第9話 ESCAPE
白と黒は表裏一体。対になるべく存在する。
白がいるのなら黒もいる。
白鳥、鶴。白を象徴する存在を思わせる青年。
瑠美奈はその視線が気まずく顔を逸らした。
「もどってきてない」
言うと儡は「やっぱり」と悲し気に呟いた。まるでそう言われるのを予想していたように儡は「大丈夫」と言った。
「お客人が二人来ているのを見かけたよ。二人を案内する為に来たんだろう?」
内側ではなく外側の窓から見かけて瑠美奈の他に男性が二人いる事は知っていた。それでも儡は瑠美奈に会いたかったのだと言って上の階から降りて来た。
「もう一度考え直してくれないかな? 君にとっても悪い話はないだろう?」
「……それでもわたしのいしはかわらないから」
「なにもわざわざ此処から出て行く必要はないはずだ。君の意思に沿って研究所を動かしていけばいい」
「それじゃあ、いみがない」
「どうして?」
「ほうぎょくがすべてをきいているから」
「そんなの迷信だよ。宝玉なんて力の集合体でしかない。それに意思があるなんてあり得ない」
「おとうさんがいってた」
「……そう」
父親が言った。宝玉には意思がある。適合者じゃなければ身体を乗っ取り朽ち果てるまで使命に動き続ける。だからこそ、意思に抗う屈強な精神が必要だった。心を汚染されない強い意思を持つ存在が必要だった。
そんなのは迷信だと言われ続けて来たが、仮にそれが真実だとしたら多くが死ぬのはそれが原因だ。
宝玉の適合者以外が触れてしまえば死ぬと分かり切っている。政府は血眼になって適合者を探している。
瑠美奈が研究所を出たのは瑠美奈の思惑を宝玉に悟られない為だ。
「それが君の……宝玉の意思なのかな」
悲し気に儡は言う。
「瑠美奈の意思、本当はどこにあるのかな?」
「……それ、儡がいうことじゃないから」
「えっ……」
瑠美奈は冷ややかな瞳をして踵を返した。廬と真弥を見つけなければと歩き始めた。
儡は何も言えずその背を見届ける。姿が見えなくなると立ち尽くしていた儡は笑い出した。
「ふっあはははっ……僕の意思? そんなの……生まれた時から無いに決まってるだろ」
白い瞳の奥に黒が混ざっていた。
「瑠美奈、君の好き勝手はさせない。僕の使命の為に君を拘束する」
白装束の隊が儡の背後に控えていた。
「瑠美奈とその客人を研究所から逃がすな」
「生死の有無は?」
「瑠美奈は死なないだろうし、少しだけ手荒にしたって構わないよ。客人二人は死んだって構わない。どうせただの旧人類だからね」
所長室にて。
「原初の血とはなんだ」
廬が華之に尋ねる。
原初の血、御代志町がまだ御代志村と呼ばれていた時の話。御代志村を襲った鬼が流す血を意味していた。
御代志町では珍しくはない言い伝え。今では子供に「悪い子は鬼に食べられるんだよ」と教育の一環に含まれるほど古くから伝わる話だった。
だからこそ、鬼に食べられないように良い子にする。
それは真弥も知っていたが原初の血と言われているのは今回が初めて知った事だ。
ただのおとぎ話に出て来る鬼がこの世に存在しているなんて誰が思うだろうか。そして、その鬼の血が瑠美奈に流れていると言うのだから情報が混在している。
「瑠美奈の父親は村を襲った鬼なのか」
「そうです。始まりの鬼、全ての根源である鬼から生まれたのが瑠美奈です」
「あり得ない。瑠美奈は見た目だけでも十歳程度だ。言い伝えと言うなら百年も前の話じゃないのか」
瑠美奈は正確な年齢は分からないが、伝説の鬼が親と言うのは筋が通らない。
鬼がどれだけ寿命を有しているか分からないがそれでも瑠美奈が生まれた年を逆算しても十年前まで親の鬼は生きていたことになる。どうしてそれが問題にならないのか廬は疑問でしかない。その事を追求すると華之は「事実生きていました」と呆気もなく答えた。
「もういません。完全に沈黙しました」
「此処で死んだのか」
肯定するように華之は頷いた。鬼は生きていた。
瑠美奈と面識あるのも当然で、瑠美奈と対話もした事がある。
正常ではないにしても瑠美奈は父と認識していた。
「原初の血を持つ瑠美奈は唯一の宝玉の適正者。そして研究所が結論付けたのは、宝玉が適合するのは、原初の血を持つ者だけ。しかし瑠美奈は脱走しました。研究は停止しました。もしかすると瑠美奈以外に、他の獣の血にも原初の血が流れているかもしれないと再び新生物を生み出す研究は続行。瑠美奈が戻りさえすれば、研究所はただちに瑠美奈を複製して研究所は解体しましょう」
「複製、瑠美奈ちゃんを増やすって事?」
「そうです。胎児に瑠美奈の遺伝子情報を組み込むことで宝玉の適合者として」
それで瑠美奈の代わりは務まるのか。
宝玉の力はそんな物で封じられるのか。廬には分からない。
寧ろ此処に来たのはそんな事を聞きにしたわけじゃない。
「この研究所は善意なのか」
「なにをどう定義しての善意か。私にはわかりかねますが、結局のところで言えば宝玉が全ての元凶。我々は六つの宝玉にそれぞれの適正者を見つけることが仕事です。善悪を判別しての行いはしていないと言っておきます」
「俺はそこの憐と言う男に襲撃された。それは俺がこの研究所を調査する諜報員と勘違いされた。所長の指示なのか」
「先ほども言ったと思いますが、私は形式上の所長であり彼らの行動を拘束することは不可能です」
憐や他の新生物が所長を慕っていても言うことは聞いてくれない。
そんな時、後ろにいた憐がくくくっと笑い出した。何事かと凝視すると憐は言う。
「今、彼女が旦那の誘いを断ってホワイトを実行させた」
「ホワイト?」
「旦那がまとめている俺たちの仲間。旧生物の敵で俺たち新生物の味方。おたくらを捕える為に行動を始めたぜ。早くしないと此処まで来て殺すかもな~」
「……廬」
「嘘でも本当でも瑠美奈を探す」
二人は互いに頷き合い部屋を出て行った。
扉の外でどたばたと走っている二つの足音に憐は肩を震わせた。
「本当に見てて飽きないっすね。あいつら」
「気に入っているようですね」
「旧生物の人間を気に入る? 冗談っすよね? 俺はあいつが幸せならそれで良いんすよ。あんただってそうだろ?」
「どうでしょうね」
憐は舌打ちをして部屋を出て行った。
残された華之は手を組んで未来を憂う。
「……何よりも私が危惧しているのは、この件にあの男が関与しているかどうか。それ以外はどうでもいいのです」
華之のデスクに置かれたモニターには監視カメラの映像が映し出されている。
瑠美奈がホワイトたちを相手している。殺さずに気絶させる作業に疲弊している。
誰かを傷つけたくない優しい心が生んだ危うさ。
「宝玉の力を解放する事で貴方は生まれ変わると言うのに……愚かな事を」
首を振って華之は目を閉ざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます