第7話 ESCAPE

 研究所に行く日がやって来た。廬は仕事を早々に切り上げて真弥と瑠美奈と合流する。ただ研究所に行くだけなのに酷く緊張している事に廬は気が付き苦笑いをする。


「大丈夫だって! 俺たちで研究所の真実を突き止めて公表すればこの町だってもっと過ごしやすくなる」


 町も活気づいて人々が戻って来てくれるかもしれない。電車の旅行に寄り道をしてくれる人が増えるかもしれないと真弥は喜々と言う。

 真弥の車で研究所近くまで行く。外見は白い壁に覆われている。有刺鉄線で敷地を囲われている為、物々しさが引き立つ。


「こっち」


 車から降りて瑠美奈が先導する。廬は「あっ」と手を伸ばしてしまう。瑠美奈が心配なのだ。大人びていると言ってもまだ子供だ。大人がどうにかしなければと言う気持ちが先走ってしまう。

 真弥は気持ちはわかるとぽんっと肩に置いた。


 瑠美奈を先頭に研究所に近づく。警備員が瑠美奈たちに気が付き「止まれ」と指示を出す。


「お前たちは?」

「俺たちは……えっと」


 真弥が困っていると瑠美奈が「個体識別番号B型21号瑠美奈」と言うと警備員は血相を変えた。研究所に通じている電話で内部と連絡を取ると研究所から一人の青年がやって来た。

 それは廬を殺そうとした男だ。


「まさか、そっちから来てくれるなんて思わなかったっすよ。けど帰ってきてくれたなんて事はないみたいっすね雰囲気的に」

「かえらない。きょうはおねがいにきた」

「お願い? 裏切り者の癖に? どの口が言ってるんすか?」


 男は呆れたように言う。瑠美奈と知り合いだと言うのはすぐにわかった。

 男が言っていた諜報員は研究所に関する事を調べる為に送り込まれた人と言うことになる。

 男は「立ち話も疲れるんで中に入る?」と尋ねる。瑠美奈が廬たちを見てどうするか仰ぐ。


「入ろう。俺たちの知りたいことが知れるだろ?」


 真弥が言うと瑠美奈は「いく」と男に言うと案内するようで道を開いた。


 男は稲荷いなりれんと言う名前で瑠美奈と同じ新生物と呼ばれた人間と怪物の子供だと言う。

 一見したら同じ人間に見えるが憐は廬たちを「旧生物」と呼んでいた。

 比較的人間に近く尚且つ特異能力を持つ個体。簡単には死ぬ事のない生き物として憐は新生物こそが上位の存在だと言う。


 厳重に警備された研究所の入り口。憐が「お客様」と言えば研究所への入場が許された。


「っ……」

「廬? 大丈夫か?」

「あ、ああ……」


 廬は研究所に既視感があった。来たことはない御代志町は初めて来た町だ。

 それなのに来たことがあるような既視感に廬は顔を顰める。

 その様子に「ああ、電磁波っすね」と憐は言う。


「この研究所はおたくらが言う所の怪物。俺たちの父母が収容されてるんすよ。だから怪物を封じる為の電波を流してる。たまにいるんすよね。その電波を受信しちゃってぶっ倒れる奴」

「帰らなかった4人はその所為で」

「帰らなかった? ああ、デモ集団。爺さん婆さんばっかぶっ倒れやがっていい迷惑っすよね。入れ歯が電波を込めて、口ん中焦げて窒息死か感電死。バカっすよね」

「バカって……君な!」

「真弥、落ち着け」


 憐の言い方は良くない。だが相手が新生物だと言うのなら特異能力を持っている。それが何なのか分からないうちは静かにしているしかない。

 廬の既視感もそう言った複数の電波によって作り上げられた幻覚でしかない為、気にすることはないと憐は先を歩いて行く。


「憐、あまりからかわないで」


 瑠美奈が憐を注意するも憐はべーっと舌を出した。


 通路を進んでいくと防弾ガラスが張られた向こう側で現実では見ることのない怪物たちが暴れていた。憐は「相変わらず懲りないっすね~」と嗤っている。


「何をしてるんだ」

「子を生そうとしている」

「っ!? 新生物をか?」

「そーっすよ。だって俺たちだって仲間が欲しいっすからね。旧人類が幅利かせているのを我慢出来る程お利巧でもないっすよ」


 異形の怪物と人間を相手に新生物を生み出す為に動きだす。その光景が奇妙で吐き気がすると廬は顔を逸らした。


「お前たちは何の研究をしているんだ」

「彼女から聞いてないんすか? まあ教えてもいいか。五年に一度の厄災を抑える為に俺たちは作られる」


 厄災は人間の罪。何処から生まれたのか分からない六つの宝玉の力で五年に一度、何処かで災厄が起こる。ある時は奇病、ある時は戦争、ある時は自然災害、ある時は大量殺害エトセトラの地獄。

 どんなことが起こるか分からないから日々怯えて暮らしている。


 新生物たちはそれを阻止する為に宝玉を与えられる。

 宝玉から放たれる力は普通の人間では呆気なく死んでしまう。そうならない為に怪物の特異能力を宿した人間が必要だった。そして宝玉の力に溺れない屈強な精神が必要だった。


 そうして作られた新生物。大半は失敗作。

 怪物と人間の間に生まれた子供は後遺症が出ていた。特異能力を宿す代わりに代償と言いたげに一生消えない後遺症。

 ある者は言葉を発せず、ある者は地を歩くことが出来ず、ある者は人に触れてしまえば腐敗する。呼吸すら出来ない者もいる。生まれて来ることが出来る方が奇跡で宝玉を与えるなんてどだい無理な話だ。


「宝玉が此処にあるのかい?」


 真弥が尋ねる。俯瞰する向こう側で怪物が研究者に押さえつけられている痛々しさを感じ顔を顰める。


「あるっすよ。彼女が帰って来たお陰で四つ揃ってる」

「かえってきてない」

「なんだって良いっすよ」

「四つ? 六つじゃないのか?」

「一つは盗まれた。もう一つは何処にあるか俺たちは知らない。だから俺たちはそれを探している」


 盗まれたのはこの際どうだっていいと言っているようで廬と真弥は怪訝な顔をするとその意図を読み取り笑う。


「だって、適合者が見つからない状態で六つも集まったら俺たちは死んじゃうんすよ? この町だってお陀仏って話っすよ」


 揃っていたとしても適合者がいなければ意味がない。今は研究所で保管できる数が四つだけ、宝玉の一つを瑠美奈が持っていると言う。瑠美奈は宝玉に適合した新生物。


「六つ全てに適合者が見つからなかった半永久的に俺たちは新生物を作り続ける。それがこの研究所の全容っすよ。おたくらがやって来ても止めることは出来ない。政府がしているのは厄災を抹消する事なんすから、口出ししたら世界の敵になる。そんなの嫌だろう?」


 誰もが厄災を消し去りたいと思っている。そんな中、研究所が前線で頑張っていると言うのに阻止するなんて事をしたら五年に一度の厄災を受け入れることになる。

 死んでしまえば研究所の裏に墓を作られるし至れり尽くせりだったと憐は説明する。


「確かに理にかなっている。人を使えば死んでしまうなら新しい人を作ればいい。宝玉と言うのが厄災を発生させているなら封じることが出来るなら、君の言う旧人類が減る事もなく、厄災も消えるなら願ったり叶ったりだな」

「……」

「けどさ、それで作られた俺たちって何なんすか? ただ死ぬ為だけに作られてるみたいで腹が立つ」


 新生物。役目をまっとうしなければ殺されるなんて事はないのにまるで道具のように使い回される。死んでしまえば粗末に扱われて、終いには怪物の餌となる。


「なら抗う事だって出来たはずだろ?」

「抗ったっすよ? だから俺たちは今こうして自由だ。……ねえ、裏切り者のお嬢?」


 憐は瑠美奈に同意を求めると瑠美奈は目を逸らした。

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