第2話 ESCAPE
茹だるような暑さに耐えながら駅を抜ける。都会と違い人の行き来が少なく改札を抜ければ自然の空気が男を迎えた。田舎の空気は都会の人間にとっては軽く自動車による有毒ガスが少ない。
「やあ、お兄さん。こんな田舎町に来るなんて物好きだね」
休憩中の駅員がのんびりと話しかけて来た。田舎故に誰が来てもフレンドリーなのだと気が付くには少しだけ時間がかかり戸惑っていると「ああ、ごめんね」と謝罪した。
「俺は
「
元気な好青年は握手を求めて手を差し伸べて来る。突き放す理由もない為、握手して、真弥の言葉に疑問を抱き尋ねる。
先ほど、数名が降りていたのを知っている。それなのに真弥は廬だけと言いたげに扱った。
「ああ、いや。基本的にこの駅で降りるのは、研究所の関係者で物資を降ろしたらすぐに街に引き返していく人達ばっかでね」
「研究所?」
「そっ。この町一番の研究施設で月いちに物資の入れ替えをするんだ。お兄さんが乗って来た電車の後部車両は貨物用で研究所の物資を乗せてる」
この町には研究者が欲しがるような物は売られていない。だから遠方から定期便で送られてくる。その為、真弥は定期的に現れる配達員の顔を覚えていた。配達員以外に見慣れない顔があり、周囲を見回して居たら物好きな観光客だろうと予想した。
「記憶力が良いんだな」
「まあな。……それで? お兄さんは観光? 何なら俺が案内しようか?」
「異動命令。今日はその下見で来たんだ。入居先を探す予定だ」
「異動、この時期に?」
「特別命令ってのには時期なんて関係ないんだと」
真弥は同情に似た表情をした後「まあここに住むんなら先に家を確保した方が良い」と親切な不動産を教えてくれた。
観光用のガイドマップも渡してくれた。何から何まで親切にしてくれる当たり何か裏があるのではと勘ぐってしまうと真弥は苦笑いをして「俺が困った時助けてくれたらいいよ」と言った。
「すまない。本当に……正直困ってたんだ」
「それなら良かった。まあ困った事があればお互い様。日中は此処にいるから困ったら戻ってきたらいい。案内でも何でも手伝うよ」
廬はお礼を言って駅を出て行く。
タクシー乗り場でタクシーに乗って教えられた不動産に向かう。
「お客さん、御代志町で暮らそうなんて物好きですね~」
「ああ、さっき駅でも言われたよ。けど、この町だって良い所はあるだろ?」
「良い所ですか。研究所の連中がハバ利かせてる所為で皆出て行っちゃいましたからね。金がない人だけが嫌々この町に住んでるって感じだから良い所を探すより悪い所を探した方が早い」
「その研究所って一体何を研究してるんですか?」
「さあ。一年前、爆発事故があった以来行き来するのは物資を配達している業者だけ、今までは政府直属の何かをしていたらしいですけど、本当かどうかも怪しいところだ」
「政府直属? こんな小さい町で? ……あ、すいません」
「良いって事ですよ。誰もこの町に誇りなんて持っていないんですから」
運転手はへらへらと笑っている。
この町は小さく人口も減りつつある。学校に通うのも隣町にしかなく往復徒歩四時間かけなければならない。
その上、昔は研究所の庭で子供たちが遊んでいる光景が見られたが今はめっきり見えない。仄暗い噂が増えているらしい。
「……あの子供たちも今ではどこで何をしているのやら」
「政府直属の研究施設に子供が?」
「本来は孤児院だったらしいですよ~。国の支援を貰う為に研究所として改造したとか」
何ともデタラメな事だと運転手は、振り回される子供たちが可哀想だと同情している。子供の姿がぱったり見なくなったのが丁度一年前の事で、大爆発が起こった日らしい。けたたましい警報音と共に黒々とした煙を煙突から出していたのは小さな町では大ニュースとなった。
大ごとだったことで町長が赴き何をしているのか住民に言う義務を説いたが結果は不良。研究所の職員は御代志町の住民には一切の情報を提示しなかった。
挙句に職員は一新されたようで見慣れない職員が歩き回っている。
政府直属の研究機関という事で警察もまともに動けないと来た。
御代志町に住んでいる人々はこれ以上あの研究所に振り回されるのを嫌がり移住していった。
それなりに明るい町がいつの間にか暗く人が少なくなった。お陰で犯罪者の隠れ蓑になってしまうと危惧していたがどう言う訳か、犯罪者が此処まで来ることはなかった。人々が支え合って暮らしている。
「ああ、それと深夜徘徊は避けた方が良いですよ」
「どうして?」
「何でも幽霊が出るとかで目撃者がいるんだ」
「幽霊?」
突然の怪談話にきょとんとしてしまう。
なんでも一人で夜道を歩いていると黒い少女の幽霊を見るらしい。
それこそ、研究所で暮らしていた孤児の幽霊で、爆発で死んでしまい未練を残しているとか適当な逸話を持たせて広まったらしい。
「夜道は危ないって言う注意喚起も含めてみたいですけどね」
運転手はいるわけがないと笑っている。
運転手は次タクシーを乗るとき指名してくれたら割引出来ると言って不動産で降ろされる。
不動産で一人暮らしに最適な物件を担当者と探してもらい。1LDKのアパートに住むことになった。
三日後、都会の友人に引っ越しを手伝ってもらい御代志町の住人として生活する事になった。引っ越し祝いとして焼肉を食べてはしゃいだ。暫くは友人と会う事も出来なくなると少しだけ残念に思いながら廬は楽しんだ。
その日の夜、喉が渇き目を覚ました。だが引っ越した仕立てで冷蔵庫はまだ買っていない。仕方なく三十分歩いた先にあるコンビニに行く。時刻は二時を回る。
この時の廬はタクシーの運転手が言っていた怪談をすっかり忘れていた。
コンビニで買ったミネラルウォーターで喉を潤しながらチカチカと点滅する街頭に照らされた道を歩いていた。
酒を飲んでいた所為で少しだけ頭痛を起こしながら早く眠りたいと家に急いでいた時だった。ばちっと音を立てて少し先の街灯が切れた。
と言っているのも束の間で明かりは生き返り道を照らした時だった。人影が見えた。
黒い人影で廬は見間違いだろうと立ち止まり目を凝らした。
再び街頭の不具合が起こり、暫くしてまた点灯すると誰もいないと思っていたそこには一人の少女がいた。
運転手が言っていた黒い少女は俯いてぺたぺたと素足で歩いて来る。
廬は驚き、自身の足に躓いて尻もちをついた。手放してしまったペットボトルが音を立てて少女の方に転がる。
酒の酔いなど何処へやら相手が何をしてくるのか分からず身体が震えている。
「……?」
少女は足元に転がって来るペットボトルを拾い上げて首を傾げている。動けないでいる廬を見つめてぺたぺたとこちらに近づいて来る。
「お、お前……本当に幽霊なのか?」
きっとまだ酔っていたのだろう。見知らぬ怪奇現象相手に会話を試みるなんてどうかしている。
「……ゆう、れい?」
か細い声が聞こえた。無垢で幼稚な声が聞こえる。研究所で死んだ少女の幽霊。
「ちがう。わたしは
そう言って少女はペットボトルを廬に差し出した。恐る恐る手を伸ばしペットボトルを受け取ると可愛らしく微笑み「ばいばい」と言って歩き出してしまう。
廬は我に返って立ち上がり振り返るとそこには既に少女の姿はなかった。
「……瑠美奈?」
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