第3話 ESCAPE

 異動休暇はまだある為、廬は駅まで来ていた。

 駅員をしている真弥に会いに来た。


「やあ、お兄さん。新生活はどうだい?」

「まあまあ……それより昨日、見たんだ」

「見たってなにを?」


 休憩中なのか、この駅で降りる人がいないと見越してのサボりなのかは分からないが駅内にある休憩所で珈琲を楽しんでいた。廬は向かいの椅子に腰かけて夜に見た少女の事を伝えた。


「ああ、最近そう言う話で持ち切りだよ。女の子の幽霊。特に何かするわけじゃないけどすれ違い様に振り返れば姿が消えてる」

「話しかけた人はないのか?」

「幽霊に? まさか皆怖くて口も動かないよ」


 けらけらと笑うが「まあ俺は見たことないけど」と言った。


「可愛かった?」

「え、まあ……普通の子だったと思うけど。中学生くらいか? 小学生かもしれない。とにかく女の子だった」

「そりゃあ女の子の幽霊って噂なのに男が出来てたら、それはそれで怖い話だろう?」

「……自分の事を瑠美奈って言ってた」

「るみな? 町の子にしては聞かないな。学校に行くときはいつも町内会の暇な爺さんたちが黄色い旗を持って立ってるから瑠美奈って子がいたら分かる。それ程、子供が多いわけじゃないからなこの町は」


 引っ越し祝いと言って珈琲を奢られてしまい申し訳なく思いながら珈琲を受け取る。


「研究所で亡くなった子供だって噂だとか」

「そう言う噂もあるな。俺から言わせればあの研究所はまだ子供が残ってる。そして、研究所は政府と言う後ろ盾を持ちながらやばい事をしてる」

「陰謀論か?」

「暇だからね。そう言うのを考える暇もあるって感じかな」


 真弥は言う。

 研究所の中にはまだ子供たちがいて、今でも元気に生きてる。

 しかし、事故で何かが研究所内で変わった。それが何なのか御代志町の人間は分からないが幽霊である少女はその関係者で逃げて来た。

 そんなデタラメな仮説はサボって暇している真弥にしか出来ない事だった。


 この町に来て日は浅いが一番に親しくなったのは真弥だった。

 御代志町の事を知るので一番有力なのは旅行に来た客に案内をする駅員だ。

 真弥はその中でもかなりの物知りだった。そして何よりユニークな性格をしている為に取っつきやすい。少しの冗談も乗って笑いに変えてくれる。

 廬は余り口が上手い方ではない為、人とのコミュニケーションが得意じゃない。真弥のような人物は本当に助かっていた。


「じゃあ、真夜中に子供が徘徊してるって? 危ないだろ」

「事件が多いわけじゃないから人的事件より、事故が怖いよな。特に町を少し外に行ったら畑がある。足が嵌ったら……目も当てられない」


 殺人的な事件は少ないが、田んぼで生き埋めになってしまう子供がたまにいるらしい。


「おい! 天宮司! サボるな」

「ありゃもうバレたか。それじゃあ俺はお仕事に行って来るぜ。話せて楽しかった。また来いよ」

「寧ろ仕事の邪魔だったんじゃないか?」

「またサボるの手伝ってくれるだけで俺は大歓迎だぜ」


 それで良いのかと苦笑しながら廬は駅を後にする。


 晩飯の買い出しをする為に駅から近いスーパーで買い物を済ませて家に帰宅する道中、廬は見つけてしまった。人気のない路地で絡まれている少女。

 その少女は昨夜見た少女と瓜二つだった。他人の空似とはよく言ったものだが絡まれているのは目に見えて分かった。困った顔をする少女を放っておけるほど、廬は屑ではないと思っている。


「おい! お前らなにしてるんだ」


 はっきり言うと「あぁん?」と田舎特有のチンピラがこちらを睨みつけて来る。そんな物に臆する事もなく廬は「その子、困ってるだろ」と続けたがチンピラたちは「おっさんに関係ねえだろうが」と言い返して来た。

 確かに高校生程のチンピラを相手に廬はおっさんと分類されるかもしれないがまだ若いつもりだった廬は少しダメージを食らう。

 そして年上にはもう少し敬意を示すべきだと溜息を吐くとそれが癪に障ったのか三人いたチンピラの一人が廬に殴り掛かって来た。


「おらぁ!!」


 純粋な拳を買い物袋を持ってない左掌で受け止める。しっかりと掴んだ後、廬はその腕を反対にねじり背中に回す。

 チンピラは悲痛な叫びをあげた。

 手が塞がっている為、好機と見た残った二人のチンピラは少女から離れて廬を殴ろうと拳を振るった。しかし、いつの間にかその拳は仲間のチンピラの顔面に命中していた。


「てめえっ! 卑怯じゃねえのか!」

「卑怯って……子供に色目使ってるお前たちは違うのか?」


 呆れてしまうと廬は溜息を吐いた。

 盾にしていたチンピラの背を蹴ったあとスマホでチンピラの顔を写真に収める。


「警察に言われたくなきゃどっか行け」

「っ……言いたきゃ言えば良いだろ!」


「行こうぜ」と興が削がれたと仕切っていた男が二人の取り巻き連れて離れて行く。

 何処にいてもああ言う輩はいるんだなと廬は感じながら絡まれていた少女を見る。


「大丈夫か?」

「うん、ありがとう」


 怖かったかと尋ねれば「こわくなかった」と答える。やせ我慢という訳でもないだろう。震えている様子もない。ただどう対応したものかと困っていた。


「しっかりしてるな。君は……瑠美奈?」

「おにいさん、わたしのことしってるの?」


 どうして自分の名前を知っているのか首を傾げて綺麗な瞳がぱちぱちと瞬いている。


「あー、昨日。会った気がして」

「きのう? あっ」


 思い出したのか「みずのひと」と瑠美奈は言った。



 廬は瑠美奈がまた絡まれないようにと家まで送る。

 田んぼ道を歩いていた。その間、廬は瑠美奈の事を尋ねる。

 どうして夜に歩き回っているのか尋ねると探しものをしているらしい。何を探しているのか訊けば「イム」と答えた。


「イム。ぐにゃぐにゃしてるの」

「スライムみたいな?」

「スライムじゃないけど……すこしだけにてる」


 スライムのような軟体動物を探しているらしく廬はいまいち理解出来ずに首を傾げるばかりだった。

 一人では夜道は危ないと言えば困った顔をする。わざわざ深夜にイムを探さなくてもいいのではと思ったが田舎特有の野生の動物がイムを食べてしまうかもしれない。

 まだどう言った生き物か知らないが瑠美奈の大切なペットだと言うなら夜道も探したくなるだろう。


「なら、探すの俺も手伝うよ」

「あぶないよ」

「君一人を深夜歩かせる方が心配で夜眠れないよ」

「……わかった」


 瑠美奈と約束をして夜になったら廬が瑠美奈の家まで瑠美奈を迎えに行き、イムを探す。見つかれば瑠美奈は夜に出歩かないと言う為、幽霊騒動も幕を閉じてくれるだろう。

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