第5話

剃毛

「婆や、支度をしてくれ。佳央理を柱に縛りつけるんだ」

「はい、だんな様」

「何をするんですか?もう、酷いことはやめて」

 顔を強ばらせる佳央理。

「柱の前に立ってくださいまし」

 婆やに言われても、佳央理はためらい、動けなかった。

「早くしてください。これは、だんな様の命令ですよ。従ってくださらないとねえ。でないと、無理やり縛りつけますよ」

 言われ、佳央理はどきりとした。後ずさる。が、逃げようにも無理があった。二人を振り切って前に走るしか道はなかった。振り切れたとして、後ろ手にきつく縛り上げられた体でどこまで走れるだろう。薄暗い通路の先には階段があった。それを何段も上がり、上がれても分厚いドアがあり、それを、後ろ手にされ動かない手で開けることができるだろうか。下手をすれば、そこに行き着く前に転倒して床に叩きつけられてしまうかも知れなかった。階段を踏み外し、転げ落ちてしまうかも知れなかった。そうなったら無事で居られる保証はない。

 悪いイメージばかりが頭に浮かんでは消えた。

「私に何をしようと言うのですか?」

 声が震えた。

「おまえの下の毛をきれいに剃るんだよ。手入れができていないようだからね」

 聞いた佳央理は、目を剥いて驚いた。

「い、いや……いやよ、そんなこと……やめて、許して」

 がたがた、体が震えた。震えながら声にした。哀願した。でも、願いは通じなかった。

「さあ、自分から柱の前に立つんだ」

 惣一にまで言われ、佳央理はがくりと項垂れた。涙がぽろり、ひとつ、二つとこぼれ落ちた。諦めるよりなかった。足を前に一歩、また一歩と進めた。二人の冷たい視線が注がれる中、佳央理は、やがて柱を背に立った。それを見て、惣一が新たな縄を手にして近づいた。縄を目にした佳央理は怯え、わなわな震えた。

「許して。酷いことはしないで」

 惣一を見つめ、許しを願った。惣一は何も答えずに、佳央理の身体を柱に縛りつけていった。そして、縛り付け終えると、「足を左右に広げるんだ」と口にした。佳央理の顔から血の気が失せた。

「いや」

「嫌じゃない。広げるんだ」

 佳央理は諦めて、足を広げていった。

「ああ」

 息苦しい。恥ずかしい。もたつき、ようやく少し広げることができた。

「もっと広げるんだ」

 惣一に言われた。

「大きくな」

(そんな……)

 佳央理は、泣きそうになった。

「ああ、許して」

 すると婆やが、

「諦めて広げなさいな。それとも、無理やり広げれたいですか?」

 婆やの手に縄が握られた。佳央理は、ハッとした。縛る気だ、縄で!

青ざめた。もう、だめだ。

 佳央理は、震えた。震えながら足を広げていった。

「ああ」

 もう、いや……。どうしてこんなことをするの?

「ううう」

 泣き出した。それを見て、婆やが言った。

「つらいですか?これから、もっとつらくなりますよ」

 そして、ほくそえんだ。佳央理は寒気がした。

「婆や、縄をくれ。脚を、しっかり押さえていてくれよ」

 佳央理は、「やめて、許して」と言い、ぽろぽろ涙を流した。もう、止まらなかった。

 脚に、縄が巻かれ縛られた。柱の後ろに回して、縄を引き絞り、そうして縛りつけた。反対側の脚にも縄を巻き、縛った。そうして後ろの柱に回して引き絞った。脚が、大きく広がったまま動かなくなった。

「ううう、苦しい……恥ずかしい⁉️」

 足掻いた。もがいた。そんなことをしても、もはや手遅れだった。

 佳央理は、足を閉じることができるできなくなった。婆やが囃し立てた。

「あらあら、みっともないお姿ですこと」

「笑っていないで、器と髭剃りをくれ」 

「あら、すみません。あまりにもはしたない姿を晒していますから、私、驚いてしまって」

 婆やは言うと、髭剃りクリームをお湯で溶いた器と髭剃りを惣一に差し出した。

「きれいに剃ってあげるからじっとしているんだよ。暴れたりしたら大事なところを傷つけてしまうからね」

 佳央理は、左右に大きく広げたままの足が恥ずかしくてならない。何も言えないでいると婆やが、

「返事をなさい」

 あられもない格好にされ、恥部が晒され、返事などできようか。佳央理は、必死に足を閉じようとした。

「閉じようとしても無駄なのに。諦めが肝心ですよ」

「早く済ませてしまおう。動くんじゃないよ」

 もう一度言うと、溶いたクリームを黒々とした茂みにたっぷりと塗りつけた。佳央理は、全身に電流が駆け抜けたように怖れた。

「い、いやあ。許して」

 泣き出した。惣一は、悲しみ涙する佳央理の悲痛な思いを聞くことなく、剃刀を肌に当てた。

「ま、待ってください!」

「ん?どうしたね」

 ただならぬ声に、惣一の手が止まった。

「こうして縛られてしまい、抗うことは諦めます。素直に剃られます。でも、婆やさんに見られるのは耐えられません。お願いです。ここから出て行ってもらってください」

 言うのだった。

「婆や、おまえに見られるのは嫌だとよ」

 どうするんだ?

「そんな勝手が通るわけがないでしょ。奴隷の分際で出ていけとは、私に対する侮辱です。謝りなさい」

 でも、佳央理も負けてはいなかった。

「出て行かないなら、舌を噛んで死にます」

 一歩も引かない、強い気持ちで婆やを睨んだ。これには、惣一も慌てた。

「婆や、おとなしく出て行くんだ。向こうですることがあるだろうからな」

「だんな様!?こんな奴隷の言うことを真に受けるのですか?どうせ、はったりです」

「はったりではありません。本当に舌を噛みます」

 佳央理は、尚も挑む目を婆やに向けた。婆やは不愉快だった。佳央理を憎々しく思った。

「婆や、すぐに出て行くんだ。さあ!」

 出ていこうとしない婆やに、惣一は苛立った。

「さっさと出るんだ。舌を噛んだらどうするんだ」

「だんな様!」

 まだ居座ろうとする婆やをドアに追い詰め、無理やり追い出した。喚きながら、婆やの声が遠のいていった。そうして部屋に、惣一と佳央理の二人きりになった。

「これでいいね」

 ほっとする惣一に佳央理は、「すみません」と口にした。

「同じ女に見られるのは耐えられないか。そうだろうな。でも、婆やとは仲良くな。長く一緒に暮らして行くんだ。けして、意地の悪い女ではないよ」

 長く……。

 惣一の言葉が胸に突き刺さった。それでも、「はい」と、返事をするよりなかった。

「では、剃るよ」

 ほくそえんだ。

 佳央理の肌に剃刀が当てられた。冷たい感触に、佳央理の体がぴくりと震えた。目を閉じた。惣一は、少しずつ、慎重に剃っていった。

 じょり、じょり。

 音が、佳央理の耳に届いた。いつ終えるのか、その音は、永遠に続くように感じた。

 やがて終えるときが来る。つるつるになるまで剃られ、その肌を佳央理は目にし、裸の身であるがために晒される。再び生えてくるにしても、婆やの目に触れる。それを思うと胸がえぐられるように苦しくなった。

 


 

 

      

 


 

 

 

 

 


 

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