第10話 ESCAPE

 廬は真弥と共に廊下を走っていた。瑠美奈を探して何処かも分からない研究所内を駆ける。


「大丈夫。瑠美奈ちゃんは見つけられるよ」

「悪い」


 廬が瑠美奈の心配をしていることが顔に出ていたのか真弥は笑いながらに言った。

 彼は曲がりなりにも駅員をしている。多くの人を見て来たし、家族連れも見て来ただろう。感情の特徴を見分けることに長けているのかもしれないと廬は納得せざるを得ないと顔を顰めていると「そんな顔するなよ」と笑って気を紛らわせた。


 曲がり角から白装束の部隊が足並み揃えてやって来た。

 立ち止まり警戒していると「旧生物だな」と尋ねられる。


「俺たちを始末しろとでも言われたか」

「そうだ。悪いが瑠美奈が戻らないと決めた以上、お前たちを生かしておくわけにはいかない。お前たち個人に恨みはないが死んでもらう」


 廬の問いにあっさりと答える。

 瑠美奈が研究所に戻らない。

 どんなことをさせられているかは知らないが、瑠美奈が望まないことをしているのは明白だ。廬は拳を握って前を向いた。


「瑠美奈が決めたことだ。お前たちに瑠美奈を拘束する権利はない。俺たちだってお前たちに殺されてたまるか」

「おっ、廬格好いい」


 真弥が茶化す。

 相手は「くだらない」と吐き捨てた。


「いや、流石旧生物と言うべきか? 我々とは考え方が違うようだ」

「……」

「瑠美奈の意思は既に何処にもない。宝玉に支配され勝手を働いた。買いかぶり過ぎたのだ。瑠美奈に宝玉を支配する力はなかった。故にこちらで管理しなければならないと言うのに拒否した。明確な反逆だ」


 廬が何かを言おうとすると真弥が先に口を開いた。


「反逆ね。あまり穏やかじゃないのは好きじゃないんだよ俺。殺すとか殺されるとか支配するとかされるとか。意思とか権利とか、うん。俺がいまから発言するのは旧生物としての視点だよ。勿論、君たちの意見とは正反対だと考えて貰って構わない」


 一呼吸置いて真弥はにっこりと微笑んだ。


「瑠美奈ちゃんは道具じゃない。管理と言う発言は見過ごせないから俺は君たちを、んーそうだな。平和主義に反するけど、抵抗する。そして、瑠美奈ちゃんと三人で出て行くよ。この研究所を潰す為にね」


 華之の言っていたことを踏まえて瑠美奈の処遇は余りにも可哀想だ。瑠美奈の意思は何処にもない。出て行ったことはいけないことだったのだろう。

 だが出て行ったなりに理由がある。その理由を真弥は聞いていない。瑠美奈が危険な鬼の娘だからと言うのは客観的視点からの意見であり、瑠美奈自身じゃない。

 瑠美奈は一年前に研究所から出て行った。一年前から人を襲っているのなら御代志町は既にゴーストタウンになり果てている。今、そうじゃないと言うことは瑠美奈は一度だって人を襲っていないと言うことになる。

 真弥は瑠美奈を知らない。これから知ろうとする。廬もきっとそれは同じだろうと信じていた。

 瑠美奈の言い分が間違っているのなら死ぬのも良いだろう。だがそれは今じゃない。


「どれだけ強がってもここでお前たちは終わりだ」


 指揮を執っていた人物が特異能力を発動しようとした瞬間、ふらりと倒れてしまう。一体どう言う事なのか警戒していると部隊全員がばたりばたりと続け様に倒れた。


「なんか、よくわかんないけどラッキー!」

「……ああ、瑠美奈を探そう」


 意識を取り戻す前にこの場を離れようと廬は足を前に出した次の瞬間、床が抜けた。


「っ!?」

「えっうわあぁあっ!!」


 落とし穴のようにぱかっと開き二人は真っ逆さまに落ちた。




 一方で瑠美奈はホワイト隊を相手しながら廬たちを探していた。

 そんな中に微かに見えた金色に瑠美奈は後退する。

 視線を上にやるとむき出しになったダクトの上に腰かける憐がいた。


「お嬢。あの二人、もう死んじまった見たいっすよ」

「……わざわざつたえにきてくれたんだ」

「俺って優しいっすから、お嬢の連れがどうなったのか俺が見届けて、お嬢に伝える。まあ俺の役割ってその程度っすから」

「ここにはわたしをたおそうとするひともいる。けど、ここにはわたしのともだちだっている」

「友だち? ……っ!? まさか」

「またね、憐」


 言い終えると同時に瑠美奈の足元の床が消えた。


「お嬢っ!」


 叫びながら憐は届くはずのない瑠美奈に手を伸ばした。


「くっ……なぁに突っ立ってんすか! この先は!」


 ホワイト隊に八つ当たりのように言うと「ダクト先は」と言いよどむ。


「海良さんの部屋に続いています」

「……ッ!? あのババァふざけやがって」


 ダクトを蹴り上げて怒る憐に怖気づいてしまうホワイト隊。

 その中の一人が手を上げて言った。


「憐さーん。そう言うのは俺たちに任せてくださいよ」


 茶髪の青年が笑う。その人物に憐は少し考えたあと「なら、お前ら二人には」と別命を下した。

 これ以上瑠美奈を追う事が出来ない為ホワイト隊は解散となる。暫くして儡が憐の元に来る。


「気が立っているね憐」

「……お嬢の説得は任せろって言ったのはどこの誰っすか。挙句の果てにはこの様だ」

「予期できない事もあるよ」

「……お嬢はどうして出て行ったんすか」

「彼女は宝玉の意思に乗っ取られた」

「やっぱ適合してなかったんすよ。無理やりお嬢に宝玉なんて物を渡すから!」

「落ち着きなよ。それに彼女が出て行ったのも僕の所為だ。謝罪はするよ。彼女の嫌がることをしてしまった。宝玉の嫌がる事をしたんだろうね。宝玉の意思なんて迷信を信じたくはないけれどあの様子だと信じざるを得ない」


 瑠美奈はもう自分の意思を持っていない。適合させた宝玉に支配されている。

 何としても瑠美奈を捕獲しなければならないことを説く。


「それに瑠美奈は研究所の一部の家族を唆してる。現にこうして瑠美奈の脱走の手助けをしている家族が数名」

「……」

「もし瑠美奈の思惑通りになったら僕たちは世界から除外される」

「……そーっすね」


 憐は瑠美奈が消えた穴を見つめる。その先は許された存在しか入室出来ない部屋に通じている。次第にシステムによって塞がれ跡形も無くなる。穴が出現するなんて誰も想像できないだろう。

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