第4話 ESCAPE

 瑠美奈は一人暮らしをしていた。御代志町の外。何なら山の中の小屋で一人暮らしていた。それなら誰も瑠美奈の事を知らないのも当然だった。父は死に、母は所在不明だという。複雑な家庭環境で瑠美奈はイムと暮らしている。

 山のキノコだとか、野草を食べて暮らしている。そんな野生児を放っておけるわけもなく廬は咄嗟に「一緒に暮らそう」と口走っていた。

 きょとんとした顔の後、瑠美奈は「めいわくだから」と遠慮した。

 咄嗟の事で廬も状況が呑み込めていなかったが、此処で引き下がってしまえば瑠美奈はずっと山の中で独りぼっちになってしまう。

 イムと言う得体のしれない生物と暮らして死んでしまうのは余りにも可哀想だと同情していた。


「俺、都会から越して来たばかりであまり知り合いがいないんだ。だから瑠美奈が一緒にいて困るなんて事ない。多分、ペット可のアパートだろうしイムって奴も一緒に」

「……でも」


 瑠美奈は困惑していた。無理もない事だ。昨日今日あったばかりの男と同棲を持ちかけられている。廬自身もこれじゃあ先ほどのチンピラたちと同じではと思ったが自分は瑠美奈の安全の為だと正当化した。


「無理にとは言わない。俺は瑠美奈が心配なんだ」


 一日。お試し期間と言うのはどうだろうかと廬は何とか瑠美奈に安全な場所にいて欲しかった。

 渋々といった雰囲気で瑠美奈が折れてくれたことで廬は安堵の息を吐いた。


 山から引き返して廬はアパートに戻る。段ボールで埋め尽くされた部屋は一日を女の子と過ごすには向いていない為、急いで片付ける。引っ越ししたての成人男性の部屋などたかが知れている。几帳面ではない為、その日にやらなくてもいつかやるだろうと奔放的だと実感する。


「すまない瑠美奈。片付けられてなくて」

「てつだう」


 そう言って近くの段ボールを開くと食器類が出て来た。キッチンの方に引きずるように運び一枚一枚丁寧に箱から出し棚にしまう。

 その光景を見て真弥にホームセンターが近くにあるか訊くことに決めた。

 瑠美奈のお陰で片付けも早く終わり若干片付けさせる為に連れて来たようになってしまったことが申し訳なく思う。



「イムってどう言う見た目なんだ?」


 部屋の片づけを終えて一息ついた頃に廬は紙とペンを瑠美奈に渡してイムの容姿を尋ねるとカリカリと絵を描いていく。

 三分ほどでそのイラストは完成した。

 不細工な円形のなにか。横長でスライムと形容しても良いような見た目をしている。それにプラスしてイムは食べた物によって色を変えるらしい。一体どんな習性をしているのか。見てみない事には調べようもないが本当にそんな生物を探しているというのも些か信じがたかった。


「イム」

「最後見た色が赤だったのか」

「うん」


 赤いイムを探している。

 イムが道中で何か食べて黒かったら夜道で見失ってしまうのも仕方ない。

 イラストを片手に瑠美奈とアパートを出る。

 イムを探して狭い路地を行ったり、人に訊いてみたりしたが子供の落書きを真に受けるものは誰もいなかった。瑠美奈はそれでもイムを探し続けていた。

 時刻を20時回る。路頭の明かりが付いて辺りを照らす。瑠美奈は探し続けていた。それくらい大切な友だちなのだろう。その気持ちを知り廬はさらに力を入れてイムを探した。


「やあ! こんな時間に会うなんて奇遇だね」

「真弥」


 私服姿の真弥がコンビニ弁当の入った袋をぶら下げていた。仕事終わりだと知る。


「探し物?」


 廬の動向を見てそう言った。イムのイラストを真弥に見せ「こいつを探ししてるんだ」と言うイラストを凝視した。


「どっかで見たことあるような……」

「本当か!?」

「ああ、けどどこだったか……思い出せない。そもそも俺が見たのは黒って言うより茶色だったような」

「茶色でも何色でも良いんだ。知ってるなら教えて欲しい」


 んーんーと考えた後「明日、駅に来てくれるか?」と言われる。


「駅に?」

「多分、会えるぜ。……もしかして明日じゃあ間に合わない感じ?」


 真弥が心配そうにこちらを見るのを廬は瑠美奈を見ると「だいじょうぶ」と言う。


「その子は?」

「今後話すよ」

「そっ! じゃあ明日! おつかれ~」


 ひらひらと手を振る真弥に小さく手を振り返す。




 翌日、早朝に行くと駅前で真弥が見慣れた制服姿で背伸びや欠伸をして廬たちを待っていた。


「やあ、おはよう。おっ! 女の子も来たのか」

「おはよう、真弥」

「おはよう、ございます」


 廬と手を繋いで駅まで来た瑠美奈。真弥は「こっちこっち」と手招きする。

 導かれた先には、観光客を出迎える噴水だ。定期的に駅員が手入れしているらしい。その手入れをする駅員に真弥も含まれていた。


「俺が手を抜きながら噴水掃除をやっていた最中に奴は現れたんだよ。その時俺、チョコを食べてたんだ。そのチョコを落とした。そしたら奴はぱくっとして茶色になったんだ」


 言いながら噴水まで来ると水が噴き出す所に茶色いソレはいた。


「イム」


 瑠美奈が言うと茶色いソレはこちらを向いて瑠美奈を見て「びゃっ!」と音を立てて水の中から跳び出した。


「びぎゃー」

「わっ……なんだそいつ」

「イム」


 茶色の軟体動物が瑠美奈の腕の中で「びゃ」「びぎゃ」と鳴いている。


「半年前からずっと此処で俺が餌付けしてたんだけど、その子が飼い主だったんだ」

「真弥は気にならないのか。あれが何なのか」

「気になるけど、害がないなら俺は別に調べたりしないな~」


 なんて腰に手をやり瑠美奈とイムの微笑ましい光景を眺めていた。半年前からイムは涼んでいたし、観光客や住民に危害を加えるようなことはしていない。ただどこか寂しそうにしていた。

 真弥の掃除担当の時、イムが現れて餌を求めていた。


「イムって言うんだ。案外可愛い名前してるな!」


 真弥はイムをぷにぷにと突いていると「びぎゅ」と不服そうな音を出した。嫌がられているのではと廬は黙って見ていた。

 瑠美奈とイムは本当に仲良しのようで離れ離れになってしまって寂しかったのかイムはずっと瑠美奈の頭の上に乗っていた。そこが定位置だと瑠美奈は言う。


「見つかって良かった。これで瑠美奈が深夜徘徊しなくて済むな」

「……あっ! なるほど」


 廬の言葉に真弥は合点がいったと手を打った。


「幽霊の女の子って君の事だ!」

「えっ」

「びゅ?」


 真弥は瑠美奈が幽霊騒動の元となっていた少女だと気が付いた。黒いワンピースを着た少女で素足と言う噂だったが、サンダルを履いているのは廬が買い与えたのだろうと推測できた。


「記憶力もよければ勘も良いのか?」

「勘がって言うか、まあ楽しい方が好きって方が合ってるな~。その子が幽霊の子だって事なら面白いだろ?」

「面白がるなよ。俺は瑠美奈が危ないと思って保護したんだ」

「保護?」


 廬は瑠美奈が山の中で一人で暮らしている事を知り居ても立っても居られないと同棲する事を提案した。今はお試しで一日アパートで過ごしたが案外気に入ってくれた為にこれからも一緒に暮らしてくれるようだ。

 イムも見つかり廬もこれで瑠美奈が一人で深夜徘徊しないで済むと安堵する。


「親がほぼいない状態か。手伝えることがあるなら俺がいつでも手を貸すぜ」

「本当にありがとう。お前には感謝している」

「新しい住人には親切にしないと、困った時俺が助けてもらえなくなる」


 真弥が困る日が来るのかは分からないがその時は廬は親身になって彼の相談を受けるだろうと口に出さずに思う。

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