第12話 ESCAPE
結局巻き込まれている事に変わりない。
瑠美奈は心配そうな顔をしているのを廬は頭を撫でた。安心させるように不格好にも笑って見せる。
その成り行きを見守っていた海良は「決まったのかい」と尋ねる。
「あたしの知り合いに
「ヴェルギンロック」
「聞いたことあるのか?」
真弥が聞き覚えがあるのか考える素振りをしたのを廬は尋ねる。
その後、真弥はもしかしたらと言う。
「駅から徒歩三十分、研究所から五分もしない所かな。結構前に喫茶店が出来たって聞いた。そこのことかな」
「多分ね。そこにいる店主か誰かにあたしの名前を出せば通してくれるだろうさ」
海良の知り合いならば瑠美奈の件を手伝ってくれるはずだ。相手も面白半分で余計な事に首を突っ込む質らしい。保身よりも危険性を優先している変人。
瑠美奈側が命の危険があると判断出来れば喜んで協力してくれるだろう。
「だが、どうやって此処から出ればいいんだ」
「そうだね。此処は海良さん曰く地下五階なんだろう?」
「ああ、此処は地下五階だが、地上に行く方法は幾らでもあるさね。階段から行くでも、エレベーターから行くでもね」
そう言って壁だった場所が機械音を立てながら開いた。そこはエレベーター特有の空間が広がっている。
「近くのごみ処理場に昇っていくだろうさ」
「なんでそんな所に?」
「臭い物に蓋をすると言うだろう? あたしの毒素は何処かに吐き出さなきゃいけない。研究所に吐き出してしまえば死人が出るがゴミ廃棄場は元から汚物で満ちている。少しの毒素も緩和してくれるのさ。人を汚物のように扱うとはいい度胸さね」
ゴミ廃棄場から出れば御代志町に戻る事なんてすぐに出来る。
「それに正規じゃないルートで出ればお前たちの記憶が消えることもないさね。瑠美奈と此処で話した事は忘れずに町に持って行くと良いさ。あたしの知り合いに協力を仰ぐなり何なりすると良い」
瑠美奈はエレベーターに乗り込むのを真弥があとを追う。
それを一瞥して廬は海良に尋ねる。
「どうしてそこまでする」
「お前はどうして瑠美奈を助けたんだい? それがあたしがお前たちを手助けした理由になると思うね。分からなかったら聞きに来たら良いさ。あたしは此処から出られないんだからね」
「……ああ、そうする」
廬はエレベーターに向かう。扉が完全に閉まる瞬間、海良がこちらに手を振っていた。
エレベーター内で沈黙が続いているのを真弥はいい気はしなかった為、気になっていた事を瑠美奈に尋ねた。
「ねえ、瑠美奈ちゃん。瑠美奈ちゃんの後遺症って訊いて良い感じなのかな?」
「こういしょう?」
「うん、憐が言っていただろ? 特異能力を得る代わりに後遺症があるってそれって新生物からしたら結構センシティブ情報だったりするの?」
「ひとによってはよわみになる」
「そうだよね。ごめんね」
「……けど、ふたりにはしっててほしい。もうわたしはかくしたくないから」
「良いの?」
廬や真弥が瑠美奈を受け入れてくれたのなら瑠美奈も二人に知ってほしいと思うのは必然だった。
「わたしのこういしょうは……せいちょうしないこと」
「成長しない?」
「せいかくにいえば、ぶつりじかんていし。けがしたらなおらないし、としをとることもない」
物理時間の停止。
怪我をしてしまえば傷は治らず延々に血を流し続ける。そして、瑠美奈の身体は一生大人にならない。
「わたしのこういしょうがはっしょうしたのは、おとうさんをたべたひ」
「えっ」
「父親を食べたのか」
「……うん」
瑠美奈は自分の父親を食べた。鬼として力の制御は出来ていたし暴走なんて事もなかった。研究者から傑作個体として大切にされて癇癪なんて起こすことはない。
問題が一つだけあった。その問題の所為で瑠美奈は父親を食べる羽目になった。
それ以来、瑠美奈は成長しない怪我も治らない身体になってしまった。
「……わたしのちからは」
そう言おうとするとチンっとエレベーターが地上に到着してしまう。
エレベーターだけがある小屋に出た。無数のゴミの山が視界に広がる。そして汚臭も漂って来る。これなら海良の毒が流れていたとしても気が付かないどころか鼻が麻痺している為、毒も微量で死んだりしないで緩和されて終わるだろう。
「外なら俺の領分だよ。廬」
「ああ」
真弥が駅までの道が分かると言って二人の前を歩いた。
「あの、廬」
「言いたくない事は無理に言わなくていい。俺は瑠美奈が生きる気になるまで一緒にいる」
「……ありがとう」
廬は瑠美奈の手を引いて真弥を追いかける。
「真弥。ヴェルギンロックって店を探そう」
「あっ! そうだな。じゃあ行こうか」
ごみ処理場から脱してヴェルギンロックと言う喫茶店を探す。海良の言うことが本当なら研究所から五分程度で到着できる話だった。
ごみ処理場が研究所から近いと仮定して五分もしないでヴェルギンロックが見つけられるはずだ。
近隣住民にヴェルギンロックについて訊きながら店を探して歩き回ってついに見つけた。既に陽が沈んでしまって営業しているか怪しい所だったが運よくもまだ明かりがついていた。
カランっとベルが音を立てる。
スキンヘッドの店主がこちらを一瞥して「好きな所に座りな」と不愛想に言う。
廬は瑠美奈をソファ席に座らせて真弥と共に店主のもとへ行った。
「海良と言う人に此処に来たら助けてくれるって聞いたんだけど……えっと」
「糸垂棉葉って人を探している」
真弥が棉葉の名前を忘れていた為、廬が助けに言うと店主はグラスを拭いていた手を止めた。
「糸垂はいまいない。出直して来い」
「いつ戻って来る」
「知らん。店の客じゃないなら出ていけ」
「ならなにか頼むよ! メニュー、これか」
真弥は冷やかしではない事を証明する為に瑠美奈のもとに行き「なにか食べたいのある?」と尋ねた。それを一瞥した廬は店主に向かう。
「此処は民宿もしてるんだな」
「一泊五千だ」
「棉葉も此処に泊ってるのか?」
「さあな」
「オムライスとナポリタン!! あとナポリタンのセットでホット珈琲!」
真弥は瑠美奈と二人で決めた料理を注文すると店主は調理に取り掛かった。
廬は諦めて瑠美奈の横に腰かけて溜息を吐いた。
「もしも糸垂が手伝ってくれないなら、俺たちでどうにかするしかない」
「どうにか?」
「六つの宝玉を集める。瑠美奈が管理できるように手元にないと意味がない」
「えーっと四つが研究所だっけ?」
「いや、それはそもそも瑠美奈が研究所に戻ると前提の話だ。つまり研究所には三つしかない。残りの二つが分からない」
「まずは研究所にあるのを全部回収しちゃえば? 残りはあとで考えるにしてさ」
「……そんな単純な話なのか」
宝玉を簡単に手に入れられるほど研究所の警備は容易には突破出来ないだろう。ホワイト隊を相手に旧生物である廬たちが太刀打ちできるわけもない。瑠美奈だって一人で突破するには怪我をしてしまう恐れがある。瑠美奈が怪我をしてしまえば二度と治らない。
廬は何とか出来ないか思考を巡らせる。
「そろそろ来ることだと思ったぜ。若人諸君!」
第三者の声が聞こえた。
明るい声色をした女性が「やあやあ!」と元気にヴェルギンロックにやっていた。
混乱する廬たちに「おっと自己紹介を忘れていたね!」と女性は名乗る。
「全知全能唯我独尊この世の全てを知っているとても賢いお姉さんしかして、私は何を隠そう君たちが探している。糸垂棉葉その人さ!」
テーブルにオムライスとナポリタンが運ばれてくる。
数秒の沈黙の後「あれ?」と棉葉と名乗った女性は思っていた反応と違って戸惑っていた。
「こ、此処はもっと貴方が! とか、会えてよかった! とか……もっと反応があるんじゃないの!?」
「もっと大人しい人かと思って……」
真弥が咄嗟に言ってしまう。廬も実の所、海良の知り合いと言う為、大人しく知的な人をイメージしていたが、まさかハイテンションな女性だとわかっていたらもっとその覚悟を持っていた。海良が言っていた通り変人ではあるようだ。
何よりもコミュニケーションが得意じゃない廬にとってこういうグイグイ来るタイプは苦手だった。
セットで頼んだホット珈琲を廬は口にする。真弥が「あ、俺の珈琲」と呟いたが廬の分を頼んでいない真弥が悪いとそっぽ向いた。
「酷いな~。糸識廬。糸同士仲良くしようぜ~!」
「ッ……どうして俺の事を」
「私は何でも知ってるんだぜ。言っただろう? 私は全能とは言えないが全知だって、お姉さんの知らない事はまずないだろうねっ!」
何処からそんな自信があるのか。
もしも本当に全知だと言うのなら瑠美奈が宝玉を回収した後の事も分かるのかと極端な事が廬の思考によぎる。
「勿論、瑠美奈君が宝玉を全て制した後の事も知っているよ~」
「っ!?」
口に出していないはずの事を棉葉は言い当てた。
棉葉自身の利用価値を売るように語り出す。
「君、糸識廬。27歳で都会から異動の為、この御代志町にやって来た。御代志町に移り住んで二日目に瑠美奈君を見つけて同棲を始める。ペットはイムという名前の軟体動物。そして、君は天宮司真弥。25歳で幼少期、親との旅行の最中迷子になった。旅行先の駅員に親切にされて駅員の職業に憧れを抱いて御代志町の駅員として勤務している。自分の中で思う平和主義を貫く善人。あとは……瑠美奈。かつて御代志村を襲った鬼の娘。唯一厄災を呼ぶ宝玉を制御出来る個体として御代志研究所から複製するプロジェクトを聞かされて拒否。その後一年間の脱走。気が付かないうちに心霊現象になって廬君に見つけられて保護のち同棲を始める」
三人の事を語る棉葉に廬は驚きを隠せない。知るはずのない事を知っている。
だが、もしも瑠美奈を事前に調べていたとしたら廬の事にも辿り着くだろう。真弥の件だって芋づる式で分かって来る。この町を出身の真弥の情報なんて容易に手に入る。研究所内の事を知る手段を持ち合わせているのかと廬は棉葉を凝視する。
「そんな熱烈な視線を向けないでくれよ~。うっかり惚れちゃうぞ~」
「……お前は新生物なのか」
「ふふ~んっどっちだと思う? 見分け方を知らない君が私をどちらかなんて調べようがない」
「……」
「廬、そう気が立っても仕方ないぜ。お姉さん! 俺たちこれからどうしたら良いんだ?」
単刀直入に尋ねる真弥に「真っ直ぐな子は嫌いじゃないぞ~」と笑う棉葉。
「君たちがこれからすべきことは。一人のアイドルに会ってもらうって事かな」
「は?」
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