ESCAPE ~生き続ける為の逃走~

赤い鴉

第1話 プロローグ

 かつて御代志村と言う小さな村がありました。人口は約五百人程であり、互いに支え合って暮らしていました。

 しかしある日、山から途轍もない程に狂暴な鬼が降りて来てしまったのです。

 村の人々は怯えて眠れない日々を過ごしていました。


 鬼は山の動物たちに指示して村で育てた家畜を殺し、作物を荒らし村人を困らせていました。

 冬を越す事が出来るか分からなくなった頃、男たちが立ち上がり、鬼退治をする為に農具を構えて山に向かいました。鬼の住処を見つけて鬼の息の根を止める為に農具を振り下ろしましたが、鬼には傷一つつけることは叶わず殺され食べられてしまいました。

 最後に生き残ったのは、若い男でした。若い男に鬼は「これ以上村人を減らしたくないのなら俺様に供物を用意しろ」と伝言を伝えました。

 若い男が命からがら村に逃げ帰って伝言を伝えると村長は遺憾な表情をしながらも頷き村にある食べ物を搔き集めました。

 家畜や作物の被害は減り、なんとかその年の冬を越す事は出来ました。


 幾月か経つと鬼へ供物を用意する事も当たり前になっていき、気が付けば村人たちは鬼に子供を供物として用意するようになっていました。始まりは不作が続いてしまった時、供物の用意が遅れていました。

 村人は鬼に供物が遅れることを伝えて怒りを買うことを恐れ何も言わずにいると鬼は襲ってはきませんでした。もしかすると何処か別の山に移り住んでいるのかもしれないと浅はかな期待を胸にその日の供物を用意して山に入った時、目にしたのは、幼い少年の無残な亡骸でした。


 鬼は愉快に笑いながら若い男に言いました。


「不作で供物が用意出来ないのなら人間一つで許してやる」


 鬼の言葉が広まった瞬間、村には不穏な雰囲気に包まれてしまいました。村人たちは次第に家に閉じこもり、自分は関係ないのだと知らぬ存ぜぬを通したのです。

 村から逃げ出そうとすれば、狼に喰われてしまう。もう逃げ出す事が出来ない事に絶望した村人たちは供物を用意しなければと思うことも忘れていつしか誰かを犠牲にしなければと思考が変わっていったのです。


 かつてはそれなりに幸せだった村は、鬼の出現で全てが狂わされてしまった。

 村長は光を失った村を嘆き、鬼の無情に耐え切れずに自ら命を絶ってしまったのです。


 村長の死で村には険悪な雰囲気が増してしまいました。


「死ぬのなら鬼の供物として死んでほしかった」


 そんな無慈悲な声が絶え間なく聞こえて来る村に耐えられず村長の息子たる鬼から生き残った若い男は身一つで鬼の前に行きました。


 若い男は「頼む。もうやめてくれ」と鬼に慈悲を求めた。

 村が暗闇に淀み、父が死んだ、それですら鬼の供物として死ねばと声が聞こえて来る。耐えられない。どうかもう辞めて欲しい。少しでも良心が残っているのなら、村を救ってほしいと若い男は地に頭を付け頼み込んだ。

 鬼が原因であるのなら、その原因を払拭する事が出来る。免罪符を与えるようなお人よしに鬼は笑いが堪えられなくなる。


「村長を殺したのは俺様だぞ? 人が良いにも程があるだろ?」


 愚かと言われても構わなかった若い男は、一度鬼に見逃してもらった身だ。

 村に伝言を伝える為だけに生かされていたとしても構わない。どうか自分の幸運が尽きていない事を祈りながら鬼に訴えた。


 鬼と形容するに相応しい姿をしたその者は笑い疲れたのか静かに溜息を吐いた。

 若い男はまだ鬼に善意があると信じている。

 けれど、鬼は以来言葉を発さなかった。


 日が暮れて村に戻る。下山すると村は凄惨な光景だった。

 村は荒れ果て、村人たちが血まみれになり倒れていた。一体どうしたと言うのかまだ息がある村人を探した。しかし幾ら探しても生きている村人は一人としていなかった。

 鬼は若い男だけを生かしたのだ。それが遊びの為だったのか、御代志村に飽きたからなのか。どうして鬼は若い男だけを生かしたのか。


 鬼は「やめてほしい」と言ったから村人を生かすことをやめたのでした。


 若い男は今まで抑え込んでいた感情が爆発してしまいました。

 今まで供物を用意する事はさほど苦ではなかった。周囲が思う程、若い男は鬼の要求を受け入れていた。

 何故なら鬼の要求を呑んでいたら、鬼以外の弊害がないのだ。鬼は供物を用意したら縄張りを守る為にあやかし者を退治する。若い男はそれに気が付いていたのですが、村人を虐殺されてしまった怒りにもうどうする事も出来ないほどに怒り狂っていたのです。


 村は滅び、怒りで若い男は鬼に一矢報いる為に刃を向けたのでした。





 ぱたりと本は閉ざされた。ベッドの中できらきらとした瞳をさせた少女は「つづきは?」と催促すると傍の椅子に座って本を読み聞かせていた女性が笑みを浮かべて「また明日」と少女の頭を撫でた。


「明日は試験があるでしょう?」

「きになってねれないよ?」

「大丈夫。瑠美奈は良い子だから、眠れる。そうだ。母さんが子守歌を歌ってあげるから」

「ほんとう! あれもだいすき!」


 少女は喜々として目を閉ざした。頭の中で歌を映像として見る為に心を躍らせていた。

 女性はふふっと微笑み静かに柔らかい声色で言う。



 良い子の眠る所に花が咲いた 赤い花

 豊かな自然の中で良い子は眠る。


 良い子の眠る所に鳥が舞う 青い鳥

 安らぎの音色を奏でて良い子は眠る。


 良い子の眠る所に虎が歩み寄る 小さな仔と一緒に

 心強く傍に寄り添い良い子は眠る。


 良い子の眠る所に――……



 女性は口を閉ざした。ベッドの中で暖かく眠りについている少女を見て頬を撫でた後、目を伏せて部屋を出て行った。




 五年に一度厄災が世界を襲った。

 それはかつて人間が生み出した罪によるものだった。

 人間の罪によって生み出された六つ宝玉。

 それらはただの人間が触れてしまえば精神異常と身体異常を起こしてしまう為、まともに触れることが出来ない。

 政府は、その対策の為に宝玉の力を抑える為の器を作る事を命じた。


 だがどれも不適合として崩壊してしまった。五年に一度起こる厄災は誰にも予期できない。

 五年に一度の厄災に怯えながらそれでも器を作る為に研究者は心血を注いだ。

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