第8話 ESCAPE
憐は言った。
かつて、この研究所は確かに政府の命令で新生物を生み出す研究に勤しんでいた。
厄災を無くする為に是が非でもこの研究は終わらせてはならない。
そうやって続けていくにつれて新生物はただの道具だと言うようになり、ただの失敗作なら処分する方法も国が決めても良いだろうと傲慢を極めた。
その結果、新生物たちは戦争に駆り出されるために訓練までさせられた。
元から殺す為に作られて、人間よりも強度のある新生物ならば戦争に勝てると息巻いた。
「俺たちは反乱を起こした。それが五年前」
五年前にこの研究所は本来の役目へと軌道修正された。
宝玉を制御できる新生物を生み出す為に動き出した。
「政府の人間って言っても所詮は旧式っすから、俺たちに恐れをなして下手な事は言えない。もっとも言ったとしてこちらは世界さんを守ってるんすから俺たちは間違っていないと言う表明にもなる」
「なら、どうしてそれを公表しない。御代志町の人々はこの研究所を不審に思ってる。どうして反対の者が現れた時にいちいち説明しているんだ」
「だっていちいち説明した後の奴らの顔は滑稽だったから」
自分たちが非難していた存在は実は自分たちを守る為に行われていた事だと知れば人々は切望し始めるのだ。これからも頑張ってくれと他人事のように笑い始める。御機嫌取りをしてやり過ごす。来た時とは違い掌を返す。それが酷く滑稽で面白く憐はいちいち説明するのは面倒だがその顔を見るのが何よりも楽しいと言った。
「君は精神がひねくれているのかい? どうしてそんな事が楽しいと思えるんだ」
「……生き方の違いを垣間見た時、人間って奴らは迫害をするんすよね」
嗤っていた憐はスッと表情を殺した。
自分たちの親が人間ではないと初めに伝えれば町の人々は怯えたように気味悪いものを見るような眼をこちらに向けた。だが次の瞬間、厄災を消し去る方法と言えば今度は町の人々が気味悪い笑みを浮かべて胡麻をすり始めた。
「俺たちが厄災を止めないと言えば研究所なんて必要ないと文句を言うんすよね? 実際そうだ。理にかなっていなければ存在を赦されない。俺たちは此処で生きている。俺たちの世界を奪おうとするお前らが嫌いで仕方ないんすよ」
どの道死ぬなら楽しんだ方が良いに決まっていると憐は先に進む。
真弥がその背を追うが廬だけは窓の外を見ていた。窓の外、怪物が研究者に封じられている光景。誰かの親で、他人からしたら怪物。
「廬?」
瑠美奈が首を傾げていた。
「瑠美奈の親は意思疎通が出来たのか?」
「……できた」
瑠美奈の父親は怪物で母親が人間だと聞いていた。会話はしたことがあるのか。どう言う人だったのか。
「やさしくはなかった。けど、いいおとうさんだったとおもう」
「そうか」
「廬は? 廬のりょうしんは?」
「……父は事故で死んで、母は最悪だ」
思い出したくないようで廬は顔を顰めて歩き出す。瑠美奈は少しだけ悲しそうに目を伏せた後歩き出そうとしたが「瑠美奈?」と呼び止められた。
振り返れば、そこには白い髪をした青年が立っていた。相手は少しだけ驚いた顔をしていたがすぐに「帰って来てくれて嬉しいよ!」と近づいて来る。
「……儡」
微笑む青年に瑠美奈は嫌悪感を抱いた。
一方で廬と真弥は憐に連れらるがままに研究所を見る。
延々と似たようなことを言う憐にしびれを切らした廬は「どうして俺を殺そうとした」と知りたかったことを尋ねた。
「勘違いと言えば許されるわけでもないんすよね?」
「許されたいと思う意思がないなら許せない」
「なんすかそれ」
可笑しな言い回しだと憐は笑う。
「研究情報を盗もうとしている輩がいるって聞いて俺が調査するように命令された。新生物の生産をする為にこの技術を悪用する連中が気に入らないから殺そうって話に決定した。そして来たのがあんただった。それだけの話っすよ」
数日、駅の近くを行ったり来たりをしていたら定期便でやって来たのが廬だった。御代志町に初めて来たようで挙動不審な様子に憐は確信していた。
「違う事に気が付いているのか」
「さあ、もしかしたら今こうしている事が狙いだった可能性だってある。彼女を懐柔して研究所に入って来た。つまりそれって当初の目的通りなんすよ」
廬が諜報員じゃないと言う証拠は何一つとしてない。瑠美奈が新生物だと知っていて近づいた可能性だってある。瑠美奈を懐かせてしまえば研究所には容易に侵入する事が出来る。
表側で異動命令が出たから御代志町に来たなんて理由は容易に出来る。それに仕事だって諜報員なら見つけることが出来る。憐の考察は順調に今に至っている。
「俺が死んでいると言うのは」
「彼女に近づく前に俺が殺した。けどあんた、意味わかんない力で俺を弾き飛ばしたんすよ。まあ覚えてない見たいっすけど」
瑠美奈に会う前、コンビニで水を買って夜道で幽霊と思っていた瑠美奈と会った。その時に廬は死んでいるはずだと言われたが廬はその時、瑠美奈とすれ違っているのを終えている。一体どう言う事なのか皆目見当が付かない。
「随分といろいろ教えてくれるな。この情報を公表するかもしれないぜ?」
真弥が言うと「出来ねえっすよ」と憐は笑った。
「この研究所から出た瞬間、おたくらの記憶の中からこの研究所で見聞きした情報は消える。そう言う特異能力を持った奴がいる事を視野に入れて来るべきだったっすね」
記憶を消してまたやって来た際に手の平をコロコロと返す人々が楽しくて仕方ない。面倒ではあれどその光景の為に憐は楽しんでいた。そして今回も廬が仮に諜報員だとしても記憶を消す事が出来る新生物に頼めば簡単に消す事が出来る。
エレベーターに乗り最上階のボタンを押す。真弥が「どこに行くんだよ」と尋ねれば「所長に会いに行くんすよ」と憐は簡単に答えた。
憐は善意で所長の部屋に向かっているのだろう。この研究所の全容を知る為には必要な事ではあった。
エレベーターが最上階に到着するとすぐに所長室に導かれる。
「憐、許可なくエレベーターを使うなと言っているはずですが」
そこには女性がデスクで仕事をしていた。
こちらを見ることなく憐を注意すると「お客さんっすよー先生」と憐は反省した様子もなく言うとそこでやっと女性は顔を上げた。
「天宮司真弥さんと糸識廬さんでしたね。私は御代志研究所の所長をしている
「どうして俺たちのことを?」
「貴方たちの事だけではありません。この町、御代志町に住むすべての住民情報は我が研究所に流れてきます。万が一、厄災を望む不当な輩が現れた際即座に対処できるようにと……。貴方たちが此処にやって来た理由もわかっています。研究所を阻止する為ですね? しかし研究所が行っている事を阻止してしまえば世界の命運は尽きてしまう事もまた知ってしまった」
「新生物は、誰が考えた」
「この私です。もっとも当初は新生物と呼ばれてはいませんでした。何よりも厄災を阻止するなんて偉業も視野に入れていませんでした。ただ異形と人間の間に半妖は存在するのかを検証してみたくなりました」
怪物は世界のどこにでもいた。逸話を持つ怪物、逸話を持たない怪物。種類も数多あり、人間が狼に育てられたと言う一例を見るに人間と子をなす事だって可能だろうと言う。
本来はそう言った生体を調べる為に研究していたが、華之の研究を聞きつけた政府の人間が厄災を封じる為に宝玉を適合させる新人類を作り出す事を命じた。
特異能力を持つ子供が宝玉に耐えられる事を知った。命が散り、怪物は子供を守る為に何度も華之に牙を剥いた。その度、助手たちが助けてくれる。
そうこうして気が付けば御代志町に研究所を構えていた。五年前、政府の人間に情報を横流ししていた裏切り者を新生物が制圧した。戦争兵器として造る気はなかった華之は生かされ表上だけの所長をしていた。
「私にはもうこの研究所をどうこうする権限は持ち合わせていないのです。この研究所は既に子供たちが支配してしまった。あの子たちも馬鹿じゃないのです。私が死ねば研究所としての体裁を失う。だからこそ、表上で私を所長にするしかない。生かされているのですよ」
その事を説明すると黙っていた憐が笑いながら言う。
「くくっ。冗談っすよね? 先生。俺たちはあんたに感謝してるんすよ? 俺たちって存在を作り出してくれた。他の連中なんて俺たちが反乱を起こした瞬間に殺そうとしたんすよ? 酷い話っすよ。だけどあんたは違う。俺たちと対話しようとした。俺たちをちゃんと意思のある生き物として接してくれた。ただの道具じゃなくて……だから俺たちはまだあんたを好いてるよ。バカな事をしなきゃ」
「憐、貴方は私に怒りを感じているはずですよ。私がいなければ貴方たちはまだ自由に生きられたのですから」
「そーっすか? 別に俺はこのままでも良いんすけどね。ここが俺たちの家っすから」
「そうやって嘘を言うばかりでは何も変えることは出来ないのです。前にも教えたはずですよ。その狐の皮は何枚あるのです?」
「……ちっ。先生、今日此処にお嬢が来てるんすよ」
強引に話題を変える憐。それを追求させる気はないようで憐は廬たちが連れて来てくれたことを言う。
「そう」と話題の切り替えに気にした様子はなく廬を見る。
「糸識さん、確か貴方はあの子と生活していましたね」
「……数日程度だ。それ程長い間はいない」
「それでも生きていられるだけ十分でしょうに……」
「どう言う意味だ」
「彼女から何も聞いていないのですね」
華之は「全く」と呆れたように息を吐いた。
「瑠美奈は原初の血を持つ鬼。人間を主食とした凶悪な鬼の子として生まれた危険保護対象」
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