第11話 ESCAPE

 滑り台のように尻を擦らせて降りていく。真っ暗のダクトを滑り落ちて行きつく先に抗う事が出来ずに滑る。

 終着点に来たのか一気に視界が開け明るくなる。

 目が麻痺している中、ゴンっと廬は額をぶつけた。


「おっと気を付けてくれよ。強化ガラスと言えど男の頭突きで容易に割れてしまうかもしれないだろう」


 そんな大人びた声が聞こえた。顔を上げると片足がない女性がベッドに腰かけていた。紫色の髪に頬には鱗のようなモノが張り付いている。その容姿に絶句しながら廬は近くで倒れている真弥を助け起こす。


「いたた……ここは?」

「地下五階。外部の空気を遮断した無菌室と言っておこうかね」


 女性がいる方が無菌室として役割を持っており廬たちが立つ場所は来客の為に部屋だと言う。


「手荒な事をして申し訳ないね。少々喧しかったから静かにさせたのさ」

「静かに……じゃあ貴方がホワイト隊とか言うのを倒したのか」

「倒したなんて言い掛かりさね。ちょっと眠らせた程度殺しちゃいない」

「貴方は?」


 真弥が首を傾げてどうして自分たちを助けてくれたのか尋ねる。


「あたしは海良かいら。大蛇の新生物さ。お前たちを助けたのは、そうさね瑠美奈の連れだったからとだけ言っておくよ」

「瑠美奈は今どこにいるんだ」

「もうすぐ来るさね。そう慌てることもない。あたしじゃあお前たちをどうこうする事は出来ないんだからね」


 海良は無菌室から出ることが出来ないがその代わり研究所の一部機能の管理をしていると言う。その為、こうして海良の部屋に続いているダクトを解放する事も容易だった。


「どうする事も出来ないってわけじゃないだろ」


 断言する廬に海良は「ん?」と言っている意味が分からないと廬を凝視する。


「さっきの部隊が倒れたのは貴方の仕業だろ。連中が倒れるなんて示し合わせなきゃ不可能だ。もしお前が連中の味方ではないなら何かしたんじゃないのか。特異能力とか言うもので」

「仮にも命の恩人に随分な物言いだね。いや、寧ろそんなんだから瑠美奈が気に入ったのかもしれないね」


 海良は苦笑いをしながら「まあ半分は正解さね」と肯定した。


「あたしの特異能力は毒素を振りまくことさ。空気中に微量の毒を混ぜて殺すのさ。完全犯罪って奴には持ってこいだろう?」

「……じゃあ、此処にいるのは毒を漏らさない為に?」


 真弥が疑問を言うと「それも半分は正解さね」と言った。


「毒を振りまいてむやみやたら殺されたくない連中とあたしを死なせない為に此処に閉じ込めている」


 切断された痕のある右足を指さした。


「これはあたしの後遺症なのさ」

「後遺症?」


 新生物が生まれて特異能力を宿す代わりにと憐は言っていた事を思い出す。

 代償。特異能力を得た代わりに一生背負う後遺症。


「あたしはね。腐るのさ」


 淡々と述べた。腐る。

 海良の身体は触れてしまえば数分もしないで腐り朽ち果ててしまう。生まれた時、外気に触れた。その瞬間、海良はボロボロと朽ち果てそうになった。何とか一命を取り留めはしたが足が完全に腐り切断しなければ身体に影響すると判断した研究者が許可なく切断。以来海良は無菌室にいなければ生きられない。


 特異能力は毒を振りまくこと、好都合だったのだ。監禁する事が出来れば毒で死ぬ事はない。

 力を制御する事が出来れば、殺すだけの毒も麻痺させる毒にだって出来た。空気中に漂わせて特定の相手を気絶させる事なんて簡単な事だった。それも研究所の一部を管理している海良だからこそ出来たことだ。


「どうして俺たちを助けた。瑠美奈に言われたからじゃないだろ」

「ああ、言われていない。けどあたしのやり方と地上の奴らのやり方は違ってるから単独行動をしたのさ。安心しな、此処に無断で来る奴の大半はあたしの毒で死んでいる。その覚悟がない奴らは地下まで降りてこない。誰だって意味もなく死にたくはないさね」


 そう言った時、無数にあるダクトの一つから瑠美奈が滑り降りて来た。

「ナイスなタイミングだね」と海良は笑った。


「海良。ありがとう」

「なに、お安い御用さね」

「瑠美奈、怪我ないか?」

「だいじょうぶ」


 廬が瑠美奈の心配をするのを真弥は一瞥して「それで? 俺たちはどうして狙われたの」と尋ねた。


「……わたしのせい」

「宝玉が適合してるからか?」

「そう。わたしは、ゆいいつかんせいしたこたい。ほうぎょくのいしとわたしのいしがいっちした」


 登録番号21号瑠美奈。原初の血を有していた為に宝玉と適合した。

 研究者たちは瑠美奈を複製して宝玉の適合者を生み出そうとした。

 誰もがそれで良いと言うだろう。誰も損しない結果が生まれると研究者は手放しで喜んだ。しかし、それは相手が人間だからだ。


「わたしがふえたら……みんながころされる」


 いまだ増え続ける新生物たち。その父母である怪物。

 生かされているのはいつか適合する個体が生まれて来るかもしれないからと言うだけで瑠美奈が研究所に戻って遺伝子情報を提供した日には、新生物は一掃されてしまう。

 そんなことを瑠美奈は許せなかった。だから逃げだした。どれだけ裏切り者だと罵られても同じ存在が蹂躙されてしまうのは見ていられなかった。

 今回の事だけじゃない。戦争兵器にされそうになった。実際戦争に駆り出されてしまった個体だっている。適合数値が高い瑠美奈たちだけが研究所に残されあとは殺すだけの訓練を受けさせられて戦場で意味もなく抗う事も出来ずに殺される。


 五年前、反乱を起こしたのは戦争に出たくなかったからだ。

 瑠美奈は家族の為に戦った。戦争を肯定する研究者を多く殺して来た。

 そして、一年前に瑠美奈は自分が原因で家族が死ぬと言うのなら裏切ってでも平行を維持したかった。


「わたしはどうなってもいい。だけど、みんなは……かぞくはまもりたい」


 真っ黒な瞳は真っ直ぐ廬を見る。

 呆れた様子で海良はその様子を見ていた。

 一度決めたことは最後までやり通す芯の強い瑠美奈だから付こうと決めた。


「裏切ってそれでその先はどうするつもりだ」

「ほうぎょく、ぜんぶわたしがせいぎょする」


 六つの宝玉を瑠美奈一人が管理する事で世界も厄災に苦しめられない。

 その力を封じることで世界が平和になり、新生物だって自由になる。


「同じじゃないのか。お前を複製するのとお前が一人で管理するのと」

「ちがう。わたしができなきゃ、ちからにまけてしぬだけ……そのあとはまたてきせいちのたかいかぞくがあらわれる」

「永遠に平行線か」


 瑠美奈が死ぬ事が研究所にとっての痛手。データが消失してしまえば宝玉を封じる手立てはなくなり再び新生物を生み出す為に研究所は稼働し続ける。

 厄災が研究所を襲わない保証などない。もしかしたら世界が滅びてしまうのだ。世界規模でどうにか方法を模索しているが今、一番現実的なのはこの場所で行われている実験。

 瑠美奈が世界の命運を握っていると言っても過言ではない。


「廬たちにもうめいわくはかけない。もうふたりにはあわない。ここからでたらけんきゅうじょのことをわすれるようにする」


「ごめんなさい」と瑠美奈は頭を下げた。此処で知った事はどの道忘れてしまう。

 それなら瑠美奈はこのまま全て伝えた後、何事も無かったことにしてしまえば良いと思っていた。全てを話したとしても記憶が消える。儡だって記憶が無い人間を襲撃したりしないだろう。


「まあその方が俺たちにとっては安全で厄災が消えるのを気長に待ってるのも良いな~」


 真弥が言った。

 待っていたら厄災が消えるのならそれに越したことはない。何も知らないままならば平和で真弥が掲げている平和主義に基づいている。


「けーど、廬的にそれって了解出来ることなのかな?」

「……分からない」


 分かるわけがない。

 瑠美奈をしようとしている事を廬や真弥が関与してどうこうできるわけもない。

 民間人がこんなことに巻き込まれて非難するべきことかもしれない。


「俺は山で暮らす瑠美奈を見過ごせなかった。お前を一人にしたくなかった。俺たちは民間人だ。何も知らない上に出来ない。特異の能力だってない。お前と一緒にいてもきっと邪魔になるだけだ。それでも俺はお前を一人にしたくない。お前がどうなってもいいって言うなら俺はお前が生きていたいと望むまで一緒にいる」

「えっ……」


 この先までずっと宝玉の力を手に入れても今のまま生きていたいと願い続けるまで廬は瑠美奈と一緒にいると宣言した。


「でも……しんじゃうかもしれないよ」

「そんな事もあるだろう。死なないなんて言えない。俺はそう言う事はいまいちよくわかってない。何なら今の状態も完全把握しているわけじゃない。命を狙われているなんて自覚も薄い。簡単じゃない事もわかっている。だけど俺は瑠美奈が自分の身を軽んじている事が気に入らない」

「そんなこといわれても……」

「ほーら! 廬が言いたいのは、瑠美奈ちゃんが絶対死ぬみたいな言い方をするのが嫌だってこと、善意で飯は食べられないけど命は救えると思わない? それに乗り掛かった舟とも言うぜ」

「……真弥はいやじゃないの?」

「俺? 俺は平和になってくれさえしたら良いよ。瑠美奈ちゃんが宝玉を全部管理してくれるなら安心するし、廬の言う通り瑠美奈ちゃんがどうなってもいいなんて言うのは俺の主義に反するよ」

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