第13話 ESCAPE

「アイドルって……ふざけてるのか」

「勿論! いたって真面目だとも! 嘘を言う程図太くないと思っているよ!!」


 廬の言葉に棉葉は両手を広げて豪快に手振り身振りをする。


「それに私の言う事を聞いとかないとこの先、苦労するのは君たちだぜ? 海良から得られた情報は私に会う事、協力者として手伝うことは私の審査を通さなければならない。勿論、合格するとも! そして、君たちは私の言う通りに動くことが宝玉をコンプリートするのに近道だという事も事実だ」

「根拠は」

「言っているだろう? 私は全知。知らない事なんてない」


 全知。三人の素性を洗いざらい言った事で信憑性が高くなった。


「それに廬君、私はね。君以上に君の事を知っていると言ってもいい。君が気が付いていないだけでとっくの昔に君は巻き込まれているのさ。瑠美奈君の件が引き金になっただけでね」

「……」

「なんてお決まりな台詞だ。忘れてくれたまえよ。君はただの民間人であり私はその協力者でしかない。君に後ろめたいことがないのなら私の妄言でしかないのさ! 兎も角、私は確かに言ったよ。決定権は君たちにある。君たちが乗り気にならないと言うのなら私たちは此処でお別れだ」


 問題なのはアイドルと言う点だ。アイドルに会ってどうしろと言うのか廬は見当が付かない。見当がついてしまえば、それこそ可笑しいと思えてしまう。


「因みに言っておくとアイドルは瑠美奈君の知っている子だよー」

「えっ」

「瑠美奈ちゃんの知り合い? んー、つまり新生物」

「正解っ!」

「……そのアイドルが宝玉を持ってるのか」

「それも正解。なんだ、思ったよりバカじゃないんだね! うんうんお姉さんは嬉しい限りだよ」


 棉葉が言っていた宝玉をコンプリートする近道と言うのは棉葉が知る宝玉を持つ新生物に接触するという事だった。


「けどそれっておかしくないか? 瑠美奈しか宝玉を適合しなかったんだろ?」

「それは直接自分の目で確かめて見るしかないだろうね。私は情報を提供するだけだ」


 廬は棉葉を信用出来ずにいた。心を見透かすような言動がどうにも癇に障る。だが此処で我儘を言ったところで先に進まない。大人げない事をすると二人に迷惑がかかると自身を律するように目を閉ざした。


「私はこのいかした店ヴェルギンロックにいるからさ! 困ったら遊びにおいで~」

「……冷やかしは出て行け」


 カウンターに立っていた店主がそう言うと「あ、なにか一つは頼んで行ってね」と棉葉は額に汗を流しながら笑う。



 明日、棉葉がアイドルに関するデータを持ってくると言って解散になった。

 真弥は流石に怒涛の出来事に整理の時間が必要だと苦笑いをしていた。


 瑠美奈と家路につく。


「廬」

「どうした?」

「……こわくないの?」

「なにが? ……いや、瑠美奈のことか」


 訊くまでもない事だと廬は理解した。瑠美奈は肯定する。

 父親を喰った。その事だけで瑠美奈から離れるには十分な理由ではないのかと瑠美奈は不安そうな顔をする。

 どれだけ瑠美奈が生きる道を探していたとしても廬には関係のない話だった。この件から降りることだって廬には出来るのだ。


「何度も言ってるだろ。俺は瑠美奈を拾った責任は取るつもりだ。父親を喰ったとしても瑠美奈が俺を喰わない限り傍にいる。泣き叫んだりするほど、子供でもないつもりだ。成熟した大人ってわけでもないが……真弥の言う通り乗り掛かった舟だ。最後まで付き合う。今はその覚悟をさせてくれ」

「……」

「なにを気にしているのか俺は知らないし、お前が言いたくなる日まで待っている。もっともその日に俺が生きている保証は何処にもないけどな」

「いきてる! 廬はしなない! わたしがぜったいにまもる!」

「はははっ……じゃあ大丈夫だ」


 廬は笑った。子供っぽく笑う廬に瑠美奈は僅かに驚いて目を見開いた。


 まだ言えていないことがある。この関係に名前なんてない。

 目的を同じくしたわけでもない。加害者と被害者が合っている。

 勿論、瑠美奈が加害者だ。傷つけてしまう事を恐れて離れていきたいが廬はその手を放してはくれない。振りほどくことは簡単だ。突き放す事も出来る。

 それが出来ないのはそんな名前のない関係に心地良さを覚えていたからだ。


 ――美しさは必ず終わりが来るものですよ、瑠美奈。


「っ……」


 だからこそ、離れなければならない。巻き込んで死なせてしまう前に、まだ間に合うのだと瑠美奈は廬の手を握ることはしなかった。


「瑠美奈?」

「……ほうぎょく、あつめるのがんばろうね。廬」


 瑠美奈は笑ってそう言うと廬も「ああ」と頷いて笑みを返した。




 翌日、真弥はいつも通りの様子で廬たちが住むアパートにやって来た。

 その手にあるのはとあるキャンペーンのポスター。


『人魚姫! 町おこしライブ!!』


 人魚姫。青い髪に真っ白な肌。おとぎ話に出て来る人魚姫と思わせる美しい歌声を持つミステリアスな歌い手。

 動画投稿サイトでオリジナル楽曲を投稿して一躍有名になったアイドル。

 投稿した楽曲はジャンルの偏りなく多くの人から慕われていると言う。

 三ヶ月でファンフォローは百万人になりこの驚異的な事態も話題となった。


 そんな人魚姫が御代志町の町おこしの為にステージパフォーマンスをするらしい。

 一体どう言う経緯でそうなかったのか廬は首を傾げると何でも人魚姫はもとは御代志町出身で衰退していく御代志町を元気付けたいとイベントを企画して町長に提案したとの事だ。

 棉葉が言っていたアイドルとは彼女の事かもしれないと真弥はポスターを持ってきてくれた。


「にんぎょひめ?」

「瑠美奈は知らないのか?」

「にんぎょひめは……しらない」


 ポスターにはまだ影しか描写されていない所為でその人物が誰なのか分からない。

 一週間後に人魚姫は御代志町のイベントステージにやって来る。その時にコンタクトをとることが出来れば宝玉の行方も分かるかもしれない。

 今日は棉葉にその情報を貰いに行く予定だ。


「瑠美奈ちゃん、好きな歌ってある? 此処から三十分だと少し遠いから俺の車で歌を聴きたいだろ?」

「……うた?」

「もしかして聴かない?」

「一年も山育ちなんだ。歌なんて聴く機会ない」

「あっ……そっか! じゃあ俺のおすすめで良い? 廬は?」

「俺はなんだって良い」


 スマホの音楽ストアで購入した曲を廬に見せて「これとこれとこれと」と自分の好きな曲を布教している。若干鬱陶しく思いながらそれでも真弥が好きな曲なのだと興味もあった。


「イム、留守番頼む」

「びぃ〜」


 緑色になっているイムがソファの上でのんびりとしているのを一瞥してアパートを出る。




 瑠美奈しか持つことが出来ない宝玉を持っているかもしれないアイドル。

 宝玉にはそれぞれ色がある。赤、青、黄、緑、黒、白。

 その色によって人に与える影響が違う。何よりも一番近い人が強い影響を及ぶ。宝玉の意思が人を殺す。


「宝玉の意思が宿主を決めるのさ! 瑠美奈君は原初の血があったから適合できた。だけどね~。何もそれが全てじゃないのさ。研究所がしている事は比較的全うである。適合者って言うのは原初の血を探す事じゃないんだよ~。原初の血なんてどこにいるかも分からない。だから宝玉と比較的近い精神を持っている個体を探しているのさ!!」


 瑠美奈のような個体は特例に近い。原初の血を持っている者を探すなんて簡単なことじゃない。宝玉と同じ意思を持つ個体を見つけたのだ。

 人魚姫と言う形で宝玉を持つ者が現れた。研究所が瑠美奈を連れ戻したかったのは何も瑠美奈の複製を生み出したかったからじゃない。宝玉の適合者を見つけたから、瑠美奈の複製を作らなくても良いと伝えたかったのかもしれない。


「Ready?」


 瑠美奈が原初の血を持ち確実に宝玉を全て支配できるとしたら他の新生物は宝玉など気にせずに平和に過ごしてほしい願う。

 生まれたばかりの新生物だってきっといる。何も分からないまま何も知らないまま宝玉を与えられて死んでしまう。人魚姫だってそれは変わらない。

 いまは適合しているかもしれないが、もし意思が少しでも変わってしまえば人魚姫の心は壊れてしまうかもしれない。そんな事態になる前に強引に瑠美奈が支配させてしまえば良い。


「いいよ」

「良い返事だね~。うんうん、素直な子は好印象だ。命を預ける価値がある」

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