップの中に隠れていた髪が下りて来た。
青い綺麗な髪が下りて少女はもう諦めたのかマリンキャップを取り髪を整える。
瑠美奈よりも長い髪に廬は若干驚いていると「なに?」と見られるのが嫌だったのか尋ねる。
「いや、とても綺麗な髪だと思った」
「髪? ……褒めても何もないわよ」
「純粋に思ったことだ。他意はない」
「そう。……えっと、それならありがとう。あたし、佐那よ。
廬も名乗ると「糸識? 変わった名前ね」とクスクスと幼く笑っている。
「水穏に言われたくないな」
「それもそうね」
年相応の笑みに瑠美奈がどれだけ大人びていたのか気が付いた。子供と接点が大人になるとほぼなくなる為、高校生ほどと思われる佐那相手でも幼く思える。
「ねえ、糸識さん。近くに役所はあるかしら?」
「役所? ああ、それならこの先を……案内しようか?」
「用事は?」
「ちょっと知り合いといざこざがあって頭を冷やしていたんだ。丁度いい」
「あたしは貴方の頭を冷やす為の時間潰しに使われるのね」
瑠美奈は真弥に任せているし佐那を役所に案内するくらいの時間はある。
気分転換にもなると伝えれば佐那は気にした様子はなく「じゃあお願いしようかしら」と笑った。
佐那は都会から故郷の御代志町に戻って来たと言う。御代志町には海はない為、海のある街に暮らしたかったらしい。一年半ほど都会の街で暮らしていたがこちらに戻って来たと言う。
「あたしね、海が好きだから浜波の街で一年半暮らしてたんだ」
「どうして戻って来たんだ?」
「まあいろいろ。貴方は此処の人なの?」
「いや俺は異動で最近こっちに来た」
「ならあたしとほぼ同じじゃない」
一週間ほど遅れてやって来ただけで、佐那が先に御代志町に来ていたら廬の案内をしていたかもしれないと揶揄される。
「余所者同士、仲良くしましょう?」
「余所者って……お前は元は此処の出身だったんだろ」
「そうだけど、一度は出て行った身だしノーカン」
生まれ故郷をカウントしないとはどう言う理屈なのか廬は困ったように笑った。
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